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[短編小説] 戻れメロス

 ディオニスは激怒した。自らを邪智暴虐の王と言い、加えて自らを除く決意をしたと言い放つ者が王城に現れたと聞き激怒した。
 聞けば田舎の村の牧人風情、政治など分からぬくせに、そのあまりにも大それた物言いにディオニスの怒りと人間不信は一瞬にして沸騰した。
 ところが、警吏によって連れてこられたその愚か者 ――名をメロスという―― の姿を見た瞬間、ディオニスの心臓は大きく鼓動したのだ。こんな事は久しく無い。
 メロスは整った顔貌の持ち主であった。普段から羊を連れて野山を歩き回っており、肉体は引き締まっている。手足はもちろん、左肩留めエクソミスにした質素な内衣キトンから覗く首元から胸板にかけても程よく筋肉が乗っているのが見えた。日焼けした肌がそれを引き立てていた。
 何から何までディオニスの理想にぴったりと合致しているではないか。心臓の動悸が止まらない。
 しかし、この男は自らを殺そうとしに来たのだぞ、とディオニスは自分に言い聞かせ、目の前の若者にも警吏にも気取られぬよう、出来得る限りの威厳をこめた声で問うたのである。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
 正直最後の「言え!」は声が上ずりそうになったのだが、必死で抑えた。どうやら誰にも気付かれなかったようだ。
 対するメロスは悪びれずに答えた。
「市を暴君から救うのだ。」
 ――え? 今わしの事、暴君て言った? いやいや待て待て、言うに事欠いて暴君? わし、そんなに嫌われてるの?
 ショックだった。このメロスなる美男子に言われると余計に大きなショックを感じた。通常の五割増しに増幅したショックがディオニスを襲った。
 そのため眩暈めまいに足元がふらつくところだったが、幸い長めの外衣ヒマティオンまとっていたおかげで、どうにか誤魔化せた。
 その後の問答は正直あまり記憶に無い。メロスはあまりにかたくなでまるで取り付く島がなく、対する自分は売り言葉に買い言葉で随分ひどい言葉を投げつけてしまった事は自らの心に巣食うサディズムを否が応でも自覚させられ、そういった諸々がディオニスの心に少なからず傷を残した。
 その反面、ディオニスの内には、この自分好みの男と会話が出来る嬉しさも確かにあったのだ。このアンビバレントがディオニスの胃の腑の辺りを締め付けた。記憶に残った問答の印象はこの感触だけしかない……と言っては過言だが、それほどまでにディオニスの心は乱れたのだった。
 だが最終的にはメロスの物言いと態度にディオニスは激怒した――激怒して見せねばならなかった。それが王の威厳を保つ最適の方法なのだ。それは今は亡き彼の父、すなわち先王に教わった帝王学の一端だ。いかな好男子と言えども磔刑に処さねばならぬ。まことに残念な事だ。
 罪と罰をその場で申し渡すと、メロスは急にしおらしくなった。いわく三日だけ猶予が欲しい、村に帰って妹に結婚式を挙げさせたい、それが叶えば戻ってきて大人しく刑を受けようというのだ。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
 ディオニスはあざわらった。それによって、この憎くかつ愛おしいメロスを苦悩させられたと思うと、甘美なサディズムがディオニスの脳内を刺激してやまない。
 するとメロスは交換条件を出してきた。ここシラクスの市内に住む無二の親友、石工のセリヌンティウスを人質に差し出すという。三日後の日没までに戻らねば代わりにセリヌンティウスを処刑してよい、とまで言い切ったのである。
 そこで早速そのセリヌンティウスとやらを連れて来させた。が、メロスの隣にひざまずいたセリヌンティウスを見た瞬間、ディオニスの心臓は更なる高鳴りをしてみせたのだ。
 セリヌンティウスは、石工だけあって筋骨隆々の逞しい体つきに、メロスとは違った種類の精悍な顔立ちをしていたのである。こういった部類もまたディオニスの大好物なのだった。
 表には現さなかったが、ディオニスは苦悩した。どちらかを処刑する事など、できようか。どちらか一方など決められようか。ディオニスは心で泣いた。
 しかしさすがは稀代の狡猾王、すぐさま恐るべき勢いで頭脳を回転させ、どちらも殺さず、どちらも我が物とする事を決め、その策までも導き出したのである。それは後々明らかになるであろう。
 さて一方のセリヌンティウスは、王と親友メロスが対峙するこの異様な状況に驚き、呆気に取られたようだったが、メロスに訳を聞くとすぐに飲み込み無言で首肯うなずいた。そして、二人はひしと抱き合ったのだ。
 それを目の当たりにした瞬間、ディオニスの脳髄から脊髄を通った身体の中心に熱いものが駆け巡った。それが嫉妬の炎である事は人生経験豊富な王のこと、すぐに自覚した。こやつらめ、見せ付けおって……許さんぞ!
「石工に縄を打ち、牢に入れよ!」
 ほぼ無意識に、反射的に言葉を発していた。すかさず警吏はそれを忠実に実行する。どうだ、ざまを見ろ!
 ところが、王の前のメロスと荒々しく連行されるセリヌンティウスは、最後まで目を合わせ続けるではないか。悔しいっ!
 ディオニスは地団駄を踏みたくなるのを、全身に力を込めてようやく我慢した。こめかみの辺りがぴくぴくと動く。汗をぬぐう振りをして涙を拭った。
「では、ディオニス王、私は参ります。」メロスはそう言い、立ち上がる。
「三度目の日没までだぞ! 精々あがくがよい! ははははは!」
 王城を後にしようとするメロスの背に、ディオニスは精一杯の嫌味を投げ付けたが、メロスの耳に入ったかどうかは分からない。
 走り去るメロスの姿はたちまち夜闇に消えた。
 初夏の夜空に満天の星がきらめいていた。


