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神原沙樹は浴びせられた肉片と血の海に笑顔を失い、傍にいるはずだったサメのような鋭い歯をもった女の声すら聞こえてこない状況に憎しみすら覚えながら我を失いそうになる瞬間にポンっと肩を叩かれてほんの少しだけ繋ぎ止められた現実との接点を掴み取るようにして宙を掴もうと右手を差し出す。

「わかってくれたかな。君が列を無視してこの場所に立っていたからこうなったわけではない。彼は自分の意思で死を決断したんだ。これが今の世の中であり、君にはおそらく変えることの出来ない日常の一欠片だ」

それでもやはり何も言葉の出てこない神原沙樹は涙を流すことすら居た堪れなくなりながら何度も頷いて電車の車輪と鉄製のレールが擦れる音とバラバラに砕かれてしまった人間の身体とどうしていいのかわからないまだ未熟な子供の心を諭そうとする大人の気持ちをごちゃ混ぜにしたまままるで魔術回路が本当に存在しているみたいにして神原沙樹の呼吸を困難にして息苦しくて立ち向かえない現実のほんの一部を受け止めさせようとする。

彼女の後ろに立っているのは薄い髪の毛を左側に流して風にたなびかせたまま哀愁を漂わせる四十代後半の田辺茂一執務室開発局室長であり、彼は予期していたにも関わらず突然やってきた中年会社員の自殺現場に身じろぐこともせずただ淡々と話していることに神原沙樹は愚か周りの通行人たちも何も言えず、徐々に慌ただしくなり騒がしくなってきた現場の様子をとても遠い目をしながらただ呆然と立ち尽くしている。

「驚きましたね。人の死に遭遇するケースは沙樹さんの長い人生を未来予知的に拝見したとしても決して確率の高いものではありません。それが一日の間に二度も出会っているのです。今、現在起きている心の高揚感をプラスと捉えるかマイナスと判断してしまうかは沙樹さん自身の問題ではありますが、正直に申し上げれば心拍数の高鳴りを好意的に脳内が判断しているという事実が濃厚です。けれど、もし人間であろうとするのならば夢の国と履き違えてしまうのはご遠慮なさったほうが身のためです」

透明な存在がまるで心の声みたいに耳元で囁いていることでどうにかして現実との接点を見つけ出した神原沙樹は正気を失う寸前で自分自身の酷い有様を垣間見てなんとか先程の精神科医とのセッションを思い返すことで私は大丈夫なんだ、私は大丈夫なんだ、私は大丈夫なんだと祈るように呟き続けながら残念なことに誰か大人の手で救い出される瞬間のことを心待ちにしてしまう。

「そうだろう。君がそのように振る舞うのは当然であるし、ここから先はぼくら大人の仕事であることは認めよう。このような事態に遭遇した場合、私は成人の男性として至極当然の理屈の行動に出るつもりであるけれど、今すぐ私の手をとって京王線から新宿駅に向かうことを辞めて、まずは身体にこびりついてしまった穢れを洗い流すことのお手伝いをしたいのだが、素直に受け入れてくれるかね。もし必要ならば、君の、いや、君たちの目的地まで送り届けることも微力ながら手を貸してあげたいんだ」

あっという間に京王電鉄のホームは人だかりが出来て神原沙樹は駆けつけた駅員と警察官に囲まれて事情聴取を受けなければいけない状況に追い込まれているけれど、心身を喪失したままやり過ごすことを田辺茂一はどうやら進めているようで、なぜならば、彼女の『スイーツパラダイス』は浴びせられた血飛沫を吸い付くし、キラキラと光り輝きながらまるで英雄のように振る舞うように形状記憶的に元の形に戻してしまおうと振る舞っている。

これこそが縫針孔雀の仕立てた技術の粋が集結している理由であるけれど、神原沙樹はこれからはテレビのなかの魔法少女や誰にも負けないヒロインのように振る舞うことで身体機能覚醒援護スーツ『スイーツパラダイス』を着こなせるだけの美少女になっていく必要があるのだと頭のどこかで気付いてしまう。

