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止まり木の嵐

ぼくは止まり木から落ちた
君は飛びたった
それだけのことさ
ぼくのことは忘れて
そのまま飛んでいってくれ

ぼくをぼくから解き放つ
君が君を脱ぎ捨てる
この小さな止まり木の上で
何者でもない二人になれた気がした
君は知らない国の言葉をささやき
ぼくは遠い世界の歌を謡った
飴色の陽を溶かしこんだカーテンの中
何をするでもない逢い引き
互いの羽をつくろいながら
昨日と今日と明日を一緒くたに
こねくり回し弄び満足の遊び
いつか飛びたつその日まで
いつかもわからぬその日まで
永遠の刹那の中で羽を休めつづけよう
そんなことを二人で思っていた
そんなつもりでいた

全てのページが空のスケジュール帳
君のことをそう思いこんでいた
全てのページを破り捨てた日記帳
ぼくは自分をそう思いこんでいた
君が本当はぼくをどう見ていたのか
今この瞬間でも思い出せない
無理もない もとからそんなことには
構いもしなかったぼくだから
誰でもなく空っぽでそれ故に
同じひとときにもたれ合える
二人きりの密やかな非武装地帯
静と動のはずれにある小さな解放区
そんな幻想を壊したのは誰だったか
君は問わなかった
問わずに行ってしまった
そもそもそんな問いを持つことなど
どころか幻想を持つことすら
君はなかっただろう
問いの主も答えもここにある
他でもない
やくざな幻想とともに置いていかれて
幻想から突き落とされたぼくだ

いつか君は言った
女性崇拝とは女性嫌悪が
姿形を変えたもの
そう あれは愛じゃなかった
君を女神だ聖母だとまつりあげ
ぼくを救えとしつこく追い詰めて
しまいには勝手に茨の冠と
重い十字架をあてがった
止まり木の上で誰でもなかった者など
誰もいなかったのだ
君は止まり木に降り立ったときから
君のままだった
既に止まり木にいたぼくは
ぼくを捨てる気などなかった
ぼくは君から君を奪い
ぼくだけの君にしようとした
そうして握り締めた羽が
手の中で折れた感触は
まだ掌に残っている
そこまで何の呵責も省みもなく
振りかざした力の余波が
自らの躯の中で 外で
羽を絡め取り打ちひしぐべく
嵐をおこす

思えば君はここまで
渾身の力で闇の中 黒い翼を羽ばたかせて
ようやくこの止まり木までたどり着き
一息ついただけなのだ
ぼくはというと止まり木の高みから
ただ見下ろすだけ 隙あらば見下すだけ
たどり着いた君も結局ただの物言う物扱い
気づかなかったしそんなつもりはなかった
しかし 罪に気づいたのが遅いか早いかなど
そのつもりがあったかどうかなど
君がぼくを責めていたのかどうかすら
問題ではない
自分の意志から離れた 何者でもない力の波が
ぼくの心と共鳴しながら断罪を躯に刻む
ぼくは握力を失い 羽ばたく力さえ絶たれ
獲物を見失い意識すら失った哀れな隼のように
ただただ墜ちるしかなかった

嵐に羽根という羽根をもがれながら
容赦ない重力に喉元を掴まれながら
見上げると 南中した太陽めがけ飛翔する君
ぼくが君を縛りつけなければ
君の羽を握りつぶさなければ
君はもっと早く 速く 強く
目指す高みへと至れただろうか

ぼくは止まり木から落ちた
君は飛びたった
それだけのことさ
ぼくのことは忘れて
そのまま飛んでいってくれ

なんて
口が裂けても言えない

止まり木でなく君にしがみついたぼくは落ち
君は羽を痛めた
それが君とぼくにで起こった全てのこと
ぼくの与えた痛みとともに
君は飛ぶ羽目になってしまった

ぼくは知らなければならなかった
飛びたつ君の羽を握り締めてはいけなかった
君が君であることを否定してはいけなかった
手前勝手な期待で縛りつけてはいけなかった
期待通りでなくても強迫してはいけなかった
君を一つの意思と認めなければならなかった
翼持つ対等な者だと尊重せねばならなかった

それで十分なのかは自信がない
でも やり直しがきくのならば
また やり直しがきくのならば
落ちながら ぼくはそんな贅沢な願いを

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