*  *  *

 翌日。
 朝からつまらぬまつりごとり行っているうちに、正午となった。
 がらんとした広間の長いテーブルに、一人ディオニスは着き、昼食の運ばれてくるのを待つ。
 そこへ、侍従長が静かに入ってきた。
「ご報告でございます、陛下。」
 それは午前中ずっとディオニスが待ち望んでいたものだった。ようやく来たか。
 昨晩、メロスが城から走り去っていった直後、老獪王は素早く手の者を呼んだ。そして彼らにメロスの動向を逐一報告するよう命じていたのだ。
 侍従長は小さな紙を手にしていた。伝書鳩によって伝達された手紙だ。
「メロスは、昼前には村に辿り着きました。着いて早々に祭壇を飾り、うたげの席をしつらえております。おそらく結婚式の準備でしょう。」
「ふん、今のところは真面目にやっておるようだわい。」
 ディオニスは、にやりと笑って食前酒を飲み下す。
「ご苦労であった。引き続き監視を続けよ。」
「はっ。」侍従長は敬礼をして広間を去った。
 化けの皮が剥がれるか、それともちゃんと戻ってくるか。
 戻ってくるなら結構。磔台に懸けて、命乞いさせて、心折れたところで寛大な心を見せてやろう。その上で、わしの世話係に取り立ててやると言えば文句はあるまい。毎晩呼び出してたっぷりと可愛がってやるぞ。
 ディオニスは口角を歪めながら、運ばれてきた皿に盛りつけられた肉をフォークに刺し、一気に齧りついた。今から沢山食べて体力を付けておかねばな。
 ……その時、ふと古い記憶が甦ってきた。それはまだディオニスが王子だった頃の出来事だ。

 ある晩ディオニス王子は、置き忘れられたパピルスの巻物を発見した。
 何気なく開いてみると、それにはびっしりと文章が書き連ねてある。字の癖からすると、妹のクリューサ姫が書いたものらしい。
 クリューサが王にパピルスをねだっては何か書き付けているのは知っていたが、所詮は女の下らぬたわむれ、ディオニスが興味を持つ事はなかった。しかし、その時はなぜか、そこに何が書かれているのか気まぐれに興味が湧き、読んでしまったのだ。それは神話をモチーフとした創作物だった。
 読み進めるうちに、その内容はディオニスの想像を超えた展開となっていった。これ以上ここで読みふけるのはまずいと判断した彼は、巻物を手に自室に戻ったのだ。
 物語はホメロスが『イリアス』を書き記すために故郷のスミルナを出発し、ギリシャの島々を訪ねる所から始まる。
 旅の途中、ホメロスは大神ゼウスと巡り遭う。ゼウスはホメロスを気に入り、トロイア戦争の様子を見せてやろうと申し出て神殿に誘うのだった。
 ゼウスはホメロスの衣服の上から愛撫を始めた。恍惚となったホメロスの衣服はいつしか剥ぎ取られ、自らも全裸となったゼウスにベッドに押し倒される。更なる愛撫の末、ついにゼウスとホメロスはひとつとなった。

