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プロールの餌って感じ【インテリ悪口本_期間限定公開⑨】

あまりにも魅力的なせいで、何度も引用したくなる本。

物書きならそういう座右の書を持っているものだと思う。僕にとってはジョージ・オーウェル『一九八四年』がそれだ。

脳を揺さぶられるような巧みな設定、丸暗記したくなるような美文、思わず口にしたくなる怪しげな用語の数々……。

まさにSF小説の最高峰と言えるだろう。刊行から70年が経っても全く色あせていない。未読の人はぜひ読んでみるといい。


『一九八四年』の世界はいわゆるディストピアで、独裁者ビッグ・ブラザーの意志によって国家の全てが統制されている。

「独裁者に都合の良いことしか報道されない」「国民の行動は常にカメラで監視されている」なんてのは序の口だ。

それどころか、「国民が不都合なことを考えられなくなる新しい言語」が流通しているし、「事実から目を背けて都合の良いものだけを見る思考法」が国民に浸透している。すごい世界だ。

魅力的な用語もたくさんある。国民が集結して戦争相手を憎悪する日課「二分間憎悪」とか、独裁者にとって都合が悪い情報を全て改ざんする「真理省」とか、ワクワクする怪しい用語だらけだ。

そんな舞台設定の中で、登場人物たちが実に示唆に富んだやり取りをするのがたまらない。僕が好きなのはこのセリフ。


「セックスをすると、エネルギーを最後まで使い切るわ。その後は幸せな気分になって、すべてがどうでもよくなる。連中はそうした気分にさせたくないの。どんなときでもエネルギーではちきれんばかりの状態にしておきたいわけ。あちこちデモ行進したり、歓呼の声を上げたり、旗を振ったりするのはすべて、腐った性欲の現われそのものよ。心のなかで幸せを感じていたら、〈ビッグ・ブラザー〉とか三カ年計画とか〈二分間憎悪〉とかいった連中のくだらない戯言なんかに興奮したりするもんですか」
(『一九八四年』Kindle 位置No.3960―3965)


『一九八四年』の世界では、セックスから快楽を覚えることを禁じられている。あくまで生殖を目的とした行為であるべきだ、とされている。

だけど、それは倫理観から来る貞操観念などではなく、国民を政治運動に熱狂させるための工夫なのだ。

独裁者は常に国民に欲求不満を抱えさせておき、エネルギーの行き場をなくしておく。そうすることによって、国民は夢中で相手国を恨んだり、独裁者を信奉したりするようになる。

つまり、自分が満たされていればどうでもよくなる問題に熱中させるために、あえて欲求不満を作り出しているのである。

そして国民は、「腐った性欲の現れそのもの」としての政治運動を展開させる、というワケだ。


舞台こそ違えど、この現象は我々にとってもかなり身近なものだと思う。

たとえば、Twitter によくいるどうでもいいことに延々キレ続けてるオジサンである。

こないだ「今日はフォロワーに夕飯を奢ってもらってこんな話をした」とツイートした時のことだ。「フォロワー“さん”と言うべきでは? 何様ですか?」と訂正してきた人がいた。お前こそ何様だよという話なのだけれど、面白いからその人のアカウントを見に行ってみる。

すると、ビッシリ「これはもっと○○するべきでは?」というイチャモンのツイートが並んでいた。

「うわ〜、この人、何が楽しくて生きてるんだろうなぁ」と思いながらイチャモンリストをスクロールしていくと、突然「オフパコ希望です」と女性に向けてツイートしまくっている時期が出現した。全部無視されていた

どうやらこの人は周期的にイチャモンツイートとセックスしたいツイートを繰り返す人らしく、タイムラインは慌ただしく傲慢と色欲を行き来していた。


この困ったオジサンを見ながら、僕は思った。「腐った性欲の現れそのもの」だ、と。

満たされない行き場のないエネルギー(性欲)は、どうでもいい問題に熱狂することに使われる。『一九八四年』の世界では「デモ行進」や「歓呼の声を上げる」だったけれど、現代では「Twitter でクソリプを送りまくる」になっている。

