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地獄発生装置としての「LINEオープンチャット」。あるいはネチケットという死語について

おしゃべりと雄弁は同じではない。 愚者はしゃべりまくるが賢者は話すだけだ。(ベン・ジョンソン)


「LINEオープンチャット」という機能がある。2019年8月にリリースされた新機能だ。

コメント 2020-02-17 110947


要するに「誰でも入れるLINEグループ」みたいなものである。

僕はこの手の新機能が大好きだし、新機能は意識的に使ってみることにしている。(心理学者のリチャード・ワイズマンは様々な実験の結果から「新しいことを始めるほど人は幸せになる」と指摘している)

そういうことで、サービスリリース直後にオープンチャットを作ってみることにした。これだ。


挨拶抜きに豆知識を言いまくるチャット」である。

というのも、僕は以前からこの手のチャットに関して「挨拶」という文化がダルすぎると日々感じていたのだ。


「ネチケット」が流通していた00年代

ここからインターネット老人会っぽい話になるのだけれど、僕が青春を過ごした2000年代のインターネットでは「ネチケット」なる単語が流通していた。ネット+エチケットという足し算で生まれた単語である。

最近全く聞かなくなったし、何なら既にこの言葉自体がネチケット違反な雰囲気がある。「その発言はネチケット的にNGでは!」という指摘を今のTwitterでしようものなら「は?何言ってんのオッサン誰?キモ。」となることは間違いない。ミイラ取りがミイラになるというか、ネチケットがネチケット違反になるという悲しい事態が起こっている。


さて、そんなぼんやりした「ネチケット」が存在していた時代、ネットの空気は今よりも少々厳しかった。特に厳しかったのが「挨拶」に関する文化だと思う。

多くのチャット空間では「ログイン時の挨拶」みたいな文化が存在していて、ログインするや否や「こん」(「こんにちは」の意)と発言することが求められたものだ。

それに対して皆が次々に

「こん^^」

「こん~」

「こん(^^)」

「こん!」

と返事をしていく。四六時中こんこん言ってるキツネ??ここはキツネ王国か何かなの???と思わずにはいられない。

この文化のせいで、チャットのログはとんでもないことになる。こんな感じだった。


A「最近どんな音楽聴いてる?」

B「あ、GReeeeNっていうグループが最近めっちゃ良いんだよ!」

C「分かる!これから流行ると思う」

A「へえ~、どんな感じなの?」

新参「こん^^」

A「こん」

B「こん~」

C「こん^_^」

D「こん」

新参「皆さんどこ住みですか」

C「私は東京~」


そう。せっかく盛り上がりかけた会話が、キツネ王国の出現によって途絶えるのだ

人が入ってくる度に会話がリセットされてキツネ王国になるのだからたまったものではない。ログの半分が挨拶で埋まることなど日常茶飯事だった気がする。

当たり前だが、こんな場所は、意味のある話をするのに向いてない。仮に学校の授業がチャットと同じシステムだったら、多分カリキュラムは何も終わらないだろう。


先生「したがって、あとは解の公式に代入して~」

遅刻者「こん」

生徒A「こん^^」

生徒B「こん~」

生徒C「こん!」

先生「こん^_^」


私立チャット中学があったら絶対全員成績悪い。

N高のホームルームはチャットで行われるらしいが、さすがに授業はチャットにしていない。それはこの「私立チャット中学、キツネ王国クラス」の地獄を作らないためなのだろう。懸命な判断だと言えよう。


「ギルメンはログインしたら挨拶」トラウマ

もう一つ、インターネット老人会的な思い出話をしよう。

昔、「RED STONE」というオンラインゲームがあった。

コメント 2020-02-17 155248

(画像引用元:http://www.redsonline.jp/


「あった」と過去形で書いてしまったが、ググってみたところ、今もまだサービス提供してるらしい。すごい。今どきこんなレトロなPCゲームをやるヤツがいるとは思えないけど。

これはいわゆるMMORPGというジャンルのゲームで、広大な世界をプレイヤー達が協力したり対立したりしながら冒険してレベルアップしていくというものだ。

当時はまだ初代iPhoneが出るか出ないかという時代。今では当たり前になった「基本無料(課金アイテム有り)」というソシャゲ的なビジネスモデルがあまり多くない時代で、中学生の僕は本格MMORPGが無料で遊べると聞いて夢中で遊んだものだ。


