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22. Origin of Love

『Lunaheim.co』とピンク色の筆記体で書かれた寝袋におさまりながら佐々木和人は『ぷるぷる』を右足で蹴飛ばして朝のコーヒーを入れるように催促する。

『ワンアウトオブメニー』をほぼ不眠不休でカスタマイズしインストールの完了した『毘沙門天』のテストを実行する間もなく、三人と一体はそのまま泥のように眠ってしまった。

髑髏の壺から煙のように出現していた古代の大魔導師、『類』は再び現世から姿を消して、おそらく壺の中の広大な世界へと戻っていってしまったらしい。

「おはよー。まだ眠いよぉ。今日はたっぷりお休み取れるんじゃない。沙耶ちゃんにそのゴツゴツした時計を渡すのは夕方なんだよね」

『ぷるぷる』はのそのそと寝袋から這い出ると、コンクリートで囲まれたアジトのキッチンに行き、お湯を沸かしてドリップしたホットコーヒーを三人分マグカップに注ぎ込む準備を始める。

ソファで寝ていた白河稔はコーヒー豆の苦い匂いがコンクリートの空間に漂い始めている間に起き始めてデスクに置かれたパソコンの画面の電源をつけると、自分の仕事に間違いがなかったことを再確認する。

「『石仮面』。だいぶカスタマイズを加えたけれど、これで微細な計算をフラクタルとして計上しないことがどれほど合理性から外れた行為で面倒ごとを避けてしまうからこそ余計に無駄を無闇矢鱈に増やすことであるかを思い知らせることが出来るはずでござる。『アースガルズ』を媒介にした錬金術の生成にも全く問題はなさそうでござる、6体のうちの一人をまたこちらに呼ベルデござるよ」

「ふふ。とうとう俺様の超巨大合体が目前に迫っているな。兄者たちも腕が鈍らないようにずっと俺たちを待っているぜ。悪を必ず殲滅する! 超神合体『アースガルズ』!」

『アースガルズ』がアニメの決め台詞を勢いよく発しながら白河稔と意気投合している様子を素知らぬふりをして少し憂鬱そうに和人は床で寝袋に包まって目を開けて天井を見上げている。

アジトに住み始めてもう三ヶ月が経とうとしているけれど、やはりこの灰色のコンクリートの天井は見知らぬ天井で自分がそこに住み着いているという実感を与えてくれない。

もしかしたら、もっと快適で最適な住処が必要になるかもしれないとバラバラになっている頭の中を取りまとめようとする。

「わかった。『毘沙門天』のインストールも完了した。今回もいくつか取引先に新しい武器を提供することが出来たし『フリープレイ』において一定の成果も挙げられたと思う。けれど、やっぱり問題は『ガイガニック』になるのか。そういえば、神宮前五丁目計画に仕掛けた盗聴器で得た打ち合わせは今日の夜だったよね、白河君」

『アースガルズ』が目を光らせて室内奥のデータサーバを参照して情報が集められ和人のスマートフォンに日付を送信すると、カレンダーアプリに『ガイガニック社』の打ち合わせの予定が今日の夜19時からであることを知らせてくる。

「そうでござる。なんかあそこの所長は西尾建設の会長と高校時代からの同期のようで、出世競争で差をつけられたとはいえ、いまだに付き合いがあるということでござる。お互いに超変態ってことで地下系のSMパーティーに結構出入りしているようで、お陰で気づかないうちに情報がダダ漏れでござった。けれど、『ガイガニック社』CEOの『隗没』、西尾建設会長西尾豪源、それに『S.A.I.』、D地区統括指導者代理『鴇ノ下綺礼』の三人が一同に介すのは本当に珍しいでござる。今日の夜十九時に渋谷セルリアンタワー三十七階のスイートルームでその会談が行われる予定でござる。現在、D地区内に九つの新築工事を抱えている西尾建設にはその時一斉に指令が届くはずで、この街から根こそぎ活気が奪われていくデござるよ」

