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「知性縮退コンテンツ」によって、位置エネルギーを獲得する愚者たち


『現代経済学の直観的方法』を読んだ。


この本を読んで、僕はすごく複雑な気持ちになった。

手放しに称賛はしたくないけれど、すごく面白かったという、複雑な乙女心のようなものを抱えてしまった。「あんな乱暴でエラそうな男、だいっっっきらい!……なのに、どうしてこんなにドキドキするの…?」である。少女マンガのヒロインのような気持ちになれる経済学本も珍しい。


というのも、この本は徹頭徹尾「上手い説明をする本」なのだ。

「上手い説明をする本」は魅力的である。巧みな比喩や、皆が思いもよらなかった新しいつながりを発見して、「この現象は実はこういうことなんだぜ!」と言ってのける。

「ええっ!?そうなの!?」とか、「ああ~!!分かりやすい!そういうことだったんだ!!」とかいう発見がある。

つまり、上手い説明はそれだけでエンタメ性があり、価値がある。正しいかどうかはともかくとして


ちょっと話は逸れるが、社会学という学問を代表する大著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(以下『プロ倫』)がこれほどの影響力を持った理由は、上手い説明が面白かったからだと思う。

正しいかどうか以前に、主張がめちゃくちゃ面白い。

近代の資本主義を駆動させたのは社会制度でもテクノロジーでもなく、宗教である

と言われると、多くの人は「ええっ!?そうなの!?」と言ってしまうだろう。

この話がどのぐらい正当性を持つものなのか、僕には分からないので評価できない。最近では『プロ倫』を批判する声もたくさんあるようだし、もしかしたらあんまり正しくないのかもしれない。

だけど、真偽はともかくとして、主張が劇的に面白い本は誰も彼もみな虜にしてしまう。上手い説明にはそういう魔力がある。社会学が大ブームになったのは『プロ倫』が面白かったからだと思う。

仮に『プロ倫』の主張が完全にウソだったと証明されたとしても、その価値はゼロにはならないと思う。大きな問いに対して面白い説明を加えることは、エンターテインメントである。



そして、『現代経済学の直観的方法』は、その極みみたいな本だった。

そう。この本は多分あまり正しくない。特に終盤になればなるほど、怪しい独自見解の割合が増えてくる。

しかし、説明は抜群に上手くて面白い。本書の終盤でこんな主張が行われる。

イオンモールが田舎の商店街を駆逐するのは、物理における「縮退」と同じ現象であり、イオンが儲かるのは「エントロピー増大の法則」で説明できる


僕はこれを読んで完全に「ええっ!?そうなの!?」と感動してしまった。

あまりに面白かったので、どういうことなのか、かいつまんで説明したい。


「縮退」というのは物理(量子力学)の概念で、ここで図示されるような話らしい。

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(『現代経済学の直観的方法』Kindle位置4799 より引用)


図のAが「縮退する前」、図のBが「縮退した後」を表している。

Aは「多くの要素が複雑な相互作用をしてバランスを取っている状態」なのに対して、Bは「巨大な2者だけが作用しあっていて、他はほとんど無視される」という状態だ。

「A→B」の変化のことを「縮退」というらしい。僕は量子力学の「縮退」を理解してないので「らしい」としか言いようがないが、とにかくそう書いてあった。


で、このAとBを比較した時に、希少性が高いのはどちらか?と考えると、Aの方である。その理由を示したのがこの図。

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(『現代経済学の直観的方法』Kindle位置4818 より引用)


Aの方は、小さな要素がたくさん相互作用をしてバランスを取っているので、許されるパラメータ設定が非常にシビアである。

一方、Bの方は「巨大な2つの要素」の間でバランスが取れていれば他の要素は無視できるので、パラメータ設定はかなり許容度が高い。


つまり、Aの方が希少性が高いのである。

A→Bに移行して「縮退」が起こると、希少性が低くなるということが言える。

希少性が低くなるということは、物理で言うと「エントロピーが増大する」ということだ。つまり、エネルギーを取り出せる作用である。(物理がよく分からない人は「水が上から下に流れると、水車で発電できる」みたいな話だと思っておいてほしい。厳密には違うけど)


著者は、田舎に出店したイオンも全く同じだと主張する。

大量の地方商店が絶妙にバランスを取っていたところから、巨大なイオンが出現してすべての客を奪ってしまう。つまり縮退が起こる。

そして、希少性が高い状態から希少性が低い状態に変わることで、エネルギーを取り出すことができる。ここで言うエネルギーとは何か。お金である。

つまり、イオンは田舎に出店して縮退を起こすことによって儲かっているのだ。


どうだろう。説明としては鮮やかでめちゃくちゃ面白いと思わないだろうか。(物理がよく分からない人はピンとこなかったかもしれん。ごめん)

「希少性が高い状態から低い状態に移行するとエネルギーを取り出せる」という、理系ならとてもよく知っている原則を使って「イオンが儲かる理由」を説明されて、僕は「おもしれ~~!!」と大興奮してしまった。

しかし、大興奮した直後に、「これは何の説明にもなってないよな」と思った。たとえとしてはすごく面白いけれど、イオンが儲かる理由の説明にはなってない。


そもそも、「希少性が高い状態から低い状態へ移行するとエネルギーを外部に放出する」というのは物理の話であって、それ以上でもそれ以下でもない。お金の話に適用できるかというと、全くそうではない。

実際、反例がいくらでも思いつく。たとえば、箕輪厚介さんがそれだ。

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(画像引用元:富山経済新聞


箕輪厚介さんは元々、幻冬舎のいち編集者にすぎなかった。オンラインサロンを作って今のようなインフルエンサー活動を始めたのは5年前である。


箕輪さんの金回りの変化を、本書にならって図解してみよう。


まず、最初の状態はこう。箕輪さんは幻冬舎から給料をもらい、幻冬舎は箕輪さんに働いてもらう。シンプルな相互作用である。

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一方、現在のようなインフルエンサー活動を始めた後はこんな感じ。


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