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リーダーシップに必要な「イドラ」との向き合い方。人間の脳が抱えている根本的な欠陥を認識する重要性。

各分野の専門家を招き知見共有を行う、HR Millennial Lounge。9回目の開催となる今回のテーマは「ニューロサイエンスとテクノロジーで変わるコロナ時代の働き方」。

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1人目のスピーカーは、株式会社NTTデータ経営研究所の茨木拓也さん。人間の脳が根本的に抱えている欠陥を認識することが、これからのリーダーシップに求められると言います。

登壇者プロフィール:茨木 拓也 氏
株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー。脳・神経科学を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。最近は経営や人事における人間の意思決定や生産性向上に(脳)科学的に切り込んで、経営者も働く人もハッピーにできないか思案中。近著に「ニューロテクノロジー」(2019年、技術評論社)がある。

人間の脳の欠陥である4つの「イドラ」

今回のテーマは「ニューロサイエンスとテクノロジーで変わるコロナ時代の働き方」ということで、ちょっとよくわからないタイトルですが「コロナ時代に直面するイドラとの戦い」という話をしていきたいと思います。

皆さんは、人事のソリューションを作っていたり、自社の人事という立場で、他人の人生の方向を握っている立場にいると思います。採用や昇進の意思決定を下しています。

意思決定をしているのは、皆さんの脳ですよね。意思決定機関である脳が持っている致命的な欠陥が、コロナによって露わになってきています。

これをきっかけに、脳の脆弱性に気付いて対処するきっかけが今後のビジネスに強く求められると思っています。それを少しでも感じていただける30分にしたいなと思っています。

まず「イドラ」なんですけれどもこれは人間の先入観のことを指します。 バイアスと言ったりもします。言葉自体はフランシス・ベーコンというイギリスの政治家であり哲学者がちょうど今から400年前ですね、日本で江戸時代が始まる頃に彼が入った人間が陥りやすい意思決定の錯誤の4つに類型化しました。

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1個目が「種族のイドラ」というものですね。 これは皆さんが人間のDNAを持って生まれてきたからには逃れられないハードウェア的な制約です。

2つ目が「洞窟のイドラ」と彼は言ったんですけれども、育ってきた環境の中での個人の経験に依存した世界の見方です。井の中の蛙とも言います。

3つ目は「市場のイドラ」と彼のつけたもので、僕たち人間は言語を使うことによっていろんな概念を扱ってコミュニケーションをしているんですけれども、言語を適切に使用することができないのにも関わらず言葉に依存して、誤解や偏見が生まれている。これが彼の指摘する市場のイドラです

4つ目が「劇場のイドラ」ですけれども、権威や伝統、「今まではこうやっていた」ということを無批判に受け入れてしまう。これが「劇場のイドラ」です。

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ベーコン自身は、客観的な観察に基づいて人類の共同作業として、「イドラ」に代表される偏見を取り除いた科学研究が必要だと考えました。

ただ人類が本当にイドラから解放されたのか?ということを、一緒に考えていきたいと思います。

私自身どんな仕事を普段しているのかというと、専門はニューロサイエンスです。基礎科学として正しいものが最終的には社会に役立つと信じて、基礎科学の世界の研究成果を実際の企業に応用していくことを生業としています。

皆さんの頭蓋骨の中に入っている1.4キロの脳みその情報を読み出したり変えていく、そういった技術を「ニューロテクノロジー」と呼んでいます。私のメインミッションは、いろんなベンチャー企業や研究者と組んでニューロテクノロジーの事業開発をおこなっていくことです。

なので今日の話は少し自分の専門家らは離れているところであるんですけれども、最近思っていることをお話しできればなと思います。

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「目」と「脳」を持っている限り逃れられないイドラ

一つ目です。イドラの1つ目は種族のイドラ。

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これは皆さん見たことあると思うんですけれども、ミュラーリヤー錯視と言って、下の赤い線が長く見えるというバイアスです。これは皆さんが目と脳を持っている限り逃れることができません。補助線を引いて初めて「あぁ同じ長さだ」と思うわけです。