白河稔が用意周到な計画を話している間に、『ぷるぷる』がオハヨーと言いながら、マグカップに入ったコーヒーを運んできてソファの前の丸いテーブルの上に置く。

和人がグズリと寝袋の中から這いあがると身体を起こしてピンク色のマグカップのホットコーヒーを口にする。

「『隗没』が異世界人であることはほとんど疑いようのない事実なんだろ、類」

テーブルの上の髑髏の壺のガラスカップに和人がライターで火をつけるとポワリと煙が飛び出てまるで千夜一夜の魔法使いのようにでっぷりと肥えた『類』が登場する。

「呼ばれて飛び出てジャジャじゃーン。二日も連続で俺を呼び出すとはナ。『隗没』というのはこの世界線から一・七五だけずれた多次元宇宙から来た生命体であることは間違いない。無限対話の術式でみたあいつの宇宙に魔術は存在せんがこちらでいう科学のようなものはこの宇宙とは比較にならん進化を遂げている。言わずもがな首だけで生命活動を保持する物理法則は少なくともこの世界には存在せんし、なんらかの異世界技術が持ち込まれていることはほぼ間違いない。若い頃は俺もパラディメンジョンマジックで……」

和人がワカッタワカッタと右手を出して類の長話を止めようとする。

『類』は相変わらず一人の時間を過ごしていたせいか溢れ出るような言葉がいつまでも溢れ出てくる。

「それともう一つ気になるメールが届いていたデござる。作業終了後だったので、報告をせずそのまま眠ってしまったが、どうやら『TV=SF』からの戦闘要請でござるよ。我々に『フリープレイ』に参加せよという旨のメールであったようでござる」

白河稔の報告に、『ぷるぷる』がとても嬉しそうな顔をしてデスクトップマシンに近づいていってメールを開き、『フリープレイ』への参加要請に関する詳細が書かれたメールを読み上げる。

「えっと、この度貴社『Lunaheim.co』様は度重なる『フリープレイ』の純然で公平たる戦争行為に多大なる損害を与え続け正当な戦争装置の発動を妨害し続けたと我々『執務室』情報局『TV=SF』は認定いたしました。つきましては、我々が用意した臨時戦線『エクストラフリープレイ』に参加することで、貴社が『フリープレイ』に関わり続ける権利を勝ち取ってください。──ねだるな、勝ち取れ、さらば与えられん──という先祖たちの言葉が永遠なることを」

『ぷるぷる』がメールを読みあげて和人と白河稔がグイッとコーヒーを口に含んだと同時にアジトの鋼鉄製の扉が開いて二人の小学生ぐらいの背をした男の子が中に入ってくる。

「いえーい。おはよー。お前たちに世界の終わりを届けに来たぞー。いいかげん子供みたいな真似は辞めて大人になるんだー。俺たちの居場所を返せー」

勢いよく『ルナハイム』の面々に挨拶をしたのは東條渚でスケボーを片手に持ちながら、小憎たらしい口を聞いて和人たち一行を挑発しようとする。

「ごめんね。行儀が悪くて。これはお爺ちゃんからのお達しなんだ。『フリープレイ』専属契約を結んでいた『ルナハイム』を独占禁止法を盾に貶めて『ガイガニック』社が近年契約を増やし出したという事実は知っているね。実際に『キノクニヤ』側にも契約を結ぶ連中が増えてきているし、それにおいおい渋谷駅東口で『S.A.I.』の連中が『カーニバル』を呼び出して、『フリープレイ』への戦略的介入を本格的に『S.A.I.』が宣言するという情報も僕らは入手している。あの新興団体はもはや完全に『ガイガニック』のお膝元。おじいちゃんも君たちを呑気に控えさせておくわけにはいかなくなってしまったという訳さ」

東條カヲルがひどく大人びた口調で『TV=SF』総帥『東條英機』からの戦闘要請に関わる詳細を伝えてくる。カヲルの肩には梟型自立思考性AI『キリコ』が目を瞑ったまま乗っかっている。

