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多数のリチウム系バッテリを直列接続したバッテリパックの特性とBMS(Battery Management System)の必要性

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1.はじめに

 モータースポーツ業界でレーシングハイブリッドやレーシングEVに携わっていたときに得たリチウム系バッテリについての知識と経験をここに残します。
 守秘義務に抵触する具体的な数値や具体的な手法は書いていません。一般的な内容のみとなります。
 リチウム系バッテリは扱いを間違えると爆発炎上する可能性があります。安全にリチウム系バッテリを扱うために役立てば幸いです。

2.リチウム系バッテリの用語解説


 まずはリチウム系バッテリについての用語解説をします。オームの法則などの基本的な電気の知識はある前提とします。

V[V]: Voltage(電圧)。単位はV(ボルト)。
R[Ω]:Resistance(抵抗値)。単位はΩ(オーム)。
I[A]:Intencity of Current(電流)。単位はA{アンペア}。
オームの法則:V=R*I,  R=V/I,  I=V/R

・一次電池、二次電池
一次電池は放電したら充電できない電池。二次電池は放電したら充電してまた使える電池。今回の話は二次電池についてで、一次電池については扱いません。BMSとか必要ないし。

・Li-Ion, 
リチウムイオン電池。シリンダー型、パウチ型と形に種類があるが、形が違っても電気的な特性は同じ。サイズの幅があまりなく、基本的には単3電池より一回り大きいシリンダー型の形状の物が多い。Tesla Motorsの電気自動車にはこのシリンダー型のLi-Ion電池を数千本ほど使ったバッテリパックを床下に敷き詰めている。一次電池と二次電池があるが、ここでは二次電位のLi-Ion電池について扱う。ここではこのLi-Ion電池をリチウム系の基準とします。
日本語で発音するとリチウムイオンが多いが、英語ではリティウムアイオンが多い。

・Li-Po,LiPo
リチウムイオンポリマー電池。一般的にLi-Ion二次電池より小型軽量で、充放電できるCレートが大きい。2019年時点のiPhoneなどのスマートフォン、iPadなどタブレットの電池はだいたいこのLiPoが使われている。マルチコプタータイプの飛行ドローンなどもだいたいこれ。たまに発火したり爆発したりしてニュースになるのもだいたいこれ。他のリチウム系バッテリと比較すると危険性が高いが、小型軽量のメリットが大きく今でも広く使われている。
サイズの幅が大きく、小型のトイラジコンに使われる指先サイズから電気自動車やエナジーストレージに使われる大型まである。
形状はパウチ型がほとんど。

・LiFePO4,Li-Fe, LiFE
表記がLifePo4, Li-Fe, LiFeなど数種類ある。リン酸鉄リチウムイオン電池。Li-Ion, Li-Po,そしてこのLi-Feが良く使われているリチウム系電池(筆者の観測範囲で、2019年現在)。
Li-Ion, Li-Poと比較して重量、体積あたりのエネルギー密度は低いが、より高いCレートで充放電でき、比較的安全性が高い。
Li-IonとLi-Poの基準電圧が3.7Vなのに対してLi-Feの基準電圧は3.3Vと少し低い。欲しいパック電圧が高い場合はLi-Ion,Li-Poとのセル数の差が大きくなる。電圧は違うものの基本的な特性はLi-Ion, Li-Poと大きく変わらない。

・その他リチウム系電池
LiCoO2,LiMn2O4,NMC, ...など、他のリチウム系電池も存在する。2019年現在ではまだあまり普及していない。

・Nominal voltage(基準電圧)
カタログスペックなどでバッテリ電圧を表すときは基本的にこの数値を使う。最高電圧と最低電圧の中間・・・というわけでもない。LiIon系なら3.7V,LiFePo4なら3.3Vなどバッテリ種類によって決まっている。

・Operating voltage(動作電圧や使用電圧)
運用する適正電圧範囲。この範囲を超えて充電、放電するべきではない。
過充電すると爆発炎上の可能性があり、過放電すると二度と充電できなくなる可能性がある。
リチウム系電池が過充電や外傷によってどうなるかは、「lipo explode」などで検索すると爆発動画がいっぱい出てきます。これが飛行機の密室で起こったらと考えると、機内持ち込み制限するのも仕方ない。

・Maximum charging voltage(最高充電電圧)
充電しても良い最高電圧。上記のOperating voltageの最高電圧より少し高い。理由は充電を止めた後に数秒である程度までバッテリ電圧が下がるため。
一時的であればMaximum charging voltageまで充電しても良いという意味であって、Maximum charging voltageの電圧のまま維持してはいけない。