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次です。アーデルソンのチェッカーボード錯視というものなんですけれども、Aの領域とBの領域のどちらが明るいですか?これはどう頑張ってもBが明るく見えますよね。でもバーをかざすと、AとBは全く同じ明るさなんですよ。

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こういう錯覚は、見ているぶんには楽しいですよね。しかし、これがビジネスの場面において生まれてしまうと致命的です。

「恐怖」が意思決定を狂わせる

ある事例をご紹介します。9.11で飛行機がハイジャックされてビルに突っ込んだ後に何が起きたかというと、みんなが飛行機を恐がったんです。そうすると、これまで飛行機で行っていた距離を車で移動するようになるわけです。

そして何が起きたかというと、交通事故が激増したんですね。9.11の影響で交通事故の死者が1年間に1600人増加したという結果が出ています。

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「テロに遭いそうだ」という限りなく0に近い確率のものを恐怖して、それ以上に死者を増やしてしまう。これは「セカンドアタック」と言ったりします。これが逃れられないイドラです。

僕たち人間は「恐怖」に支配されると、意思決定が本当に悪くなります。

「バルーンタスク」という実験があります。風船を膨らませれば膨らませるほどお金がもらえるという設定です。もちろん膨らませすぎると割れてしまいます。

この実験では、膨らませすぎて風船を割ってはいけないし、リスクをとらなさすぎて風船をちょっとしか膨らませられないのもダメなわけです。適切なくらいリスクを取る意思決定をしなければいけない。

そして被験者に事前に怖い映画を見せて恐怖を植え付けると、リスクを取らずに全然膨らませられなくなります。「恐怖」は、人間を非合理的にリスクを回避させるんです。

しかし「恐怖」を自分で再解釈すること、つまり「これは本当に怖いことなのか?」と問い直し、「そうでもないな」と再評価することで、正しく風船を膨らませられるようになります。

「陽性」と診断されても、全員が陽性なわけじゃない

さて、次です。「確率」の話をしたいと思います。

これは最近出たコロナの抗体検査ですね。ロシュというところが出した抗体はですね、感度(陽性の人を陽性だと診断する確率)が100%で、特異度(陰性の人を陰性だと診断する確率)が99.8%となっています。

普通、抗体検査で陽性と診断されたら、100%陽性だと思うじゃないですか。これをちょっと考えてみましょう。

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100,000人に検査をして、40人が陽性と診断されたとしましょう。ロシュの抗体検査の感度(陽性の人を陽性だと診断する確率)は100%なので、40人全員が陽性になります。

問題は、右側です。陰性と診断された人たちです。

特異度(陰性の人を陰性だと診断する確率)が99.8%ということは、陰性と診断されたうちの0.2%は、実は陽性だったということになります。99,960人の0.2%、約200人は陽性と診断されます。

つまり、陽性と診断される240人のうち、本当に陽性なのは40人しかいないのです。6分の5は偽陽性なんです。

私たちは陽性と診断されると直感的に「あぁ陽性だ」と思ってしまうんです。これを見分けるのが人間にとってすごく難しい。

人間は自分を過大評価してしまう

さて、ここからは「説明深度の錯覚」についてのお話をします。

毎日乗っている自転車の絵を描かせる実験があります。どうなるかというと、全然自転車を正しく書けないんです。こんなに身近なもので頭では「わかっている」と思っていても、全然描けない。要するに「説明できる」と思い込んでいるんです。

人間は恐ろしいほど自分に自信があるんだけど、自分が世界をどれだけ歪めて見ているのかを認識することはできないんです。これを明らかにしたのが、有名な「ダニング・クルーガー効果」です。できない人ほど「自分はできる」と勘違いする傾向があるということです。