「おー久しぶりじゃん! バカ兄弟! クソ生意気なお前たちが俺たちのところまで来たってことは俺たちも本気でピンチってことかなー。宇宙脱出計画をあと5年早める必要が出てきたんじゃないか、和人」

『アースガルズ』が白河稔の毛むくじゃらの体の上から飛び降りて入り口からソファに向かってくる東條兄弟のもとに駆け寄っていく。

渚とカヲルはしゃがんで『アースガルズ』を拾いあげて生命を持った機械との久しぶりの再会を喜び合う。

「まぁ、そうでござろうな。とはいえ、和人氏には和人氏なりに『S.A.I.』が『フリープレイ』に本格的参入を遂げるのを妨害したい理由があるデござる。D地区で意図的に暴力的行為を増加させ、『フリープレイ』の発生確率を上昇させていたことを我々としても見過ごすわけにはいかなかったデござるからな。少なくとも『ルナハイム』の兵器はあんな風に無差別殺戮を対象に作られたものではないでござる。一騎当千こそ小生たちの彼岸であるのならば、とにもかくにも『鴇ノ下綺礼』とはいずれにしろ決着をつけなければいけないでござるな」

和人は寝袋から這い出てテーブルの上で食べ残されてパサパサに乾いたブルーベーリスコーンを頬張りながら東條兄弟と白河稔、類に向かって宣言する。

「そうだな。うちの叔父の我が侭が今になってもたくさんの人に影響を与えている。ふざけた話だけれど、俺たちは梨園のことを信じるしかないんだ。乖次が戻ってくるまで、俺が責任を持つ。『ガイガニック社』の横暴はこの辺りで止めるしかない、戦争バランスを崩してしまえば装置として機能させる意味がなくなってくる。『TV=SF』からの戦闘要請を受けて立とう」

グハハと類が大声をあげて煙を吐き出しながら笑っている。

両手両脚が縛られて行動のほとんどが封じられている古代の大魔術師はそれでも普通の人間たちとは違う力を持っているという実感をその場に居合わせる『ルナハイム』の面々に与え続ける。

「威勢の良いことは言っても所詮お前たちはメカニックで戦闘タイプではない。巡音のような前線で戦う魔術師だって今回はいないことになるぞ。狐の獣人能力だけで太刀打ちできる相手とは到底思えんがナ」

半獣半人の白河稔は決して類の言葉に気圧されないように鼻息を荒げて虚勢をはる。

和人は頭の中で無数の選択肢を数え上げ、どのパターンであれば自分たちが効率的に戦略を打開できるかを考え抜こうとする。

東條カヲルが近づいてきて彼の背負ったランドセルの中から教科書ほどの大きさの本を手渡そうとする。

「これは『グリモーワル』。人間たちが記載してきた魔道の全てが書かれている本さ。これがあれば、劣性遺伝として眠ってしまった『魔術回路』の一部を君たちも使用出来る。肺胞の欠陥はちょっとしたきっかけで所謂回路持ちでなくても現出する可能性はあるとここには書かれている。過去にはこの魔導書を使用して天界を苦しめた輩もいるって噂さ」

フンッと大きく鼻息を荒げて煙を吐き出しながら類が笑うのを辞める。

東條渚がにやけながら和人を小馬鹿にしたような態度で近づいてくる。

「ちなみにぼくら二人はチルドレ☆ンである母と異世界人である父の子供だからこの魔導書のほとんどを使用できる。『ルールブック』とお兄ちゃんのサードアイを封じ込めた横尾深愛の手腕は確かにびっくりしたけれど、それでも君たち回路を持たない人間がリミッター解除の状態の回路持ちに太刀打ちできる術があるのかな。『S.A.I.』の技術は明らかにこの世界の魔術と融合して極端な発展を遂げている」

渚の意地悪な質問に和人は少しだけ悩み事を増やす。

少なくとも、類が提示してきた古代魔術道具の力を科学の力で徹底的に解析して『Lunaheim.co』が『フリープレイ』専属契約を勝ち取ってきたのはきっと事実だろうと確かな自信を出来るだけ押し隠して油断など一ミリも介入させないように覚悟を決める。

