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14. Get on With Your Life

「さぁ。始めよう。あちらでも『どうとくのじかん』、いや、七星倫太郎の大いなる野望第二幕が始まる頃合いだ。三人とも準備はオーケーかな?」

「──おっけー! 準備は万端、問題なシッ! ──」

『スリーアクターズ』の三人の合図が横尾先輩のスマートフォンから聞こえてくる」

「了解した。それでは始めよう。『白き魔女の善意と我侭なレシピ改』発動術式を開始する」

ピッポッパッ! とおそらく撤去されつつあるアナログ電話回線をハックする為に、学園の西面の路地にある電信柱を経由している電線へ接続されたカーバッテリーと通信装置がタオの合図を傍受する。

「まずは一つ目。Do It Yourself! 出来ないことはとにかく自分の頭と手を使ってやり遂げよう!」

通信装置は伝達された情報を裏門から入ったところにある用務員棟に設置されているブレーカーにイオが取り付けた増幅装置へ信号を送信して受け渡す。

「そして二つ目! なければ探せ! 死に物狂いで探せ! 常識なんて全部ぶち壊せ!

Search&Destroyだっ!」

増幅装置は電信柱から供給される有効電力を蓄電すると、おそらく『スリーアクターズ』の三人がテスト休みの間にこっそりと職員たちや生徒たちにバレないように用務員棟から中央図書館の壁伝いに屋上へと張り巡らさせた配線が中央図書館の三階の左端五番目の窓から図書館内部へ侵入する。

『貴重文献保管庫』にある時計管理室へと結線された電線が、通称『図書館の七星時計』と名付けられた中央図書館の第一グラウンド側壁面最上部の大きな時計の裏側にある機関部の複雑な時計機構が剥き出しになっている歯車の一つと動きを同期させるために配置されたリオの私物である小さな腕時計が全ての機構を同期させて彼女たち三人、いやぼくら六人の意志を届ける。

「うっさい! ばーか! 三つ目だ! 大人の言うことなんて聞くな! ぜんぶ私たちに合わせろ! みんな心にAnarchyを抱えてるんだ!」

太陽と月が正常な位置にあったはずのぴったり八時間前にセットされた小さな腕時計の時間に寸分違わず合わせるように中央図書館の時計が左回りにぐるぐると長針と短針を動かして送られている電荷をさらに増幅させて軌道角運動量を増大させていく。

『図書館の七星時計』にびりびりと電気容量が超過し始め集められていくのと時を同じくして、『大ホール』上空のカミオカンデの内部に発生した大きな白い塊が右回りに、小さな黒い塊が左回りに、お互いに少しだけずれた軌道上を徐々に速度を増加させながら自分の軌道がお互いに引き寄せられるようにして遠心力を増加させながら回転を始める。

『大ホール』内部の『アースフィア』にも、空と地上で同時に行われている三つのスピントロニクスの電気的影響は伝わっていて、チルドレ☆ン記録保全プログラムの映像に小さなノイズが走り始め、奇妙な変化が起き始めていることを勘のいい生徒たちが気付き始めているけれど、些細な日常の小さな奇異の混入は取り止めて行動を起こすにたる理由にはなっていないようだった。

「そろそろ時間だな。芒理よ。私からお前に最初で最後のプレゼントだ。受け取れ」

巡音悠宇魔は勝利を確信するように、普通科と魔術科双方から恣意的に彼の生贄となるべく選ばれた五十四人の生徒の顔を思い浮かべる。

巡音の脳内には五十四人の生徒の顔だけではなく、巡音の術式『猛る暴力と大いなる覇道』によって保管された彼らの生活や性格、それまでそれぞれの記憶野に保存されてきた情報がとても正確にとても詳細に一人一人にまつわる人生を記録した映画のように再生されていく。

魔術科2-δに紛れ込んで席についていた百舌は、一年前から杞憂していた悠宇魔が西田死織によって与えられた屈辱から与えられた焦りによって発生するはずのないバグが産まれてしまっていることを感じ取っている。

共に歩んでいた道を停滞させていつのまにか存在忘れられたことをふっきるようにして、空席として誰も座ることのなかった席を離れると、職員の目には映らない透明な人間であるかのように『大ホール』を抜け出して第一グラウンドへ向かっている。

「悠宇魔は少しだけ変わってしまったのかもしれない。金獅子が人に喰われた、彼にとってそれは変わるのに十分な理由だということをぼくが理解しきれてやれなかったんだ」

百舌の台詞はわかりきった流れの中で何度も誰かが繰り返してきた当たり前の言葉をなぞるようにして、重力が失われかけようとしている座標35.6926 139.6588に向かって永い時間をかけてやっと届いた罪悪の差異に関する些細な過ちを思索し、果たせなかった役割と叶えられなかった夢の続きを見つけて、百舌はほんの少しだけ安堵する。

「さて、淘汰されてしまうはずの夢があやふやな連中が救われてしまう時がやってくるぞ。身体が軽くなり空へと引っ張られるかもしれない。和人君、気をしっかり保て。私たちは変わる必要は決してない。ずっと永遠がどこかで完成するはずの夢に取り憑かれたままでいよう」

横尾先輩はぎゅっとぼくの手を握りしめていて『記号と配列の魔術師』である彼女ですらまだ十八歳の何も知らない子供なんだってことをこれから訪れる未来への恐怖と一緒に汗をびっしょりかいたぼくの手のひらへと伝えてくる。

