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ビジネス・フォー・破滅性パンクス。ヘロインで立てなくなるシドみたいな経営者について。


俺はたくさん年を取る前に死んじまうと思う。なぜだか分からないけど、そんな気がするんだ
(シド・ヴィシャス)


『ビジネス・フォー・パンクス』という本を読んだ。


著者はクラフトビールブームの先駆け的存在であるビール会社「BrewDog(ブリュードッグ)」の創業者。同社は2007年に300万円の資金で創業したのだが、ほんの8年間で売上70億円以上の大企業に変貌を遂げる。飲食店としても飲料メーカーとしても堂々のイギリス1位の成長速度だった。

しかし、この会社が話題になるのはその驚異の成長速度ではなく、むしろ頭のおかしい宣伝手法の方だ。


たとえばこの写真。

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(『ビジネス・フォー・パンクス』Kindle位置888より引用)


どうってことない写真に見えるが、これは実は「猫の剥製をヘリコプターから落とす」という宣伝である。

なんでそんなことするんだ、という気持ちになったと思う。実は、彼らは金持ちへの反抗心を見せつけるためのデモンストレーションとして猫の剥製を落としたのである。うん、まあ、この説明を聞いても「なんでそんなことするんだ」感は全く薄れないけれど、とにかくそういうことらしい。


もっとショッキングなのはこれ。

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(画像引用元:blog.brewdog.com )


交通事故で死んだリスの剥製をビール瓶のパッケージにするという実にショッキングなプロモーションだ。猫だのリスだの、宣伝に剥製を使いがち

この宣伝を見てもやはり「なんでそんなことするんだ」という気持ちになる。プロモーションの趣旨は、「人類史上最も度数の高いビール」=「既存のビールの終末(死)」ということで、死を暗示するパッケージを作ったようだ。うん、例のごとく説明されても「なんでそんなことするんだ」のままだ。でもとにかくそういうことらしい。

あと、動物愛護団体からめちゃくちゃクレームが来たらしい。そりゃそうだ。動物愛護団体の人も「なんでそんなことするんだ」って思ったんだろうな。僕もそう思ったもん。


ともあれ、彼らはこういうとんでもないことをしでかすパンク集団であり、会社の行動理念は「パンク」の一言に収束する。

だが、単にめちゃくちゃなことをやっているワケではない。パンクとは「他人におもねらず、自分の道を行くこと」だ。言葉にすると月並みだが、彼らはそれを圧倒的に体現しているし、本書はこのパンクな精神性に溢れている。

もし市場のギャップを探せと言われることがあったら、「くたばれ」と言い返してやろう。そんな頭の弱いことをやりたがる理由がわからない。いかにも狙い目というようなギャップなど本当はありもしないし、そんなところを目指しても、どこにもたどり着かない。

そんな「ギャップ探し戦法」は全部、時代遅れの迷信だ。燃やして歴史から消し去るべきだ。会社はもちろん、切手コレクション同好会すら立ち上げたこともない、「経営」学者の思いつきだろう。

ギャップなんて探さなくていい。地べたを這い回って、他人が焼いたうまくもないパイのおこぼれを頂戴する必要などない。自分で絶品のパイを焼けばいいのだから。

ジェームズ・ワット.ビジネス・フォー・パンクス(Kindleの位置No.255-261).日経BP社.Kindle版.


ブリュードッグ経営者本人による文章であり、多分ゴーストライターは入れてないと思う。一文一文から伝わってくるパンクの精神性と迫力は、本人の筆でしか出せない臨場感を伴っている。


ということで、すごく良い本だったのだけれど、イマイチ集中しきれなかった。読んでいる間ず~~~~っっっっと頭に雑念がよぎっていたからだ。


それは、「もっとパンクな経営者を僕は知っているぞ」というものだ。



パンクには「破滅性」がある

前述の通り、ブリュードッグ創業者たちが行動指針にしている”パンク”とは、「他人におもねらず、自分の道を行くこと」である。

確かにそれはパンクの本質のような気もするけれど、少なくとも世間における”パンク”のイメージを包括してはいない。

というのも、パンクという言葉にはどこか、破滅的な臭いが染み付いているものだから。


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(画像引用元:universal-music.co.jp


パンクを象徴するバンドを1つだけ選べと言われたら、セックス・ピストルズが選ばれるのではないだろうか。1970年代に英国で一大ムーブメントを巻き起こした、まさにパンクの代表的存在だ。

セックス・ピストルズは、破滅的なイメージを纏っている。

なにしろ反体制的な歌詞の曲をいっぱい歌うのでしょっちゅう放送禁止にされる。「女王は人じゃない」と歌った”God Save the Queen”は日本国内ですら10年以上放送禁止だった(「英国との国際親善を害する」という理由で)。

放送禁止が彼らのアイデンティティみたいなところがあり、テレビで放送禁止用語を連発して莫大な違約金を取られるみたいなこともしょっちゅうだ。(セックス・ピストルズについての文献を読んでると「新しいアルバムを出した」ぐらいのテンションで当たり前のように「この時も違約金を取られた」と書かれていて面白い)