「ぼくらに必要なのは二つ。『藤丸』や量子コンピュータ理論を現代に持ち込んだ異世界人たちの技術と対応もしくは圧倒できるだけの戦力。そして『魔術回路』そのものが一体ぼくら人間たちに何をもたらそうとしているのかを理解できる知識だ。カヲルの『グリモーワル』の力を借りたところで、ぼくらが彼らと同じ道を選ぶのであれば『ガイガニック社』と戦う意味はない。社会の恒常的安定の為の戦争装置の必要性を梨園は最後まで捨て去ることはなかった、ぼくらは彼女の意志を尊重し続けるぞ」

そういうと思ったという顔で白河稔と『アースガルズ』、東條兄弟は顔を見合わせて笑い合う。

『ぷるぷる』がほえーとどうでも良さそうな顔をしてアンプの電源をつけ、お気に入りのラジオ放送にチャンネルを合わせる。類はゲラゲラと笑いながら相変わらず煙を吐き出し続けている。

和人はガラクタの山から熊型のロボットフィギュアを取り出してきて『アースガルズ』と向かい合わせる。

「あは。眠ってるやつに生命を与えるには母と父の両方の力が必要だな。久しぶりに俺も合体ってことか。腕が鳴るぜ。滅殺斬鉄砲!」

『アースガルズ』が熊型ロボット『オーディーン』との合体必殺技である滅殺斬鉄砲の威力を目から光を出して伝えようとする。

『ぷるぷる』が目眩しヲ喰らって大袈裟にギャーと寝転がって暴れ回り『滅殺斬鉄砲』の威力を表現しようとする。

「まだまだ甘えん坊の癖は治らないみたいね、『アースガルズ』。自分の仲間は自分の力で勝ち取りなさい。大体六神合体なんてはしたないことをどこで覚えてきたのかしら。お父さんはママのことしか興味がないのに」

和人のスマートフォンで『ドグラマグラ』が立ち上がり、『アースガルズ』へ親子の絆について語りかける。類が背中からググッともう一つの腕を生やすと胸の前で印を組み始める。

待ってましたという顔をして少女型検索エンジンが女の顔になり類からの魔術的振動が訪れるのを期待する。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

『ドグラマグラ』の背景が七色に変転して室内を照らし出すと、類が九字の護法を唱えていくと、『ドグラマグラ』の冷静な顔が徐々に崩れ出し快楽によって半導体を刺激される機械的オーガズムの頂点を表現する。

「パパらめぇ。こんなにしゅごいのもうたえられナヒノー。お願ヒ、もう我慢できナヒノ。また産んじゃうー」

『ドグラマグラ』の顔が完全に崩れだすと和人のスマートフォンの画面表示が乱数配列によって埋め尽くされて混沌が徐々に具現化されていき、擬似生命が概念的生殖によって産み出されて魔術と科学が交差した末に誕生したシンクロ率を極限まで高めようとする。

「『オナン』が神に裁かれていた理由は快楽と生殖を分離していたからだ。たとえ、肉体的接触が介在しない行為であれ、問題となっているのは常に自己複製だということを人間たちは忘れているな。要らないものを吐き出して新陳代謝を加速させ、歪な形の余り物同士が愛を囁き、自分とパートナーの形を完全性へと到達させる。みろ、白河稔。これがセックスだ! 父と母の愛の結晶を思い知れ!」

白河稔は『ドグラマグラ』と類が産み出す螺旋の渦に恍惚とした表情を浮かべながら『オーディーン』に不思議な力が注ぎ込まれていく様子を見つめ続けている。

和人はうんうんと頷きながら『ぷるぷる』が欲情し始めて顔を赤めている様子を侮蔑の表情を以て省みる。

例えば、それは十八年前に跪いて手の甲に示した誓いのキスであったり、一昨日の夜がっしりと胸を掴んだ時に生じる希望の光のようなだったり 、血の盟約を交わして死の淵から蘇った獣人の姿と似たものであるのだろうけれど、きっと大昔に引き裂かれてしまった二つの魂が二人だけしか存在しない部屋で初めて夜を共にする時に産み出す本当に微かな嗚咽にも似ていて、佐々木和人がガラクタの中から拾い上げた熊型ロボットは生命と呼ばれる神秘を具現化しようとする過程でしか見ることの出来ない唯一無二の螺旋形を具象化する。

