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避妊と性感染症の関係性について考える

注)このnoteは、株式会社ネクイノ代表取締役の石井健一が株式会社ネクイノメンバー向けに書いているnoteです。そのため、使用している用語に通常で使われているものと意味合いが異なる場合があります。

0.はじめに

改めてこのnoteをまとめようと思ったきっかけはこのtweet。

「ピル」の服用率や普及に関してのコミュニケーションの際に必ず論点になる性感染症(以下、STI)の増加との関連性について、私たちネクイノは”科学的根拠”に基づいた対話、というのを重視していますので一旦しっかりまとめてみよう、と考えたのが経緯です。

1.古典的避妊法と近代的避妊法

古典的避妊法は大きく3系統に分類され、

  1. 精子膣内侵入阻害法

  2. 精子子宮内侵入阻害法

  3. 性周期利用法

1.と2.については「物理的避妊(バリア法)」などと呼ばれます。これは、物理的に精子と卵子が接触することを防ぐことで妊娠の成立を阻止する避妊法です。3.は「オギノ式」などとも言われ、いわゆる”危険日&安全日”といった考え方によって避妊を行うものです(オギノ式についてはリズム法、などとも呼ばれ正確には妊娠を目論む場合に活用する方法で、避妊法としては推奨されていません)

図1 物理的避妊法(MSDマニュアル家庭版より)

一方、近代的避妊法としては大きく4系統に分かれ、

  1. ホルモン剤避妊法

  2. 子宮内避妊具

  3. 避妊手術

  4. 緊急避妊法

という風に分類されます。が、いずれも医師などの専門家の指示のもと使用されます。

2.日本と世界の避妊法の違い

図2 日本と世界の避妊法の割合(元文献:United Nations, World Contraceptive Use 2019)

国連がまとめた2019年のデータによると、世界では生活スタイルやニーズに合わせた様々な避妊法が利用されているのに対し、日本においてはコンドームの使用が全体の7割強を占めています。もちろん、避妊法については「単一」の方法が用いられているとは限らず、その環境において2種類以上の方法の組み合わせにより安全な性行為を実施している、と考えても良いと思います。

3.改めて本題。

で、改めて本題。冒頭のtweetの問いに対してどのように科学的な根拠を示していくか、を考えます。論点を明確にするために、まず感染が成立する条件、について調べてみました。最初は論文中心にまとめようかと思いましたが、ちょっと難しすぎるな・・・ということで検索を続けていたら・・・みつけました。この資料がとってもわかりやすいのでこれを参考書にして解説します。

図3 東京都福祉保健局 性感染症ってどんな病気?

感染する=感染が成立する、ってどういうこと?について、以下の図がとってもわかりやすくて、

「感染源」から
「感染経路」を通じて
「感受性」のある人の体内に入る

感染成立の3要素

というのが、「感染が成立する」条件になります。ここで大切なポイントがひとつあって、「感染源」の考え方で、病原体が”どこに”いるのか、ということを考える必要があります。

図4 東京都福祉保健局 性感染症ってどんな病気?p.4
図5 東京都福祉保健局 性感染症ってどんな病気?p.5
図6 東京都福祉保健局 性感染症ってどんな病気?p.6

ここで、超重要なのが上記図6で、なんとなく性感染症、というと性器付近に病原体がいるイメージがあるため、

「コンドームを装着する」=STI予防が完了!!

って勘違いをしちゃうことなんです。もちろん、膣性交の部分だけを切り出せばコンドームの装着により格段に感染リスクは減少しますが、その前後のプロセスを含むと、実はリスク管理としては「不十分」であることが理解できるかと思います。

【重要なポイント】
性感染症(STI)を考えるときは、膣性交の部分だけを切り出して考えても意味がない
性行為の開始から完了までの全プロセスの中に感染リスクが潜んでいる

4.エビデンスで見てみる

ということで、避妊法ごとでの性感染症(STI)との関連について、Pubmedという医学データベースを叩いて検索してみました。そして、その中でエビデンスレベルの高いメタアナリシスの論文を引っ張り出してみました。