「はあああっ、ゼウス様の雷霆らいてい棒が私の秘菊孔に入っておりますうっ!」ホメロスは喘いだ。
「どうだ、トロイア戦争のさまが見えてきたか?」
 ゼウスはそう言いながら秘菊孔の更なる奥へと雷霆棒を挿し入れていった。
「はああああ、目の前がぼんやりとしております。何も見えませぬ……。」
「よし、ではこれならどうだ、うん?」
 ゼウスは雷霆棒をゆっくりと抽挿し始めた。ホメロスの全身が快感に打ち震えた。
「はあっうううっ、み、見えて……きました……あぁぁ……あれはアガメヌノンでございましょうか、美しい女をはずかしめております。そうか、あれこそクリュセーイスなのですね。ああ、今度は誰かが祈りを捧げておりまするぅ……ああっ……。」
「それはクリュセーイスの父、クリュセスである。では続きを見せようぞ。」ゼウスは抽挿の速度を速めた。
「あひいぃっ! もう限界でございます。もうだめ、だめだめだめぇっ! あ、はあああ、誰かが……見えるッ、なんと美しい肉体の青年、もしやあれがアポローン……。」
「よくぞ見抜いたな、ではご褒美だッ……。」
 抽挿はさらに早まり、ゼウスの腰は早鐘の如くホメロスの尻を叩く。
「ひぁああああんッ! いグいグいグいグいグッ!」
 次の瞬間ホメロスは痙攣して果て、同時にゼウスも果てていた。ゼウスの雷霆棒はホメロスの中で脈動し、ホメロスの秘肉棒もまた脈動していた。

 物語のおよそ八割はこのような調子だった。
 ディオニスは夢中になって最後まで読んだ。どうした事か、全身が熱くなっている。
 気付くと股間の辺りに張りを感じた。内衣キトンをめくって見ると、腰巻ペリヅォマから彼の陰茎が飛び出していた。陰茎は、硬く、太く、長くなり、脈打ち、その上先端の皮を広げるようにして亀の頭のようなものが飛び出している。その度合いは見る見る強まり、完全に腰巻ペリヅォマから出た陰茎は高々と天井に向かって直立した。慌てて腰巻ペリヅォマに収めようと陰茎を掴んだ手が、飛び出した亀頭に触れた。すると痺れるような快感が股間から脊椎を貫き、脳に達した。若きディオニスは思わず手を離した。
 これまでは尿を排出する器官にしかすぎなかった陰茎が、このような変化を遂げたのは初めての事だ。
 気付けば、夜はすっかり更けている。ディオニスは慌てて消灯し、寝床に潜り込んだ。
 いつの間にかディオニスはゼウスの神殿にいた。ディオニスは、ホメロスの背中にし掛かり、自身のいきり立った陰茎をホメロスの秘菊孔に突き立て、根本までめり込ませた。同時にゼウスがディオニスの背後に着き、ディオニスの尻を分け入るようにして、硬い雷霆棒を挿し込んだのだ。
 ゆっくりと彼の中に入ってきたゼウスの雷霆棒が根元まで到達したとき、遂に三人は物理的にも精神的にもひとつの塊となった――。
「ああっ――!」
 そこで目が覚めた。
 股間がべっとりと濡れていた。

 次いで、また別の記憶が甦った。クリューサが血を流して倒れている……ディオニスが自ら剣を突き刺したのだ。
 デザートの甘い果物が苦味を帯びた。

 クリューサは、その後もパピルスをねだっては新たに物語を書き、それをしばしば置き忘れた。我が妹の粗忽さに半ば呆れつつ、その度にディオニスは盗み読みした。辛抱出来ず妹の部屋に忍び込んで読んだ事すらあった。
 ある作品ではアキレスとアガメヌノンが、また別の作品ではピタゴラスとエウポルポスが、はたまた牧神パンと羊飼いがと、様々なカップルがまぐわった。
 中にはポセイドンとメドゥーサのような、男女のカップルの物語もあったが、どういう訳かディオニスの心には響かなかった。


*  *  *

 二日目の朝を迎えた。
 朝食の席に侍従長が現れ、報告を始めた。
「メロスは、結婚式の準備を整えたのち、すぐに自宅で睡眠をとりました。夜になってから目覚め、妹の婚約者と朝まで話をしておりました。婚約者は、準備不足を理由に結婚式を挙げる事を渋っていたようですが、それを夜通し説得したという事です。式は今日の正午に執り行われます。」
「ほほう、メロスの奴、中々やるではないか。」
 ディオニスは、無表情のまま報告を聞いたが、報告が終わると、わずかに相好を崩した。
「ご苦労であった。下がってよいぞ、監視を続けよ。」
 侍従長が敬礼し、踵を返して退室するのを見届け、ディオニスは朝食に手を付けた。何が結婚だ、下らん。
 ディオニスはきさきに対して愛情を傾けた事は一度もなかった。
 女性に対する興味はまるで無い。それでも先王の決めた許婚いいなづけを受け入れたのは、ひとえにそれが政略結婚だったからだ。
 結婚式で初めて会った后は、美しい女性だった。しかしディオニスには無用の長物だ。
 世嗣よつぎを作るために寝床を共にするが、どれだけ后に奉仕されてもディオニスには遂げられず、夫婦関係は冷え込むばかりだ。
 だが世嗣が出来ぬという事は王家の断絶にもつながりかねない重大事である。彼も必死に夜を共にしたのだ。しかし彼にとっては豊かな乳房よりも分厚い胸板が、ふっくらと脂肪の乗った尻よりもがっちりとした大臀筋が、柔らかい凹よりも硬い凸に心惹かれるのだ。上手くいく筈もない。
 目をつむってゼウスとホメロス、アキレスとアガメヌノンなどの姿を頭に描くと、勃起の具合は多少良くなった。しかしどれだけ頑張ってもなかなか世嗣をみごもるには至らなかった。
 そんな中、彼は大臣の一人、アレキスと関係を持ったのだった。昼間は臣と王の関係だが、夜となれば立場を忘れて対等に愛し合い、話し合えた。苦悩が尽きない生活の貴重な癒しだった。
 相変わらず后との夜の営みは苦痛だったが、努力が実を結んだか、ある年ようやく后は妊り、無事に出産した。生まれた男の子はディピオスと名付けられた。正真正銘の世嗣である。
 すくすくと世嗣ディピオスは育ち、ディオニスは苦悩から解放された。
 いや、解放されたと思っていた、だ。…………ああ、もう、よせよせ、朝食がまずくなるだけだ。
 止めどなく脳裏に湧き出す記憶を必死に押し留める。
 代わりにメロスとセリヌンティウスのカップルを思い出そうとした。そして彼らと愛し合うところを想像した。それだけでも荒んだ心が癒され、潤いと彩りが戻るように思えた。