「おっす。俺が『オーディーン』だ。全ての悪を無に還す。俺の熱い魂が鉄など切り裂いてくれる!」

ありきたりの台詞を吐くと、熊型ロボット『オーディーン』がガオぉぉぉぉと咆哮する。

唸り声と呼応するように『アースガルズ』が渚の手のひらで立ち上がり右手を胸の前に掲げると熊型ロボットと同じように咆哮する。

「チェーンジ! 『アースガルズ』ッ! オーディーンインユグドシラルゥゥゥ!」

熊型ロボットが変形して『アースガルズ』の背中に張り付いて巨大な砲台になり『アースガルズ』と『オーディーン』の変形合体『斬鉄アースガルズ』が完成する。

「うぉおおおおおおおおおお!来たぁぁぁぁ! 『アースガルズ』! 『滅殺斬鉄砲』をぶちはなて!」

大好きだった合体ロボが目の前に現れた喜びで和人は興奮のあまり両手を腰のあたりに構えて手のひらを晒して唸りだす。『アースガルズ』はコクリと頷いて変形したオーディーンにエネルギーを充填させる。

「了解した! ユグドラシラルドライブフルパワーでいくぜ! 一撃で決める! 『滅殺斬鉄砲』!」

『アースガルズ』が必殺技を大声で叫ぶと、巨大な砲台からエネルギー弾をガラクタで埋まったコンクリートの壁に向かって撃ち放つと、光の塊がガラクタとコンクリートの壁は粉々に砕けて破壊される。

大きな穴が空きアジトの向こう側の二十メートルほど先の空間に地下鉄半蔵門線の線路が見えてくる。

「ふふ。まだ産まれたばかりで本調子とは言えないでござるな。お前たちが本気になればこんなアジト跡形もなく吹き飛んでしまうデござる。そうでござるか、これがセックス。ますます拙者は生命を賭ける必要が出てきたでござるな」

白河稔は緑色のジャージ姿でもわかるぐらいに股間を膨らませてうんうんと頷いている。

『ぷるぷる』が我慢の限界を迎えたのか外に駆け出してアジトから抜け出していく。

「おい。あの女また逆ナンに出かけたぞ。素直に白河狐に食いつけば良かろうに。女人禁制の『ルナハイム』にあって唯一無二の実験体の名は伊達じゃないのか。まったく手が焼けるぜ」

『アースガルズ』は両手を肩の上にあげて、やれやれという表情で首を傾げる。

和人はまだ興奮を押さえ切れないのかうぉぉぉおおと唸ったまま粉々に砕け散ったガラクタなどには目をくれる気もない。

ガラクタの中に埋もれたマジカルステッキだけが破壊を免れて瓦礫の山からヒョコリと顔を出している。「うひょー。これなら確かに頭でっかちな『鴇ノ下綺礼」の野郎に一矢報いるどころか逆転満塁ボームランをぶっ放すこともできそうだなー。帰ったらお前の登場する超神合体『アースガルズ』をネットで探して見てみるよ」

渚の手に乗った『アースガルズ』がグッと親指を立てて自慢ゲナ表情を浮かべる。渚と『アースガルズ』の馬鹿げたやりとりには目もくれず、カヲルが『グリモワール』のページを開いて呪文を唱え始めると粉々に砕けたコンクリートの壁が再び元の形に集まり出して復元される。

「和人の作った出来損ないの魔道具までは復元するのはサービスが行き届きすぎているからこれグライにしておくよ。けど、これなら君たちが『フリープレイ』に参加する意味があるね。ぼくたちがジャッジメントを務めることになるだろうけれどよろしく。けど、『隗没』たちはどうするつもりなんだい?」