・Minimum voltage(最低電圧)
放電しても良い最低電圧。Operating voltageの最低電圧より少し低い。
決してこの電圧を下回ってはいけない。

・Capacety(容量)
充電(放電)できるエネルギーの量を表す。単位は後述するAhやmAhで表す。

・Capacity(Ah, mAh)
バッテリ容量。単位はAh(アンペア アワー),mAh(ミリ アンペア アワー)と読む。電池に蓄えられるエネルギー量を表す。
例えば1Ahと1000mAhは同じ意味で、1Aの電流を1時間放電できるという意味。

・C
C(シー)。Cレートとも言う。充電電流と放電電流をバッテリ容量との比率で表す。上記のAhの数値が1C。
例:1Ah(1000mAh)の容量のバッテリにとって1Cは1A。
例:5Ah(5000mAh)の容量のバッテリにとって1Cは5A。
バッテリのスペックで充電2Cまで、continuously  current(継続放電電流)3Cまで、60秒以内のpeak current(瞬間最大放電電流)5Cまでなどと表す。
バッテリの許容充電Cレートを超えて大電流で充電すると爆発炎上の可能性がある。また、バッテリの許容放電Cレートを超えて大電流で放電するとバッテリが急速に劣化する可能性がある。

・SOC (State of Charge)
エスオーシーと読む事が多い。
充電した電力量と放電した電力量から、バッテリの推定電力残量を表したもの。0%~100%で表す。
Operating voltage の一番下を0%、一番上を100%とすると最も多くのエネルギーを充放電できるが、後述するDODにも関係するサイクル寿命との兼ね合いがあり、Operating voltage の一番下と一番上の電圧範囲よりも狭い電圧範囲で使用した方がサイクル寿命が延びる。そのため電気自動車などサイクル寿命を多くしたい用途では本来のSOC より狭い範囲に充放電を制限して使用している。
例:本来のSOC20%をSOC0%、本来のSOC80%をSOC100%とする事で本来の上下の20%を使わないでサイクル寿命を延ばす(ややこしい)

・DOD (Depth of Discharge)
ディーオーディーもしくはデーオーデーと呼ぶ事が多い。
上記のSOCより使う機会が少ない用語。SOCと意味は近いが、放電についてのみ表す。
SOC100%からSOC90%になったときのDODは10%。SOC100%からSOC50%になったときにDODは50%。
ただしSOC60%からSOC10%になったときのDODも同じく50%。

・Cycle life (サイクルライフ)
バッテリが充放電可能なサイクル数。充電1回と放電1回をすると1サイクル。
カタログスペックのサイクル数は、新品のときのバッテリ容量から比較して充放電可能な容量が80%まで減るまでOperating voltageの下限まで放電、上限まで充電を繰り返して測定している。
例:容量10AhのバッテリをOperating voltageの範囲で10Aの電流で充放電サイクル2000回したときに実質容量が8Ahになった。このときのCycle live =2000[回]
Cycle Lifeは充放電の電流、充放電の上限・下限電圧、環境温度、によっても変化する。充放電の電流が小さく、充電の上限電圧が低く、放電の下限電圧が高く、温度が適温に近いほどCycle lifeが長くなる。逆に充放電の電流が大きく、充電の上限電圧が高く、放電の下限電圧が低く、温度が極端に高い(低い)ほどCycle lifeは短くなる。

・Internal resistance(内部抵抗)
バッテリ内部に存在する抵抗値。バッテリ温度によって変化する。
バッテリ温度が低くなるほど抵抗値が上がる。このため冬季や寒冷地ではバッテリ仕様前にバッテリ温度を上げるプレヒートをいかにするかが課題になる。
充放電を繰り返すと温度が上がるため、エンジンのエネルギーを間接的に出し入れするハイブリッド車では低温が問題になる事は少ない。(むしろバッテリが過熱しないよう冷却に気を付ける必要がある)

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          画像:Orion BMSの設定画面

・Charge working temp(充電可能温度)
安全に充電可能なバッテリ温度。0℃~50℃程度が一般的。この温度範囲外で充電すると爆発炎上の可能性がある。
寒冷地の冬では外気温が0℃以下になる事があり、寒すぎて充電できないという問題が起こる。
気温50℃の環境はあまり無いため、急ぎではない高温の場合は風をあてて強制空冷すればそのうち適温まで冷める。