ぼくは確かに何も知らない子供だけれど今、するべきことだけは理解していますという声を押し殺すようにして彼女の手を握りしめ返す。

「ねぇ、百舌さん! リンが! リンの様子がおかしいよ!」

持ち前の動物的な直感的な判断で起こりうる異変に気付き百舌の後を必死な顔をして追いかけてきている水恩寺は幼地味のリンが自分を見失ってしまっていることを伝えようと彼を追いかける。

リンは二部が始まる頃になると形相を一変させた挙句、狂人が砂嵐のテレビジョンから目を離せなくなってしまったようにして『アースフィア』を震えながら眺めて意識が朦朧とした状態へと陥っている。

水恩寺の幼馴染がなんらかの悪意によって脳味噌に残された思い出を剥ぎ取られようとしている状況を自分一人では解決できずに見守ることしか出来ず、『アースフィア』に混じり込んでいる怪しい光と彼自身の鋭く光る赤い瞳を同化させてしまい、彼の精神が壊れてしまうかもしれないという事実はおそらく百舌の向かう先にある外の世界で起きている現象に原因があるのだと彼女は直感的に知ることが出来たのだろう。

『大ホール』を包んでいる奇妙な違和感を拭いさる為に第一グラウンドへ電子制御された羽を生やしにやってくる天使たちの誘惑を佐々木和人や横尾深愛から重力の制御によって手助けをしようとする百舌の後ろを水恩寺はぴったりと追いかけながら同時に百舌が琳を助けてくれるかもしれない手段を求めているようだ。

百舌は水恩寺の気配を感じながらも後ろを振り返ることはない。

「あなたの選択は正しい。彼は些細な悪戯がもたらした影響で学園内にある全てのエネルギーの餌食になろうとしている」

第二部がはじまっている『大ホール』では、ゆっくりと何もかもを諦めて受け入れながら巡音悠宇魔の傍で目を閉じようとしていた廓井芒理が、もしも水恩寺が勇気を持った決断をしたのであれば襲い掛かる喪失の体験から逃れる為に前もって渡していた特製の血清のことをきっと百獣の王は計算の範疇としてまったく意に介さないだろうと知りながら独り言を話す。

「弱さに飲み込まれたか。吸血衝動に取り憑かれおって。お前の馴染みはお前とは違う可能性を選択したようだ。魔術の逆流を防ぐためかお前のことを忘れるためか。どちらにせよ悪しき魔女の仕業などこのお方の前では全く無意味なことだよ」

カチカチカチカチと西野ひかりの鳴らしているボールペンの音がとても規則的に少しのズレもなく一分間にちょうど一○八回鳴らされていたことを芹沢美沙は特に気にする様子もなく、左の眼孔に嵌め込まれ生まれ変わった左眼が機械的な悲鳴をあげていることを冷静に冷徹にまるでその時間とその場所に彼女が座っているという状況が必然であるかのように『アースフィア』に映し出される映像をまだ色と光を知覚する能力が残っている右眼で捉えている。

『大ホール』内を満たしている奇妙な空気によって過半数の生徒たちが、意識を乗っ取られていることを確認した西野ひかりはそれ以上ボールペンの音を鳴らすことなくもう無邪気で無駄な笑みを零すことなんて忘れてしまった大人に少しずつ変わっていくようにして静かに自分の席に座っている。

『大ホール』上空の大型ハドロン砲を模した巨大な黒いドーナツの内部で徐々に質量と空間に対する限界速度へと近づいていく黒い塊が突然、規則的な循環の過負荷の影響を受け、統一性を維持出来なくなってしまうと黒い小さな塊に分裂する。

小さくなった一つ一つの黒い光弾は質量が減少した影響で速度を増加させて保有しているエネルギーを再び極限まで増大させる。

「準備は出来ているな、『アースガルズ』。夜が待ちきれなくて学園上空を悠宇魔先輩の術式がすっかり真っ暗に染めてしまいそうだ。巻き戻されていく時間が大きく口を開けてお前を吞み込もうとしているんだぞ。逃れることができたらまたコーラを一気飲みさせてやる」

「炭酸の味が楽しめるような機械生命にはまだぼくは成長していない。多分消化器官も排泄器官もぼくにはないんじゃないかな。とにかく準備はオッケーだ、まずはぼくらが今やるべき仕事をやろう。白河狐くん。ぼくをせいいっぱい高いところに持ち上げてくれ」

「了解でござる。ぼくら偽物の太陽と月の溢れ出るエネルギーで、本物の太陽と月を元どおりにしよう、そうだ、あれがぼくらの太陽と月だ、足りないものなんて何一つない。でござる」

白河君が右を向きぐいっと少しだけ背伸びをして『アースガルズ』を空へと掲げると、『アースガルズ』は両手を大きく広げて中央図書館の時計をまっすぐ見上げる。

横尾深愛が設計した回路によって時計に貯蔵されたスピンエネルギーが行き場をなくして暴発して、避雷針の役割を与えられたダイキャスト製の合金の体を持つ『アースガルズ』に対して、1/10000秒の速度で電荷を放出する。

『アースガルズ』では保存しきれずに帯電したエネルギーが白河君まで伝えるけれど、それでも超過してしまった電流が勢い余って飛び出してキャンプファイヤーに青い電気の炎を灯しだす。