参考
Pubmedとは
Pubmedとは米国国立医学図書館(NLM)が作成する、MEDLINE(メドライン)を含む 医学分野の代表的な文献情報データベースです。このMEDLINE では世界中の5,200 誌以上の雑誌に 掲載された文献情報を検索できます。

図7 エビデンスピラミッド(引用:https://diamond.jp/articles/-/234464)

意思決定を間違わないためには、エビデンスレベルの高い(情報の質が高い)と言われる情報源から情報を得ることが重要で、今回もその御作法に則って検索・抽出をしました。それが、これ

図8 避妊法と性感染症のリスク: 系統的レビューと現在の展望

できる限り簡潔に論点を伝える、のが今回の目的なので簡略化して書きます。まず、この論文はどういう目的で書かれたか、について。(石井訳)

【目的】
いくつかの前向き研究は行われているが避妊法と性感染症(STI)および細菌性膣炎(BV)の関係性についての信頼度の高いエビデンスは少ない。今回、筆者らはこの課題に対する解を得るために直近10年間の関連する試験の報告と2006年、2009年に報告された系統的レビューを組み合わせて解析した。

次に、その方法について。

【方法】
MEDLINEとPOPLINEという医学データベースから
①避妊法と性感染症(STI)または細菌性膣炎(BV)に関する
②2008年-2018年の期間に公開されたもの
③査読済み論文
の条件に当てはまる資料を抽出して解析を行った。

で、結論。

対象として33本の論文の抽出を実施、
①COC (黄体ホルモン/卵胞ホルモン配合タイプのピル)
②DMPA(黄体ホルモンの注射剤)
③Cu-IUD(銅付加の子宮内避妊具)
④LNG-IUS(日本でいうミレーナ)
⑤その他
に分類して解析されています。今回の論点は「ピル」の使用とSTI/BVの関連性についてなので抽出すると、

図8 該当の論文よりネクイノが抽出・日本語化

トリコモナス症、細菌性膣症、性器ヘルペス感染症、クラミジアに関してはピルの服用がピルを使用していない群に比べて罹患率が上がらない、という結果になりました。もちろん、検討されている国が日本の事情とは異なる生活様式をとっている国も含まれるため、この報告をそのまま日本に当てはめるわけにはいかないですが、ピルの服用とSTI/BVの罹患って関係ないのね・・・って位で覚えておいていただければ幸いです。

一方で、

図9 同様

対象を性関連産業への従事者、とすると経口避妊薬の服用はクラミジア・淋病・性器ヘルペス感染症の罹患率を有意に増加させる、という結果も出ています。対象となる母集団によって大きく異なる結果が出るのが、まさに感染源との接触のリスク(↑感染の3要素を復習しましょう)によるものなのかな、と捉えることができます。

5.最後に

ここまで、あっという間に3,000字弱。ピルの服用と性感染症の罹患率の関係性についてまとめてみました。

結論から、ピルの服用が直ちに性感染症のリスクを高めることには繋がりませんが、性感染症を考える上では性行為全体の接触やリスク管理を行うことが大事で、膣性交の部分だけをフォーカスして考えるとミスリードするよ、ということを改めて書いておきたいです。

性と生殖に関する健康と権利(SRHR)、という考え方があります。全ての人は、自らの性志向や子供を産むか産まないか、いつ産むのか、ということを自ら主体的に決めることができる権利を持っています。
そのプロセスの中で、パートナーとの間で避妊についてどう考えるか、どの選択肢を選んでいくかはまさに「当事者」の問題であり、第三者があーだこーだ、けしかる/けしからんという感情で判断すべきものではない、と考えています。

日本という国はその文化的な背景から、ここまでSRHRの概念についてはお世辞にも社会実装されてきた、とは言い難い環境にあります。僕たち当事者の世代が、この課題を次世代に持ち越すことがないよう、活発な議論を重ねていければと考えています。

2022年8月
株式会社ネクイノ
代表取締役 いしけん


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