セックス・ピストルズの中でも特に破滅的なイメージがあるのが、ベーシストのシド・ヴィシャスだろう。

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(画像引用元:SID LIVES


ライブの途中でグラスを観客に投げつけて観客を失明させたり、ヘロインをやりすぎて立っていることすら困難になり、ライブ中に倒れ込んでいたりと、破滅的な伝説には事欠かない。

彼の人生は最後もすごい。恋人をナイフで刺し殺し、自分も後を追ってヘロインをやって死んだ。(恋人を殺した犯人の真相は諸説あるので、もしかしたら彼が犯人ではないのかもしれないけれど)

彼の遺書の最後の一文はこれだ。

レザー・ジャケットとレザー・ジーンズとバイク・ブーツを死装束にして、さいなら
(引用元:www.tapthepop.net )

異常にあっさりしていて、でもパンクを感じて最高にカッコいい。21歳の若さでこの遺書を残して死んだことで、彼の伝説は完成した感がある。

そう、シド・ヴィシャスは間違いなく伝説であり、パンクの象徴だった。


1970年代、英国ではパンクの精神を表すスローガンとして、”No Future(未来はない)”がよく用いられた。セックス・ピストルズの代表曲「God Save the Queen」の歌詞の一節が由来となっている。

シド・ヴィシャスはまさに”No Future”を体現した男だった。自傷行為もドンドンやるし、依存症が強いドラッグもいくらでもやる。明日のことなんて全く考えていない。ましてや違約金のことなど1ミリも考えていない

彼の思考様式も行動様式も一貫してNo Futureだったし、実際に21歳の若さで死んだのだから、人生そのものがNo Futureだったとも言える。


シド・ヴィシャス寄りのパンク経営者

シド・ヴィシャスが我々に教えてくれたように、パンクという言葉には破滅性が伴っている。”No Future”こそがパンク、という捉え方もあると思う。

この観点に立った場合、「ビジネス・フォー・パンクス」の著者は全然パンクではない。彼は経営者として極めて優秀で、常に人よりも一歩先を見ているめちゃくちゃFutureを意識しているのである。

必要なのは信じることと、全力を尽くすことだ。近道などない。魔法の公式もない。どんなサクセスストーリーも10年がかりで生まれるもので、「一夜にして大成功!」などいう話はあり得ない。

ジェームズ・ワット.ビジネス・フォー・パンクス(Kindleの位置No.521-523).日経BP社.Kindle版.


著者は動物愛護団体を怒らせるお茶目さはあるけれど、経営者としてはお茶目どころか、かなり厳格な管理をやりきっているようだ。

何しろ、本書の紙面は2割以上が一見地味な「財務」に割かれている。「経営者の最も大切な仕事は財務だ」とメチャクチャまともなことを言っている。”No Future”から程遠い、地に足のついた会社経営である。


そういうことで、『ビジネス・フォー・パンクス』の著者にとってのパンクはシド・ヴィシャスの方のパンクではない、ということが分かった。彼らにとってのパンクは”No Future”的な破滅性ではなく、世間におもねらないということに終始するのだ。

しかし、僕は知っている。著者とは違い、シド・ヴィシャスの方のパンクを体現している経営者を。

その男の経営はまさに破滅的としか表現しようがなく、彼の人生はシド・ヴィシャスばりにNo Futureなのではないかとこちらが不安になってしまうほどだ。

彼は明らかに成立していないビジネスをやりながらひたすらに疲弊している。まさに自傷行為的な経営であり、彼の経営術に名前をつけるとしたらNo Future経営術としか言いようがない。

そんな、はた目には全く理解できない愚かな経営を繰り返しているのだが、ヘロインをやっている様子はない。ヘロインをやってる方がまだ理解できるのに。そんな感じのNo Future経営者だ。


だから、今日は彼について書こうと思う。いわば『ビジネス・フォー・破滅性パンクス』である。


以下、実名が出るので有料になる。ヤバい経営者がやっているヘロインをキメている感じのビジネスモデルを見て面白がりたい方はぜひ課金して読んで欲しい。

また、本記事は前後編である。今週の前編では彼の破滅性パンクがどれほどすごいかを駆け足で紹介していく。そして来週の後編では、彼の行動をより詳細に記述しつつ、その背後にある精神構造について分析する。マルセル・モース『贈与論』などをテキストとして使う。

後編のラストでは、彼は某インフルエンサーからもらったタオンガのハウに呪われているという結論を導きたいと思う。なんのこっちゃ分からないと思うが、通して読めば分かる。長い記事になるがお付き合いいただければ幸いだ。


本記事の単品購入(300円)も可能だが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読める。3月は5本更新なので単品購入より3倍オトク。前後編をバラバラに買うより安いので、ぜひ定期購読を検討されたい。


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