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自営業者のブルシット・ジョブ-妖怪・飲み会コンサルをやった夏の思い出


2012年、大学に入学した僕は、引いていた。

慶應義塾大学はそれなりに名の知れた大学で、良い大学だったとは思うのだが、「それはちょっとどうかな…?」と引いてしまうポイントもいくつかあった。

例えば、「教授の名前は"くん付け"で表記する」というもの。教授の名前は「山田先生」ではなく必ず「山田くん」と書かれるのだ。

なぜなら、「慶應義塾における"先生"は福澤諭吉先生だけだから」である。


こっっわ宗教じみててこっっっわ


最初はもしかして冗談で言ってるのかなと思った。毎年恒例の慶應ジョークみたいなことかなと思った。システムを説明しているエラいオジサンが「な~んちゃって!新入生のみんな、ビックリした!?」と、おちゃらけてくれるのかなと思った。だとしたら超ユニークな大学だ。

もちろん、エラいオジサンがおちゃらけることは最後までなく、ネタバラシはされないまま4年間が経過し、僕は卒業した。在学中に配られた全ての印刷物や掲示板の休講情報などはちゃんと全部「本日の山田くんの講義は休講です」と書いてあった。宗教じみたルールは「マジ」だった。

まあ、もしかしたら8年ぐらいかけた壮大なドッキリで、今はネタバラシが終わっている頃なのかもしれないけれど。その可能性は限りなく低いだろう。


ちなみに、福澤諭吉先生のことを、在学生は全員「ゆきち」と呼んでいた。敬意を持たせようとする大学当局の試みは大失敗に終わっていた。策士策に溺れるといった趣がある。

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これ以外に引いたポイントとして、「言葉遣い」がある。

慶應の学生、特に内部進学してきた学生に顕著だったのだが、「すごく」という意味の副詞として「クソ」を多用する人がやたら多かった。僕はとにかく驚いた。

「今日の講義、クソダルい」ぐらいの用法なら分かる。キレイな日本語とは言いがたいけれど、いかにも大学生の発言という感じだ。特に違和感はない。

だけど、慶應生は全然違った。「このラーメン、クソ美味い」「あいつ、足がクソ速い」「この部屋、クソ広い」といった形で、とにかく全ての強調の副詞を「クソ」にしていた。ネガティブな文脈に限らず、ポジティブな文脈でも。

これは知性がすごく乏しく見える……もとい、知性がクソ乏しく見えるので絶対にやめた方がいいと思うのだけれど、皆当然のように多用していた。


僕が卒業してからもう丸5年が経つ。「くん付け」の方は多分そのままだろうが、「クソ付け」の方はなんとか消滅していてくれると嬉しいなと思う。手元に置いておく日本語は美しいに越したことはない。人の悪口を書くことを主な収入源にしている僕ですらそうなのだから、一流企業に就職してこの国を動かしていく慶應生はもっとそうだろう。


ブルシット・ジョブ

当時の慶應生はあんまり考えずに「クソ」という副詞を使っていたと思うが、この本の翻訳担当者は熟考して使ったことだろう。


昨年、ずいぶん話題になった本だ。『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』。

慶應生が使うと知性が乏しく見えてしまうが、本のタイトルとして使うのは良いと思う。インパクトがあって、手に取りたくなるタイトルだ。

余談だが、この手の本はマガジンの購読者からよくオススメされる。「僕は読んでないんですが、堀元さんのnoteっぽい本ありますよ!読んだらいいですよ!」と教えてくれる人がしばしばいるのだ。とてもありがたいが、僕の読書リストが「バカ」関連書籍で埋まっていってしまう悲しみもあり、人生はままならないものだなと思う。


そういうワケで、僕の読書リストには「バカの研究」だの「クソどうでもいい仕事」だのが並んでおり、なんとかヒマを見つけて消化していくクソどうでもいい日々を送っている。


さて、そんな『ブルシット・ジョブ』を先日やっと読んだ。というか、Audible版で聴いた。この本はすごくオーディオブックで聴くのに向いた本だ。基本的にず~~~っと同じ話をしているので、集中してなくても内容把握に苦しまない。しかも本は4000円以上するのに、Audibleは月額1500円なのでコスパもかなり良い。興味がある人はAudibleで聴くといいだろう。

