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16.Try not to become a man of success, but rather try to become a man of value.

「ねえ、雫。人工生命の寄附金集めの為の特典マスコット人形がもう次の発注がかかっているんだな。彼に『ポロ』と名付けた君のセンスは正しかったといえよう」

「澪が誤解を受けてでも希望を作ろうとしている気持ちが伝わっただけだよ、私もその類だしね」

「いずれにしろ死織との約束までは後七年しかない。パパに無理を言ってCERN行きを引き延ばしているのは、時空連続体を自由に行き来する為の生贄の無限増殖構造の開発の為とはいえ時間がかかり過ぎているな」

「大河は自分だけが理解していれば十分だと思っているから。爆発する知性なんて必要ないって」

「あの男に任せておいたら母型の効率的運用に体よくまとめられてしまう。銀牙の末裔どもによる巧妙な大衆操作を許容出来る時間に死織が設定したのがあと七年。スペースノイド計画の主導権を彼らに引き渡す訳にはいかない」

「けど、私は大河に乗るからね。澪は傲慢過ぎる。意図的な情報爆発によって次元境界線を無数に生成するなんて世界のバランスをまるで無視。時刻管理人の手を逃れられるとは思えないな」

「すまないな。それが、『チルドレ☆ン=オブ≠チル☆ドレン』のリクエストなんだ。彼女にとって最も過ごしやすい世界を作れと」

「まったくあの国は内情が複雑過ぎるんだよ。この国みたいにもっとシンプルにさ、やってくれればいいのに」

「パパさんがいたから私はあんな論文を無理矢理押し通すことが出来た。パパさんからすれば人工生命なんてものよりさっさと私に重力研究に関わってほしいと考えているだろうね」

「デビエバー教授と違って、あの宇宙人には人の心などないしね。だからアングロサクソン共の差別なんて全部無視。澪はCERN行きを引き延ばす代わりに一年間手足になる契約をしたんでしょ」

「現在神であるものの命令に背くのが悪いというのがパパの判断だ。この件に関していえば死織のほうが有能だな。とはいえ非許諾周波数に群がるもの供を自由にさせないのは私の為でもあるしな。時刻管理人供をひとまずは過去に追いやれるはずだ」

「まったくあんたたちはいつまで経っても夢を捨てないね。壱ノ城家のお家騒動に乗じて大魔王にでもなる気でいるの?」

「それは『ポロ』が完全生命になり得るかどうかにかかっているさ。寄り道などしている余裕はない。実験を続けよう。永遠の生命を欲しがるのは私の産みだす生物だけだよ。メモリーカードを取ってくれ。記憶を再生する」

「それじゃあ世界中で行われている人間の拡張なんて全部問題じゃなくなる。私たちが私たちのまま戦えるって言ってるみたいじゃんか」

「その通りだぞ。彼は、『ポロ』は必ず来るべき未来の礎となり得よう。例え、二週間しか持たない生命だとしても回路を持つものと持たないものの架け橋となり得るはずだ。眠りが永遠とならぬよう私は神への道を歩く。それが私は天才であるという自覚そのものなのだよ」

横尾深愛は『インディペンデンス』の留学先の実験室でフラスコから産まれる生物の産声と泣き声を聴き続けている。

彼女は回路が眠ってしまっているだけだという希望が絶たれ始めていることをたった一人の青年へ望みを繋ぐことで問題を解決しようとする。

「この唇のアップのシーンはもう少しトーンを落として赤を目立たせたいわ。リップシンクは可能な限り厳密に。出来る限り聴覚への刺激を心地よく作り上げましょう」

ぼくが部室に入るとルルが白河君に向かって映像制作に関する指示をしている。

乖次と沙耶も既に部室には集まっていて、どうやら現代部室研究部として現状を打開する為にはこの手段しかないのだと本気で考えているようだ。

「累と連絡を取っていたのはブログ記事だけではなく心理的な側面も補完する為だったんだ。手口から類推するしかないが殺人鬼の自尊心を刺激する方を梨園の理論を基に考え抜いた」