『大ホール』上空ではお互いに最大速度まで回転している白い塊と小さな沢山の黒い塊の軌道が遠心力の影響で少しずつズレながら同一軌道上で重なり合って最大速度、最大エネルギーで衝突すると、白と黒の中心に存在している原子核同士が縮退圧を凌駕してマイクロブラックホールを形成すると周囲の空間に存在している事象を全て飲み込んでしイオうとする。

「強烈な電撃でござるな。けれど、これしきのこと。この試練すら乗り切り生き残ったのならば冥界の使者として小生は主人に仕えるのでござる。耐えてみせるデござるよ、『アースガルズ』殿」

「さすがは白河狐くん。和人が見込んだ男なだけはあるね。ぼくにはまだまだ余裕があるよ。最大限度まで一緒にいってみよう!」

『アースガルズ』の誘い文句に苦笑いをする白河君は対流を起こして増大する電気容量を獣人化したお陰で手に入れた強靭な身体と元々持ち合わせていた精神力でエネルギーを分散させながら耐えている。

電流が稲妻になって走り回るたびにチリチリと金色の毛が焼ける匂いがしてキャンプファイヤーにさらに一層飛び火すると青い炎は揺らぎなど一切生じさせない非常に高い燃焼温度を維持しようとしている。

惑星船団『ガイア』機関部に干渉している巡音悠宇摩の術式による不必要な重力エネルギーが少しずつ小さくなっていき、学園内の発効術式のエーテルの収束している地点にいるぼくら四人の身体が徐々に軽くなっていく。

重力から解放されつつあるぼくらは自由運動がいかに原子核に縛られた運動であるのかを実感しているような気分になるけれど、強烈な電荷の影響で空間自体に歪みのようなものが生じてぼくらの周囲に少しだけ位相の転移したどこか違う世界と繋がっているような感覚が拡がってくる。

上昇と下降を繰り返しながらぼくらを振り回していた重力変動が空気中を伝わるようにして、今度は見えない何かが変曲しひび割れた空間の隙間へと引き摺り込もうとぼくらの身体と精神に触れようとしているのを感じる。

「だめだ、やはり『真理』が私たちを呼んでいる。宙へと身体が浮き上がり、明らかに『ガイア』の制御装置の支配の向こう側へ連れて行こうとしているんだ、ゆっくりと我々から制約が失われている、少しでも気をぬくべきではないぞ。佐々木和人君」

どこかへ持ち去られてしまいそうな身体を繋ぎ止めるようにして爪先立ちで第一グラウンドの地面にぎりぎり残った重力で立っているぼくと横尾先輩はこのまま世界の理から完全に解放されて空へと吹き飛ばされてしまう危険性が訪れる可能性を出来るだけ考えないようにしてぎゅっとお互いの手を握り締める。

まるでいつの間にかぼくたちを取り囲んでいる見えない手に存在を否定されながらもお互いの居場所を確認し合うようにして手を握りしめ合い不自由であることから離脱することの意義を再確認させられる。

「こんなことばかりに夢中になっているせいでしょうね、悠宇魔には先を越され貴方たちまで私の元に来てしまった。空を飛ぼうとする必要なんてきっとなかったのでしょう、これが今出来る私からの小さな助力です」

百舌が第一グラウンド周辺の重力を制御しようと右手を掲げると、ゆっくりとぼくと横尾先輩の身体に存在しないはずの不自然な重力が舞い戻ってきてぼくらは地面にしっかりと足をつけ、決して空へ飛んでいってしまわないように両足で地面をぴったりと捉まえる。

けれど、ほんの少しだけずれた重力数値の影響で横尾先輩が計算しきれなかったベクトルのエネルギーが加わった影響からか空間に蓄積されていた情報量があたり一帯に保存されていた質量の計測数値を上回り、加速度的に電荷を増大させると第一グラウンド中央付近に電気の乱流を引き起こす。

ぼくと横尾先輩が吹き飛ばれてしまう寸前で『アースガルズ』に溜め込まれたエネルギーが白河君の大きな身体との対流を放棄して燃えさかる青い炎を巻き込みながら勢いを維持したまま軌道エレベータへと向かって舞い上がるように放出される。

同時に『大ホール』上空で生成されたマイクロブラックホールが消失する寸前で放出された黒い熱源体が引き寄せられるように軌道エレベータへと向かうと『七星学園』内を取り巻いていた二つの大きなエネルギーが小さな点の大きな力の暴走によって収束を始めて軌道エレベータを破壊するほどの情報量が凝縮されたまま宇宙空間へと極大のエネルギーを上昇させようとする。

『すまないがそれは困るな。宇宙の向こうから俺が受け取っているダークマターの供給がストップする恐れがある。お前たちのところまで押し戻すぞ』

赤い閃光が神人棟地下から軌道エレベータのエネルギー収束部へ向かって這い上がっていくと、ホーキング放射された熱源とグラウンドから飛び出してきた青い炎を地下から這い上がってきた赤い閃光の衝撃が第一グラウンド上空へと弾き飛ばしてしまう。