このゲーム、色々なジョブの人と協力してレベルを上げていく方が効率がいいので、ある程度成長してきたら「ギルド」といわれるプレイヤー集団に入るのが一般的だった。

ギルドに入って、ギルド間戦争をしたりギルドのメンバー(通称:ギルメン)と協力したりしてレベルを上げる…という寸法である。

僕もあるレベルに達したときにギルドに入った。

ところが、このギルド、結構厄介で面倒なしがらみがあったのだ。割とツラかった。

典型的なものが、「ギルメンはログインしたら挨拶」というものだ。

というのも、RED STONEには「ギルド内の誰がログインしているのか」を確認する機能が存在しなかったため、「ギルドメンバーと一緒に戦いに行きたい!」と思っても、誰を誘えばいいのかよく分からないことが多かったのだ。

そんな状況を打破するために、「ギルメンはログインしたらギルドチャットで挨拶」という決まりが作られた。皆ログインする度に「インしました。こん^^」とかやっていた。

それだけではなく、ログアウト時にも挨拶が義務づけられた。「落ちます。乙でした(お疲れ様でした、の意)~」みたいなことを言わなければならなかった。(皆それに対して「乙」と返していた)

このルールによって、一応「誰がログインしているのか」推定することができる。ログイン挨拶はしているがログアウト挨拶をしていない人間を誘えばいい、ということになる。

ということで、それなりの合理性を持ったルールなんだけど、この挨拶のせいでギルドチャットは常にこんこん乙乙こんこん乙乙言い続けていることになる。ギルドチャットはいつも「喧々諤々」ならぬ「こん々乙々」の様相を呈していた。

僕はこの「こん々乙々」の様子を見ながらなんとなく居心地の悪さを感じた。同調圧力の極みというか、規格化されたやり取りを皆徹底しているという点で、軍隊を感じたのである。


それでも、「さあ、ゲームやるぞ!」という気持ちでログインした時はいい。「ログインしました!」と胸を張って挨拶できる。

問題は、「ちょっと20分だけ時間つぶしにゲームをやる」の時である。こういうちょっとだけの時は、誰にも誘って欲しくないし誰も誘いたくない。ちょっとだけ空いた時間を、ひっそり一人で楽しめるのがゲームという娯楽の良いところだ。

それなのに、ギルドチャットに挨拶しようものなら「○○に一緒に行こうぜ!」みたいな誘いがいっぱい飛んでくる。「ごめんなさい~、今日20分だけなんで!また今度お願いします!」と一生懸命返信しなければいけない。下手すると、メッセージに必死で返信してたら20分経ってしまう。こんな不毛な時間の使い方ある????

息抜きに20分ゲームしようと思ってログインして、業務連絡を20分するってやばくない?こんな不毛な時間の使い方ある????


そういうワケで、僕は「20分だけゲームをやろう」みたいな時は挨拶をしないことにした。ギルドのルール違反なんだけど、どうせバレない。前述の通り、メンバーが「ログイン状態かどうか」を確認する方法はないのだ。

そんな挨拶しないスタイルが確立されてしばらく経った。いつものように、短時間プレイをしていた僕は、ギルドで挨拶しないで、一人でモンスターと戦っていた。

すると、魔法使いが近くを通りかかったので、この魔法使いに話しかけた。「エンヘイおね(スピードと攻撃力を増強する呪文をかけてくれ、の意。魔法使いはこの魔法をかけた相手がモンスターを倒すと自分に経験値が入るので、お願いしたら基本かけてくれる)」と。

ところが、僕はチャットウィンドウを間違っていた。近くの魔法使いに話しかけたつもりが、ギルドチャットの方で発言してしまったのだ。

何しろ、僕はギルドチャットで挨拶をしていない。ログインしていないはずの人間である。存在してはいけない生き物だ


一瞬「やべっ」と思ったが、まあどうせ誰も気づかないだろうと思った。こん々乙々のギルドチャットの内容を正確に追えている人などいない。僕がログイン時の挨拶をしていないことなどバレるはずがない。

……と思ったのだが、わずか30秒でギルドマスターから連絡が飛んできた。「ログイン時の挨拶をしていませんよね…?」と、静かな怒りを感じられる文面だった。超怖い。ゲーム内の炭治郎にバレてしまった、と思った。


画像3

(画像引用元:「鬼滅の刃」)


いやごめんそれはウソだ。当時はまだ鬼滅の刃の連載すら始まっていない。

とにかく、ギルドマスターの怒りを湧き出させてしまったことに関して僕は激しく動揺し、「忘れました…!すみませんでした!」と全力で謝った。

彼は「忘れてたんならまあしょうがないですけどねえ…気をつけてください」と言っていた。それにしても、この人の生態は最後まで謎すぎた。あのこん々乙々のチャットを常にチェックしているのか…?