「人間である限りコミュニケーションからは決して逃れることが出来ないわ。媒体を通じた生殖を必ずどんな人間でも求める。けれど私たちは彼の完全な犯罪に恐らく無力。視覚は全ての感覚に影響を与える特別な器官よ」

『アースガルズ』と『トール』と『ロキ』がまるで演劇でも行うように超神合体『アースガルズ』のワンシーンを再現するようにして会議用テーブルで小芝居を続けている。

──最後は俺とお前の血が混ざり合い『古代種』とチルドレ☆ンの高純度の知識が夢幻を産み出すはすだ。さぁ、俺たちの力でこのビデオに魔法をかけよう。やつが俺たちを殺したくて仕方なくなる気持ちを培養するんだ──

ぼくは白河君の傍に近付いてシーン8の脳味噌が得体の知れないウィルスによって侵食されていくVFXを作りあげる為にコミュニケーションを取ろうとする。

「このシーンの細やかな理論を作る為に乖次とルルは議論を重ねたでござる。CGで完璧な脳と記憶が作り出されていく過程を表現するでござる」

「バグの身体的構造も表面だけではなく内部から作り込んでいくとしよう。何もかもに意味を持たせるんだ。澪先輩の理論を基に『魔術回路』を外在化する」

ぼくは深めにかぶった緑色のカンカン帽の頭を抑えて白河君が操るパソコンのモニターを覗き込む。

──それが『アウラ』だ。いても経ってもいられなくなるほど強力な理力を注ぎ込め。目的を明確にしてお前とよく似たあいつの股間だけを刺激しろ。虚勢したペニスを再生してやれ──

ぼくたちは自分たちが持っている技術と知識を詰め込んで映像作品を練り上げていく。

出来る限り『アセチルコリン濃度』を高めていく手法を開発して一つにまとめあげようとしている。

けれど、どうしても分からないことがありぼくは自分たちの理論の中に埋め込むことが出来ないパーツがあることを発見する。

こいつは自分以外の誰ともコミュニケーションを取ろうとしていない点だ。

何故か全ての行動において完全に自己完結してしまい他我と呼ぶべき対象が存在していないように感じてしまう。

乖次の推測する通り、自己顕示欲も承認欲求も破壊欲求すらもこいつは全てのリビドーの対象が自分自身に向けられて内部で永久器官のように完成されている。

おそらく今部室に集まっているメンバーの全員がビデオの最後のシーンである手を繋ぐ映像がこいつにスイッチとして機能するのかどうかを疑っているのだろう。

「梨園は何故どうやってあの方法を選択したのかは解決出来そうなのか、乖次」

ぼくはルルと細かい微調整を続けている乖次に疑問を投げ掛ける。きっとそのことに大きな問題が隠されているような気がする。

「梨園が参加していた研究プロジェクトの存在を俺は彼女の死後に知ったんだ。人間の知性をチルドレ☆ンレベルまで引き上げることが目的だった。実在を担保された『ガイア』の創造者、『パン』の頭脳を複製し、インストールする為に考案された悪魔の実験」

