お気に入りのラジオから自分の恥が流れてきた-インターネット芸人の自己欺瞞メカニズムについて
ただ生活をしているだけで、悲しみはそこここに積もる。日に干したシーツにも、洗面所の歯ブラシにも、携帯電話の、履歴にも。
(映画『秒速5センチメートル』)
Podcastといわれるネットラジオにドハマリしている。ここ1年で100番組ぐらい聴いた。家事をする時間すべてが楽しいラジオの時間になり、新しい趣味が増える喜びを謳歌している。自分でもラジオコンテンツをやっているので、研究にもなるのがいい。実益を兼ねた趣味、というヤツだ。
Podcastの面白さは、視聴者を完全に置き去りにするほどニッチなコンテンツが腐るほどあることだ。
この魅力はきっと、15年ぐらい前のインターネットに似ている。
当時は皆、お金を稼ごうという発想ではなく、単に自分が面白いから、自分が面白がれるコンテンツを作っていた。あの頃のインターネットは本当に面白かった。ヨッピーさんは国会議事堂の前でオナニーをしていた。
平成の終わり頃から、インターネットコンテンツはずいぶん変わった。お金がたくさん流入するようになって、商業っぽいものが増えた。結果としてコンテンツ全体の質が上がったことは心から歓迎すべきだけれど、「ただ自分が面白いから作っているだけの異常なコンテンツ」を見る機会は相対的に減った。ヨッピーさんはサウナと飯の話をする善良なオジサンになった。いや、今のヨッピーさんも好きなんですけどね。
Podcastは、昔のインターネットみたいに、「自分たちが面白がるためのコンテンツ」の割合が高いようだ。Podcastは①お金にならないし、②編集の手間がかからない。その2点の理由によって、昔のインターネットみたいなノリを保っている。
Podcastは、いわばレフュージアだ。
レフュージア(退避地)とは、環境が変化して生物種が絶滅したのに、奇跡的にそこだけ生き残った場所である。
有名な事例で言うと「ライチョウ」がある。
ライチョウは寒いところにしか生息できない。氷河期は彼らにとって天国だ。あちこちに分布することができた。日本でもあちこちにいたらしい。
しかし、氷河期が終わるとほとんど絶滅した。暖かくなってしまったから。
例外は日本アルプスの周辺で、標高が高いところは寒いままなので、日本アルプスの周辺でだけライチョウは生き残ることができた。
ライチョウにおける日本アルプス周辺のように、死に絶えていく生物が生存を許されるごく狭い場所のことをレフュージアと呼ぶ。
現代のインターネットにおいて、超ニッチなおもしろコンテンツはライチョウであり、Podcastは日本アルプスなのかもしれない。
さて、僕はそんなライチョウのような番組を好んで聴いているのだが、特にお気に入りなのが『ノウカノタネ』である。
農家の方たちが喋るラジオなのだけれど、全員が当たり前に「農家の視点」を持って喋るので、僕には全く理解できない狭いあるあるネタが聞けるのだ。これがたまらない。
たとえば、「買ってよかったものランキング」である。
企画としては超ありふれているというか、はっきり言って凡庸極まりないのだけれど、めちゃくちゃ面白かった。
僕は農家と縁もゆかりもないので、「買ってよかったものランキング」という凡庸極まりない企画が、異世界の話に変わるのだ。
冒頭でパーソナリティの方が「まあ上位は鉄板ですね」と前フリし、最初に発表される第3位がいきなり「マキタの電動チェーンソー」だったので、あまりの予想の裏切られ方に爆笑してしまった。完璧なフリと即オチだ。
僕は「すごいフリとオチだ!」と感動しているのだけれど、パーソナリティの皆さんは一切ウケを狙っていないので、淡々と話が進んでいく。
「マキタの電動チェーンソー、僕も今年買いましたよ」
「そうなんだ。良いっていう話はめっちゃ聞くけどね」
「電動チェーンソーって使えないイメージありません?」
「あるある。おもちゃレベルというか、馬力がないイメージ」
「それ、もう古いっすよ。ここ数年の進歩すごいんで」
「電動チェーンソーって使えないイメージありません?」という質問、めちゃくちゃ面白い。初めて聞いた。
ちなみに、2位はAirPodsProであり、1位は空調服だった。ラインナップが意味不明すぎて脳がバグる。ハンパに理解できるAirPodsProが入ってるせいで余計にパニックだ。
……とまあこんな調子で、ライチョウPodcastには「当人たちは全くボケてないのに結果として面白くなる」みたいな魅力がある。昔、僕が落合陽一さんの番組が自然にコントになっていると指摘したのと一緒だ。
「ウケを狙おう」と頑張っている番組はどうしても「あざとさ」が伝わる。当人たちが普通に喋っているのに自然にコントになっている、という様子はある意味理想のコンテンツなのだ。
この魅力に取り憑かれて、僕は『ノウカノタネ』を毎回聴くようになった。「あの農薬のパッケージ、腹立つよね」などの狭いあるあるで毎回爆笑してしまう。素晴らしいPodcastだ。