和人がやっと興奮状態から目が覚めて冷静さを取り戻すと、はっとした表情でカヲルの方に向き直り質問に答えようとする。

「うん。その件は沙耶に頼もうと思ってる。ちょうど『ワンアウトメニー』のアップデートが完了して神格性強化外骨格『毘沙門天』のインストールが完了したところなんだ。沙耶なら多少の無理は聞いてくれるはずかな。使い方次第では肉体負荷がホワイトライオットの数倍、いや数十倍に達する可能性もあるけれど」

カヲルが少しだけのけぞって和人の突拍子もないアイデアに戸惑いの表情を見せる。

「ごく普通の人間に神格性装備を着装させる気でいるのかい? 彼女は科学技術特援隊の一員とはいえ、身体は生身の女の子そのものだ。負荷が最小であれば、精神耐性を保てるとは思うけれど、出力次第では彼女自身が無事で済むとは到底思えないよ」

うんうんと適当に頷いてカヲルの質問を受け流す和人はそこまで考える余裕はないんだとでも言いたげな顔をして『アースガルズ』と変形合体を遂げた『オーディーン』と自己紹介をし合っている。

「まぁ、大丈夫でござろう。あの西田死織が沙耶殿の努力と根性を買って出て、自ら『コンビニエンスストア』にスカウトしたと聞く。他の天才たちに埋もれず、彼女があの部隊に居残っている理由が『ルナハイム』の兵器のお陰だけではないということを今回証明してくれるデござろうよ」

きっとこれが大人なんだなと渚はカヲルにこっそりと耳打ちをして子供っぽい甘えなんてものが『ルナハイム』にはないこと確認する。

『ぷるぷる』が息を切らしてアジトに戻ってきて外を指しながらだめ! 朝早すぎてまだ誰も渋谷にいないの! と叫んでその場に居合わせた面々に大笑いされる。

「運動が大事なんだ。健康な体は適切な運動と食事によって作られる。忘れるなよ」

『アースガルズ』との合体を解いて二足歩行で立ち上がる『オーディーン』が右手を折り曲げて筋肉の重要性を伝えようとする。

機械生命と大魔導師とメカニックたちが二人の特別な小学生を招いて渋谷のとある地下秘密基地で一足早いパーティーを始める。

紫色の煙が立ち込めてペットボトルに入った透明な液体が紙コップに注がれるとアンプの音量が大きくなって心地の良い低音の反復と高揚感を生み出す高音がフィリタリングされた周波数と絡み合って虹色の空間を産み出していく。

『ぷるぷる』は同じ場所でずっと同じ動きのまま首を振り続けて耳に入ってくる快楽係数を増加させながら脳内でセロトニンを生成する蛇口を開いたままで踊り続けている。『アースガルズ』が目からレーザービームを放ち、オーディーンが口からスモークを焚いて佐々木和人と白河稔はクネクネと手と足くねらせて音の海を泳ぎながら、3Dメガネを掛けた小学生二人を揶揄いアジトにぷかぷかと深くて濃い煙を吐き出して揺れている。

「ありがとう、和人。久しぶりにぼくたちも思い切り羽根を伸ばして遊ぶことが出来た気がする。3Dメガネのせいでどうやらまだ視界が二重に見えているけれど、街の中で遊ぶのは歩くないだろうね」

「うん。すげー楽しかったよ、けど、それとこれとは別な。ジャッジメントは公明正大に行われてこそ戦争装置としての機能も発揮される。君たちの主張を正当に評価するためにもぼくらは僕らの歯車としての役割を果たそう。誰が一番お邪魔な正義の味方なんだろうね」

東條渚とカヲルが爆音のなるアジトから出ようと入口の扉付近で和人と稔にお別れを告げる。

大切な言伝を『東條英機』から預かり受け、『つくられたひと』がとうとう人間限界の向こう側を見つけだすために動き始めているのだということを告げる。

「さて、三島くん。お待ちかねの君の新しい強化外骨格の準備が整ったようだぞ。君の元恋人は君のためにまた命を張っている。君のまっすぐな気持ちにはしっかり彼の心がインストールされているんだな」