ということで、皆さんはSNSでこういう困ったオジサンを見かけたら、「腐った性欲の現れそのもの」と言ってあげるといいだろう。

<使用例>
「今日はフォロワーに焼き肉を奢ってもらった!」
「そこはフォロワー“さん”では? 何様ですか?」
「腐った性欲の現れそのものだ!」


……間違えた。今紹介してるのは「プロールの餌」だった。『一九八四年』の舞台設定を説明したつもりが、勢い余って別のインテリ悪口を紹介してしまった。申し訳ない。本題に戻ろう。

『一九八四年』の世界では、人間は2つに大別される。「党員」と「プロール」である。「党員」はまあ「公務員」と同義だと思っておけばいい。独裁者に忠誠を誓う中流〜上流階級であり、教育レベルは高い。
一方、「プロール」はプロレタリアート(労働者)の略であり、教育レベルは極めて低い。識字率も50%を下回る。

主人公が勤務している「真理省」は独裁者に都合の良い情報を流すための場所だが、同時にプロール向けの低俗な娯楽を提供することも職務に加えられていた。

ここでは、スポーツと犯罪と星占いくらいしか掲載していないくず新聞扇情的な安っぽい立ち読み小説セックス描写だらけの映画韻文作成器と呼ばれる特殊な万華鏡を用いたまったく機械的な方法で作られるセンチメンタルな歌などが生み出されていた。
(同前 Kindle 位置No.1231―1237)

あまりにもボロクソな描写で、何回読んでも笑ってしまう。著者、低俗な娯楽が嫌いなんだろうな。

だけど、結構的を射ている気もする。未来予想として、あながちズレていないだろう。

たとえば、「扇情的な安っぽい立ち読み小説」は現代でも結構たくさんある。病気になったヒロインがなんやかんやあって死ぬヤツ。僕は別に嫌いじゃないけど、確かにあのベストセラーはちょっと安っぽかった。買ったけど1時間で読み終わったし、手元に残したいとも思わなかった。メルカリですぐ売った。君の作品を売りたい、という感じの本だった。「扇情的な安っぽい立ち読み小説」と言える気がする。

それ以上にすごいのは、「韻文作成器と呼ばれる特殊な万華鏡を用いたまったく機械的な方法で作られるセンチメンタルな歌」である。実に的確な未来予測だと思う。


数年前に、歌手の西野カナさんの作詞方法がネットで話題になった。

西野カナさんの作詞はマーケティングの産物といった感じで、めちゃくちゃ大量の書類仕事から生まれるらしい。ターゲットにする年代の女性にアンケートを取り、どんな言葉に共感するかをリサーチしまくって作っているそうだ。

つまり、彼女は韻文作成器こそ使っていないものの、「まったく機械的な方法で作られるセンチメンタルな歌」を歌っているのである。これを予見していた著者には舌を巻くばかりである。

西野カナさんに限らない。従来は「作家性のたまもの」だと考えられてきた芸術作品が、昨今はどんどん「マーケティングの産物」に変化している。

ネット社会では、小説も音楽も映像も、「どんなものがウケるか」の調査から作られるケースが多い。ひとえに、インターネットによってあらゆるデータが可視化されたからだ。インターネットこそが、「韻文作成器という特殊な万華鏡」である。

『一九八四年』が書かれた頃、インターネットはなかった。だけど著者はその慧眼によって、この巨大な万華鏡が出現することを見抜いていたのだ。


さて、そんな低俗な娯楽、労働者向けの娯楽のことを、作中に登場する言語では「プロールの餌(prolefeed)」と呼ぶ。

だから、「どうしようもない低俗な娯楽だなぁ」と思った時は、「プロールの餌だ」と言うといいだろう。響きが強烈すぎる時は横文字の方を採用して「プロレフィードだ」でもいい。お好きに使ってほしい。

また、記憶力に自信がある人は「韻文作成器と呼ばれる特殊な万華鏡を用いたまったく機械的な方法で作られるセンチメンタルな歌」を使ってもいいと思う。西野カナファンにどうしてもケンカを売りたい人はぜひ憶えていただきたい。


<使用例>
「この映画、超泣けるらしいよ。夢を追いかけることの良さを思い出せるんだって」
「あ、オレ見たよ」 「そうなんだ! どうだった?」
「うーん、プロールの餌って感じ!」


参考文献

ジョージ・オーウェル『一九八四年』(高橋和久訳・ハヤカワepi 文庫)


スポニチアネックス『西野カナ、作詞の極意は「アンケート」 自身の恋愛観よりみんなの意見』(2021年6月11日)



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