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クリエイターの素養「非情さ」が欠けていた青年の話。あとミラノ風ドリア風言い訳。


創作活動だけで満足に食えるようになってから3年くらい経つが、「クリエイター」を自称することには、未だに大きなためらいがある。

何しろ僕がやってるのは「学問的な知識をフル活用しながらインターネットにいる無の人をバカにする文章」というワケの分からない創作であり、クリエイティブにおける最下層ですらない。ランク外だ。士農工商で言えば穢多非人(えたひにん)、カーストで言えば不可触民である。こんな僕が堂々とクリエイターを自称していいのだろうか、といつも思ってしまう。


ところで先日、『江戸の貧民』という本を読んだ。穢多非人など下層の住民たちの暮らしを描き出した本だ。


僕の中の「穢多非人」のイメージは、小中学校の授業で習った「あちこちで差別されるかわいそうな人」ぐらいのものだった。

しかし実態はそうでもないらしい。割と楽しく暮らしている人たちという側面もあったようだ。

そもそも、「穢多」と「非人」をセットにするのは正しくない。この2つはずいぶん違うものである。「穢多」は文字通り、穢れ(けがれ)が多いとされている仕事に従事する人を指す。穢れが多い仕事とは死にまつわる仕事であり、処刑人・墓守り・動物の死骸から皮革を生産する…といったものがある。

死にまつわる仕事をしていた彼らは民衆から忌み嫌われる存在ではあったが、社会のために必要不可欠な人たちでもある。皮革生産や処刑といった仕事は国家の維持に極めて重要であり、彼らは江戸幕府と密接な関係を築いていった。ほぼ公務員みたいなものだ。江戸幕府は穢多のリーダーに立派な屋敷や領土を与え時には大名なみの待遇を与えたそうだ。悲惨な身分のイメージとだいぶ違う。

動物の皮革生産は常に安定した需要があったので、穢多の人たちの生活は非常に安定していた。彼らは割と豊かだったのである。穢多の民は農民よりも栄養状態がよくて人口も増加している、と著者は指摘する。困窮した農民が自ら望んで穢多身分になった例もあるようだ。最下層の人々は意外に悠々自適なものなのかもしれない。

ちなみに、「非人」身分の方は主に物乞いをしていたようで、どちらかというと我々のイメージする「穢多非人」像に近い。(とはいえ、彼らも時代を下る内に徐々に公務員的な仕事をするようになってはいたようだけれど)


ということで、「穢多」はイメージとは違い、それなりに楽しく仕事をし、それなりに豊かに生活できていたようである。穢れが多いというのも案外悪くないものだ。

僕もほとんど穢多である。それなりに楽しくこのマガジンを書き、それなりに豊かに生活できている。人の悪口を書いて生活するというのも案外悪くないものだ。

今後も穢多クリエイターとして、文字通りクリエイティブ業界の末席を穢していこうと思う。下層の住民ではあるけれど、いつか大名待遇されるのを目標に頑張っていきたい。


クリエイターに必要なたった1つの素養

穢多身分の人々は仕事に誇りを持っていたのではないかと思う。周りから忌み嫌われる存在ではあるけれど、社会に必要不可欠な仕事を一生懸命こなしながら自分の生活を保っているという喜びがあったのではないかと思う。

僕もそうだ。周りから忌み嫌われる存在ではあるけれど、面白いと思える文章を一生懸命書きながら自分の生活を保っている喜びがある。

そう、僕は結構創作に対して誇りを持っていて、なんだかんだで創作について四六時中考えている。だから、今日はクリエイターに必要な素養について語らせて欲しい。

穢多クリエイターが偉そうに、と思われるかもしれないけれど、穢多身分のリーダーは老中や寺社奉行といった江戸幕府の偉い人に直接謁見することができたそうだ。彼らには強い発言権があった。だから、僕にも発言権があったっておかしくないだろう。そうに違いない。そういうことにして今日はちょっと偉そうなことを言う。僕は根が小心者なのでこんな長い前置きをしないと偉そうなことを言えないのである。


結論から言えば、クリエイターにとって最も大切な素養は、「創作物と真摯に向き合うこと」だ。



……


「うわっ、こいつ何かつまんないこと言い出した」と思った方、あなたの感覚は正しい。堂々とめちゃくちゃつまんないことを言ってしまった。本当に申し訳ない。

「クリシェ」というフランス語がある。「使い古されてつまらなくなってしまった表現」みたいな意味であり、僕はクリシェを堂々と言う人をいつもバカにしている。「人生で大事なのは、とにかく何でも挑戦してみることだよ!」などと力説している人を見ると「クリシェ乙」とバカにしている。