極少の太陽のようなエネルギー体がぼくらの頭上に舞い戻ってくる。

「やはり西野ひかりの干渉がなんらかの重大な影響を引き起こしている、いくら百舌の重力が多次元から余剰エネルギーを引き出して我々を制御しているにしても──だ。私の予測より〇・三パーセントほど空間の歪みが加速しているようだ。このままエネルギー体の収束を維持されてしまってはこの辺り一帯が呑み込まれかねない」

横尾先輩は用意した自分のノートパソコンに映し出されたソレノイドグラフを監視しながらぼくに今後の予測結果を伝えてくる。

「『アースガルズ』が超過したエネルギーを引き受けていたにも関わらず不自然な干渉が多過ぎるというわけですか。魔術術式は非整合な論理に基づいているわけでないというのは横尾先輩の主張でした。この空間だけに情報量が加速度的に集束している。しかしそれでは統一された時空に存在する相対的なエネルギー量はビックバンにも匹敵する可能性がある。このまま放置すれば対消滅どころの騒ぎでは確かにない」

空に浮かぶ小さな太陽をぼくらは見上げながら予測を遥かに上回る事象への対処法を諦めることなく考え続ける。

例えば、今、世界中の科学者たちが血眼になって探している重力の変移性に関わる仮説は、いわば我々が住まう世界がすべて絶対者によって投影されたホログラフィックなのではないだろうかという疑念を確証へと向かわせるある種の悲劇を内在していて、ともすればニヒリズムへと傾倒してしまいがちな環境下で、ぼくらが一体何を担保して実存を信用すべきなのかはきっと古代の偉人たちが導き出した『救い』への『祈り』を再定義する以上の『答え』を結局のところ見つけ出すことを出来ないだろうとぼくらは思い知らされる。

そんな『願い』に起因する高速演算を並列処理しても尚、小さなダイキャスト製の合金に全てを委ねようとしている結果に結びついている現状を嘆くしかなく暴走するエネルギーがあちこちに飛び火しながら『七星学園』を消滅させかねないエネルギーが上空へ収束されていく。

『大ホール』内部では一時的に奪われた個人であるということを確定する魂と呼ばれる物質が魔術によって抜き取られたという現象に七色の光を以って視覚化されて生徒たちの周りを包み込んでいて、そんな幻想的な様子を学園側が主催する新しい演出だと思い込んだ生徒たちがざわざわと騒ぎ始めている。

おそらく対象者の精神構造に一定の負担をかけることで魂のコピーをする巡音悠宇魔に、統一された人格をインストールしようと試みた術式の発効されている。

だからどうやら『暗がり』の生徒の一人が学園全体を巻き込んだ能力の拡張実験をボールペンのインクを触媒にした妨害工作の影響で正気を失いかけている。

予め忍び込まされていた

だからなのか珍しく巡音悠宇魔の表情は一切崩れることはないけれど、彼を自分を犠牲にしてでも助けるべきか否かを逡巡している。

西野ひかりは魂を大規模な術式の発行によって抜き取られた生徒たちの解放された呪いに一時的な快楽を保証することで逃げ場のなくした彼らの怨念が解消されることなく浮遊したままでいることを押さえ込もうとしている。

『大ホール』内部で吹き溜り腐敗していくはずの魂の行方に簡単に安易な手法で解決へと導いていく糸口が目の前で起き始めている。

だから西野ひかりは思い描いていた状況とは違う事態を見せつけられて、以前に学園の銀杏並木の元で、『白銀のアルキメデス』、九条院大河がエーテルを奪われた際に放った抽象性に依存した言葉への理解を自分自身が援護してしまっているという事実に目を閉じる。

彼女は理解などしたくもなかった現実的で幻想的な現象を目の当たりにしているけれど、歯軋りの音はきっと彼女の脳内にしか届いていなかっただろう。

「だめだ、小生の身体でもこれ以上増加したエネルギーは耐えきれそうにないでござる。このままではぼくら四人ともあの歪んだ太陽のような渦の中に飲み込まれてしまうでござるよ」

『アースガルズ』の目がきらりと光ったような気がしたことに油断して一瞬だけ横尾先輩から手を離しそうになるけれど、今、彼女と繋がりを絶ってしまったら『真理』とやらが作り出す暗闇の中に引きずり込まれそうな気がして判断を保留する。

その隙をついて、『アースガルズ』は白河君が両手で掴んでいる身体を自ら引きずり出して渦が引き起こす引力に身を委ねてしまう。

「和人、短い時間だけれど楽しかった! これだけの電荷があれば問題なく情報限界に達することなく時空渦を押さえ込んで空間の断裂は避けられるはずだ。ありがとう! 未来はぼくらの手の中に!」

すぅーと『アースガルズ』の身体は宙に浮くと、渦の中に吸い込まれていき、中心へと近づいた『アースガルズ』は磔になった救世主のように両手を広げて溜め込んだ電荷と渦のスピンエネルギーを相殺しようとする。

「『アースガルズ』! 君はやっぱりこの為にぼくのところへ? なんでそんなありきたりのオチを選択するんだ! まるで出会ったばかりの恋人同士が引き裂かれるような真似をするな!」

校庭の上空を電気の渦を中心にしてびりびりと稲妻が走り周り、『アースガルズ』が身体に溜め込んだ電荷によって相殺しようとしているエネルギーを巻き込みながら最期の足掻きをするようにして引力を増大させてぼくらもまた暗闇の胃袋に吸い込もうとする。

