『魔法少年☆ワイルドバージン』に寄せて

WV_B1ポスター_あり

「プロダクションノートを書いてください」と言われて、非常に困っている。
普通はこんなことでぶつかった、とか、 こんなことで苦労した、とか、こんな部分で妥協して悔しかったなどを書くべきなのだろうが、企画段階、脚本段階、 現場、編集段階、そして宣伝が始まっている今に至るまで、ずーっと笑っている気がする。
本当に楽しかった思い 出しかないのだ。
だが、だから「これでハッピーエンドでお終い」という訳にもいかない。
自分なりに順を追って 整理してみようと思う。

まず企画段階。
始まりは、僕の処女作『黒い暴動♡』を湖畔の映画祭で上映したいただいた際に「宇賀那くん、次 はどんな映画が撮りたいの?」と聞かれ、気づいたら「30歳を超えた童貞が魔法使いになるようなぶっとんだ映画 を撮りたいですね」と答えたことだったと思う。
恐らくその当時、「それは予算的に無理だから」とか「映画って こういうものだから」みたいな言葉を嫌って言うほど聞いてうんざりしていたし、(僕も大好きではあるのですが) 半径数メートルを描いた映画ばかりの現状になんとなくイライラしていた時期だったのだと思う。半ばノリで言っ た答えだったが、それを聞いた皆が爆笑してくれて、嬉しかったことは強く覚えている。
そういえば小さい頃、僕 が観て憧れた映画はどれもこれも日常なんてぶっ飛ばして笑顔にさせてくれていた。 そうだ、誰に馬鹿にされてもいいから、「大人の本気の悪ふざけ」をして日常がぶっ飛ぶような映画を作ってみよう、 そう思った。
そして、それだけライトに作る映画だからこそ、僕の想いを全てぶつけてみよう、とも。

僕は幼稚園のときに登校拒否をしていて、 1日しか幼稚園に行っていない。
母が家事をしているときは独りでヒーロー のフィギュアで遊び、母の買い物に付き合って外に行き、家に帰ると母と僕の借りてきた映画を2人で観た。
小さい頃から映画は大好きだったから、その時間は僕にとってとても大切な時間だった。
そんな母は僕が 21歳のとき に癌で死んでいる。
残念ながら僕の撮った映画は1本も観てもらうことが出来なかった。
だから、僕はこの映画の主人公、星村幹夫に自分を重ね、託したのだと思う。

余談だが、僕が小さい頃、母が借りてくる映画とは大体スプラッターだった。
母の携帯電話の着信音はゴブリンの『サスペリアのテーマ』で、昔子供の日に『悪魔のいけにえ』のドキュメンタリー『ファミリーポートレート』をもらい、 僕は母の日にダリオ・アルジェントのボックスセットを返したりしていた。
その影響からか、僕もスプラッターや ホラーコメディの日常をぶっ飛ばしてくれる痛快さが大好きだった。
本作で度々登場する飛躍した展開、突っ込みを入れない笑い、血反吐などはその頃に観た作品の影響を多分に受けている。
一方で、その頃僕が借りてきていた のは子供らしく大概『アン〇ンマン』で、「アン〇ンマンは顔をあげても痛くないなら、毎朝街の皆に顔を配れば いいのに」と思っていたことへのアンサーとしてこの映画の「魔法」には「代償」という痛みが伴っている。

脚本に関しては、僕の中で「(自分の話だから)純愛映画にしたい」「(自分の話だから)登場人物はひたすら一生懸 命」「( ホラーコメディにならって ) 至極下らなくしたいけど、笑いのためだけのシーンや台詞は作って時間を停滞 させたくない」「( ホラーコメディにならって ) 突っ込みは一回だけ」「( アン○ンマンにならって ) 魔法には代償が 伴う」という5つのルールが厳格にあったため、苦労した記憶はあまりない。
強いて言うなら、一時期魔法使いヒーローを5人登場させていた時期があり、このときは「蟹を綺麗にむける」と いう魔法が使える代わりに「横歩きしか出来なくなる」という代償を与えたりしており、いささか迷走していた感 は否めない。
大人になった僕の想いも星村、月野、秋山、彩香、そして少しだけ小池と高橋にも込めたのだが、長くなるのでここでは割愛させていただく。

キャスティングに関しても迷いはなかった。
星村役の前野朋哉くん、月野役の芹澤興人さんは前から知っていて、 絶対に 2人以外にあり得ないと思っていたので、当て書きに近い形で脚本を書いていたし、秋山役に関しても脚本を書き進める中で佐野ひなこさんがすぐに浮かんできてオファーしたら快諾していただけた。
田中真琴さんは一度お会いした事があって、芯が強くて真っ直ぐなところが彩香にぴったりだと思い、映画の出演経験はなかったが、オファーさせてもらった。
セクハラ上司小池役の濱津隆之さんを含め、30名は僕の(マントヒヒにならなくてはいけない ) ワークショップに参加してくれた方々から出演していただいた。
最後に、伝説の童貞魔法使 い高橋役に関しては、僕の前作『サラバ静寂』で杉村という役を演じてもらったときに、本当に色々な提案を持ってきて ( 最高に良い意味で ) 度肝を抜いてくれた斎藤工さんに絶対にお願いしたいと思ち、オファーしたらこちらもすぐ快諾してくれた。
我ながら「大人の本気の悪ふざけ」を実現出来る最高な布陣になったと思う。