つまり地上に生きるごく一部のものはチルドレ☆ンという絶対者の在り処と能力に関して仮説段階ではほぼ存在の定義づけが完了しているということか。

恐らくぼくらのもちうる知識と技術の遥か一万年先を行く未知の技術そのものを使い、パンは『ガイア』そのものを作り出した。

ルルが乖次の話に頷きながら自分自身の理論を裏付けるようにして話を繋ごうとする。

「つまり、梨園はその候補生として選ばれたってことなのね。少なくともその場所に最も近い人間として」

「知識だけではなく脳の反応に関しても少しずつ改良を加えられていたと推測する。身体機能の問題をさしおいてプロジェクトの研究者たちは神の頂を目指したんだ」

けれど、もし生物が進化の極点に達してしまうのだとしたら、それは生物としての最終形態を選んでしまう。

「死そのものだね。生物が生物である限り死を選び取る。彼らはそれを嫌がった。永久機関『EVE』に恋い焦がれ続けたんだ」

「梨園はね。そういう傲慢な研究者たちの中に自ら進んで入り込んで、個体としての完成形ではなくて群体としての効率と可能性を探す道を提案し続けたの」

「だが、候補生は梨園一人ではなかった。俺の予測では数人の実験体と呼ぶべき人間が絡んでいる」

「乖次。それじゃあ、その一人を俺たちは知っているということじゃないか」

学食で出会った神学科の学生の顔がぼんやりと思い浮かぶ。

けれど、まるでその場所だけ霧がかってしまったように彼の顔をきちんと思い出すことが出来ない。

「そうだな。だが『柵九郎』という男の顔がどうしても思い出せない。まるで何人もの『柵九郎』が実在しているように顔と形があやふやななままなんだ」

「ぼくもそうなんだ。学食で『Doppelgänger』の話をしていた時、、確かに顔を確認しているはずなのに」

 沈黙がぼくら現代視覚研究部の四人に出来たぽっかりと出来てしまった穴を縫い合わせるように支配してしまう、いつの間にか頭の中に植え付けられていた悪魔の存在を知らせようとしてくる。

「ねえ、多分だけど、梨園はこの結末を知っていたんじゃないかしら。きっと自分の頭脳のことを一番よく理解していたのは彼女自身だからね」

「そうでござるな。もしかしたら乖次殿の話してくれたプロジェクトにブレーキをかける為に彼女はこの選択を選んだでのかもしれないでござる」

「安易な憶測はそこまでにしよう。とにかく、梨園の残した詩と俺とルルの基礎理論を元に構築した和人と稔の傑作ならば、まるで自分のもう一つの可能性を探し出すように、つまり鏡を見つけ出そうとするはずだ」

「あくまで可能性の話だ、乖次。こいつは便利な嘘発見器でもなければ救いを与えてくれる聖杯の類でもない。遺伝子配列に存在する特異性を利用したアルゴリズムがあるだけなんだ」

「まるで遠く離れた恋人同士が偶然に出会い彼らだけに許された特別な時間を過ごすみたいにでござるな。小生たちは梨園殿の示してくれた道筋を今は信じることしか出来ないでござる」

 一抹の不安と一縷の可能性のどちらかがぼくらの目の前に現れるのか分からず、当てのないギャンブルに賭けようとしてしまう自分たちをきつく縛りながら思考を回転させ続ける。

「和人の言う通り安易な結論はやはり避けるべきだな。難なく逃げ出されてしまう可能性は当然ながら考えるべきだ。もし悪戯に刺激を加えてしまったせいで犠牲者をこれ以上増やす意味もあるとは思えない」

「彼は梨園とは違う。だから研究者たちにとっても都合がよい。放っておいても同じ結果だわ」

「その通りだ。だからこそもう一つの問題が浮上する。複雑な自己回帰性を解読する必要があるんだ。どうやって梨園は天井が五メートルもある場所からロープを垂らし自分の身体を吊すことが出来たのか。もし意志を持った自殺であるのならば、恐らく俺がそこに気づいてくれることに賭けたんだろう」

「鑑識の調べでは天井にロープを吊す器具は予めつけられていたらしいわ。器具にロープを通した後、天窓から侵入して飛び降りて自殺と断定されてしまった」

「当然ながら梨園は天窓から二メートル離れた場所にロープを通せる身体能力もなければその場所で自殺を選択する理由もない。警察も半ば無理矢理に捜査を終わらせたというべきかもしれないわね」

「もちろん魔術犯罪の可能性も疑われたでござる。けれど、例によってエーテル粒子体は検知されずデござる」

乖次は白河君にパソコンの画像フォルダからjpegデータを表示するように指示をする。白河君がマウスを操作して一枚のアート作品をぼくに見せてくる。

「──マウリッツエッシャー 相対性──という作品だ。階段の構造が物理法則とは無縁の世界で出来ている。思念の領域を現実へと反転させることで、これに似たものを梨園は作り出すことができたんだ」