「いえ。あの。私はもう大丈夫です。星屑が私の帰りを待っているのですから、こんなところで弱音を吐いているわけにはいかないのです」

神原沙樹はそんな風に気丈に振る舞いながら拳を握りしめると、せいいっぱいの力で血液で汚された駅のホームに向かってどこかのテレビ番組で聞いたことがある必殺技を叫んで『スイーツパラダイス』の能力を解放状態へと移行させる。

「ふふふ。君の初めての必殺技がコスモ地獄拳とはね。次はきちんとオリジナルの名前を叫ぶんだ。そのスーツは必ずや君の期待に応えてくれるはずだよ。正義の味方を名乗るのに早すぎることはないのだからね」

地面に向かって一閃を放った神原沙樹の渾身の一撃は視覚的にも聴覚的にもそれから嗅覚的にも周りの世界を一新させて美醜の判断を完全に逆転させてしまうと、さっきまで中年男性会社員のバラバラになった肉片と血液に慌てふためいていた人々がまるで崇高な芸術でも鑑賞するようにして京王電鉄が所有する8000系の赤く染められた車体を褒め称え始めて、目が覚めた駅員たちも警察官を押しのけて新宿行きの黄色い線の内側に一斉に並んで発車用の笛を吹くと、前後をきちんと丁寧に確認して車掌に合図を送り、戸惑う乗客たちが乗り遅れないように誘導した後に、既にヒロインとしての自覚を刻み込んで星屑の煌めく袖を捲って力を誇示しようとしている神原沙樹を車両内部へと案内すると一矢乱れぬ動きで再び運行をダイアグラムに基づいて再開させる。

「そうです。これが貴方の力なのです。決して現実に縛られるのではなく貴方自身が見たい世界を思い描くことで塗り替えることができる。『スイーツパラダイス』はもはや決して沙樹さんの夢なんかではないのだということをご理解頂けましたか?」

サメのような鋭い歯をもった女は神原沙樹の想像力の翼が解放されたことで水を得た魚のように『ウーブ』によって飛び回りながら既に拡張された意識の片鱗を掴み取ろうと空から声を降り注がせるけれど、乗客たちの中には突然異世界へと迷い込んでしまった為に正気を失って発車寸前の列車に飛び込んで短い人生に終わりを告げてしまう。

けれど、どうにかして見ず知らずの大人たちが身勝手な理由と理屈で命を失ってしまうことになんて興味がないのだが当たり前なんだと神原沙樹はようやく気付いて白鳥のように華麗に『スイーツパラダイス』をはためかせてもはや宇宙空間と同義と化した神原沙樹の周囲の空間の超常的エネルギーの集約した京王電鉄特別快速列車『銀河鉄道アルテマ』に乗り込んで、立派な社会人でいることを辞めてしまった大人たちと電車という箱の中で自由を縛られる理由が何一つないことに気付いた子供達と一緒にリンゴやバナナやイチゴやミカンやパイナップルやメロンやスイカが宙を飛び交う『スイーツパラダイス』へと飛び込んでいく。

「やぁ。私も君たちに乗り遅れないようにタガを外してみたんだ。お気に入りのE.マリネッラのネクタイなんてこのようにして額に巻きつけてしまった方がいっそう優雅だろう。さぁ、どこに連れて行ってくれるんだい? 新しい世界の主人公である君ならば、きっと『白い羽根大聖堂』にだってひとっとびのはずだ」

紺色の高級ネクタイをバーコード状に棚引く脂ぎった黒髪がたなびく頭部にまきつけて白いワイシャツのボタンを三つ目まで解放してしまった田辺茂一がご機嫌な様子で『銀河鉄道アルテマ』の吊革に掴まったまま器械体操をしているけれど、神原沙樹はどうやらそんな大人には構っている余裕がないのか、右手の人差し指と中指を額に当てて意識を集中して決して彼女の無限大の底知れぬ幻夢の世界が邪魔などされないように第六感だけでなくセブンスセンシズと呼ばれる超能力的領域に存在している脳味噌の限界地点まで乗客たちを誘おうとする。