そして、『七星学園』一帯に存在する情報量が限界領域まで到達してしまうと、『アースガルズ』の楽観的な予測を裏切るようにしてポドロスキー限界が発生し、物理的法則が壊れた領域から飛び出してきた元素構成の違う現象がぼくらの世界に侵入してくる。

空気の層をまとったウネウネと蠢く腕のようなものが空間を歪ませながら断裂した次元の向こう側へと連れて行こうと変化する情報源そのものを探し始める。

「百舌さんこれはどうして? 予定では何もかも消えてなくなってくれるはずだったでしょ! 三人の周辺の空間が歪んでしまって壊れた空気の層が人の腕のように見える。彼らを絡めとって校庭上空の引き裂かれた空間に引き摺り込もうとしているみたいだよ!」

水恩寺は巡音悠宇魔の術式に微かなヒビを入れることが出来た琳の行動にどこかでもしかしたら気付いていて、霊力をまとったボールペンを盗み取りシンジの作り出した呪術を元に記述した僅かな不規則性を確かに実現したみたいだ。

けれどそれは水恩寺莉裏香と知野川琳が二人で一緒に幼い子供の頃にみた術式によって埋め込まれた不意の現象に似ているような気がして、そうしたらまた彼は一人きりで閉じ籠もらなければいけなってリンを傷つけるのではないだろうと憂慮しているようだ。

百舌が『重力のエーテル』でぼくら三人を地表へ縛りつけようとする為に配った優しさが逆にぼくらの身体を現次元から排除するエネルギーを創出するきっかけを作りしてしまっている。

真理の扉とも呼ぶべき事象から無数に現れ始める不可視の腕がゆっくりとぼくらの方に近づいてきて現実世界から引き剥がそうとする。

身体中を触られて精神を犯されながらどんなに抗っても抜け出すことの出来ない『真理の腕』に横尾先輩は気を失いかけて、ぼくから手を離してしまうと、『白き魔女の善意と我侭なレシピ』の効力によってぼくらを地面に縛り付けていた磁力が完全に失われて彼女はガイアの制御機能の存在しない世界へと連れ去られてしまう。

「うわぁぁぁー!」

横尾先輩が離したぼくの左腕は無意識のうちに制服の左ポケットを探っていて、ぼくは絶叫しながら無我夢中でポケットの中に偶然入り込んでいた虹色のスーパーボールを『アースガルズ』が磔にされた渦にある電荷の中心点に向けて投げつける。

スーパーボールは弾けて七色のスペクトラムをあたり一面に発生させると、校庭上空に浮かんでいた三つの強力な術式が発効された影響で第一グラウンドだけではなく『七星学園』全体を飲み込もうとしていた真理の扉を七色の電気エネルギーで塗り替えていく。

「わ! ありがとう! おばあちゃん! ぼくらは狐罠に呑み込まれずに済みそうだ!」

フワッと浮かび上がった横尾先輩が空へ飛ばされて渦の中に呑み込まれてしまう寸前で重力が戻ると彼女はそのまま気を失って倒れてしまうので、しっかりと両腕で受け止めて校庭に静かに寝かせてからぼくは十メートルほど離れた渦の中心点の真下へと向かって走り出す。

断裂した空間で渦巻いていたエネルギーは七色の光に吸い込まれるようにして少しずつ消失していくと、機関部『EVE』の自転機能が正常状態へと移行してぼくらの捉えている世界が正常さを取り戻していく。

事象の特異点とも呼ぶべき領域で宙に浮いていた『アースガルズ』の身体は電荷の渦が七色の光に呑み込まれてしまうと途端に重力を取り戻してぼくの予想通り直下へと落下してくる。

ぼくは彼の身体が地面と衝突してしまうことを危惧してヘッドスライディングして右腕をまっすぐ伸ばして地面スレスレで『アースガルズ』をキャッチする。

彼は子供の頃貰ったはずの超合金のロボットのままでぼくの手の平の中に収まっている。

──二の型の発動条件を満たす可能性に賭けさせてよかった。もう眼帯は必要ないな、自己複製における初期段階、栄養供給を解除する──

『類』の独り言になんてぼくはかまっている余裕はなく、スライディングして汚れた制服の汚れをはたき落としながら立ち上がってみるとバイブレータがポケットの中で震えている。

スマートフォンに何か通知があったようだと取り出してみると、『少女地獄』が自動的に立ち上がる。

「人格矯正プログラムを解除しました。現在データベース内に異常は存在していません」

アプリを閉じると、『少女地獄』の表記が『ドグラマグラ』に変更されている。

アプリのアップデートが完了し、どうやら苦労して作ったツンデレ人格のバグが修正されてしまったようだ、もはやどうやって自分が求める女性像に関するアニイオ複雑怪奇にプログラムしてしまったのかも覚えていないけれど、強烈な磁場の発生と今回のアップデートで彼女はぼくの仮想現実彼女ではなくただのアプリに戻ってしまったようだ。

何もかも元通りではないけれど無事に心配事がなくなってしまったことにほっと一息ついていると、ピキーンとまるで新しい感覚を知らせるような不思議な効果音がぼくの手の平から発せられると、ダイキャスト製の合金の『アースガルズ』の目に光が灯る。