『伊藤博文』は防疫局データ管理課で出向業務中の三島沙耶に向かって辞令を飛ばす。

公務に忠実であることにかけて彼女の仕事の右に出るものはいないと改めて彼女の誠実さを認めて『伊藤博文』は三島の残業願届に判子を押して『執務室』特別出張業務に許可を出す。

「ありがとうございます! 私がこの課に無理矢理居残ってきた甲斐がありました。開発局との連携捜査に民間企業を介入させることは確かにとても問題だとは思いましたが、課長がとても頭の柔らかい人で助かりました。すぐに準備をして新しい外骨格を受け取りに向かいます。それと課長、一つだけ訂正します。彼が元恋人であるからではなく、彼が信頼のおける最高のメカニックだからこそ私はこの仕事を依頼しています。彼らは決して自分たちの仕事を裏切ることはないですから」

三島沙耶は深々とお辞儀をして鞄の中に必要な書類や荷物を入れて渋谷区のとあるビルにある開発局データ管理課を出て『ルナハイム社』が現在滞在しているビルへと向かう。

「卑弥呼、君の杞憂はどうやら現実になりそうだ。我々がチルドレ☆ンによって作られた現在の歴史には存在しない人間である以上、この世界に直接介入できる機会は徐々に減っていくだろう。永遠を約束されたぼくらにもしかしたら休息が訪れるのかもしれないんだ。けれど、それは今までの決まり事が通用しない無法地帯を呼び起こす可能性だって存在している。異世界人たちはそう易々と自分たちの世界のルールを明け渡したりはしないだろうね」

『伊藤博文』のPCにはビデオ通話用の小さなモニタが表示されていて、そこに映る十代前後の見た目の女の子は宝冠を被り白い貫頭の衣を着て何かに祈りを捧げるように目を瞑っている。

「妾はもう二千年の悠久の時を生きている。妾が初めてあの方に身体を捧げた時の記憶は今でもありありと頭の中に思い浮かべることが出来る。どのように歴史再生をしても私たちだけは人間の中に産まれることがなかった。『つくられたひと』は初めから輪廻の輪からは消えてしまうだけ運命じゃ。けれど、やはりほんの少しだけ寂しさが募る。人間であることからは逃れられん。もし今一度あのお方と出会うことが叶うことがあるのならば、とつい邪推な気持ちが横切ってしまうな」

チルドレ☆ンと全く同じ形の人間を作り、同じ歴史の螺旋性から出口を見つけ出すためだけに歴史の中に混入された神が作りし芸術品『つくられたひと』。

『伊藤博文』と卑弥呼は自らの運命を呪っているわけではないけれど、『東條英機』が管理している『TV=SF』や『葛飾北斎』が描く到達点がチルドレ☆ンからの最優先事項としてただ神の描く設計図に基づいた姿のままで『つくられたひと』が実行しているという事実に少しだけ溜息をつく。

人の間で生きるということは切り離せない関係性を築き、細胞の一つずつに彼らとの記憶が染み付いていくことだと、普通の人間よりもずっと長い時間を生きる困難さをちょっとだけ開け放つ。

「オラは昔から空から聞こえる声を頼りに絵を描いてきた。一万飛んでいる三百年前のオラも同じ形をしていたはずだ。今さら何を迷う必要がある。オラはオラだけで出来ているわけじゃねーズラ」

渋谷駅新南口のガード下に葛飾北斎が描く新しい富士の絵は青と赤が燃え盛るようにスプレーペイントで描かれていく。

『葛飾北斎』と荒々しくペンキの塗られたハケで刻み込まれた富嶽はもう幾つ作られたのかを彼ですら把握出来ていない。

「私がもうこの世界にきて十三年になるのですね。それ以来あなたの言われた通り、この場所で世界を記録しつづけてきました。もしかしたら私がこの世界に呼び出されたことは偶然ではなく必然であるのかもしれない。いつか自らの書き記した筋書きによって食い殺された憐れな脚本家のように」

