牛の歩み

切れども切れども髪は伸びる
洗えど洗えど垢は浮く
いつもどおりじゃないいつもの日々から
丁寧にふるいにかけた
よりすぐりのめんどくさいばかりが
背中のくぼみに降り積もり
風呂に入りたまに髪を切るのがいやになる
それが営みなんだとわかっていても
いつもよりもいつもじゃないからって
うずくまる
まるくなる
まずくまる
風呂も床屋も
遠ざかる

たぶん何も変わらない
どうせ何も変えられない
そんな顔なじみの前提に飲み込まれ
あまつさえだれかの無意味な赤信号
そして
なにもしなくなる
したくなくなる
身から出た髪と垢と
見えないとげとげの影にがんじがらめ
予想どおりの　本当に予想どおりの
「そんなはずじゃなかった」
どうどうめぐりのマイナス思考が
ワンルームマンションで
バターになりそうなほど
おいかけっこ

でも
そうなる前に
ゆっくりお風呂に入って
すこしばかしみづくろいして
ちょっと近所の床屋まで
お気に入りのマスクをつけて
散歩でもしませんか
床屋に行くのがアレなら
髪を切るはさみを買いに行くのも
いいかもね
（でも　自分で切るなら失敗には気をつけて）

帰るころには
マイナスにマイナスをかけてできた
ふくよかなバターも
できあがってますよ
ホットケーキミックス
忘れずに買いましょうね
それと
牛乳と
シロップも

それが牛の歩みでも
ただの散歩でも
外に行けなくても
この足で歩けなくても
何かを望んで
歩いてるうちは
なんとかなる気がするんです

帰ったら手を洗いましょう
手のひら　手の甲　指のまた　指先　手首まで
念入り念入り　念入りに
そしてマスクも洗いましょう
吸い込んだ息にといっしょについてきた
アスファルトと土とはっぱのにおいまで
洗い流されるのは
もったいないけれど

歩いてるあいだじゅう
外のほくほくとしたにおいを感じるのも
まちどおしいけれど
ホットケーキの焼ける
こうばしい香りも
まちどおしいです

ホットケーキの焼き目だって
時間かけなきゃ
できないですからね