「あはは。こんなに早く会えるなんてね! 和人、ぼくはやっぱり君に敬意を払うよ!」

意識を取り戻した『アースガルズ』が昨日までの辿々しい口調ではなくはっきりとした調子でぼくらと同じように言葉を喋り出す。

「もしかして本当に機械に生命が宿ったのか。ぼくは『死んだ魔術回路』みたいに無機物から意志を抽出していたのかと思ったがまるで違うな、『アースガルズ』」

『ガイア』の自転を歪めるほどのエネルギーが『アースガルズ』に完全な生命を宿してしまった。

『アースガルズ』はクネクネと身体を自在に動かして不自然な動作の合金製のフィギュアではもうなくなっていたことをぼくにアピールする。

「さて、和人。空が元に戻っていくよ、断裂した空間が閉じようとしている。時空オーロラなんて滅多にみれるものじゃないんだよ」

彼の陽気な言葉に少しだけ安堵して白河君が抱き抱えている横尾先輩もまた意識を取り戻したようで、ぼくは『アースガルズ』を手に抱えたまま二人の元に駆け寄っていく。

「呪いがフィードバックする瞬間ってさ、少しだけ低音の強い音楽を聴いてる時のあの感じに似ていてね、ちょっとだけ癖になっちゃうかもしんない、深愛ニャンはいけない子だね」

ぼくらの元に戻ってきた横尾先輩の意識は制御しきれなかった術式の暴走による恐怖によって傷つけられたプライドを慰めるようにしておどけた表情をぼくにちょっぴり見せると疲れ切ってしまったのか気を失ってしまう。

たぶん、もしかしたら、横尾先輩に少しだけ残っていた西田先輩への嫉妬心が金獅子のエーテルと西野の呪法を対消滅させることだけを目的とせず、巨大な情報量の爆発を引き起こしこんな事態を招いてしまったのかもしれない。

彼女の本当に小さな我侭な子供心は彼女自身の手によって解析された魔術回路として暴発して余分なエネルギーを掻き集めてしまった。

だからぼくは、こうやって強気な天才が初めて見せた弱気な姿をみて彼女もまたぼくと同じ高校生なのだということに気付かされてしまう。

「横尾先輩のノートPCを見るデござる。佐々木殿、ソレノイドグラフに奇妙な変化が混じっている。断裂した空間の修復によるポゾンの逆流でござろうか」

少しずつ塞がり始めている次元断裂へぼくらの世界とは違う物理法則の元素で構成された真理の腕が空気断層の隙間へとクネクネとうねりながら戻っていく一部始終を確認する。

どうやらこのまま事態は収束し、求めていた当たり前の日常が戻ってきてようやく長い一日が終わろうとしているのだとついうっかり油断したぼくは疲れ切ってそのままヘタリと全身から力が抜けて地面に座り込む。

「ねえ、あれみて! 中から何か出てくるよ!」

そんな安寧を壊すようにして大きな甲高い声で叫びながら校庭の隅っこで見ていた水温時がぼくらのほうへ近付いてきて空を指差す。

さっきまで橙色に染められ始めた空は陽が落ちかけて夜の空気をまとおうとしている。

元通りの運行を取り戻した『ムーン』が淡い光で東の空に浮かんでいる。

ぼくはヘッと気の抜けた言葉を発して座り込んだまま首を見上げると、今にも何事もなかったかのように塞がってしまいそうな断裂から小さな白い二つの手が飛び出てきて閉じ切ってしまいそうな別の空間への入り口を無理矢理こじ開けようとしている。

──気をつけろ。やつは俺の仲間だ──

強引に法則の全てを無視するように断裂した空間が白い手によってこじ開けられてまた元の大きさほどに広がっていくと時空の狭間からブルーのワンピースを着た真っ白な肌と耳までかかる黒い髪の少女が現れてぼくらの上空に現れる。

それとともに、落ち着きを取り戻しかけていた第一グラウンドに慌ただしくどこからともなく現れた突風が吹き荒れると、ヘリコプターの風切り音がグラウンドの遥か上空から聞こえてくる。

──之を視れども見えず。名づけて夷という。之を聴けども聞えず、名づけて希という。之を搏れども得ず、名づけて微という──

多重音声のように幾つもの人間の声が重なったような少女の呟きが学園全体を包むようにしてまるで音響兵器のようにして空気中を振動させる。

空に浮かぶ青いワンピースの少女が危険であるということをぼくらに知らせるようにして上空のヘリコプターの風切り音が急速に第一グラウンドへと近づいてくる。

「やはり前回の相転移反応に似た反応を確認しました。ボゾン反応が増大。周囲の環境変数の増加から見てもまず間違いがありません。『あの人』です」

「了解。各自速やかに作戦行動を開始。十八秒後にターゲットを無傷で捕獲。ゲージ空間へと閉じ込めてあと最優先で帰還する」

『七星学園』上空の輸送ヘリZ-9から六名の武装した軍人が滑空し、第一グラウンドへと急行する。

六名の姿は落下中に彼らを照らす『ムーン』の光を歪曲させながら電気的な透過状態へと変化して光学迷彩が施されると姿が見えなくなり、ぼくと『アースガルズ』、白河君、横尾先輩、百舌、水恩寺がいるグラウンドへ降下してくる。

