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人的資本経営をB/S視点で考えてみる

人材を資源としてでなく、資本として捉えようとする人的資本経営。
資本と考えるならば、それは貸借対照表でも説明できるはずだと思って考えてみました。

以前にも投稿したように、人的資本は会社が所有しているものではなく、ヒトが所有しているものと考えます。
会社は必要とする資本(人的資本)をヒトから出資してもらうことで、その資本を活用できるようになる。これが「雇用」という関係になる。

さて、この「人材(ヒト)」はただ雇用契約しただけで、自動的に自己資本になるわけではありません。契約したあとに会社はしっかりオンボーディングのプログラムを提供しないと「他人資本」、つまり「借入金」になってしまいます。「借入金」になってしまうと、社員と会社はどんな関係になってしまうでしょうか?

ずばり、働いた分だけ報酬を貰う/払う関係になってしまうのではないでしょうか。

その関係は、ハーズバーグのモチベーション理論でいうと衛生要因が働いている関係と見ても良いかもしれません。報酬は足りなければ当然不満を作ってしまうし、それが十分以上にあるからといって必ずしも内発的な動機を呼び起こすとは限りません。「報酬相応の仕事はします」− こんな関係に陥ってしまうと、キャリアの自律とか主体的に行動することもなくなってしまうのではないでしょうか。

これまでの人材育成や人材活用が会社側が全て決めるから、社員は決められたことを、言われたことを、きっちりやってくれたらいいのだと考えるならば、私はそれは社員を「他人資本−借入金」として見ていると思うのです。

ところで、会社は様々な事業を営み、環境変化に対応していかねばなりません。社員に自律的に職務やスキルアップにも取り組んで貰いたい、またそうでなければ変化に対応していけないと考えるのならば、社員自身に自分の「資本価値」を継続的に高めることを意識してもらうことも重要です。そのために会社はEVP、すなわち Employee Value Proposition を明らかにする必要が出てきます。これが社員と会社がエンゲージする鍵になると考えます。

エンゲージメントを高める取り組みこそが社員との関係を「他人資本(借入金)」から「自己資本」へ変えることになります。EVPを定義することはその第一歩になるのではないでしょうか。

また、パーパスを明示し、パーパスへの共感を得ることもエンゲージを強めることになります。会社は社員に「資本として参画すること」を選択して貰うことで人的資本を手にすることができるのです。

「自己資本」は借入金のように返還期日があるものではありません。ですが、その一方でエンゲージ出来ないと感じた社員は突然の離職、すなわち出資することを止めて資本を引き上げようとするかもしれません。
そうなると会社はその穴を当面埋めるために「他人資本(借入金)」を増やさなければならなくなります。「他人資本」は一時的な関係に過ぎません。そして、どこかで借入金は返す必要があります。返済してしまうということは会社の資産になっていかないということです。そうなると、会社もそこに「成長の機会」をわざわざ提供しようとも考えなくなるでしょう。その結果、何が起こるか。社員と会社の関係はますます希薄になるのではないでしょうか。

だからこそ、そんな循環に陥らないように、会社は社員という「自己資本」にどんな価値を提供しているのか、その認識を確たるものにすべく、エンゲージに取り組む必要があると考えます。

以前クレジットカードのコマーシャルで「プライスレスな価値」がキャッチコピーに使われていたことがあります。私は社員が会社にそのような感情を抱いているようになれば資本関係は安定していくと考えます。

そして、このような関係が「ビロンギング」だと考えます。ビロンギング感は社員が感じるものなので、会社が強制できるものではありません。
会社に「ビロンギング感」を持つ社員は、貢献意欲を持ち、自身の資本価値を高めようと学習し、チャレンジをしていくようになる。
その結果、会社の「人的資産」、すなわちB/Sの資産の部は増強されていきます。その継続的な蓄積、社員一人ひとりの蓄積の総和こそが会社成長余力となり、期末のB/Sで表現される剰余金を生み出すことになる。

社員と会社は、他人資本(借入金)の関係から、自己資本の関係になる。これはエンゲージメント向上に様々な視点から取り組むことで実現していくと考えます。
その上でもう一つ大切なことは、社員が「ビロング」することを選択していること。
この2つがあってこそ、社員という「自己資本」が組織の中で育まれ、会社はその資本を事業に活かすことができる。すなわち「人的資産」が増加していくことになる。

エンゲージメントとビロンギング。

こうして考えるとこの2つは似ているようなものでありますが、どのように作用するかの違いがあることは意識しておくべきと思えてなりません。そして、会社がこの2つの視点を意識して様々な人事施策、人材マネジメント、組織開発に実直に取り組むことが社員から生み出される人的資産を高める礎になる。

こうして『人材版貸借対照表』を考えていくと、資本の部の「ヒト」が他人資本(借入金)になってしまうか、自己資本になるかの違いが、人材B/Sの資産の部に影響するという考えに至ります。人材版貸借対照表の資産の部を増やすのは自己資本であるという認識を持っている社員であって、他人資本化した社員は雇われて指示された仕事をやって報酬をもらうだけの関係になってしまい、学習が必要ならばそれも業務として指示されるならばやるだけになってしまいかねない。逆に、会社も社員を他人資本として見ていると、業務に必要な研修をアサインしてやらせる。それ以上、業務にすぐ役に立つかどうかわからない学習をさせる必要性なんてないと認識してしまうかもしれない。必須研修を必修させるだけになる。

そして、社員はときどきの個人の置かれている環境や、アサインメントへの納得度もあったりして、他人資本化してしまったりもする。元来、「ヒト」は他人資本と自己資本の間を行き来しているものなのかもしれません。社員に自己資本として活躍してもらいたいなら、本人が納得し、自ら取り組みたいという仕事をアサインすることが重要になる。

人材版貸借対照表の視点で、人的資本経営を解いていくと、ちょっと面白い議論ができそうな気がしてきました。

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