あははと笑いながら頭部が半分だけ取れた会社員が血液を破裂した水道管みたいにして近づいてくるけれど、今度こそ決して誰にも涙を流させないんだと決めた神原沙樹は丹田に意識を集中して最強最大の必殺技の名前を一気に叫んで時空消滅現象を自ら肯定して正義の味方としての自覚を発揮する。

「ミラクルフリッパトリップ!!」

あまりの冴えない名前に田辺茂一が思わず吹き出してしまうけれど、神原沙樹の渾身の力が込められた右手の拳からは眩いばかりの星屑が一気に飛び出して、ふざけた笑い声と残虐性を履き違えた自称悪の大幹部である一般サラリーマンを第八次元がきめ細やかに編み込まれた極薄の空間の中へと転送処理して、田辺茂一の不用意な嘲笑すらもあっという間に異空間へと追い出してしまう。

「さぁ、やってきますよ。沙樹さんの宿敵『冴えない大人』たちが生半可なギャグと取るに足らない冗談を一緒くたにしたままサブさの局地へと連れてこようと襲いかかってくるはずです。沙樹さん、あなたは産まれたままの形を忘れてはいけません。この時、この瞬間、この場所で、心の底から湧き上がってきた衝動そのものを決して逃すことのないまま拳の中に押し込めて生きることを決意なさい。それこそ、私が非存在透明化現象によってあなたを援護する理由です。ぶっ飛ぶことだけが唯一絶対の正義なのですよ」

極彩色のフルーツたちと無限に広がる星屑の中を『銀河鉄道アルテマ』は時速百二十五キロで縦横無尽に駆け抜けて重力すらからも解放されていくけれど、まるで愛しさと切なさと心強さが一体化したような素人集団が次から次へと押し寄せてくるので、神原沙樹ははぁはぁといやらしくもなんともないままに息切れをして膝を抱えた後に両手の拳を握りしめて音速で次々にオリジナリティあふれる必殺技を繰り出して、胃腸が弱すぎてはみ出てしまったおじさんや髪の毛のトリートメントが足らずに艶と潤いを失ってしまった女性社長や意味深い言葉の数々に酔っ払いすぎてついつい不純異性交遊こそが真理しんりであると悟り始めた美人プログラマーなどが両手両足指先などに不具合を発生させたまま暴れ回っているのを暴力と優しさによって粉砕していく。

「いやぁ、君は素晴らしいね。それがヒダリメの力かい? 溢れんばかりのやる気で漲っていてこちらは気後しそうだけれど、おじさんも負けてはいられない。筋肉こそ正義だと私の第六感が騒ぎまわっているんだ。一緒に新世界の扉を開けてしまおう!」

まるで田辺茂一が話しかけている声など無視している神原沙樹のヒダリメはまるで別の生命体のようにギョロリとあたりを見回したかと思うと、鋭い光を帯びて輝き始めて彼女こそが運命という歯車の極点によって選ばれた戦士であることを伝えた挙句に、彼女を『銀河鉄道アルテマ』の窓の外を飛び交うフルーツたちと同じ光に包んだ後に目にも止まらぬスピードで『スイーツパラダイス』の本領を発揮する。

「あはは! 私こそがピンクローターに選ばれし道案内人。あなたの心と身体に縛り付けられていたタガを完全に解放させることで超自我の向こう側の世界へとつれていってさしあげましょう! さぁ、精神同位体としての白い羽根をお呼びなさい! 私たちは今こそ! 魔法少女になりかわるのです! しかも本物の!」