「だとしたら完全性を求める犯人もまたきっと同じものを作り出したいと考えるはずね。少なくとも当時のプロジェクトにおいて進化の極点、死の瀬戸際で爪先立ちをしていたのは梨園だけだったと思うから」

乖次はポケットから小さく折り畳まれた便箋を取り出してぼくに見せてくる。

──踊る鮫の牙に寄り添うドレス──と題された一編の詩篇を取り出してくる。


踊る鮫の牙に寄り添うドレス

震える指先が重なる度に 

思念が壊れていくのを

感じ取っている

じっと耐えているだけなのに

近付くことが出来ないことに

憤りながら吠えている

パンの味を忘れてしまったのですと悲しい声で獣が震えています

白いドレスは汚してしまったから私には似合わないと噛みつかれて

けれど喧騒に侵されてしまうぐらいならば 何もかも忘れて

誇大妄想狂たちが狂ったまま日常を送ってくれるまで

私はあなたをただ思い続けることにします

もしほんの少しでも伝えられなかった僅かな過ちがあるのならば

私の血液と体液にまみれながら永遠に呪いを与えてくれますようにと

私はいつまでもあなたと供にあるだけの肉塊へと変わります

だからそっと目を閉じてひび割れた空気を吸い込んで

2010・09・13 rien


梨園の残した詩篇は一つ一つは抽象的な意味があり、接続詞によって繋げられて、名詞により特定されて、動詞によって決定されて、形容詞によって指定される。

あるものは数字として捉えて、あるものは象形として捉えて、あるものは音韻として捉える。

それぞれにそれぞれの原因と結果が存在し、出来るだけ同時に同列に理解して時間と環境を結合させることで特定のイメージが現象として現出する。

音韻を二進法によって信号解析し、映像の音声信号として同期させることで、白河君が編集した映像の断片を再生すると、部室棟の天井は消え去り、透明な床に立っているジャズ研の連中が見える。ルルが仕込んでおいた音声に周波数変調を添えると『現代視覚研究部』の部室にはいつのまにか逆さになった階段が表れて『類』が過去の記憶からぼくらに見せた銀色の宇宙人のようなヒト型が上下を反転したまま歩いている。

映像の断片が再生し終わってしまうと、まるでどこにもそんなものは存在していなかったように『現代視覚研究部』の部室は元通りのいつもの風景に戻っている。

「俺たちに出来ることはこれぐらいだろうな。梨園は恐らくこの現象の内部に自分の実存を介入させるレベルまで高純度の力の源を体内に飼い慣らしていたんだ。それに伴う苦痛と一緒にナ。人間の意識を0と1に還元することはそれなりの対価を必要とするのは想像するに容易い」

さっきみた風景は幻花のように消えてしまい記臆野にすら残されていない。

けれど、また出会いたいと考えて心のどこかで求めているのをぼくは感じる。

まるで初恋みたいなものが知覚の世界に現れてあっという間に認識の世界へと還ってしまう。

現実にいるぼくらは届くことのない希望や夢を追いかけさせられている気分になってしまう。

「『円真希』が『夢見る天体ショー』と名付けて観客たちに見せたもの。八神教授たちが追い求めているもの。『類』と呼ばれる魔術師が手にいれることが出来たもの。梨園が俺にだけ見せた教会での彼女の死そのもの。そしてだから俺たちは同じものを求めて『現代視覚研究部』に集まっている」

ぼくが向かうべき場所が複雑に入り組んだ形で目の前へ現れたことに戸惑いを覚えるというよりもあぁやっぱりなのか、と納得せざるを得ず、扉を開けたらすぐ近くの階段に繋がっているだけだったり階段を登った先は元いた場所の裏側にたどり着いただけだったり、そういうどこにでもある現実が脳味噌の内部で起きている電流と結びついて具体化するための出口を探していて、そうやって見えないものを見えるものへと変換させようとぼくは目の前に現れる困難だけを正確に処理していく。