・Discharge working temp(放電可能温度)
安全に放電可能なバッテリ温度。-20℃~60℃程度が一般的。この温度範囲外で放電すると爆発炎上の可能性がある。
放電に最も適した温度は40℃前後であり、-20℃や60℃でも放電はできるがパフォーマンスは落ちる。
温度上昇要因が少ないEVシステムでは温度をいかに40℃程度まで上げるかが課題となる。逆にエンジンから間接的に高いCレートでエネルギーを供給されるHVシステムでは温度をいかに40℃程度まで下げるかが課題となる。

・Cell(セル)
バッテリ1つの最小単位。

・〇S〇P
バッテリパックの直列、並列数。〇の中に数が入り、S(Serial)は直列数、P(Parallel)は並列数。基本的には同じ種類のバッテリーセルを直列、並列にする。別の種類のセルを組み合わせてバッテリパックにするメリットはまずない。
例:10直列2並列のLiPoバッテリパックを表すと、 LiPo10S2P となる。

3.リチウム系バッテリの直列接続

 リチウム系バッテリは種類にもよりますが基準電圧は3.3V~3.7Vです。スマートフォンなどではそのままの電圧で直列なしで使っている場合もありますが、多くの用途ではリチウム系バッテリを直列接続して高い電圧を得ています。
 リチウム系バッテリを直列接続したとき、単セルのときとは違う問題が発生します。個々のセルの電圧、電流、温度、内部抵抗などの事情は変わらないのですが、直列接続すると一番条件が悪いセルにパック全体パフォーマンスが引っ張られます。

・充電時の直列接続バッテリパック
直列接続バッテリパックの充電は全セルに同じ電流が充電されます。
何らかの原因で各セルのバッテリ電圧に差が生じた場合、充電時に電圧が一番高いセルがMaximum charging voltageに達したとき、仮に他のセルの充電が終わっていなくてもその時点で充電を止める必要があります。
以下に異なる直列数のバッテリパックの例を示します。

例1:1000mAh,3直列のバッテリパック充電時に1セルだけSOCが10%高かった場合にパック全体で失う本来充電できた容量
10% * 2 = 100mAh * 2 = 200mAh  (1000mAhのセル0.2個分)

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例2:1000mAh, 100直列のバッテリパック充電時に1セルだけSOCが10%高かった場合にパック全体で失う本来充電できた容量
10% * 9 = 100mAh * 9 = 900mAh  (1000mAhのセル0.9個分)

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以上の例から、同じバッテリパック内の電圧差であっても直列数が多くなるほど影響が大きい事が分かります。パック内の電圧差が起きないよう、後述するBMSによって各セルの電圧に差が出ないよう管理する必要があります。

・放電時の直列接続バッテリパック
充電と同様に、直列接続バッテリパックの放電は全セルから同じ電流が放電されます。
何らかの原因で各セルのバッテリ電圧に差が生じた場合、放電時に電圧が一番低いセルがMinimum voltageに達したとき、仮に他のセルの容量が残っていてもその時点で放電を止める必要があります。
以下に異なる直列数のバッテリパックの例を示します。充電のときと同様となります。

例1:1000mAh,3直列のバッテリパック放電時に1セルだけSOCが10%高かった場合にパック全体で失う本来放電できた容量
10% * 2 = 100mAh * 2 = 200mAh  (1000mAhのセル0.2個分)

例2:1000mAh, 10直列のバッテリパック放電時に1セルだけSOCが10%高かった場合にパック全体で失う本来放電できた容量
10% * 9 = 100mAh * 9 = 900mAh  (1000mAhのセル0.9個分)

・実際のバッテリパックで起きる事
実際のバッテリパックでは、BMSを使っている限り上記のように突然1つのセルのSOCが変化する事はありません。ただし実際に起きるのはセル容量差です。同じ種類、同じロットのバッテリセルを使っていても、生産時のバラつき、バッテリパック内の温度差によるパフォーマンス差と劣化具合の差などによってバッテリパック内のセルに容量の差が発生します。
仮に1つのセルの容量が何かの理由で他のセルの容量に対して90%に減った場合、充電時と放電時の両方でそのセルが一番早くMaximum voltageとMinimum voltageに到達します。またそのセルは他のセルよりも充電電圧と放電電圧が高くなる事により、使えば使うほど他のセルよりも早く劣化するという悪循環に陥ります。
対策としては、なるべくセルの性能差が出ないよう同一生産ロットのセルを使う、なるべく温度差が生じないようにするしかありません。またBMSで各セルの状況を把握し、特定のセルが劣化しているようならそのセルを交換する事でバッテリパックのパフォーマンスを回復できます。