先日、いつものように皿洗いをしながら、ノウカノタネの最新回を聴いていた。これだ。
この回のテーマは「労働は苦しみなのか?」なのだけれど、これについての議論で、パーソナリティは1本のブログ記事の話を出す。
「今回喋ったような内容について、個人の方で良いブログを書いてる人がいるんですよ。しかも20代の人」
「へえ。優秀な人がいるもんだね~」
「記事タイトルは『【労働=我慢?】99%の人が勘違いしている労働の本質』ですね」
「おっ、すごそう!」
僕はこれを聴いた時点で嫌な予感がした。「なんか知ってる文字列だな…」と思った。
その後、パーソナリティが記事の内容を要約して話し始める。
僕はすぐに悟った。「これ、5年前に僕が書いた記事だ……」と。
(参考までに貼ったけど、読まなくていい)
基本的に僕は目立ちたがりなので、自分が話題になるのは嬉しい。いつも聴いているPodcastならばなおさらだ。
しかし、今回は恥ずかしさで死にそうだった。「やめろ!その話をするな!」と心から思った。あまりにも稚拙でしょうもない記事だったからだ。
ちょうど5年くらい前に書いた記事なのだが、ちょっと直視できないレベルでひどい。主張は浅はかだし、筆力も低い。小手先でキャッチーにしようとして挑発的な見出しを使っているところが何よりも痛々しい。四流ブロガーの悪いところが全部出ている。
インターネット芸人に安息の地(レフュージア)はない。好きで聴いているPodcastで突然自分の恥ずかしい過去が引っ張り出されることがあるのだ。皿洗いをしていた僕は皿を叩き割りたい衝動に襲われた。
「座を見て皿をねぶれ」ということわざがある。「周りの人の様子を見てから皿に口をつけなさい」という意味で、要するに「空気を読め」みたいな意味なのだが、この時の僕は「座を見て皿を割れ」という感じだった。パーソナリティたちの様子(座)を見ていると皿を割るしかないように思えた。
しかしそこは自制心の塊こと僕である。落ち着いて皿洗いを終えてから、ノウカノタネのパーソナリティに連絡を取った。「ゲストで呼んでください!」とメッセージを出す。直接出演して言い訳しようという魂胆である。
そしたら、光の速さで出してもらえた。すごいスピード感である。メッセージのやり取りをした4日後に収録して、翌日には公開されていた。
長いので聴かなくてもいいが、1時間ずっと言い訳する人を観察する機会は珍しくて少し面白いので、お暇な移動中などに聴いていただけるといいと思う。
・Appleで聴きたい方はこちら→https://t.co/kOT4cYuGuF?amp=1
・Spotifyで聴きたい方はこちら→https://t.co/OmPdcgNREX?amp=1
この回は勢いで出演して勢いで喋ったのだが、「インターネット芸人の自己欺瞞」みたいなキーワードが自分の口から何度も出てきて面白かった。喋ることは、自分でも気づいていなかった思考を顕在化させることだ。
そう、「インターネット芸人の自己欺瞞」は、明確に存在するのだ。
出演後、このテーマについて落ち着いて考えてみた。進化心理学の本や行動経済学の本を引っ張り出してながら、考えを巡らせる。結果として、「インターネット芸人の自己欺瞞」についての知見がある程度固まった。noteを1本書こうと思えるぐらいには。
シェイクスピアは『リア王』の中で、「自ら招いた難儀がいちばんの教師だ」というセリフを書いているが、まさにその通りである。僕は自らの恥ずかしい記事に言及されたことをきっかけに、一段洞察を深める機会を得た。まあ、そんな洞察が深まったところで何なのだと言われると、口をつぐむしかないのだけれど。
ということで、有料部分では「インターネット芸人の自己欺瞞」について書く。考察の材料として主に用いる文献はダン・アリエリーの『ずる-嘘とごまかしの行動経済学』と、
ウィリアム・フォン・ヒッペル『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』である。このマガジンでもおなじみの本。
また、自己欺瞞インターネット芸人のサンプルとしては、5年前の僕以外に、最近文春オンラインが扱ったせいでまたホットになったしょうもない情報商材屋の若頭ことキメラゴンくんを扱いたい。
インターネット芸人の自己欺瞞はなぜ起こり、彼の内的世界はどうなっているのか。そして彼らはどうすればいいのか。
そんな話に踏み込んで書いてみようと思う。インターネット芸人の生態に興味がある人には特にオススメ。
単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読める。7月は4本更新なので、バラバラに買うより2.4倍オトク。
まずは、キメラゴンくんの幸福度の話から……。
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