「じゃあ手を繋ぐのはやはり沙耶とぼくということになるのかな。少なくとも彼が欲しがっているものを見せたいのであればぼくらとしてはそうせざるを得ない。今、目の前にあるパーツを組み合わせて映像化するのであれば」

あははとルルが笑って髪をかきあげている。

乖次が机の上に腰掛けて梨園の詩篇をポケットにしまう。

沙耶がとても嫌そうな顔をして手を差し伸べる。

窓ガラスをあけ学生棟の中庭をバッグにぼくらは手を繋ぎ合う。

「私でもいいのかなって思ったけれど、結局はそういうことなんだろうね。いいよ、このシーンは私が撮影しよう」

白河君は黙々と作業を続けている。

ルルが映像研から借りてきたカメラを構えてぼくと沙耶が手を繋いだシーンを撮影する。沙耶はあまり笑わずチラリともぼくのほうを見ようとはしない。

ぼくもほんの少しだけ沙耶の横顔を確認した後にまっすぐカメラの方を向いてルルの気の済むまで録画を続け三十秒ほど立った後にRECボタンを押し込むと、Canon5Dの光源が失われてフレームの中に収められた空気と音が感覚化されて記録メディアに保存されてしまう。

「リエン。君はぼくと離れられないことに憂鬱を感じることがないかい。」

(そうね。永遠なんてものはあり得ない。けれど、私とあなたは恐らくそんな業火を共に過ごすことになる)

「ぼくはそれがとても不安なんだ。だからどうしても形を持つものを破壊してしまう。もう傷つける必要なんてないのに」

(あら。あなたは私を求めているのよ。とても自然な行為だわ。何を迷う必要があるのかしら)

「そう。ぼくは一人で平気なんだ。君さえいればそれでよい」

『柵九郎』のピアノの上には血のついたカルテが置かれている。

病名の項目にはMultiple Persönlichkeitと筆記体で記入され、備考欄には名前と性格のようなものがずらりと並んでいる。

カルテにはクリップで止められたファイルがあり、それぞれにポートレート写真と詳細な人物像がボールペンで書き込まれている。

べっとりと血がついたそれらのファイルは大きめの窓ガラスが開けられた部屋に入り込む風に揺られていて一際大きな風が吹き写真のついたカルテとファイルがめくられると最後のファイルには長い黒髪で目鼻立ちのはっきりとした女性と思しき人物の写真が貼られていてリエンと名前が記入されている。

夕暮れ時の西陽が入り込み十字架の取り付けられた天窓のあるリビングルームには『柵九郎』の奏でる──フランツ・リスト=別れの曲 12の練習曲第三番ホ長調──が最後まで引き終わると、ウィッグをつけた女性がリビングルームから出て行ってしまう。

「おい。今床下のサークルの連中が見えなかったか?」

『灰谷幸雄』が無理矢理部室に持ち込んだドラムセットを叩きながら目の前でPS3のコントローラーを操作している『石川忠志』に向かって話し掛けている。

「そんなことより映像に集中しろ。ドラムのリズムでゴウゲンを使いこなすまで今日は帰す気が無いぞ。本気でいく、鉄パイプで殴られるのはコレっきりにしろ」

ジャズ研の部室には金属製のロボットとドラムセットが置かれていて窓ガラスを覆った壁際には格闘ゲーム『八門遁甲2』が映像として投影されている。

ドラムのリズムに合わせて動く赤い髪で黒い道着のキャラクターが不自然な動きと長髪でスペースサイバーなサングラスをつけた未来的な衣装のキャラクターに翻弄されている。

銀色の宇宙服に身を包むキャラクターが必殺技を繰り出すと金属製のロボットから鉄パイプのようなものが風切り音を立てながら回転し『灰谷幸雄』に襲いかかる。

ドラムを叩きながらギリギリのタイミングで『灰谷幸雄』は屈み込み鉄パイプを交わすとそのまま用意された銅鑼がパイプで叩かれて、『灰谷幸雄』はキックドラムの連打を放つと黒い道着のキャラクターが竜巻のように回り続ける必殺技を繰り出す。

