内向型を受け入れる
僕は虐待を受けていた過去があるのですが、
内向型という性質にも悩まされていました。
今回は内向型にフォーカスして書きます。
内向型と外向型という分類が存在する。
僕はその2つだと「内向型」に当てはまる。
グループよりも1対1での会話のほうが好きだったり、
発言や行動する前にはじっくり考えたい、
など診断テストをやってみると全てに当てはまる。
そもそも内向型と外向型という分類があるのは、大学生になるまで知らなかった。
今振り返ると、
中学・高校の環境もしんどかった。
授業中で言うと
「では、この問題を出席番号◯番の〇〇君」と当てられる。
今日は何日だから、その出席番号の人など
ある程度規則性を持って当ててくれる先生の授業は、まだ心の準備ができるので良かったが、
たまにランダムで当てる先生がいると
授業中はずっと緊張していた。
休み時間には教室の各所でワイワイと話が盛り上がっている。
楽しそうだし混ざりたい気持ちもあったので飛び込んだこともあったが
うまく馴染めなかった。
椅子に座って本を読むにしても、
周りの声がどうしても耳に入ってきて、
文章に集中できない。本を読んでいるふりをしていた。
虚しかった。
お昼休みに行く図書館が、唯一の心のオアシスだった。
ここまで書いてみて、
内向型という括りにしぼっていても
つらかったエピソードはきりがない。
大学生、社会人になって、
自分は内向型だと知りながらも
周りと同じようにうまく馴染もう
→でも全然できない、つらい
同じようなことを繰り返し
ずっとうまくいかなかった。
なぜうまくいかなかったのか?
それは自分と向き合うことから
「ずっと逃げてきたから」だと思う。
自分は内向的だからダメなんだ。
社会では外向的であることが求められるし、
自分は社会不適合者なんだ。欠陥品なんだ。
そうやって、自分の人生を、
もうどこか諦めていた。
でも「八木仁平の自己理解チャンネル」
に出会い、
考え方が変わった。
八木さんの言う
「あなたは生まれながらにして完璧な存在なんだよ」
「そのままで自分が苦なくできることで、
人に貢献できるし、感謝されることもできるし、人と愛し合って繋がることができる」
「頑張ることに価値なんて1mmもない、ゴミ」
という言葉を聞いて、すごく救われた。
僕はこれまでずっと、
内向的なのはダメ、外向的にならなきゃ、
頑張らなきゃ
本当は「苦しい、つらい」という気持ちを
押し殺して
自分から勝手にできない環境に飛び込んでいた。
勝手に苦しんでいた。
今まで、内向型の悪い部分ばかりに目を向けていたけど、
良い部分に目を向けたことがあったか?
良い部分を活かそう、磨こうとしていたか?
まったくしていなかった。
深く考え、冷静な判断ができる。
並外れた集中力がある。
など、調べれば内向型の良い所はいくらでも出てくる。
僕はこれからは、
内向型は「悪」なんかではない。
内向型であることを「誇り」に思えるように
活かしていくと決めました。
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