見出し画像

エドンマーティヌの墓②

「え、ちょ、近い、ちか、あの――分かった! 話す、話すから離れて!」
「ちっ、仕方ないわね……」
 私が離れると、アスカはほっとしたような顔をしてため息をついた。どこかゆっくり喋れるところはないかしら。と、ちょうどいいところに空き教室があるじゃないか。
「あそこで話さない?」
「い、いいよ」アスカはふくれっ面で答えた。

「――で、何? あなた、何を知っているわけ?」
「そう、それだよ!」
 アスカは、机にぴょんと飛び乗る。誰もいない教室に、ガタガタと机が揺れる音が響いた。教室の外ではガヤガヤと学生の声が聞こえる。そろそろ授業が始まる頃合いだろう。――だが、こいつを今、野放しにするわけにはいかない。
「返答によっては殺すしか――」
「わわわ、分かった、早まらないで! 私だって驚いてるんだよ。急にね、ほら、あの、テレビに出てたトレジャーハンターが夢に出てきてさ――で、言うんだよ、「お前の大学にいるわしの孫に会え」って」
 夢――か。どうやらこの話は嘘ではないらしい。私の時もそうだったが、祖父は、夢に干渉する力を持っている。しかし――なぜこいつが?
「ふむ、で?」
「いやいや、孫誰? ってなるでしょ。そう思って、無理って言おうとしたんだけれど、トレジャーハンターはニヤリと笑っていったんだよね。金たくさんもらえるぞって」
「はあ?」どういうことだ。金って――私全然持ってないぞ。なんでわざわざそんなこと――っていうか。
「なんで私が孫だって分かったのよ!」
「もうほんと、大変だったよ。聞けば、トレジャーハンターには子供が五百人近くいたらしいじゃん。孫ならきっとその倍――同じ大学にいるというヒントはあったけど、それでも私の大学には一万人近くの学生がいる。それで――まずは情報に頼るしかないなって思ったってわけ」
「ふむ」
「スマートフォンで調べてみたんだけれど、子供がたくさんいるって割には、その子供を自称する人ってほとんどネット上にいなかったんだよね。あれだけ有名な人の子供なのに――むしろこれは身分を隠してるんだって思った。まあ、五百人もいるんじゃ、妻だって一人じゃないよね。大勢いるかもしれない。その子供――なら確かに普通隠すか。それで、目立たないように生活しようとしている人をまずは探してみようと思ったんだよね」
「確かに、そうだわ」私はうなずく。アスカの言うとおりだった。
「なら、まずは目立つ人を除外しようと思って、私自身が陽キャになろうと思ったのね。しっかし、この大学、偏差値高い割にはチャラ男多すぎでしょ。ちょっとぶりぶりしただけで、すぐ話しかけてくる。そんで、フェイスブックで片っ端から友達申請して、その友達と、友達の友達を全員除外した。残ったのは千人くらい。ここからは消耗戦だね。わざわざ地味そうな服を着てそうな奴に聞いてったってわけだよ」
「恐ろしい――でも、なんで「金持ち?」みたいな聞き方をしてきたのよ。逆効果じゃない」
「百人近く質問してきたら分かるよ……普通に質問するより、変な質問したほうが相手のことがよく分かる。ドン引きされるのが普通なのに、イリアさん、すごく真面目に答えてたじゃん。答え慣れてんだなあって……」
 ――確かに、よく考えればそうだ。私は数々の質問を受けてきた。今考えれば多分、パーソナリティーをごまかして生きてきたから、逆に興味を惹かれやすくなっていたのかもしれない。「彼氏いるの?」とか、「普段何してるの?」とか。「神の光を出せるよう訓練してます!」なんて誰が言えるかしら。だから――私はあれこれパーソナリティーを隠すすべを身に着けてきた。――それが仇になったのかもしれない。祖父のご宣託を直接受けたという経験を持つ相手には――
「で、どうするのかしら? ことと次第によっては殺すしかないんだけれど」
「ままま待って、なんでそうなるの! って言っても「会え」としか言われてないから分かんないんだよね……個人的にはお金が欲しい。本当に持ってないの?」
「持ってないわよ! むしろ、私も欲しいくらいだわ。分けあって貧乏暮らしなのよ。家賃も一万五千円のところに住んでいるくらいで……」
「え!? 何畳!?」
「よ、四畳半」
「……セキュリティは?」
「セキュリティ?」
「……」
「?」黙るアスカに、私は首を傾げた。
「ダメ」
「え?」ダメ?
「そんなんダメだよ! そんな怪しいところに、女の子一人で住まわせられるものですか! ぜーったいにダメ!!」
「そんな、ダメと言われましても……」
「ああああ、もう! うちに、うちに来なさい! なるほど、トレジャーハンターさん。『会え』ってそういうことね! 孫を心配しているただのおじいちゃんだったのか!」
「――嫌よ」嫌だ。
「え?」
「だって私、あなたのこと嫌い……」
「……今日、私の授業が終わるのは午後五時だから、六時に大手町改札前で待ち合わせしよう。話はそれから。それと後これ、連絡先」
 そういうと、アスカは私のカバンからPHSをひったくる。と同時に、目を丸くしてこちらを見た。
「なにこれ、固定電話機!?」
「紛れもなくケータイだわ。ほら、ちゃんとアドレス帳」
「もしかして手打ち!? 赤外線通信って何!? ああ、もう、分かった! じゃあこれ、名刺渡しておくね、後で登録しておいて。こっちも番号控えるから。ちょっともう、授業始まっちゃうから行くね!」
 そう言って、アスカはバタバタと音を立てて教室を出た。私は、彼女には害はなさそうだということが分かって安心していた。――行くか。私は、預かった名刺をぐしゃぐしゃにしてごみ箱に放り投げた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?