神原沙樹はローリングソバットを決めてメロン頭の巨乳OLの顔面を裏拳によってすっかり調子にのって無傷で帰れると思い込んでいるちょっとだけ美人なコンサルタントなどを思い切り叩き潰した後に、両手を脇腹のあたりで構えると気合と根性のエネルギーを溜め込んでいっきに『銀河鉄道アルテマ』の車内に入り浸っている全く面白みのない一般人たちを十歳の少女が抱えるストレスフルなピュアネスによって何かもを吹き飛ばしてしまう。

「みてくれていますか? お父様! コンプレックスなどイマージョンの力の前には無意味なのです。ペインイズビューティフルと私は声に大にして叫んでやります! 沙樹は宇宙怪獣すら吹き飛ばしてしまう力を手に入れたのです!」

息を荒げながら精一杯の声で叫んでしまうと、神原沙樹は抑圧された欲望の塊と一緒に汗を流してようやく一人前のヒロインとして自覚が出てきたことを全力でアピールする。

しかし、そんな神原沙樹をあざ笑うように嫉妬と強欲に全神経を侵されたごく普通のおばさんがどうにもならない美容院の安いパーマをかけて失敗した様子で隣の車両からひどく無遠慮な服装と一緒に入ってくると、ずかずかと図々しく空いた席に大きなお尻で幅寄せをして無理矢理にくたびれたおばさんとしての居場所を確保しようとする。

あっという間に冴えない素人たちを片付けてしまった神原沙樹は圧倒的な無力感に襲われて、ここが虚無のもたらした想像力の端っこのほうにある劣化した普遍性の象徴世界の入り口なのだと気づくと、小さくてまだ可愛らしい両手を胸元で重ね合わせて祈りを捧げながら、ヘルツホルムの住人として彼女の保護観察を引き受けている『九琶礼』を召喚しようとする。

「待たせたね。うっかり君が魔法少女マドカマギカに憧れて、魔女の命と引き換えに他の誰かと契約なんてしちゃいしないかを恐れて身を隠していたんだ。ぼくは残念ながら、きゅべれいという。そんじょそこらの使い魔とは訳が違うのだということさえ覚えてくれたのならそれでいいんだ。さぁ、いこう。木星蜥蜴さえ片付けてしまえば、君の想像力は無限大を超えてアストラルオーシャンの向こう側へと到達できる。わかっているね、君はアンドロギュヌスの化身なんだ!」

神原沙樹の目前に白い煙とともに突然現れたのは元と同じ大きさほどの白い身体と長い手足の『九琶礼』で一気に全身を伸ばして、不可思議な魔法使いのように金言めいた言葉を言い残し現実感が薄まった空間を侵食するとと悲劇的な結末など感じことのないままに自律的進化を神原沙樹に促そうとする。

「さて。大人の仕事はここまでだ。君には有能な情報端末素体が傍についてくれているらしい。主観言語と客観言語の使い道さえ誤らなければ道筋が不明瞭になることはないはずだと心得たまえ。ここからは一切の遠慮はない。大人と子供を自由自在に行き来しながら好き勝手な人生を歩むといい。大切なのはこれを無くさないことだぞ」

汗をびっしょりとかいた額を綺麗に折り畳まれて丁寧にアイロンのかけられたハンカチで拭き取ってまるで決められた役割しか実行しない機械のように冷静に話し終えると、右手で神原沙樹のまだ膨らみきっていない左胸をがっしりと掴んでセクシャルハラスメントすれすれの行動を処理した後に、ひどく愉快な気持ちをばら撒くようにして大きな声で笑いながら『銀河鉄道アルテマ』の車内に実った禁断の林檎をもぎ取って知性の証を見せびらかしてまたしても隣の車両に消えていく。

「透明化出来るのはここまでですね。ここから先はあなた一人では難しいはずです。黒猫流忍術『猫神おかゆ』を披露する時がやってきたようです。深海を泳ぎ回るサメのフォルムにこそロマンチックは宿ります。覚悟はよろしいですか?」

サメのような鋭い歯を持った女は右腕につけた万能時空時計『クロノス』のネジをぐるりと回して普段は感じることすら出来ない高次の領域を捻じ曲げて可視化状態へと移行させると、内部と外部を逆転させて現在志向を確率的に介在化させてしまうと、時間と位置の関係性を無効化させてしまう。