「な、なにあれ。女の子? なんで? 空を飛んでる? また変な魔術師? どこからやってきたの?」

とても疲れ切った声でぼくが話し始めると、脳味噌の聴覚を司る部位を直接に引っ掻いてくるような彼女の声が聞こえてくる。

──我が名は夷、我が名は希、我が名は微。人心を掌握するものなり──

そうやって彼女がぼくらに発狂しそうなほどチューニングのずれた声を発してぼくの意識に語りかけてくると、同時にグラウンド上に複数名の見えない着地音が聴こえてきてぼくら以外誰もいないはずのグラウンドに低い野太い声の男の声がする。

「ターゲットを確認。確保!」

ギュイーンと電気的な発射音が発生すると、力を解き放たとうとしていた青いワンピースの少女の周りに電流が発生し、複数名のグラウンドを走る見えない足音が聴こえて次々に彼女の周囲へ誰もいないはずの空間から電気的な発射音がするエネルギー弾が打ち込まれると、鳥籠の中に閉じ込めるようにして周囲を取り囲み白い肌の青いワンピースを着た少女は四方を取り囲まれて閉じ込められてしまう。

少女の身体全体から発せられる強烈な力で電気の檻を抜け出そうと足掻く様子が予め予測されていたように反応を引き起こして、さらに増加したエネルギーが取り押さえようと平穏を取り戻したばかりのグラウンド上空には得体の知れない青いワンピースの少女が聴き苦しい悲鳴をあげて喚いている。

「ヘリでござるよ。あれは『赤い星』で採用されている軍用ヘリでござる。なぜこんなところに。そもそも一体何が起きているデござるか。まるで理解が追いつかないでござる」

バリバリと学園上空をヘリコプターの風切り音とともに軍用機が降りてくる。

吹き荒れる突風の影響で白河君が何を言っているのかも聞き取ることが難しく状況を完全に理解することなど不可能のようにも思えてしまう。

すると見えない足音がする空間から透過状態にあった六名の光学迷彩が解け始めて六名の黒い軍服姿の男女が姿を現し始める。

「各位帰投せよ、対象は高度五千メートル上空まで引き上げそのまま隔離対象とする。これでTV=SFの周波数は我々にも解放されるはずだ」

左肩に天狗の腕章のある無精髭のある男はグラウンド上に集まった軍人たちのリーダ格のようで他の七名を指揮してヘリコプターから垂らされた縄梯子へ特殊なライフルから発せされた電磁砲で捕獲したブルーのワンピースの少女を磁力によって誘導しながら機内へと戻っていく。

「じゃあね、元気の良い男子諸君。『彼女たち』は私たちが連れていく。余計なことは気にするな。ここからは大人の出番だ」

黒いキャップを被り地上に降りてきた六人の中でおそらく一人だけ混じっていた女性が左腕の櫛の腕章を誇示するようにぼくらに挨拶をして他の六人と一緒に縄梯子を登り切ってしまうと軍用ヘリで上昇してぼくらが視認できないほどの高高度の空の彼方へと消えていく。

軍用ヘリに引きつられていくように光の檻に閉じ込められた青いワンピースの少女はただ黙ってぼくらを見下ろしている。

「たぶん。余剰次元からの使者。パパの友達で、ぼくの亜種。過去からきた異形ともいうね」

『アースガルズ』はぼくらが呆気にとられた突発的な事態を冷静に分析する。

吹き荒れるヘリコプターの風が過ぎ去ってしまうと第一グラウンドと学園に平穏が取り戻される。

疲れ切ったぼくらは仰向けに第一グラウンドに寝転がると陽が完全に落ち切ってしまった夜空を見上げ、通常の場所に戻った太陽と月を確認してほっと一息をついて目を閉じる。

『大ホール』内部で行われていた『どうとくのじかん』第二部『アースフィア』に投影されていた『ガイア』級記録保全プログラムが終了して生徒たちが浮き足立ったまま第一グラウンドへ集まり出している。

特別登校日はこれから始まるキャンプファイヤーで締め括られる。

きっとほとんどの生徒が気付けなかったサブリミナル的に混入していたノイズ映像の影響が今後どの程度生徒たちに影響を与えるか二代目理事長七星倫太郎ですら予測をつけることが出来ない。

七星倫太郎は口惜しそうな顔なのか喜びを露わにしているのか判別出来ない顔をして『大ホール』を後にする。

「距離が遠すぎるな。設計段階から考慮にいれるべきだった」

彼の独り言は後悔などまるでなくただ前進を志す彼の姿勢を露わにしているようだ。

ざわざわとした雰囲気に巻き起こった安全な事態の収束に嫌悪感を露わにしながらホール内部を一人きりで出て行く西野ひかりはかつて九条院大河から銀のエーテルを奪った銀杏並木まで歩いていき、第一グラウンドで寝転がっているぼくと白河君と横尾先輩の姿を目にして九条院大河と同じように唇を噛み、噛み締めた唇から流れ出た錆びた鉄の味を確かめる。

「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんたちが」インディペンデンス』によって魔力を無効化された時もこんな気持ち? じゃあ私はこんな顔は捨てて別人になり変わってしまったとしてもおばあちゃんの意志を継ぐよ。神風なんて吹くわけがないんだ」

キャンプファイヤーの為に校庭へ集まりだした他の生徒たちには目もくれず中央図書館の脇から見ていた西野ひかりはそのまま『七星学園』を出ていき、彼女がかつてその端正な顔立ちであったことは『いにしえ』に記述されたまま祖母が託した呪いの通りに他の全ての生徒と職員たちは忘れてしまうことになるのだろう。