本の要旨はこうだ。世の中の多くのホワイトワーカーは全くムダな仕事(ブルシット・ジョブ)に従事しており、「自分の仕事は世の中に全く貢献していない」と自覚している。

本書で紹介されているブルシット・ジョブの例はこんな感じ。

ドイツの軍人が隣の部屋に移動することになった時、その軍人は自分のPCを自分で移動させることはできない。まずは人材管理会社に対して「部屋を移動する」という書類を出し、人材管理会社はその書類をあれこれこねくり回しながら別の書類を作り、その書類を物流会社に出す。物流会社は書類を受け取ってこれまた複雑な承認フローを経てから運搬担当者をアサインする。運搬担当者は本社から数時間かけて車でやってきて、ようやく軍人の部屋のPCを隣の部屋に移動させる。作業が完了したらまた大量の書類が行き交い、運搬担当者はまた数時間かけて本社に帰っていく。

本来、「PCを隣の部屋に運ぶ」という、本人が1分で完了させられる作業を、膨大な人員と時間をムダにして実施している。これをやっている人たちも皆、「自分の仕事はまるでムダなものだ」と自覚している。これこそブルシット・ジョブに他ならない。


驚くべきことに、先進諸国の労働者人口に対して「あなたは自分の仕事が何らかの役に立っていると思いますか?」と調査をすると、実に37%が「全く何の役にも立っていない」と回答したらしい。

迫力のある数字だ。しかも、母集団はあらゆる労働者なので、保育士や大工や消防士といった、明らかに人の役に立っているブルーワーカーも含まれている

つまり、小綺麗なオフィスで難解な仕事をしているホワイトワーカーに限って調査すれば、恐らくブルシットジョブに従事している人は50%くらいになるんじゃないかと思われる。すごい。ホワイトワーカーの半分は全く何の役にも立たない仕事をしているのかもしれない。


実際、大企業に務める友人で『ブルシット・ジョブ』を読んだ男もこう言っていた。「オレの仕事は完全にブルシット・ジョブだ」と。彼の仕事はイベントのリハーサルのリハーサルをするというものだそうだ。これは慣習的に行われているだけで全く必要のない工程で、リハーサルのリハーサルで発見があることはなく、リハーサルの本番(ややこしい)さえあれば完全に事足りる、と言っていた。

なるほど確かに大企業にはブルシット・ジョブがつきものらしい。


では大企業と対極の零細個人事業主についてはどうか?つまり、についてはどうか?

最近は、ブルシット・ジョブはほとんどなくなった。クライアントワークをやっていないので、意味のない時間を浪費することはまずない。ほぼ全ての時間を執筆/制作のために充てられている。すごく有意義に時間を使っている感覚だ。

まあ、僕が書いているものは世の中のためになっていないのでは?有意義に時間を使ってブルシット・ジョブをしているのでは?という疑問は大いに残るのだが、その疑問については見なかったことにしたい。その疑問について熟慮すると僕の人生がブルシット・ライフであるという結論が不可避な気がするからだ。臭いものには蓋をしておこう。


僕が体験したブルシット・ジョブの事例

ということで、最近はブルシット・ジョブから無縁の日々を過ごしているのだが、過去にはブルシット・ジョブをしたこともある。

大企業に比べると自営業者の方がずっと少ないと思うが、それでも時々「この仕事、何の意味もねぇ~~!!!」と思いながらしかたなくやる仕事が発生するのだ。

今日はそんな事例を書いてみようと思う。零細個人事業主に降ってくるブルシット・ジョブに興味がある方、他人の悲惨なブルシット・ジョブの思い出を読んで自分はまだマシだと思いたい方などにオススメだ。

以下有料になるが、気になる方は課金して読んで欲しい。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読める。4月は4本更新なので単品で買うより2.4倍お得。

ちなみに、タイトルの「妖怪・飲み会コンサル」の意味は課金して読んでもらえれば分かる。分かったところで何の得もないのは言うまでもない


では、早速1つ目のブルシット・ジョブを見ていこう…。


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