「それでは沙樹の背中はもう任せてもよいのですね。『スイーツパラダイス』の性能は大体掴めてきました。今度は『ガイア』を利用して、一瞬を切り裂きながら最高速を全身で感じてみせます」

いつのまにか身体が腐食して壊死の始まって取り返しのつかない肉体の一部を顧みる余裕もないまま群がり始めた社会性不適合障害『ペットセメタリー』たちが言語化機能を遮断したまま思考停止状態であることに一切の罪悪感を抱くことがないままステップを踏み始めて近づいてくるけれど、神原沙樹とサメのような鋭い歯をもった女が背中合わせに太極図を構成して善悪の彼岸とは何かを悟りの境地の一歩手前に到達したまま蓮の花が満開に咲き誇った形象のまま迎え撃とうとする。

「あぁぁ。ありのままーのー」

「すがたをみせてくれればいいのよー」

「ああぁぁー。ありのままのー」

「じぶんをすきになってー」

「なにもこわくないのよー」

恐ろしいことにすでに流行がすぎさってしまったはずのポップソングを口ずさみながら『ペットセメタリー』がフルクサス運動を展開し始めると、ダダイズムとはつまるところ大衆性を劣化させたまま時間概念を強制的に解放することで、パフォーマンスだけが零距離射撃に最も適した抑圧記憶の行動制限を解除する方法だと御説教を垂れ流し始めるので、サメのような鋭い歯を持った女は偶然ツイッターでみつけた地下アイドルのASMR処理された高音質サウンドを密閉式のイヤホンで再生するようにして黒猫流忍術の真髄へと近づいてメタファーではもはや現実を肯定的に表現することなど出来ないのだという事実を思い知らせる。

「あぁぁぁ。ありのままーのー」

「そらへーかぜにのってしまうとしたらー」

「あぁぁぁぁ。ありのままでー」

「とびだしてみてしまえばー」

突然ちょっとした替え歌まで飛び出して自由とは何かを懸命に訴えようとする『ペットセメタリー』が人生の本懐とは笑いにあるのだとひどく真剣な表情で訴え始めるのだけれど、この状況で一体どうやって笑うことが許されるのか判断出来るものが『銀河鉄道アルテマ』車内には一切存在しないことがわかり、量的判断の曖昧な集団において設定された価値基準の変更を随時実行することで、なんとかこの場における最低限度の腹式呼吸の突発的で断続的な運動によってホットな話題をできる限り滑らないようにすることだけに終始している女性型『ペットセメタリー』をサメのような鋭い女がつい本気で嘲笑ってしまう。

「時事ネタを織り込みながら現在の逆三乗方程式を記憶野にまで適応するとは正直言って私の忍術でも追いつけるかどうかはわかりませんが、この勝負はパワーインフレーションを引き起こしたほうが自然と負けてしまう設定になっています。問題はゲームマスターのごきげん取りなのだということを皆が忘れてしまっているようですね」

『クロノス』によって変転した多次元空間を自由自在に『猫神おかゆ』の感度抜群の催眠音によって出来る限り『ペットセメタリー』を現実へと引き戻そうとしているサメのような鋭い歯を持った女の力は既に時空連続体の中で最も高度な遊戯性を持続させているけれど、かといって彼女自身の力ではもはや高密度な普遍性では何もかもが同一化されたまま性の価値観ですら逆転してしまいそうで、神原沙樹は『ガイア』をまだはきなれていないせいでできてしまった靴擦れのことなど気にしている余裕はないのかもしれないと気を引き締める。

「素晴らしい忍術だと思います。これからはお姉様と呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか。きっと大人になるための試練を乗り越えなければいけないと『スイーツパラダイス』の一体化現象によって理解することができます。『九琶礼』さん、私と一つになってください! エッチなところをめいっぱいに刺激してほしいのです!」