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自分が「正しい」と思った情報しか取り入れない

さて2つ目、洞窟のイドラです。生きてきた分だけ、みなさんの脳にはこびりついた垢があります。

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有名なバイアスに「確証バイアス」があります。これは何かというと、自分が「正しい」と思った情報しか、自分の中に取り入れなくなることです。例えばある人のことを嫌っていたら、その人の悪い情報しか入れなくなるということです。「絶対こうだ」と思うと、それに合った情報のみ脳がフィルターをかけてしまうんですね。

特に最近は、Googleにパーソナライズ機能がついたじゃないですか。パーソナライズ機能は確証バイアスをめちゃめちゃドライブさせるんですね。自分が調べている内容に近しい情報しか入ってこないので。これはとても危険です。

そのような状況の中で必要になってくるのがデータサイエンスだと僕は思っています。ただ、データサイエンティストですらバイアスに引っかかることはあります。

ある実験で、「皮膚疾患を治療するクリームの有効性」と「銃規制と犯罪抑止力の相関」についてのデータを渡してデータサイエンティストに分析させたものがあります。違うテーマですが、データは両方とも同じにしています。

結果としては、分析力が高いデータサイエンティストでも、その人が持つ政治的見解によってバイアスがかかり、正しい判断ができなくなってしまったのです。

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これも恐ろしいことですよね。本来データを客観的に解釈しなければならない数学的能力がある人たちでも、自分にこびりついたバイアスでデータを処理する能力が著しく歪められてしまうのです。

言葉が変わるだけで意思決定が変わる

3つ目です。市場のイドラ。言葉を使うことの限界です。

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さて問題です。あなたはある自治体のトップです。あなたの県では、科学的な推定に基づきコロナウイルスによって600人が死亡することが予測されます。対策としては2つしかありませんでした。

政策Aは、確実に100人を助ける政策です。もう1つの政策Bは1/3の確率で600人全員の患者を助けることができるが、2/3では誰も助けることができません。

あなたはどちらの政策を選びますか?

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結果を言うと、Aを選ぶのは過剰なリスク回避です。なぜかといったら、600人が1/3の確率で助かるならば、期待値としては200人になりますよね。なので期待値計算をすれば政策Bを取るべきです。

人間の言葉の中には、確率的な概念を直感的に理解するための言葉がないんです。「確実」「絶対」とか「たぶん」「ちょっと」みたいな言葉はあっても、「20%」に対応する直感的な概念はないわけです。

もう一つ問題です。期待値が同じだったらどうでしょうか。確実に200人を助けられる政策を取るのか、2/3の確率で誰も助けられない政策を取るのか。

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次です。政策Aは確実に400人の患者が死ぬ対策。政策Bは、2/3の確率で600人が死に、1/3の確率で誰も死なない。あなたはどちらを選びますか?

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これですね、知っている人はお馴染みの「フレーミング効果」です。

問題②-1では、「600人中200人が助かる」と「600人中400人が死ぬ」、言っていることは同じでも「助けられる」というポジティブな言葉を使っている政策Aを取りたくなってしまうんです。問題②-2では「死ぬ」というネガティブな言葉を使ってしまうと、リスクのある政策Bを取ってしまう。

このように、「助かる」か「死ぬ」か、という言葉の言い換えだけで意思決定が変わってしまう。人間は言葉によって意思決定が揺らいでしまう生き物なのです。

感情は「伝染」する

そして言葉のもう1つの側面は「凶器」の側面ですよね。アイドルや芸能人がSNSで叩かれ自ら命を断つ事件が生まれてしまっています。なんで人間は言葉で暴力を振るうのでしょうか?