現場もひたすら楽しかった。何よりキャスト皆が楽しんで、素晴らしい芝居をしてくれたし、スタッフも「これど ういうことなんだ…」とか言いながら、楽しそうに僕の書いた無茶な脚本を実現するために奔走してくれた。
6月下旬から 7 月中旬にかけての撮影で梅雨と猛暑にやられそう…と心配していたが、雨にも殆ど降られず、暑さも猛 暑というほどではないうちに撮りきることが出来た。
…と言ってもマントヒヒを被らなくてはいけない芹澤さんは 暑そうだったし、マントヒヒを被らなくてもいい濱津さんもなぜかいつも汗をかいてシャツがびしょびしょだったけれども。
また、工さんからはクランクインの前日に「監督、高橋の設定なのですが、禁欲しすぎて金玉が二個爆発した設定に していいでしょうか?また、精子が浮き出て、髪が白くなったという設定はいかがでしょうか?」と連絡が来て、笑わせてもらった。
実際にその工さんのアイディアを採用したかは本編でご確認いただきたい。

アフリカとアイドルの共存する部屋を作ったり、ロケーションの数も多くて大変だった美術部は、大変ながらも「僕がチキ○ラーメンのヒヨコに似てる」という毎回恒例のいじりから、主人公達が働くすこやか保険のマスコットを、 僕の写真を見せてデザイナーに発注したヒヨコ ( どういうことだ ) にしたり、僕の長編映画の助監督を毎回担当し てくれている平波さんをいじった平波ビールというビールを作ったり、ずっとユーモアを忘れずにいてくれた。
何はともあれ、そうこうしているうちに 2 週間の撮影はあっという間に過ぎ去り、皆さんが「大人の本気の悪ふざけ」の共犯者になってくれたおかげで、最終的には脚本より4シーンも追加して、現場を終わることが出来た。

仕上げでは、脚本のト書きにさらっと「オーラが出ている」と書いてあったせいで200カット以上もCGが必要になってしまったし、今回は愛すべきしょぼいCGが必須だと思っていたので、出来上がってきたCGを見て、もっとしょぼいCGでお願いしますという謎の発注を繰り返したが、CGを担当する若松さんは文句1つなく、素晴らしいCGの 数々を手掛けてくれた。
音楽に関しても1度仕上がったのちにやはりあと10曲以上追加したいと言い、いつものように小野川さんを筆頭とする音チームを発狂させてしまったが、こちらもまた素晴らしいクオリティの音楽の数々が追加されて、よりエンターテイメント性の高い作品になったと思う。

宣伝に関しては、キャスト全員の名前をリリースに載せてほしい、ビジュアルにも全員載せてほしいと、まるでさもそれありきだったぞくらいにさらっと伝え、宣伝部の矢部さん、デザイナーの内さんにも色々大変な想いをさせ てしまったが、全員で作り上げた映画なので全員の名前が載っているのは僕としてもやっぱり嬉しいし、ビジュア ルも本当に最高のビジュアルになったと思う。
そして、今もなお「こうしたらどうですか?」「こうしましょう」と連日のように、数々の提案が飛び交い、楽しみながらこの映画を広めるために汗を流してくれている。
こうやって思い返してみると、この映画そのものが楽しかったというのも勿論あるが、周りのキャスト・スタッフがすごく楽しんでこの作品に参加してくれたからこそ、僕も楽しめているんだと思う。
日常がぶっ飛ぶような映画を作りたいと思っていたが、気づけばまた映画が僕の日常をぶっ飛ばしてくれていた。

子供の頃の僕に、そして母親に教えてあげたい。
大人になったら、独りではなく沢山の仲間と本気の悪ふざけしながら、毎日笑ってるよ、と。 

だから映画はやめられない。

          『魔法少年☆ワイルドバージン』監督 宇賀那健一

■30歳を超えた童貞が魔法使いになるラブコメファンタジー
『魔法少年☆ワイルドバージン』(監督・脚本・企画)
【出演】前野朋哉、佐野ひなこ、芹澤興人、田中真琴、濱津隆之/斎藤工 他
【主題歌】忘れらんねえよ『みんなもともと精子』
2019年12月6日(金)より新宿バルト9、ブルク7梅田 他 順次全国劇場公開。
【製作年度】2019年
2019年12月6日新宿バルト9他全国劇場公開中。

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