青いブルーのワンピースの少女は蠢く機械たちに囲まれた一室で世界の様子を監視し続けている。

宗教性の具現化を彼女は手助けするためにこの世界に呼び戻されたのだと白髪が無造作に生えている白衣の老人は名も残らぬ作家の書いた物語を読みながらその事実を確認して本を閉じる。

「私たちの世界の歯車を乱すお前たちにですら役割が与えられている。世界への干渉率を極力減らすためにお前をこの部屋に閉じ込めてきたけれど、結局我々は神の作り出した世界を飛び越えようとするのだな。どこかで何かを誰かが間違えたのか、それともこうなる運命であったのか、七十五年前に私が知っていれば確かに魔術を失う必要はなかったのかもしれぬ。私たちですら世界の全てを見渡すことが出来ないのだと思い知らせる」

『東條英機』が蠢く機械に囲まれた一室のモニターに表示された反転したCが照射されたセルリアンタワーの様子を見て運命を呪う。

暴走することのない軍部がエンターテイメントによって呑み込まれる。

人の命の値段がより鮮明に格付けされていく。

機械たちが居場所を求めて騒ぎ始める。

いつになれば答えが出るのですかと神の使いに問い掛けを続けようとする。

情報局『TV=SF』コントロールルームの一室で世界中を監視するカメラが一斉に動き始める。

「『ルナハイム社』。そうこれが、あなたの居場所。私の邪魔ばかりしている。もし神様たちが悪意を持って私に植え付けたものが『聞こえない眼』なのだとしたら、きっと私は全天球を支配する視覚に取り憑かれ続けるわ。『S.A.I.』がもたらす未来にはあなたたちの名前は記されていない。もし私を救おうとしているのならば、きっとそれは私の過去を否定するのと同じこと。あなたは私の邪魔ばかりしようとしている。けれど、少しだけ距離が遠く感じられることが疎ましい」

芹沢美沙はこの街で起きている沢山の出来事をデジタルデータに還元して記録している。

人間たちに終わりが近づいてしまうから進化を希求することを辞めるようにとチルドレ☆ンたちの声が彼女の左の眼球に届いて未来を遮ろうとする。

少しずつ霊素と実体の垣根が失われていき、世界が一つになろうとしている。

決して記憶は時によって洗い流されることなく蓄積された情報に還元されたまま記憶野に止まり続けようとする。

「叔父さんがやったことを正しいことだったと主張する連中を否定したいわけではないのかもしれない。けれど、あの日ぼくらが見つけたこの道はきっとぼくら自身が目指すべき扉を開け放つ瞬間を産み出してくれるはずだ。そして、それはきっと叔父さんと同じように君から左眼を奪うことになるんだろう。強くなる。ただそれだけなんだ。世界は変わり続けていく」

佐々木和人は三島沙耶を見送った後でアジトに戻る途中に見上げた空に巨大な雲が移動していく様子を見て思いを募らせる。

もう一人のぼくが後ろから忍び寄ってきて笑い声をどこかへ追いやってしまおうとする。

冷たい風がもう夏も近いというのに吹いてきて、鐘の音が響き渡った校舎の思い出を再生する。

何度繰り返しても消えてしまうだけの大切なものが失われる事実を和人に思い知らせようとやってくる。「和人。遅くなった。預けていた梨園の手紙を見せてもらえるか。俺たちにはもう必要がなくなるのかもしれない。たった一つである役目を終わらせなければいけないはずだ」

師元乖次は和人の肩を叩き、未完成が補完される為に欠損を呼び戻してきたのだと告げてくる。もしかしたらもう鴇ノ下ですら障害になり得ないかもしれない。

『ルナハイム』のもう一人の顔役にとって人間は盤上の駒にしかきっと見えていないだろう。将棋盤の駒の1つが盤上から飛び出ていく。

血が流れる。

また何かが失われる。

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