だから、ぼく、佐々木和人は彼女がどんな顔で死を選択した四人と通じていたのか正確には知る由もなく、西野はきっと魔術師に対する憎悪を維持したままま名も知らぬ生徒たちの中に溶け込んでしまうだろう。

ぼくらは気絶してほんの少しの間だけ眠りに落ちていたのか目を覚ますと、『ガイア』記録保全プログラムを問題なく終了した生徒たちがまばらに校庭に集まり始めている様子に気付く。

グラウンドで寝転んでいたぼくら三人を不審に思う生徒たちもいたけれど、これから始まるキャンプファイヤーの楽しげな空気に流されてそれ以上気に留めることもなく実行委員たちによって着々と準備が進められてさっきまで不自然な色をしていた空の様子はすっかり夜の帳に包まれて生徒たちの待ち望んだ最高の夜がやってくる。

魔術物理教師中神の右手に携えた『太陽の吐息』と左手で燃え上がる『耐え忍ぶ業火』が融合され、副生徒会長、三島沙耶の合図で特別登校日、最後の行事であるキャンプファイヤーが始まりだす。

ぼくと白河君はくべられた薪でメラメラパチパチと燃える暖かな火に当てられながら今日あったことを笑い合い、これから訪れる未来について話し合う。

「けれど、どうするデござるか。獣人化してしまっては内申点が最悪過ぎて進学は無理かもしれないでござろう」

「あはは。ならば二人の得意な情報処理を使って大好きなメカを作るハードウェア開発会社でも立ち上げてみるのはどうでござろう。案外なんとかなるデござるよ」

「おー。それはいいアイデアでござるな! ならばまずは会社名を決めなければいけないでござるな」

「和人氏、ではこの星空と欠けない月、それと稀代のMS開発に携わった運命の二人、※7コウウラキとニナパープルトンに敬意を表し、アナハイム否ルナハイムエレクトロニクス社ではどうでござるか?」

キャンプファイヤーの炎に照らされながら白河君は決して獣人化した姿で道が閉ざされてしまったわけではないとぼくに『一縷の希望』を提案する。

生徒主導で進められる恒例の行事では誰かが悲しむ様子もなく笑い声ばかりが聞こえてきているけれど、校庭の端っこで虚脱状態の知野川琳を水恩寺莉裏香が慰めているのに気付いたのはぼくだけだったのかもしれない。

「最高のアイデアだ。ぼくらはフルバーニアンを超えるMSを作るとしよう」

わぁぁぁーと突然生徒たちから歓声があがり、皆が空を見上げながら騒ぎ始める。

大量の流れ星のような光が夜空を埋め尽くしてぼくらの前途を祝福しているようだった。

空へ向けた一眼レフカメラを構えて流れ落ちる光を捉えようとしている芹沢美沙が一人でいるのを見つけたので、近づいていくとぼくはいつの日かそうしたように思い切って勇気を出して話し掛ける。

「あれはチルドレ☆ン古代種殲滅部隊第十三小隊の予行演習の光だよね。ネットに落ちてた眉唾モノの情報だけどさ。うん。神様みたいな連中、この学園にいなきゃ実感湧かないけどさ、ほんとにいるんだよね」

「神様たちは私たちに解けない知恵の輪のような物語をたまに送ってくるんだなって私最近よく思うんだ。とても難しい」

「そうかもしれない。いつまでも解けないパズルにどうやってもしがみついてしまう。抜け出せない抜け出したくない毎日の中をずっと過ごしてる。そしていつかぼくらは大人になってしまう」

「私はこの学園を出たら、プロのカメラマンになるんです。私に残された右眼だけで一つ一つ丁寧に世界を確認して切り取って大切にとっておきたいんです」

芹沢美沙はまだ手に入れたばかりのデジタル一眼レフカメラを大事そうに抱えてまるで流れ星のように降り注ぐ古代種殲滅部隊第十三小隊の予行演習の光で埋め尽くされた夜空を眺めながらそう呟く。

「ぼくは何になるのだろう。案外違う形で世界を切り取っているのかもしれない」

「きっと、私たちは自らの力で自ら進むべき道を選び取ることしかできないんだろうね。だからきっとそれはそんなに難しい話ではないのかもしれない」

「いえす、マイロード。この眼はあなたの未来を見つめるために。この手はあなたを守るために。この足はあなたより先にあなたの居場所を見つけるために。そして、この心は──いえ、それはぼくたちがお互いの目的を叶える時まで取っておきましょう」

そうして、佐々木和人は右膝を地面について腰を落とし、芹沢美沙の左手の甲に軽く口づけをした。

キャンプファイヤーは最後のフォークダンスに突入していて生徒たちが思い思いに自由な踊りを踊り楽しんでいる。

炎はメラメラと燃え尽きることがなく、ぼくらを照らし続けている。

だからきっと佐々木和人はもう芹沢美沙とこんな夜を過ごすことはないかもしれないし、芹沢美沙はもしかしたら佐々木和人のことを忘れてしまうかもしれない。

そういう風にして、たくさんの流れ星が飛び去っていった夜空に、とても静かな『白い閃光』が『七星学園』上空を切り裂いていった。

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