大切な装置が行動と同期して感情を削除したゲーム世界の住人達のように『灰谷幸雄』と『石川忠志』の現実を書き換えていく。

時間など存在しないみたいに二人はゲームなのか音楽なのかそれとも格闘技なのか分からない遊戯の中で何時間も没頭して神経の昂った身体が汗を大量に掻いて覚醒した意識を凍りつかせてしまうまで精神を磨耗させていく。

「ねぇ、もし私がこんなに綺麗だったらあなたはもっと愛してくれたのかな」

黒く長い髪を撫でながらはぁぁと息を吐き襟足がついた黒い毛皮のミンクコートを着た女性が冷凍庫の中に吊るされた女性の死体を見上げている。

「これだけの額を私の為に出資してくれたのは貴方だけです。この死体は大切に保管させて頂きます。」

白いクックコートを着た四十代ほどの男性は死体を特別なエンバーミング処理を施したまま冷凍保存したことをタキシード姿の男性と供に深々とお辞儀をする。

ミンクコートを着た女性は儀礼的態度に応答するように黒く長い髪を頭から抑えて引き抜くと黒髪はどうやらウィッグで、彼女の地毛は前髪が額にかかる程度の長さで綺麗に切り揃えられ後ろと前を刈り上げられたショートカットに切り替わる。

「いや、もし必要だと思えばこれは君の方で使用して貰っても構わない」

ウィッグを取った途端にミンクコートを着た人物は男性的な声で話し始める。

人格がまるっきり別の人間に切り替わってしまったみたいにとても神経質そうな性格をした男として話し始める。彼は冷凍庫の中で白い息を吐き出しながらクックコートの男とタキシード姿の男二人の寛容な態度に応えようとする。

「私供の友人に視覚を操る双子がおるのです。フランス生まれですが、見事にこの国の警察権力と関係者を欺くことが出来ました」

「『ココロジー』。神に仕えし双子ですか。中世から生き続けている魔女の血族。平和ボケした国家権力ではひとたまりもないですね」

タキシードを着た男が手に持った髑髏の形をした水晶玉には黒いゴシック調のドレスをきた銀髪の十代の双子が映し出されている。

彼らの真っ白な肌の両腕は赤く血で汚れていてとても楽しそうな笑顔を浮かべている。

「死体は死後一時間以内に冷却され搬送致しました。細胞組織や筋肉は壊死しないように最善の注意を払い保存してあります。全て貴方様のご要望の通りに処理いたしました」

「救急隊員には慈悲を与えてくれたのですね。この件をあなたに依頼した甲斐がありました。保存はともかくとして罰を与えるものの所在を見誤られては困りますからね」

「そろそろお身体に触ります。戦争を放棄する為にも私たちは人を喰らい続けるものをお手伝いさせて頂きます。全ては神の思し召しのままに」

マイナス十度の室内にも関わらず、タキシード姿の男とクックコートの男は身体に不調を訴える様子もない。

黒い髪のショートカットの男は再び黒いロングヘアのウィッグを被りフェイクファーのコートで首元を暖めながら冷凍室を出ようとする。

「私たちのウェディングにはぴったりのドレスね。穢れ一つ許さないまま神性を維持した彼女は『アンドロギュヌス』に選ばれるの。私たちが時を戻してあげるわ。永遠を手に入れましょう。あなたは何もかもが私そのものよ」

(もう止められないね。グフフ)

(だってここはもうすでに夢の中!)

