冷夏に出会った星の子と

農家のいとこが困るほど
涼しい夏
雨の日に
星の子を拾った

しとしとの雨をよけるように
近所の生け垣で
ひとりでうずくまっていたそれは
星の形をしていて
弱々しく黄色く光っていて
あまりにも星にしか見えない
目も口もあるかわからないのに
わたしを見つめていて
わたしにほそぼそと鳴き声を
投げかけていた

触ったら熱いのかな
思いながらおずおず手を伸ばすと
しっとりとやわらかく
人肌よりすこし熱い
猫くらいの体温
元気がなさそうなのが
なんとなく感じとれたので
わたしは星の子をそっと持ち上げ
持ち合わせの空のトートバッグに
大事に入れて持ち帰った
星の子を拾うまでのあいだ
何人かが通りがかったが
だれも星の子には
気づいていなかった

部屋に帰ったら星の子を
ぬれタオルで丁寧に拭いて
バスタオルでやさしくくるんでやった
星の子はバスタオルの中で
安心したようにうとうと
しかし星の子は何を食べるのだろう
聞いてみたが言葉は通じないようで
とりあえず猫缶を階下のコンビニから
買ってきて出してやったが
食べてくれなかった

困り果てたわたしは
とりあえず子守歌を歌った
母が昔歌ってくれた子守歌
すると星の子はすこし元気になった
そうかきみは歌を食べるのか
親もわたしも歌とか音楽が好きで
昔の夢は歌手だった
CDだとかラジオだとかからも
歌を聴かせてみたが
そこまで喜ばないので
そこにいる人の歌が好きなのだろう

だからわたしはいろいろ
いっぱい歌ってやった
童謡だとかはやり歌だとか
好きな昔の洋楽だとか
そしたら星の子はどんどん元気になって
三日くらいで無邪気になついてきて
歌うようなすきとおった鳴き声で
わたしにうれしさを伝えてくれた

星の子だけに星の歌が好きなのか
お気に入りはスティービー・ワンダーの
アナザー・スター
親の好きなアルバムに入ってて
高校の学校祭で歌って
オーディションでも歌ったあの歌を
思い出して歌ってみたら
すごく好きになってくれて
すごくわたしもうれしかった

エアコンにあまり頼らなくても
気持ちのいい夏の日々を
家にいるあいだは寝てるとき以外
ずっと歌ってすごした
職場でもついつい歌が体から
わき出てしまうくらい
歌ってるあいだ星の子は
わたしにべったり
好きな歌を歌うと
光がほのかに強くなり
かわいらしいハミングするような
鳴き声を聴かせてくれた

長いこと使ってなかったキーボードを
引っ張りだしてきて
弾きながら歌ってあげるようにした
昔とったきねづかでも
星の子はすごくよろこんだ
星の子のハミングを聞き取って
それを曲にしてあげたこともあった
すっごくうれしかったのか
その日は一晩じゅう
煌々と輝いていた

歌手になろうと毎日歌いながら
練習を続けたのになれなくて
しまいこんだキーボードも
しまいこんだわたしの歌も
これですこし報われるのかな
わたしはその日の夜
星の子の輝きの下で
アイマスクの下で
涙を流していた

そんなふうにして
秋 冬 春を
わたしは星の子と歌いながら
通り過ぎていった

*

次の夏はふつうに暑くて
農家のいとこは助かったと言っていた
星の子も暑いほうがいいのか
ひときわ元気に歌を欲しがった
手のひらに載るくらいだった星の子も
大きくなって大きめのクッションくらい
星の子は寄りかかられるのが好きで
わたしも寄りかかるのが好きだった
暑い夏に寄りかかるのも
すこし暑苦しくはあったけれど

そんな夏のある日
わたしははちあわせした
アパートの隣の人に突然
声をかけられた
ギターケース片手の小柄な彼は
歌 うまいですね と
そういえば暑いからって
夜に窓を開けて歌ってたこともあった
迷惑でしたかと戸惑ったら
そうじゃないんですと
あることを持ちかけられた
彼がギター奏者として通う
ピアノバーで
奏者の欠員が出たので
弾き語りの仕事をしないか
そんな誘いだった

そういえば暑い夜に
窓の外からやけにうまい
ガットギターが聞こえてきたことを
思い出した
ただわたしもそのときは
なにぶんいきなりだったし
いぶかしくも思ったから
丁重に断った

暑い夏が過ぎて
紅葉がはじまりかけたころ
いとこが結婚することになった
ピアノを習ってたのを知っていた
いとこに請われて
結婚式で余興に弾き語り
演ったのはいとこのリクエストで
エルトン・ジョンの
ユア・ソング
人前で弾き語りなんて
久しぶりだったけど
いとこはいたく気に入った
わたしも改めてこの歌を気に入った
そして音楽をやってて
困ってる知人がいると
ある人を紹介された
それは偶然にもあの隣の人だった
こんなうそみたいなことがあるなんて
星の子がうちにいるのに思ってしまった

そんなこんなで その年の冬から
彼も演奏する小さなピアノバーで
週一で弾き語りを演ることになった
歌を仕事のひとつにすることはできて
やっと夢は叶ったのかな
ささやかにそう思った
彼とは出番の曜日が違ったが
部屋が隣ということで
よくやりとりしたり
助言を送りあったりした