 夜になるとメロスの妹の結婚式が無事執り行われた旨の報告が上がってきた。
「現地では雨が降っており、かなり蒸し暑くなっております。しかし祝宴は盛り上がっておるようですな。メロスは明日処刑される事を誰にも話しておらぬようです」
 侍従長は報告を終え、踵を返し、まっすぐに出口へと歩を進めた。が、退室する寸前、ディオニスは侍従長を呼び止めた。
 慌てて戻ってきた侍従長にディオニスは訊ねた。
「メロスの身代わりの石工……何と言ったかな。」
 セリヌンティウスという名前なのは、その実しっかり覚えていたのだが、まるで急に気になったかのような素振りだ。
「は、石工の名ですか? 確かセリヌンティウスという名だったかと。……彼奴きゃつが何か?」
 何故わざわざそんな事を訪ねるのか、侍従長は不思議そうにしている。興味があるのを気取られてはいけない。いかにも気紛れ、気晴らしのような口ぶりでディオニスは答えた。
「うむ。ちょっと、そのセリヌンティウスとやらと会って話がしてみたくなった。連れてこい。」
「ええっ? ここにですか?」
 侍従長は思わず聞き返してしまった。しかしディオニスの顔は真面目そのものだ。それに王の命令は絶対である。
 しばらくして、侍従長と獄吏に連れられたセリヌンティウスを見ると、ディオニスは口角を歪めた。見るからに邪悪な微笑みだ。侍従長も獄吏もセリヌンティウスも、良からぬ事を考えているとしか解釈出来ず、背中に冷たいものが走った。しかし、ディオニスは再開の嬉しさで満面に笑みを浮かべてしまいそうになるのを必死にこらえていただけなのだった。
「ご苦労だったな。お前たちは一旦下がれ。こやつと話をしたい。」
 さすがに侍従長も獄吏も反対した。が、石工には手枷足枷に加えて縄も掛けられている、対するこちらの腰には大剣が下がっており、圧倒的に有利な立場だ、何の心配もない、そう言われると彼らも折れざるを得なかった。
「では、何かありましたら大きな声でお知らせください。我々は扉の前で待機いたします。」
 忠実な侍従長はそう言い残して、獄吏と共に退室し、扉を閉めた。
 ディオニスは、セリヌンティウスと向き合った。縄を掛けられ、ひざまずいていてもセリヌンティウスは堂々として毅然さを保っている。その筋骨隆々とした肉体をディオニスは舐め回すように見て、眼で味わった。おっと、あまり無言の時間が長過ぎると変に思われてしまうぞ。
 そこでようやく言葉を発した。
「なあ石工よ、メロスの奴、果たして、明日の日暮れまでに戻ってくるかのう?」
「私はメロスを信じております。彼と私の心は繋がっているのですから。」
 くっ、何を抜け抜けと。羨ましいやら妬ましいやらでディオニスの胃の腑の辺りが熱くなった。
「わしは全く信じておらん。わしが今までの人生で学んできた事は、人間は誰ひとり信じられんという事だ。見ておれ、どうせメロスも同じだわ。がははははは!」
「なるほど王よ、あなたは確かに他人を信じられぬお方です。あなたはその不信によって幾人も殺め亡き者とした。はじめは妹婿さまを。それからご自身のお世嗣よつぎを。それから妹さまを。それから妹様の御子さまを。それから、御后さまを。それから賢臣のアレキス様を。しかし、メロスは信じるに足る男です! それがメロスという男です!」
 どうしてこんなに信じられるのだ。まるで恋人同士ではないか……いや、実際そうなのだろう事は分かってはいるが。
 むくむくとディオニスの心にサディズムが湧いた。少しでもこの生意気な石工に打撃を与えて心を折ってやりたくてたまらなくなった。
「わしはメロスにこう言ってやったのだ。『ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は永遠にゆるしてやろうぞ』とな。きっと奴は、ちょうどお前が処刑されたところを見計らって刑場に現れ、そしてお前の亡骸を見て泣くだろう。だがそれはお前が死んだからではない! 我が身可愛さ、嬉し泣きよ!」
「そ、そんな事がある訳ない。メロスはそんな誘惑に乗るような弱い男ではない!」セリヌンティウスの体は小刻みに震えていた。
 くっくっく、効いてる効いてる。
 ディオニスは北叟ほくそんだ
「もうひとつ、『いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ』とも言ったぞ。そしたらどうだ、メロスの奴、地団駄踏んで悔しがっていたわい。心が強ければ超然としていたろうになあ。つまりそれは誘惑と闘っておったという事に他ならぬのだ。」
 セリヌンティウスは唇を噛み締めている。もう一押しだわい。
「今頃は結婚式の宴の真っ最中だぞ。きっとあやつ、もうシラクスに戻りたいなどとは露ほども思っておらぬだろうさ。はははは。」
「そ……そんな事は、ありませぬ……メロスは……きっと、戻って参ります……。」セリヌンティウスの声は小さく、また小刻みに震えていた。涙がぽとりと落ちた。――ううむ、美しい。その涙、我が唇で吸ってやりたい。
 そのさまを想像すると、ディオニスの男性器はたちまち勃起し、天井に向かって屹立しようとした。しかしそれは腰巻ペリヅォマによって阻止され、窮屈にも太腿ふとももの付け根に密着した。
 これだけ痛めつければ充分だ。もしメロスが戻らなくても、最後の最後に、ぎりぎりで許してやろう。その後優しくすればコロリ、わしのものだわ。くっくっくっ……。
 ディオニスは満足し、侍従長を呼んだ。おぼつかない足取りで連れて行かれるセリヌンティウスの背中に、ディオニスは高笑いを浴びせた。