そういえばいつログインしても彼はゲームの中にいたような気がする。人生の全てを捧げてこん々乙々のチャットを見続けているのかもしれない。色々な人生があるものだ。


そして、挨拶トラウマへ…

ともあれ、ゲーム内炭治郎に発見されてしまって以来、僕はこのゲームに短時間ログインするのが怖くなった。

20分のゲーム時間が20分の業務連絡時間に変わるリスクを犯して挨拶をするか、ゲーム内炭治郎に鬼として滅されるリスクを犯して挨拶しないかの2択を常に迫られる。

「あわわ……今日は挨拶しようかな…!でもなぁ…連絡するの面倒だしなぁ…」

そんな2択が常に頭によぎるようになると、あまり楽しくない。「このゲーム、なんか楽しくないな…」と思い始めるようになってしまった。


そんなある日、僕はほんの15分だけ時間を潰そうと思って久しぶりにログインし、挨拶しないでゲームを楽しむことにした。

そして例のごとく、近くの魔法使いに「エンヘイおね」と話しかけようとして、またもギルドチャットに話しかけてしまった

その時の僕は、善逸のこの顔になっていたことは言うまでもない。

コメント 2020-02-17 172737

(画像引用元:「鬼滅の刃」)


そしてギルドマスターは「ログイン時の挨拶をしていませんよね…?」と話しかけてきた。うん、この展開知ってる。再放送だ。

しかし、こうなればもうウソを突き通すしかない。「すみません忘れてました!!」と勢いよく言った。大丈夫大丈夫。ギルドマスターは何人もこの注意をしているんだろうし、僕が前にも注意されてることは憶えていないだろう

そんなわずかな希望と共に謝罪してみたのだけれど、ギルドマスターの返信は凄まじいものだった。

以前も同じ注意をしましたよね…?ちゃんと挨拶する気ありますか…?」


コメント 2020-02-17 173450

(画像引用元:「鬼滅の刃」)


記憶力どうなってんの???確かギルドメンバーは100人単位でいたはずなのに、なんで前も注意したか憶えてんの??

人生の全てを使ってギルドチャットを監視する「化ケモノ」としか思えない…怖すぎる…。

僕はやはり全力で謝って許してもらったが、この日以来「なんかこのゲーム、全然楽しくない…」となって、全然ログインしなくなってしまった。

煩わしい人間関係を忘れるためにゲームをやっているのに、ゲームの中の人間関係が一番煩わしいという奇跡の逆転現象が起きたのだ。そりゃあログインしなくなるというものだろう。


そして、この苦い経験から、僕には「挨拶トラウマ」ができてしまった。インターネットにおける謎の「挨拶文化」がすっかり嫌いになったのだ。

挨拶を排除したい。ログが半分以上キツネ王国で埋まっていく苦痛を取り除きたい。ゲーム内炭治郎に「存在してはいけない生き物だ」と詰められる苦痛を取り除きたい。

そういうワケで、「挨拶抜きで豆知識を言う」オープンチャットを作るに至ったのである。


本題-地獄発生装置としてのオープンチャット

このオープンチャット、最初は上手く機能していた。目論見どおり、皆挨拶抜きでいきなり豆知識を投げ込んでいたのである。

画像6

思った通りだ。煩わしい人間関係から解放されて、情報密度が極めて高い「豆知識チャット」として機能している。

僕、いいもの作ったなぁ」と、最初は大いに満足していたものである。

しかしこのオープンチャット、数ヶ月の内にすっかり地獄化してしまった。もはや見る影もない。今まで、この有料マガジンでは度々「こんな地獄があるぞ!」と紹介してきたが、今回のオープンチャットに関しては僕が自ら生み出してしまった地獄である。

原子爆弾の生みの親である物理学者オッペンハイマーは、最初の原爆実験を終えた後に「私は死神になってしまった」という意味のことを言ったらしい。自分が生み出してしまった人類史上最高の兵器に対する罪悪感を大いに感じる一言だ。

僕もこのオープンチャットを見て、「僕は閻魔様になってしまった」と思った。自ら生み出してしまった地獄を見ると、なんとも言えない罪悪感と悲しみがある。

今日はこのオープンチャットの変遷と、入ってきてしまった地獄の人々の様子を紹介しよう。

更に、そこから「LINEオープンチャットは地獄発生装置である」という結論につなげていく。皆さんどうぞお付き合いください。

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