炎上マガジン記事用サイズ

塾講師とイベンターの耐用年数。プロ失格の姿勢はなぜ生まれるのか。

「つまりさ、塾の先生にも、耐用年数ってものがあるんだよ」

バイト先の先輩は、そう言い残して卒業していった。当時の僕には全くピンと来なかったけど、今はよく分かる。塾の先生に限らず、きっとあらゆる仕事には、耐用年数がある。


あと1年やったら、正しい判断ができなくなる

僕は学生時代、塾講師のアルバイトを4年間やっていた。学生の身分の割にはかなり熱心に働いていて、終業後は近くの飲食店で仕事仲間と一緒に”アツい話”を繰り広げたものだった。

困った生徒の指導方法。現行の受験制度の是非。理想の教育とは何か。議論のネタはいくらでもあった。一度アツい話が始まったら、日付が変わっても終わらないのが常だった。

そんな中で、圧倒的に印象に残っている言葉がある。卒業間際の先輩が言っていたことだ。

「俺たちは大学生だから、4年間で卒業してしまう。これ、ちょっと悔しいよ。4年間やるとさ、やっと受験指導のコツを掴んできて、”もう結果を出せる!”という実力と実感が身につくんだ。でも、そこで卒業になってしまう

僕は当時2年目だったので、「なるほどそんなもんか」と思いながら、「じゃあ、留年してもう1年やっちゃいますか?」なんて、軽口を叩いた。

だけど、彼はいつものように僕の軽口に付き合うワケではなく、真剣な顔をして言った。

「でもさ、それでいいと思うんだよ。あと1年やったら、俺はプロとして正しい判断ができなくなる

どういうことか分からず、返答に窮する僕を見て、彼は続けた。

「というのもね、塾の先生をやっていて一番楽しいのはやっぱり受験期間なんだ。そして、その中でも特に楽しい展開が”全落ちからの復活”なんだよね。1~2日目は全滅して、3日目で合格。そういう展開がとんでもなく楽しいんだ」


中学受験の制度と、小学生のメンタル

少し解説しよう。僕たちが主に扱っていたのは中学受験である。首都圏の中学受験は、2/1~2/5の5日間ぶっ通しで行われる。5日間ぶっ通しで受験なんて、高校受験や大学受験でもまず見ないだろう。それを小学生がやらないといけないのだから、中学受験はこんぼうでラスボスに挑むみたいな制度である。

さらに言えば、中学受験は試験時間が短いため、1日に2校受けることもできる。午前と午後で違う学校を受けるのが普通の行動だ。極端な話、5日間の午前と午後をフル活用すると10校受けることもできる

だから、中学受験はこの「10校の枠」をいかにして使うか、という戦略の勝負にもなってくる。この戦略を練る作業を、「併願を組む」と呼ぶ。併願を組み、「こういう受験スケジュールで行きましょう」と親御さんに提案するのも僕らの仕事だった。

さて、併願を組む際に気をつけないといけないのは、「早めに合格を取らせる」ということだ。というのも、全てがスピーディに進んでいく中学受験の世界では、合格発表さえも速い。当日に合格発表が行われることが多いのだ。不合格が続くと、翌日に差し支えるのである。

仮に、あなたが小学生だったとしよう。人生経験も浅い中、初めての受験。早起きして、遠くの受験会場に行って、緊張しながら必死で回答を書き込んで、午後は別の受験会場に移動して、また必死で回答して……。

そんな必死の1日を終えて、合格発表の結果が全て不合格だったとしたら、健全なメンタルで翌日の受験を迎えられるだろうか?

恐らく、まずムリだろう。あなたのメンタルがノンスタイル井上さんなら別だが、ほとんどの人のメンタルはノンスタイル井上さんではない。


だからこそ、併願を組むにあたっては「できれば1日目。少なくとも2日目には合格を取らせる」というスタイルでやっていた。我々は小学生の精神状態を考慮する必要があり、ノンスタイルでは受験指導はできない


…補足説明が長くなってしまって申し訳ない。本題に戻ろう。


アドレナリンを求めたら終わり

「特に楽しい展開が”全落ちからの復活”なんだよね。1~2日目は全滅して、3日目で合格。そういう展開がとんでもなく楽しいんだ」

先輩はそう言った。中学受験の悲喜こもごもを間近で見ていた僕は、確かにそういう側面があるだろうな、と思った。


1日目~2日目で全滅した生徒は、それはもうとんでもない悲壮感を纏っている。いつもヤンチャで「堀元先生ってアゴが飛び出してますよね~www」とか言っていた生徒が「こんばんは…」しか言わなくなる。

「お疲れ様~!今日はゆっくり休んでね!」などと話しかけても、「ええ…ありがとうございます…」と、くたびれたオジサンみたいな反応しかしなくなる。彼らはたった2日で40歳くらい老ける。

