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麻衣とずん太の「知財コソコソ噂話」第5回(意外に複雑な黄金仮面とその著作権)

ずん太: 『ロボジョ! 杉本麻衣のパテント・ウォーズ』(楽工社)の発売から早くも半年が経ったね。Amazonや読書メーターなんかの書評を見ると、絶賛レビューと酷評レビューに分かれている感じがするなあ。読者の好き嫌いがはっきりする作品だったのかな?

麻衣: ずん太くん、酷評レビューを見ると、批判されているポイントはおおむね次の3つのようね。

①仮面の人物(黄金仮面)が登場する点からして荒唐無稽すぎる
②次々と犯罪を侵す仮面の人物(黄金仮面)をなぜ警察は逮捕しないのか?
③作品中に登場する知的財産に関する情報が基礎的すぎる

ずん太: 仮面の人物が登場するストーリーがNGなんて言い出したら、『タイガーマスク』の伊達直人や、『機動戦士ガンダム』に出てくるシャア・アズナブルなんかは、どうなのさ? それに、警察が全然頼りにならなくて探偵や素人が犯人を探し出す作品もたくさんあるじゃない? 知的財産を学ぶ本なんだから、基礎的な情報が中心なのも当たり前じゃん! プンプン!

麻衣: まあまあ、そんなに熱くならないで……。確かに、最近は仮面の人物が出てくる作品はあまりないから、それだけで「昭和チック」な感じがするのは確かよね。江戸川乱歩の『黄金仮面』が、もともとは大人向けの作品だったことを考えると、「仮面の怪人物が登場して私立探偵が事件を解決する」という作品に、当時の日本人はあまり抵抗がなかったようね。

ずん太: ところで、『黄金仮面」って、いつ頃の作品なの? 

麻衣: 初出は、昭和5年(1930年)から昭和6年(1931年)にかけて雑誌『キング』に連載されたものよ。満州事変の頃ね。乱歩がフランスの作家マルセル・シュウォッブの小説『黄金仮面の王』から着想を得たそうよ。

ずん太: なるほど。元ネタは外国なんだ。

麻衣: 少年向けに描き直されたものは、ポプラ社の少年探偵シリーズのひとつとして、昭和45年(1970年)に発売されているわ。

ずん太: 麻衣さんたちの前に現れた黄金仮面って、まさにこの仮面を被っていたよね。

麻衣: そうね。当時のポプラ社の少年探偵シリーズの背表紙は、黄金仮面の絵柄だったのよ。その頃の少年たちにとっては大きなインパクトがあったんじゃないかしら。この作品の影響を受けて、黄金仮面という名前のキャラクターが、藤子不二雄Aのゴルフ漫画『プロゴルファー猿』や、特撮テレビドラマ『秘密戦隊ゴレンジャー』にも登場しているわ。仮面のデザインはそれぞれちょっと違うけどね。『ゴレンジャー』に出てくる黄金仮面は、黒十字軍の「仮面怪人第1号」という重要な位置づけがなされているくらいよ。

ずん太: 黄金仮面って名前を勝手に使っていいのかなあ?

麻衣: 「黄金仮面」という呼称自体は、そもそも著作物でも何でもないから自由に使って問題ないわ。

ずん太: 江戸川乱歩の『黄金仮面』自体もOKだよね。現在の著作権法では、著作者の死後70年まで著作物が保護されるけど、2018年12月30日よりも前は、著作者の死後50年で保護期間が満了していたんだよね。だから、1965年(昭和40年)に亡くなった江戸川乱歩の著作権は2015年(平成27年)で切れているという理解で正しいよね。

麻衣: そのとおりよ。だから乱歩の作品は、青空文庫なんかで無料で読むことができるようになっているわ。

でも、使い放題というのは必ずしも正しくないわね。注意しなければならないのは、次の3つを別々に考える必要があるという点よ。

①江戸川乱歩の小説『黄金仮面』
②江戸川乱歩の小説『黄金仮面』の挿絵
③江戸川乱歩の小説『黄金仮面』を原作とした映像作品

ずん太くんの言っているのは、このうち①のことね。気を付けるべきは、②と③よ。まず、②の挿絵についてだけど、ポプラ社の少年探偵シリーズの挿絵を描いている柳瀬茂さんは、生没年不詳なの。柳瀬茂さんの著作権がまだ生きている可能性も否定できないわ。この仮面の絵柄自体に著作権があるのかどうかは微妙なところだけど…。その当時、この絵柄にどの程度の創作性があったのかが判断のポイントとなるわね。ちなみに、小説『クマのプーさん』については、日本ではその著作権は2017年5月に切れているけど、挿絵を描いた人は作家の人よりも20年も長生きしたから、挿絵の著作権はまだ存続しているわ。

ずん太: なるほど。個別に判断しないといけないということだね。

麻衣: ③については、小説『黄金仮面』の「二次的著作物」として別途保護されるわ。各映像作品の公表年を調べれば、今でも著作権が生きているかどうかを調べることは難しくはないわね。

ずん太: 『黄金仮面』ひとつ取っても、権利が生きているかどうか判断する作業って、色々な視点が必要なんだね。

麻衣: それにしても、『黄金仮面』って、とても古い作品だけど、その冒頭にとても意味深いことが書かれているのよ。

この世には、五十年にいちど、あるいは百年にいちど、大戦争とか、大流行病などとおなじに、どんな小説家の空想よりも、もっととほうもないことが、ひょいとおこるものだ。(『少年探偵江戸川乱歩全集〈27〉黄金仮面』P.8)

ずん太: 現在のコロナ禍の状況を見ていると、まさにそう感じるね。

麻衣: 米国同時多発テロ(2001年)東日本大震災と原発事故(2011年)新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延(2020年)、といった次々に起こる大事件を見ていると、五十年や百年にいちどなんていうレベルではないけどねえ……。



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