*  *  *

 裏切りは突然発覚した。
 賢臣アレキスが后とも関係を持っていたのだ。
 そこで初めてディオニスは男女問わず関係を持てる人間が実在することを知った。かつて妹の書いていた物語ではそういう人物は時々出てきたものの、本当にいるとは、ついぞ思わなかった。
 その情報は、妹婿モリフォリウス王子の手の者からもたらされた。最初は信じられなかったが、調べさせるとどうやら本当らしいのだった。
 確かに性生活において后に喜びを与える事はほぼ皆無だった。きっと欲求不満も溜まっていただろう。アレキスはそんな后の心の隙間に上手く入り込んだようだ。なるほど賢い男だわい。賢臣の異名は伊達ではないな。
 が、ただちに彼らを処断する気持ちは起きなかった。今のところは表面上何事もなく過ごせている。わざわざ波風を立てる事はない。臣下や民に余計な不安を与える事にもなりかねない。后に対しては義務感があるだけで愛情など皆無だ。アレキスとの関係も表には出せぬ。ならばしばらく様子見だ。
 そこで気になったのが、この不貞の情報源だ。間接的にではあるが、モリフォリウス王子から流れてきた。これは偶然だろうか。
 もしやモリフォリウスの奴、お家騒動を目論んでいたのではあるまいか。わしと后がどうにかなれば、世嗣よつぎを裏から操れる立場となる。そのうち世嗣を始末すれば、モリフォリウスが王となり、やがては奴の子倅こせがれティモンが継承する事となる――。
 そんな、まさか……。
 モリフォリウスは比較的おっとりとした、ディオニスほどには頭が切れぬ男だ。だからこそ先王は婿に入れさせたのだ。まさか、あいつがそんな大それた謀叛むほんを企てられるとは思えない。しかし可能性は捨てきれない。
 そこで内密に調べさせたところ、充分過ぎるほどに証拠が集まってしまった。その上、事態はもう一刻の猶予もない局面となりつつあると分かったのだ。先手を打たねば、こちらがやられる。
 すぐに臣下に命令し、モリフォリウスを拘束させた。
 目の前に証拠を突き付けられたモリフォリウスはあっさり自供した。もともと謀反を起こすような胆力など無い男なのだ。
 間違いなく裏に焚き付けた者がいる。それは誰なのか? 今はまだ分からぬが、いずれにせよモリフォリウスは処刑せねばならぬ。クリューサにはかわいそうだが、仕方あるまい。

