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『おいしいごはんが食べられますように』を読んだ。

芥川賞を受賞したので、存在は知っていた。
小旅行中にたまたま立ち寄った本屋さん。
帰りの電車の中で読み終えた。

読んだ感想の一番にくるのは、

興味深い

だった。

***
タイトル以外知らずに読み始めたので、少々(いや、かなり)衝撃的だった。
帯には〈第167回芥川賞受賞! 心のざわつきが止まらない。最高に不穏な傑作職場小説!〉とあり、なるほど。
まあ、軽々しく「最高」とか「傑作」とか言ってほしくないが、言いたいことはわかる。
ちなみに、受賞前は〈「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか?」 心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説〉だったらしい。
私はこっちの方が好みかな。

インスタで感想をポストしてる人を何人か拝見したが、そのばらばら具合が興味深い。
仕事にフォーカスしている人、食べものにフォーカスしている人、恋愛にフォーカスしている人…
二谷の食へ対するそれはとてもよく理解できた。
「一日三食カップ麺を食べて、それで健康に生きていく食の条件が揃えばいいのに。(中略)食事は嗜好品としてだけ残る。煙草や酒みたいに、食べたい人だけが食べればいいのに(後略)」
かなり序盤に出てくる文章なのだが、これに私は掴まれた。
私にとって食事は一種のコミュニケーションだ。
極端に言えば、誰かと時間を共有するための口実でしかない。
おまけなのだ。
だから、「食べもの」自体への興味が薄い。毎日同じ食事でもあまり気にならない。
ただ、それが多数派でないことも知っている。

働き方はとても現代っぽい。
パワハラを避ける、公にすることでのセクハラ回避、出世願望なし、残業してただ消化されていくような仕事の日々。
夢もなく希望もなく、高望みをしないで「ふつー」に生きることを望む。望んでもないのかもしれない。

押尾は本人も言っていた通り、ある程度なんでもできる。
だから、芦川さんがしんどくて休むことに納得できない。
社会で生きる以上、支えあい、多少我慢するのは、助けてももらってるでしょう?じゃあ、それぐらい頑張れよってなる気持ちは大いに理解できる。

自分はちゃんとできている。という自信があるだろうから、なんでみんな芦川さんにあんなに構うのだろうか?(私ではなく、私より評価の低い人を。)
できないと言えばいいのか、でもそれを自分で許していいのか、自分が自分に許せないことを平然と(彼女にはそう見えるのだろう)やってしまう芦川を嫌いになるのは自然なことに見えた。
二谷をある意味で好いているだろうけど、寝ないで仲良くなれるのが最高って気持ちが個人的に激しく同意だったな。

さて、二谷の食と押尾の考え方が理解できるからと言って、私は芦川さんが嫌いか、と言われるとそうでもない。
彼女もまた、理解できそうな気がする。
(理解できるは共感できるではない)

二谷と押尾の視点があるのに対し、芦川さんの視点では一度も書かれていない。
これ、かなり良いよね。

余白。というか、ある意味恐怖じゃないか?
芦川さんの心の内は実際のところは二谷も押尾も私たちも分からない。

頭が痛い。男性の大きな声が怖い。
代わってもらう、休ませてもらう。
その対価として「お菓子」を振る舞う。
二谷はそれを踏みつけて捨て、押尾は残されたそれを芦川さんに返す。

芦川さんは本当にいい子なんだろうな。綺麗な世界の人間。
努力は報われる、人には優しくする、おいしい食べものに感謝する、小学校で習った世界に生きている。

作中で芦川さんの弟が出てきたときに、私の心はざわついた。
二谷が弟に芦川に世話になっていると言ったら、「弟が驚いた声をあげる。そこに含まれた侮辱を感じとる。」とある。
さらに、両親と弟が留守にするために、飼い犬をペットホテルへ預けるという。芦川は留守番で家にいるにも関わらず。
「姉ひとりじゃ、ムコウケ(*)の世話ができないんです(後略)」
これに対する二谷の反応はない。
*飼い犬の名前

彼女はずっとこのままでいるなら、きっとある意味で幸せなんだろうな。
綺麗で美しく、正しい小さな箱庭に生きる彼女を、かわいらしいと思う反面、現実を突きつけて壊してしまいたくなるんだろう。

そして、終わる。
終わりに向かっているのは知っていたが、いきなりパッと手を離されたような終わり方。
ページをめくってすぐに終わる。
自分の頭の中では、感情や感覚としては納得しているが、言語化するには難しい終わり方だった。
語られていないものが多い。
そして、
二谷め。お前はそういう男だったな。って感じ。

***
読書は好きだが、私はかなり偏りがある。
基本、知らない作家さんは図書館で借りて一度どんな世界を作る人か知ってから、購入するか否かを考える。
今回はかなりレアケースだ。
結果として買ってよかった。

『おいしいごはんが食べられますように』のタイトルからは想像もつかない内容だったが、さて、読み終わってひとつ疑問が。
タイトルのこれは、誰の言葉なのだろう。

これは、読んだ人と語り合いたい。



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