そんな僕がめちゃくちゃつまんないクリシェを言ってしまった。俗に言うクリシェ取りがクリシェになるである。


あまりにつまらないクリシェだったので反省して、キャッチーな表現に言い換えよう。先ほどの「創作物と真摯に向き合うこと」を言い換えると、こうなる。


クリエイターにとって最も大切な素養は、「我が子を殺せる非情さ」である。



……


キャッチーにはなったけど、これはこれで血なまぐさすぎる。表現というのはつくづくバランスが難しいものだ。

とにかく、クリエイターの最大の素養は「創作物に真摯に向き合うこと」であり、それを大げさに言い換えると「我が子を殺せる非情さ」だと僕は思っている。今日はそういう話をしたい。


素朴な人間性の排除

「お腹を痛めて産んだ子はかわいい」という言い回しがある。母親は妊娠によって数ヶ月にわたる多大な不便を強いられ、出産時には人生最大と言われる痛みを体験する。

そんな苦行の末に生まれた子どもはどうしてもかわいく見えてしまう、ということだろう。(一応言っておくと、僕は無痛分娩の是非について話したいワケではない。そういう面倒な話はTwitterにいる無益な議論で人生を削ることが趣味のオジサンたちにおまかせしたい)


無痛分娩だと愛情が目減りするのかという議論は置いておいて、「お腹を痛めて産んだ子はかわいい」というのは実に素朴で頷ける主張ではないだろうか。人間は頑張って手に入れたものほど大切にするものだ。店で出てくるシチューよりも、自分で3時間煮込んだシチューの方が美味い気がするだろう。

この素朴な人間性は、心理学者エリオット・アロンソンの実験によっても確かめられている。とあるグループに入るためのテストで、より不快な思いをした人ほど、そのグループの価値を高く評価する傾向にあることが分かった。自分の中の不快さを正当化するために、人は評価を捻じ曲げるのである。「こんなに不快な思いに耐えて入ったんだから、このグループは素晴らしいに違いない」と考えるようだ。要領よく最小限の勉強で東大に入ったヤツはそれほど東大を評価しないが、死ぬ気で勉強したヤツは東大を神格化する。そういう話だろう。


そういうことで、この「お腹を痛めた子はかわいい」原則は、国籍や文化を問わずあらゆる人間が備えている普遍的な性質だと考えることができる。「人間性」と言い換えてもいい。

だけど、クリエイターはこの人間性を捨てなければならない

言うまでもなく、クリエイターにとっての創作物は、「お腹を痛めて産んだ子」である。かわいいに決まっている。親が「うちの子はかわいいなぁ」と思うのと同様に、クリエイターは「良いものを作ったなぁ」と思ってしまうものだ。自分の創作物は50%増しで良く見える。

この素朴な人間性がクリエイターを殺す。親がちょっとくらい「親ばか」なのは微笑ましいものだが、クリエイターが「親ばか」になってしまうと、それは致命的な目の曇りになる。創作物を適切に評価できないクリエイターは適切な創作ができないからだ。目が曇ってしまえば、作り直すべきものを作り直す判断ができない。

結局、プロのクリエイターになることは、「お腹を痛めて産んだ子はかわいい」からの脱却であると言える。自分の子どもをひいき目なしに見ること、「最もできの悪い子どもを殺さないといけない」となった時、冷静に自分の子どもを選べること。これは素朴な人間性の排除に他ならない。クリエイターは人間性を喪失することが求められている。少なくとも、創作においては。


マンガ『左ききのエレン』に、「ぼく人間ちゃうわ。デザイナーや」というセリフが出てくる。

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『左ききのエレン』15巻 より引用)


これは実に示唆に富んでいる。人間であることとデザイナーであることは両立しないのだ。彼は創作物のためにどんな非情な決断でもできる。プロとして、素朴な人間性を捨て去っている。


最も人間らしかった青年

クリエイターの人間性排除について考える度に、脳裏をよぎる青年がいる。

彼は創作への熱意があり、頭も悪くなく、見込みがあると思った。だけど彼は結局大成しなかった。その理由を一言で言うなら、人間性を捨てられなかったことだ。彼は自分の子どもがかわいくて仕方なかったのだ。どうしようもないほどに、親ばかだった。

もちろん、創作を趣味でやる分にはそれでも一向にかまわない。むしろ、趣味としてやるなら親ばかである方がずっと都合が良いだろう。好きなものを作って、その出来栄えに存分に満足して、また楽しんで作る……理想の趣味の形だ。

だけど、彼はプロになりたかった。それで身を立てられるようになりたかった。そしてその場合、親ばかであることは大きな障壁になる。結局、彼はプロになることはなかった。


だから、今日はその青年について書いてみようと思う。


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