 モリフォリウスの処刑後しばらくして、またもディオニスを苦悩させる情報が舞い込んできた。驚くべき事に、世嗣ディピオスはディオニスの子ではないというのだ。后とアレキスの間に出来た子だという。聞けば確かにそうかも知れぬ。何しろ女性相手では勃起もままならないのだ。さんざん苦労してようやく半勃起の状態に持っていくのがやっとだ。あれでよくみごもれたなと思ったほどだ。
 時系列で考えれば、妊ったのは后とアレキスが関係を持った後となる。
 ときにカッコウという鳥は、自分の卵を別の鳥の巣に生み落とし、その鳥に育てさせるという。アレキスも同じ事をしたのではないか。そんな事を考えていると、ディピオスが自分とは似ても似つかぬ気がしてならなくなった。
 そんな折、ディピオスの身に災いが突如降り掛かった。
 ある日王城にディピオスの悲鳴が響き渡り、その直後、大階段の下に倒れているディピオスが発見された。頭から血を流し、既に息は無かった。大階段から転落したものと思われるが目撃者はいなかった。
 王も后も家臣たちも国民も、皆嘆き悲しんだ。ところがディピオスの葬儀の直後、一つの噂が流れたのだ。
 あろうことかディオニスがディピオスを殺したという噂だ。
 ディオニスは重度の人間不信に陥っており、モリフォリウスに続いて世嗣ディピオスを手にかけたのだと、まことしやかに国中で囁かれた。

「お兄様、お呼びですか。」
 クリューサが、ディオニスの待つ広間へ現れた。ディオニスは無言で肯いた。
 ディオニスは憔悴しきっていた。げっそりと痩せて目は落ち窪み、頬がこけて、髭を整える事さえ出来ていない。
 人払いし、クリューサと二人きりになって、ようやくディオニスは口を開いた。
「我が妹クリューサよ、よく来てくれた。突然世嗣を失ってしまって城中が混乱している。だが王位継承についてはきちんと考えておかねばならない」
 それを聞くと、明らかにクリューサの顔は明るくなった。少し上気しているようにさえ見えた。
「それは考えるまでもないのでは? 当然、ティモンが第一継承権者でしょう?」
 ディオニスは静かに言う。
「いや、そうはいかん。」
「どうしてですの?」
「モリフォリウスを焚き付けたのがお前だからだ。そしてディピオスも手にかけた。おまけに、わしがディピオスを殺したという噂まで流した。――違うか?」
 クリューサの表情は見る見る険しくなっていった。
「何をおっしゃるの? 何の根拠があって? 不幸が続いたのは確かよ。でもそれら全てが私のせいだと言うの?」
 ディオニスはじっとクリューサの目を見た。そして言った。
「ああ、そうだ。全てお前の差し金だ。調べは付いている。」

あはははははははは!

 クリューサは突然大声で笑い出した。
「何が可笑おかしい?」
「ははっ、お兄様って思ったより頭が冴えるんだと思ってね! お義姉ねえ様をベッドで喜ばせる事も出来ないで、一の家臣に寝取られるような間抜けとは思えないわ。おまけにその家臣は王と后で二股かけてるなんて! こんな傑作ある?」
 さらにクリューサは続けた。
「お兄様、昔、私がパピルスに書いていた物語、こっそり読んでたでしょう? それも男同士のやつを好んで読んでいたわよね。隠そうとしたって無駄よ。全部分かってるんだから。でもお兄様は王という立場上、男とじゃないと性交が出来ませんって訳には行かないわよね。お義姉様はいい面の皮、そりゃあ家臣と子作りするわ。あははは!」
 クリューサは懐から短刀を取り出した。
「お兄様は乱心した末に、身を守ろうとした私の短刀によってこれから亡くなる事になるわ。そしたらすぐにお義姉様も家臣どもも追い出す手はずになってるの。これで私のティモンが王よ!」
 この時のディオニスは、いつも腰から下げている大剣を、今日に限って持っていなかった。少しでも身体の負担を軽くするようにという医者の進言に従ったのだ。おそらく医者にもクリューサの息がかかっていたのだろう。
 クリューサはディオニスに駆け寄り、短刀をディオニスの腹に突き立てようとした。が、短刀は空しく空を切ったのみだった。ディオニスが素早く手に取った剣の切先が、短刀が達するより先にクリューサの胸を貫いたからだ。ディオニスはクリューサの死角になるテーブルの陰に、抜き身の剣を隠してあったのだ。
 妹はゆっくりと床に倒れ、以後ぴくりとも動かなかった。止め処なく血が流れ、大理石の床が赤く染まっていく……。
 その後ほどなくしてティモンは『病死』した。
 さらにティモンの葬儀後、間もなく后が、続いてアレキスが逮捕され、それぞれ処刑された。王を殺害し、王家の断絶を目論んだ、反逆の罪というのが表向きの理由として発表された。

 ディオニス完全に人が変わってしまったようになり、矢継ぎ早に勅令ちょくれいを発した。自身に対して悪心を持つと判断したものを逮捕するよう命じ、臣下の者には人質を差し出させ、市民に対して監視を強めた。命令を拒む者は十字架にかけて磔刑とし、見せしめとした。
 以後ディオニスの気分は晴れる事はない。むしろどんよりと曇っていく一方だ。
 そんな日々に現れたメロスとセリヌンティウスは一条の光のようだった。なればこそ我が物とせねばならない、是が非でも!