「そらきた! ぼくの存在が君にとってのアニムスになっているとすぐにわかってくれたんだね。いくよ、ヴァギナのない少女がどうしてヒダリメに選ばれてきたのかを読者諸君に思い知らせるんだ。破滅転向常軌保存仮想限界プログラム『プルトン』を発動する! いけ! これが超現実主義宣言だ!」

『九琶礼』は神原沙樹の胸元から飛び出ると、急激に自身の身体を位相幾何学的に最大限度の拗れによって表面体積を限りなく極小の状態へと近づけていくと、まるで寄生虫のようにあどけない鼻腔から体内へと侵入して擬似エーテル回路として全身に取り込まれていく。

「うふふ。私には叶えられなかった夢ですね。ならば、私も時間概念を圧縮してさしあげましょう。これならばこの空間内であなたの速度においつけるものは何処にもいないはずですから」

次々に幽体離脱を実行してまで神原沙樹とサメのような鋭い歯を持った女の行く手を遮ろうとする『ペットセメタリー』は破滅転向常軌保存仮想限界プログラム『プルトン』によってハイパーリアリズム化した知覚認識に取り込まれてしまうと、彼らの主体化した人格はトポロジー概念とへ昇華されていったまま不可逆状態へと到達してしまう。

「お姉様。本当にこれでよかったのでしょうか。これでは沙樹の現実から普通の大人達がどこかへ行ってしまい、いくばくかの影響だって消えてしまいます。難しい言葉はよくわからないけれど、少し迷ってしまいます」

「異質性の削除による異化効果の影響と言いますよ。けれど、全く問題はありません。よく周りを見てもらえますか? 逸脱した遊戯性に溺れた大人たちが一切消えてしまったお陰で平穏を望む大人たちは眠りにつくことが出来たようです。戦争装置が適応したお陰で平和主義者達の空間が築き上げられたようです」

よく見ると、さっきまで指差し確認によって恐怖と面倒を他人におしつけようとしていた人々がすっかり安心しきって鼻からちょうちんを出して眠りについてしまったようだ。

「銀河鉄道アルテマ」は通常運行状態へ移行すると窓の外には新宿の街並みが見えてきていて、引き伸ばされた時間旅行の速度はΔtの−102まで達すると、グニャリとねじ曲がった空間を進んでいくけれど、もはや時空という状態が意味をなさなくなったのか車内に極大イデアルを創出してしまうと、ゆっくりと身体が宇宙空間の模写によって像取られている国鉄時代の制服に身を包んだ小柄だけれど恰幅のいい駅員がいつのまにか神原沙樹やサメのような鋭い歯を持った女の前に立っている。

「お客様、切符を拝見させてください。機械の身体を手に入れたいのでなければ次の駅で降車されることをお奨めしますよ」

紺色のよく仕立てられた国鉄の制服と帽子を被った駅員の素顔は暗闇に包まれているのか窺い知ることは出来ないけれど、カチカチと鉄製の改札鋏を機械的に鳴らしながら神原沙樹ともはや透明ではなくなったサメのような鋭い歯を持った女が行き過ぎてしまわないように勧告してきている。

「生憎ながら私たちは自動改札機を通ってI・C・カードを使ってこの路線を使用しています。短距離移送のはずなのにこのような異空間へきてしまうとは思ってもみなかったので宇宙旅行用の切符は持っていないのです」

「お客様。それはそちら側の怠慢になりますからこちら側では処理できかねます。非常に残念ですが、このあたりで降車していただく以外にはありませんね。よい旅を。よい終末を」

そうやってサメのような鋭い歯を持った女の返答に国鉄の制服の駅員が応えると、二人の足元に突然ブラックホールのような空洞が出来上がり、あっという間に京王電鉄特別臨時急行『銀河鉄道アルテマ』への無賃乗車を叱責される間もなく真っ逆さまに神原沙樹とサメのような鋭い歯を持った女は落下していってしまい、恋の予感だけを感じさせながら色とりどりの果実が実った異空間へと排出されていく。

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