・バッテリパックの温度特性
バッテリパックには使用可能な温度範囲と、40℃前後という適正温度があります。バッテリを多数集積してバッテリパックを作るとき、どうしても配置の都合で「中心部」に位置するセルと「端部」に位置するセルが出てきます(円形にでも配置しない限り)。温度の観点では、中心部にあるセルはセルの自己発熱によって温度が上がりやすく、かつ外気温の影響を受けにくくなります。また端部にあるセルは温度が外気温に近くなります。
バッテリパック内の配置が中心部か端部かによって、元のセルの性能が同じでも温度差によってパフォーマンスに差が出ます。パフォーマンスの差は電圧差になり、バッテリパックとして充電可能な容量と放電可能な容量が少なくなります。

4.BMS(Battery Management System)の役割

BMSとは、バッテリパックの各セルの電圧や温度とバッテリパックの充放電を管理するシステムの総称です。
1点集中配置するタイプではBMSと呼ぶ事が多く、分散配置するタイプではBMU(Battery Management Unit)やCMU(Cell Management unit)と呼ぶ事が多いですが、やっている事は同じです。
BMSの主な役割は、各セルの電圧監視、各セルのセルバランシング、充放電コンタクタ(リレー)のON/OFF制御、バッテリ状況による充放電可能電流を外部ユニットに伝える事です。BMSと呼ばれる製品ごとにやっている内容に差があるので、私が使っているOrion BMSを例として説明します。

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・各セルの電圧監視
最大168セルの各セルの電圧をリアルタイムに監視し、設定条件の範囲を外れれば放電コンタクタか充電コンタクタをOFFして過放電、過充電を防ぎます。

・各セルのバランシング
各セルに設定値以上の電圧差Δ(デルタ)があり、かつ設定電圧などの条件内にあるとき、電圧が高いセルを個別に200mAで放電させて電圧が低いセルに電圧を合わせるパッシブ・セルバランシングを行います。
個別放電だけでなく、セル間で充電を行うアクティブ・セルバランスの方式も存在しますが、構造が複雑になる割にメリットが少ないのでOrion BMSではパッシブ・セルバランスを採用しています。
基本的にはバッテリパック充電中で、かつ充電が終わりに近い頃にバランシングを行います。
充電するごとにバランシングを行っていれば、基本的にバッテリパック内のセルバランスが大きく崩れる事はありません。
(生産時の性能バラツキはどうにもならない)

・バッテリ状況による充放電可能電流を外部ユニットに伝える
バッテリパックが満充電で常温のときの充放電可能な電流(Cレート)は事前にわかりますが、使っている途中で充放電可能な電流はバッテリ残量(SOC)、バッテリパック温度などの条件により減少します。
Orion BMSではCAN通信かアナログ電圧(0-5V)のどちらかでインバータ(モータードライバ)などの外部ユニットに充放電可能な電流をリアルタイムで伝達し、バッテリパックを安全に使用できます。

5.理想的なリチウム系バッテリの直列接続バッテリパックを作るには

・BMSは必須
安全に、かつバッテリパックの性能を出し切るためにはBMSは必須です。

・セル特性をなるべく合わせる
極力同じ特性のセルが得られるよう、製造ロットを合わせたセルを用意します。
同じロットでも多少のバラつきは発生するため、必要数よりも多めに用意して性能(主に充放電可能な容量)を測定して吟味します。

・温度差がなるべく生じないよう配置する
配置によって、どうしても中心部と端部が出てきます。
HV車両のようにセル間に水パイプを通して過熱や冷却ができれば一番望ましいですが、水冷できない場合はセル間を熱伝導率が高い素材で繋ぐなどによりセル間の温度差が極力発生しないよう対策します。

6.最後に

 バッテリパックの性能が良いか悪いかはバッテリパック単体で決まるものではなく、用途によって体積、形状、重量、容量、放電電流、充電電流、サイクル数、温度特性、価格・・・などなど、様々な評価指標があります。
 汎用バッテリではある程度中間のパラメータを選ばざるをえませんが、使用目的がはっきりしているバッテリパックなら条件に合わせたバッテリパックを製造できます。
 BMSの話題から離れますが、バッテリパックが高電圧になるにつれて感電リスクが高くなって行きます。40V程度から上の電圧では感電対策をしっかりして作業に当たりましょう。
 私はこれから屋外で使える防塵防滴耐震で小型軽量な箱型LiPoバッテリパック(48V)を作ってみる予定です。

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