*  *  *

 遂に三日目の朝となった。
 ディオニスは早々に刑場の準備を命じた。市民への娯楽も兼ねて、幾人もの罪人を順に処刑していく事になったのだ。その中でも、メロスとセリヌンティウスはメインイベントだ。
 果たしてメロスの奴は戻ってくるだろうか。どちらでもいいが、戻ればメロセリがセットで我が物と出来よう。だから戻ってこい、メロスよ。わしは楽しみに待っているのだぞ。
 そこへメロスに関する報告が上がってきた。今日は動向を小まめに報告するよう命じている。
「メロスは本日早朝、村を出発いたしました。只今シラクスに向け、走って移動中です。」
 走り続ければ日暮れまでには十分過ぎるほど間に合うだろう。だがあくまで走り続けられれば、だ。人間の体力には限界があるんだ、あまり無理するなよ、バテるぞ、メロス……。

 報告2。
「メロスは途中で走るのをやめ、今は歩いてシラクスに向かっております。」
 ――お、ちゃんとペース配分を考えておるな。メロちゃん、さすがだわい。

 報告3。
「メロスは未だ歩いて移動中。歌を歌いながら歩いております。」
 ――何歌いながら歩いとるんだ、呑気か! でもそんなおバカなところも可愛いわい。

 報告4は昼食時に来た。
「メロスは道程の中ほどに達しました。しかし昨日の雨で川が氾濫して橋が流されていて、立ち往生しております。」
 ――ほら、油断するからこんなんになるんだぞ、メロ! どうするの? それじゃシラクスに戻ってこれないじゃないの! バカバカ!
 一気に昼食が咽喉のどを通らなくなった。珍しく昼食をほとんど残した王を見て医者を呼ぼうとする侍従を押しとどめ、じっと報告を待つ。

 報告5。待ち望んでいたため随分長く感じた。
「メロスは川を泳いで渡りました。おそらくかなり体力を消耗しているものと思われます。今は峠の坂道を登っております。ペースは相当落ちております。」
 ――ふう、まったくハラハラさせるわ、バカメロめ! だがあの峠は、時々山賊が出没するというから油断は出来ぬのだぞ、分かっておるのか?

 ようやく平静を取り戻し、執務に戻った王の許へ、報告6が来た。
「メロスは峠の頂上付近で山賊と遭遇……」
 ――ほら、見たことか! もうバカバカ!
「……しましたが、賊の一味の持つ棍棒を奪い取るや、たちまち三人の賊を打倒して逃走し、一気に峠を駈け降りました。」
 ――うはー! さすがメロちゃんだわ、惚れ直したぞ。こりゃあ熱く愛してやらねばな。初夜が楽しみだわい。ひひひ。

 報告7。
 前回の報告からほどなく舞い込んだその内容にディオニスは落胆した。
「ご報告いたします。メロスは遂に体力が尽きた模様。道路に膝を突き、そのまま道端の草むらに転がりこみました。今のところ動きがありません」
 ――え? ちょ、メロ、おま! 何してんの? バカなの?
 執務が全く手に付かなくなった。頭はぼんやりとし、視線は遠くをさまよった。メロスの事を思い、気が気でなかった。見かねた家臣の進言でひとまず休憩を取った。

 報告8。
「メロスは元気を取り戻し、再び走り出しました!」
 ぱっと目の前が明るくなった。あまりの歓喜に少しばかり眩暈めまいを感じるほどだった。
 ――やれば出来る子なんだから、無駄にドキドキさせないで! メロちゃんのバカバカ!

 その後も、報告が二三もたらされたが、それらはいずれもメロスが順調に走り続けているというものだった。しかしそれでもなおメロスは一向に王城まで辿り着かず、夕暮れは刻一刻と迫っていく。
 セリヌンティウスの処刑の準備にかからねばならぬ時刻はもうすぐだ。ディオニスは焦れた。
 元より刑を執行する気はないが、メロスが帰ってきてくれれば、それに感動したとか何とか理由を付けて、全てを水に流してやる、そうして寛大な心を見せたところで個別にアプローチすればいい。一番楽なパターンだ。
 厄介なのは、メロスが逃げ出すか間に合わないかした時だ。となればセリヌンティウスの処刑を取りやめる理由を何かしら付けねばならない。そうしなければ王としての正当性が疑われてしまう……もちろん取って付けたような理屈で充分なのだが。
 そんな事よりメロスを失いたくない気持ちで頭がいっぱいだった。