子どもだけではない。親御さんもすごい。泣き腫らした顔でうつむきながら教室を訪れるお母さんがたくさんいる。思わず「この度はご愁傷さまで…」と言ってしまいそうになる。違う違う。誰も死んでない。お通夜の空気がすごすぎて口が滑りそうになる。


だけど、そんなお通夜ムードから、一気に3日目に大金星を上げたとしたらどうだろう。第一志望に受かったとしたら、どうだろう。

逆転劇。実に甘美な響きだ。いつだって僕らは逆転劇に熱狂し、感動する。

長嶋茂雄しかり、梅原大吾しかり、熱狂的なファンがいる人は劇的な逆転の逸話を持っているし、逆転こそが熱狂を生むと言ってもいい

少年漫画の主人公はいつだって、絶望的な苦境に立たされる。用意した作戦は大抵順調に進まず、悪役は勝利を確信する。だけど、最後は主人公が希望を見出し、逆転する。悟空は体力がほとんどなくても、元気玉を撃つことだけはできるのだ。


4年間勤めた先輩は、望まずして、逆転劇をいくつも体験してきた。最初の2日間でたっぷりお通夜ムードのフラストレーションを味わって、最後に巨大な元気玉で逆転する、そういう熱狂を体験してきた。

だから彼は、無意識にそれを求めるようになっていったという。

全滅からの逆転は脳内麻薬がドバドバ出て気持ちいいんだ。昨日までお通夜だった親子が、大喜びでやってくる。ワインなんか差し入れしてくれたりしてね。あのお祭り騒ぎの魅力はすごい。もちろん、それが好ましいことなんかじゃないのは分かっているけれど」

ものすごく悪い言い方をするなら、受験指導は、生徒の人生を賭けたギャンブルだ。そりゃあリスキーな決断からの逆転は、気持ちいいだろう。万馬券を当てる喜びを一度味わえば、人は何度も競馬場に通ってしまう。

「今年はなんとか自制できたけれど、あと1年やっていたら、逆転の興奮を求めてしまい、併願を組むときにそれを無意識に反映させてしまうような気がする。それはプロ失格だ。生徒と親御さんのためには、リスキーな提案をしてはならない。俺は4年間で終わりで良かったと思っている。4年間くらいがちょうどいい期間だ」

そこで彼は一拍置いた。喋りが達者で講義慣れしている彼は、結論の前に間を置くクセがあった。

つまりさ、塾の先生にも、耐用年数ってものがあるんだよ


耐用年数が来たから、イベントをやめた

あれから、もう6年の時が経つ。

先輩の言葉は、当時あまりピンとこなかったけれど、最近はすっかり腹落ちした。

職業差も個人差もあるだろうけど、きっとあらゆる職業のあらゆる人に、耐用年数は設定されている。耐用年数を越えてその仕事に従事し続けてしまうと、生徒に無用なギャンブルをさせる、といった問題行動が生ずる。

「自分が耐用年数ギリギリだ」と思ったなら、その仕事から離れるのがいいのだろう。それを適切に行うことができた先輩はエラかったなと思う。多くの人が耐用年数を越えてその仕事にしがみつき、何らかの問題を産んでいる


そして、かくいう僕も、耐用年数をとっくに越えながらやり続けていた仕事がある。

それは、「イベンター」という仕事である。

ここ5年間、僕はほとんど毎月のように何かしらのイベントをやり続けてきた。

2015年から2019年までにやってきたイベントの数は、100個近い。「プレゼン形式で合コンする」とか、「異業種交流会に嘘つきが混ざっている」とか、「他人だけ入れる誕生日会」とか、そういう変なイベントだけを繰り返しやり続けてきた。


だけど、僕にとっての「イベンター」という職業の耐用年数は5年くらいだったらしい。昨年、その耐用年数が切れてしまった。

その結果僕は、「プロ失格」の状態で、半年くらいイベントをやり続けていた。


昨年後半、イベンターとしての僕は「アドレナリンを求めて生徒の人生で万馬券を当てようとする」に近い、とある考え方に陥っていた。

この「とある考え方」のせいで、ラスト半年はイマイチな仕事になっていたし、ずっとついてくれていたスポンサーにも「もうやめよっか」と言われてしまった。市場の評価は正確で迅速なものだ。プロ失格のヤツにいつまでも席は与えられていない。

そういうワケで、僕はイベンターとしての耐用年数が切れたし、「とある考え方」も拭えそうにないので、今年からは自分でイベントをやるのはやめた。企画の仕事として企画書を書くことはあるだろうが、自分で実行はもうやらない。5年続けてきた一つの仕事を廃業したワケだ。


さて、肝心の「とある考え方」について堂々と書くと、今まで一緒にやってきた人たちに怒られそうだし、他の仕事も激減しそうなので、以下有料でこっそり書く。

気になる方はぜひ課金して呼んで欲しい。単品購入(300円)もできるが、月額購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月分の記事4本は全部読めるので、2.4倍お得だよ。


ここから先は

3,205字 / 9画像
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?