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小説「山猫は眠らせない」

寒い夜だった。
男は歳のせいか、最近は早朝に目が覚めることが多かった。でも早起きする必要があるときは目覚まし時計を使うことにしていた。男は通販で買った、届いたばかりの目覚まし時計を5時にセットした。100%目覚まし保証ということだった。

部屋の灯りを消してベッドに入り、目を閉じた。首筋にチクリと痛みと感じた。姿勢を変えるとまたチクリと痛みを感じた。

虫でもいるのだろうかと部屋の灯りをつけると、小さな兵士が狙撃用の銃を構えていた。顔には猫ヒゲのペイント。退役軍人というような年齢だった。

痛いじゃないかと男が文句というと、兵士はミッションを遂行している、寝過ごさないように見張っているという。ちがう、自分は5時まで眠りたいんだと男がいうと、だからそのために寝かさないようにしている、と兵士はいって大きなあくびをした。兵士の目の下にはクマがあった。

ひょっとして眠いのかと聞くと、そうだでも不眠症だから眠れない、一晩中起きてられる、これは自分だから可能なミッションだと答えた。

目覚まし時計の文字盤が開いている。どうやらあの中にいたらしい、ということがわかった。

せっくだから眠くなったら眠ればいいと男がいうと兵士は黙っていた。男はエアコンの設定温度をあげ、静かな音楽を流してみた。兵士はウトウトし始めーー、いきなり目をパチっと開き、天井に向かって銃を乱射した。

どうしたのかと聞くと眠いと叫んだ。眠ろうとすると眠れないのだという。そうかそれはむしゃくしゃするだろうなと男は兵士のことを気の毒に感じた。

男は一旦眠ることをやめ、コーヒーを淹れることにした。立ち上がると左の尻にチクリと痛みが走った。振り返るともうひとり小さな兵士がいて、狙撃銃をかまえていた。猫ヒゲのペイントをしている。

一人目の兵士より少し若い。同じく猫ヒゲのペイント、目の下にクマ。不眠症のようだった。君は仲間なのかと聞くと、弟子だと答えた。

これはつまりふたり同時に寝かしつけないといけない、いっきに難しい状況になったなと思った。

なにかお話をしてあげよう、3匹の子豚は知ってるかと聞くと、あれはつまらん、おれたちを主役に話をつくってくれ、と二人目の兵士がいった。ドラゴンを退治する話はどうかと聞くと、それはいいと兵士たちが賛成した。

男は話を始め、ふと見ると、兵士が3人ならんで座っている。いつのまにかもうひとり増えていた。二人よりも若いけど、同じように狙撃銃を持ち、ネコひげのペイント、目の下にクマ。おそらく不眠症なのだろう。

山猫は眠らせない トリミング

そういえば君たちの名前はと聞くと、3人目の兵士がおれたちは山猫ファミリーだと答えた。若い兵士は一人目の兵士の息子だということだった。男は話を続けた。

3人の兵士がドラゴンを退治するために森の中に入ると、大きな小屋を見つけました。中にはどでかいケーキがありました。そのケーキにはたくさんフルーツが乗っていました。りんご、バナナ、みかん、メロン・・・。

男は子供が幼いとき、毎晩、読み聞かせをしたり、作り話をして寝かしつけていたことを思い出した。なんの展開もない、とことん退屈な話をした。子供はそれを「パパの眠る術」といっていた。

ケーキには小さなチョコがたくさんの乗っていました。数えてみました。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。

50まで数えたあと、ケーキの描写を延々と続けながら、いっしょに深呼吸をしたり、チョコの色の種類を延々と描写したりした。

やがて静かな寝息が聞こえ始めた。男が3人にタオルをかけようとすると、一人目の兵士がハッと目を覚ました。男は目覚まし時計を見せた。アラームは2時に変更しておいた。時刻は2時半。

ミッション終了ご苦労さまです、と男が敬礼すると兵士はむにゃむにゃいっってうなずき、また眠り始めた。男は3人にタオルをかけ、スマホのアラームを5時にセットした。すっかり目が冴えてしまったので、男は本を読むことにした。

5時になった。いつのまにか3人の兵士は姿を消し、目覚まし時計もなくなっていた。次のミッションのために旅立ったのだろう。今夜、久しぶりに子供に電話してみようかなと男は思った。

終わり

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