 ――戻って来てくれぇ、メロス……。

 そんなディオニスの思いも空しく、ついに侍従が迎えに来た。いよいよ最後の処刑の執行時間だ。立ち合いをしなければならない。
 ディオニスは刑場に入り、いつも通り最も刑がよく見える二階建ての石造りのやぐらの上に設けられた玉座に腰かけた。
 玉座から見下ろすと、刑場には大勢の見物人が詰め掛けていた。おそらく建国以来最多だろう。
 刑場では先ほど処刑された者の亡骸が片付けられ、すぐにセリヌンティウスの磔刑のための、一際背の高い磔台が刑場の中央に設置された。
 次に数名の長槍を携えた死刑執行人が整然と、かつ厳かに歩いて磔台の下に並ぶ。
 太陽は今まさに沈み切ろうとしていた。
 縄をかけられたセリヌンティウスが刑場に連れてこられた。セリヌンティウスは観念したか、おとなしく刑吏に従っている。刑吏は磔台の下にセリヌンティウスを立たせ、磔台から下がる縄をセリヌンティウスに固定する。刑吏の合図で縄が手繰られ、セリヌンティウスはゆっくりと磔台の上へ向かって吊り上げられていった。一斉に見物人から歓声が上がる。
 セリヌンティウスが磔台の頂に達し、ディオニスが合図を送れば、執行人の持つ長槍が一斉にセリヌンティウスの全身を貫くのだ。
 セリヌンティウスの様子はディオニスの玉座からはっきりと見て取れた。すまんな、セリちゃん、ギリギリで解放するから、もうちょっとだけ待ってくれ。
 刑場内は、いよいよクライマックスと盛り上がりが頂点に達している。
 と、その時、群衆を掻き分けるようにして誰かが刑場の中に入ってくるのが見えた。それはメロスだった。
 見ればメロスの衣服はすっかり破れてぼろきれ同然、腰巻ペリヅォマすら辛うじて股間に巻きついている程度で、もはやほぼ全裸体だ。思った通り、いやそれ以上の引き締まった肉体を存分に堪能出来て、ディオニスの喜びは倍増した。
 見る見るメロスは磔台の下まで辿り着いた。
「私だ、刑吏! 殺されるのは私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
 かすれた声で精一杯に叫びながらメロスは釣り上げられていくセリヌンティウスの足にかじりついた。
 見物人たちはどよめき、あっぱれ、ゆるせと口々にわめく。
 やがて降ろされ、縄を解かれたセリヌンティウスにメロスが何やら言うと、セリヌンティウスはメロスの頬を殴りつけた。続けてセリヌンティウスがメロスに何やら言うと、今度は逆にメロスがセリヌンティウスの頬を殴ったのだ。
 その様を見たディオニスは、痴話喧嘩かと少し期待したのだが、次に二人が抱き合い、おいおい声を放って泣き出したのでがっかりした。しかし、セリヌンティウスの耳元にあるメロスの唇が、『愛してる』と動いたのをディオニスは見逃さなかった。
 その囁きは喧噪にまぎれて二人以外には聞こえなかっただろう。注視していたディオニスだけがそれを知ったのだ。
 何といじらしい――ますますディオニスは二人が欲しくなった。もうこうなれば三人一緒にベッドを共にしたいとまで思った。そこで一気にディオニスは冷静さを失い、玉座から飛び跳ねるように立ち上がると、控える侍従どもを押しのけ櫓を駈け降り二人の許へ走った。
 走りながら二人に呼びかけた。
どうか、わしも仲間に入れてくれまいか! どうかわしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい!
 すると、抱き合っていたメロスとセリヌンティウスはすっと離れて左右に並び、駆け寄ってくるディオニスに向かって同時に走り出した。
 そしてディオニスがすぐ目の前に迫った瞬間、二人は走る速度を一気に上げ、左を走るメロスは右腕を、右を走るセリヌンティウスは左腕を、それぞれ地面と平行に掲げたのだ。
 刹那ディオニスと二人は交錯し、二人の腕はディオニスの顎と咽喉の辺りを打ち抜くと、ディオニスの身体は二人の腕を軸に、まるで逆上がりしたかのように弧を描き宙に舞った。
 ディオニスには、その一瞬がひどくゆっくりと感じられた。自分ではなく周囲が回転しているように思えた。重力のくびきを逃れ、身体全体が宙に浮いている感覚に恍惚となっていた。それは夢の中でホメロスに挿入し、同時にゼウスに挿入されて得たエクスタシーと同じ種類のものに感じた。
 やがて逆さまの世界でメロスとセリヌンティウスが再び抱き合おうとするのが一瞬見え、すぐさま地面が目前にせり上がり、視界は暗転した。

(古伝説と、シルレルの詩から。)

<了>

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