そしてその次の夏ごろには
わたしたちはただの隣人とか
ただの同じバーで演る同士という
関係ではなくなっていった
彼が彼氏になってわかったのは
彼にも星の子が
見えるということだった
わたしにしか見えないと
ずっと思いこんでいた
彼が三回目くらいに
わたしの部屋を訪れたとき
ちょっとしたビーズクッションくらいの
大きさになった星の子を
隠すのを忘れてしまった
見えていた彼は
フツーのビーズクッションだと思って
触って面食らった
でもどういうわけか彼は星の子を
そのあとしぜんと受け入れた
星の子も嫉妬するのかと思いきや
彼にもべったりなついていった

そのうちわたしたちは
同居するようになった
星の子にも二人で
歌を聞かせるようにした
彼の好きな歌は
ビリー・ジョエルの
ザンジバル
アナザー・スターほどじゃないけど
星の子はそこそこ気に入ってくれた
ただ そのころには星の子の
好みも変わっていて
アナザー・スターより
ユア・ソングを好きになっていた

彼とふたりである日
星の子に寄りかかりながら話した
歌を聴くと元気になって
歌う人にべったりなつく星の子は
いったいどこからきたのだろう
そしたら彼はこんな話をした

彼がミュージシャンになろうと
東京で暮らしていたころ
小さな黒い猫を拾ったという
ペット禁止の部屋で隠れるように
黒い猫を愛でて撫でながら
ギターを聞かせながら
バイトとバンドの練習に明け暮れて
でも結局実りもなく芽すら出なくて
夢をあきらめると決めたその日
黒い猫が歌うように鳴きながら
なぐさめるようにすりよってきて
彼も泣きながら猫を抱いたと

猫は今でも東京で
彼の知り合いと暮らしていて
その知り合いがメンバーのバンドが
やっとインディーシーンで注目を
集めはじめたと
うれしそうに語った
そして星の子に寄りかかっていると
その黒い猫のことを思い出して
泣いてしまいそうになることがある
そんなことも言っていた

たぶん星の子は
きみやぼくがあきらめてしまった
夢のかけらで
ぼくらのもとにきて歌を欲しがった
根拠はないけどそう思うんだ
彼はそう言った
わたしはうなづいた

ふたりと星の子での三人暮らしは
幸せではあったが
懸念もあった
星の子は少しずつ大きくなっていた
ビーズクッションくらいのサイズなら
まだいいけれど
もっと大きくなるかもしれない
部屋から出せないくらい
大きくなったらどうしよう
そもそも星の子の生態もわからない
こんなことになるなんて

そのことをある日彼に話したら
彼は笑った 渡りに船だと
彼は実家の農業を継ぐつもりと
たびたび話していたが
実家なら広い場所があるから
星の子ものびのびできるんじゃないか
それは体のいいプロポーズだったが
受け入れる準備は満々だった

*

星の子を部屋から出すのは
やや大変だったが
なんとか引っぱり出して
痛かったかいごめんと言いながら
幌付きの軽トラに載せた
人に見られたらまずいと思って
夜も明けきらないうちに運び出したが
二人ほどに通りがかられてしまった
だけどその二人にも
星の子は見えなかったようだった

隣町の郊外にある彼の実家に着くと
星の子は軽トラから飛び出して
光りながらそこいらを飛び回った
そういえば外に出すのは
拾ったとき以来だった
このままふらふらと
どこかへ行ってしまうのではと
心配になったが
わたしたちのもとを離れなかった

外を気に入った星の子は
家の中や大きめの納屋にはいたがらず
はじめは少しずつ行ける範囲を
広げては戻り広げては戻りして遊んだ
そのうち 一時間くらいふらっと
どこかに行ったかと思ったら
どこかで聞いた歌を持ち帰って
わたしたちにすりよりながら
歌ってくれるようになった
そして農作業のあいまに
わたしたちは
星の子に寄りかかり
いっしょに歌を歌ってお返しした

星の子との日々も
いとこや夫の親たちには
全く見えないようだった
でも 出会って何年めかの
冷夏に生まれたわたしたちの娘には
星の子が見えていた
わたしや彼や星の子に劣らず歌が好きで
星の子はうれしそうに娘の歌を聴いて
ときに窓の外から娘に
わたしが教えた子守歌を歌ってくれる
寄りかかって歌う人数が増えて
星の子は人の背丈くらいに大きくなった

彼もわたしは今でも
農業のかたわら
あのピアノバーで週一で演っていて
星の子も
ときどきふらっと立ち寄って
バーの窓から覗いて喜んでいる
わたしが演っているとき
星の子が来たら
この子のハミングから生まれた曲を弾く
星の子の鳴き声のようなスキャットを
やさしいメロディに寄りかからせて



窓の外から
しっとりやわらかく
見えない光が
今日もみんなの微笑を包んでいる
ひとの理解をやわらかくまたいだ
ひそやかな奇跡は
音波にはのらないハミングとともに
ありふれた姿形をとって
いまここにある

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