冷凍室から三人が出ると重くて分厚い銀色の扉が閉められる。暗闇によって視界を覆われた極低温の世界に安寧の時間が与えられる。

「君がこの部屋に来るのはとても久しぶりだ。少しずつぼくから心が離れていくのを感じる。五年という月日はとても長い」

青いストライプのスーツジャケットを椅子に掛けて優しい笑顔を配る男はグラスに水をいれ、芹沢美沙の座っている赤いロングソファの前に置かれた黒いテーブルの上に置く。

彼女の目の前五十インチの液晶モニターは電源が入っておらず真っ暗まま無言で二人の様子を伺っている。

「そうじゃない。私にはあなたが必要なの」

芹沢美沙はすっと立ち上がり、白いワイシャツだけになった男の唇を奪おうとする。男は人差し指を唇の間に挟み、芹沢美沙の衝動をうまく受け流す、

「嘘がとてもうまくなった。訓練の成果は出ているじゃないか。君には新しい恋が必要かもしれない」

男は彼の真後ろにあるキッチンカウンターにあるファイルを隠すように立ち芹沢美沙の両手で支えている。

ファイルには『KODE S』とラベルが貼られ、下部に『蒼井真司』という名前が印刷されている。

「まだ私をそうやって馬鹿にする。きっかけなんて関係ないじゃないか」

「だから君は子供なんだ。物事には順序がある。適切に行われるべき儀式のようなものを疎かにすべきじゃない。ベッドへ行こう。ぼくは先にシャワーを浴びてくる」

芹沢美沙はカウンターの上に置かれたファイルに気付かない。

とても大切なことが書かれた情報は彼女の左側の死角に存在していたと理由で見過ごされる。

『蒼井真司』はワイシャツを脱ぎ捨てるとそのままシャワールームに向かう。

「これで全てのシーンは繋ぎ合わせられたでござる。問題は音声処理とトーンの問題でござるか。小生でも構わないでござるが、映像研に一任してみるのはどうでござろうか。より専門性の高い仕事であればクオリティを重視する為にも必要でござろう」

白河君の提案に皆が頷き、書き出されたファイルをUSBへとコピーする。

ぼくはUSBを受け取ると早速映像研へ向かうことにする。

「じゃあ私はここまでで大丈夫だね。あのね、私は和人の選択を信じるよ。昨日の夜、西田さんから連絡が来たの。たぶんそういうことなんだと思う」

「『科学技術特援隊』って冗談だと思ってた。でも確かに赤を制圧するもの、西田死織なら本気で実行に移す」

「あはは。民間で正義の味方を運営するって考え方は突拍子もなさすぎる。けど、批判的学習会議はその為に作られていたからね」

「ならばぼくらの選択は変わらない。君たちには武器が必要なんだ」

「あ。私はそれに乗れない。バイオマシンの夢捨てられないもの。来年から私は北京行きだよ。」

「梨園が積み上げた知識を俺は責任を持って伝える必要がある。お前たちに合流するのはずっと先だな」

「『ルナハイムエレクトロニクス』、いい名前だね。私はずっと守ってもらえるってことか。なんて幸運な女だろう」

「特例中の特例と一緒に歩く道が幸運とは思えないでござるな」

「それでも横尾先輩にはこの仕事を渡すわけにいかないんだ。彼女ではきっと君は捨て駒になってしまう」

ありがとうと言い残し、沙耶は部室を出て自分の選んだ道筋に向かって歩き始める。

白河君はビデオファイルに

『SEED』と名前をつけてUSBメモリをパソコンから引き抜きぼくに手渡す。

「これで俺たちの行き先が決まったな。六体全てこの世界に呼び出せよ。オーディンはどうせノロマだろうけどヨ」

「長兄である俺様たちが保証してやる。お前たちを必ず宇宙へ打ち上げてやる」

「他の三人が目覚めるまではぼくらは眠りにつくよ。『アースガルズ』がいればぼくらはいつでも君の元に駆けつける、和人」

まるで電源を失われたように『トール』と『ロキ』はそのままごく普通の超合金製のロボットに戻ってしまう。

会議用テーブルでは『アースガルズ』だけがぴんぴんとしたまま眼からビームを出して『現代視覚研究部』の部室内を照らして遊んでいる。

「盗聴されている可能性は潰しておいたけれど、きっと彼の自尊心は十二分に刺激してあげられるはずだよ」

ぼくは受け取ったUSBを持って映像研へ向かう。

もしかしたら、小さな可能性が広がっていくそんな気がしてちょっとだけ暗闇が晴れた気がした。

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