人生塞翁が馬と平均値定理

母さんは人生塞翁が馬の使い方が違うと言うが、タイミングなんだろうか、わからないが、山中教授の講演に人生塞翁が馬という話がされてて、良い事の後に必ず悪い事があると言ったら、母さんにそれは禍福は糾える縄の如しだ。って言われて、じゃあまあタイミングの問題なんだろうと僕は言ったが、不幸中の幸いとも違って、人生何が幸いするかわからないってのが塞翁が馬だろ。って言ったら、母さんは違う。って言って、悪い事が起きたときに将来は予測できない。悪い事は続かないと慰めるのに使うんだと言って、じゃあ山中教授は違うなあと言ったんだけど、母さんは認めなくて、山中教授が言うのはいいが、僕が言うのは認めなくて、わからないが、若い人でも僕はないが、あんまり若い人が使う言葉でもないのかもしれないが、数学だと平均値の定理が近いだろう。って言ったんだけど、違うと言ってて、平均増分があったら、そこに向けて、増えたり減ったりで、平均増分に到る増分も減分もあって、と言ったが、母さんは認めなくて、とにかく僕が使う事を何かしらの理由で認めないが、実際、高校数学でも大学でも平均増分の定理はあまりexplicitに(i.e.試験やレポートなどで)求められた記憶がないが、塞翁が馬は確かに戦利と生命の交換で、違うかもしれないが、平均増分という曖昧な言葉で説明がつかないかもしれないが、山中教授は細かい事言ってたが、母さんは臨床医に向いてなかったけどノーベル賞受賞したiPSの研究に出会えたんだろうと言って、その流れは除けないが、予測できないって事を強調したいがために今の状況が今でなくなってしまう表現が奇妙で、間違いではないが、ランクアップとかギアチェンジとかしたら風当たり強かったり、足取りが重くなったりするあれだろう。って言ったんだけど、あんまりは聞いてもらえなくて、とにかく前向きに誤魔化すための言葉は必要なんだろうけど。ダビスタで僕はいきなり破産して泣きそうになった覚えあるし、ゲームでさえああなんだし、僕はともかくいい事があった際にその事をキープする難しさを僕は言ってるが、母さんは悪い状況から立ち直るまでの大変さを言ってるが、僕は楽天家というか、意外とメンタル強いというか、毎日のように母さんに飯作らないよと言われるし、まあ年齢的に確かに親に頼らなくていい年齢ではあるし、頼る他人もいないし、そこは決してプラスポイントじゃないが。そもそも僕の状況は確かに塞翁が馬という種類のものじゃないが、母さんが招いたものというか、周りに得ばかりさせるからなあ。

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