研究でわかっていることは、ネット上で他人を叩く人は自分に自信が無いということです。自己評価が脅かされている人ほど、他人の不幸を喜ぶという傾向があります。

そもそも人間というのは、人を罰することにお金を払っても良いくらい好きな生き物なのです。それを実証した実験もあります。

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さらに、SNS上では感情が伝染します。江戸時代だったら別によかったんですよ。せいぜい言葉が広がる範囲なんてたかがしれています。でも今はSNSがあります。

Facebookの有名な実験で、あるユーザーのニュースフィードの中に、ネガティブなニュースだけを流すと、その人のネガティブな投稿が増えることが示されました。

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これはTwitterでもわかっていて、ネガティブで批判的なツイートがタイムラインに流れている時は自分のツイートもネガティブになり、ポジティブなツイートがタイムラインに流れていると、ツイートもネガティブになります。

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感情が伝染するのはSNS上だけではありません。コロナで1つ大きなニュースになったのは、このトイレットペーパーパニックですね。

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なぜトイレットペーパーパニックが起こるのか。脳科学の世界では1つ答えが出ています。この絵を見てください。

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この目を見て、この2人がどんな感情を持っているかを、四方に書いてある感情のリストから推定してみてください。

このように相手の感情を推測する機能を「心の理論(TOM:Theory Of Mind)」と言います。

そして、トイレットペーパーパニックのように、バブル的に人が群がるような状況は、TOMが高い人が群がるという研究結果が出ています。「人の気持ちを理解する」ことが、社会行動としてのダークサイドとして出てしまうのです。

言葉の壁を乗り越えることが、イノベーションの源泉

人間がTOMを獲得するのは1歳半頃だと言われています。しかし歳を重ねるにつれてどうやらその能力が鈍くなってしまうみたいです。

僕たち人間は、言葉だけだと相手の気持ちはよくわからない。本当に相手と同じ立場に自分の脳を置かないといけないんです。

TOMはとても大事な能力です。言葉の壁を越えて、相手が何に困っているのかを理解することは、様々なイノベーションの源泉になります。

クリエイティブな仕事をするって、尖った人がやるみたいなバイアスがあるんですけれども、それ以上に「誰かのためにやる」。その人自身の名誉欲とかではなく、誰かの困りごとを解決したいという思いを持っている人ほど創造的だと言われています。

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専門家の情報は本当に正しいか?

最後です。劇場のイドラ。権威があなたの目を曇らせます。

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人事としては「生産性」を上げることが大切だと思うんですけれども、生産性って誰が決めているか、知っていますか?

WHOが、プレゼンティーズムの指標として作成しています。

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この指標を使って、厚生労働省と東京海上日動さんが出したレポートがあります。いろんな世代の生産性を出したものですが、右側のグラフを見ると、女性の方があらゆる世代で生産性が下がっています。

このレポートの結論は、「女性は生産性が低い」というものでした。これを厚生労働省という権威が発表しているわけです。でもこれは本当でしょうか?

ある研究があって、自分の生産性を聞かれた時に、女性はとてつもなく謙遜する傾向があります。

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この研究では、実際のスコアは男性より女性の方が高いにもかかわらず、自己評価のスコアは女性の方が低くなっています。

厚労省が出しているデータだけを鵜呑みにすることは果たしていいのか?を考えさせられるデータです。

これから必要なリーダーシップは「イドラを取り除く」こと

最後のお話です。僕はいま、リーダーシップが求められていると思うんです。僕が必要だと思うリーダーシップは、自分のイドラを取り除いて、ありのままに世界を見ることです。

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脳科学の世界では、リーダーシップを定量化する方法が提案されています。ルーレットタスクという実験があって、自分でルーレットを回すか、他人に任せるのかを選択するタスクです。

Group Trial は、ルーレットの結果がグループ全体の報酬や罰に関わってきます。Self Trialは、自分だけに影響を及ぼします。それぞれのTrialにおいて、自分でルーレットを回すのか、他人に任せるのかを判断させます。

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何が起きるというと、多くの人はSelf Trialでは自分でルーレットを回すんです。これがGroup Trialになると、とたんに自分でルーレットを回すことをしなくなります。それを「責任回避スコア」として定量化します。

そして「責任回避スコア」と「リーダーシップのスコア」とが明確に相関を示しています。自分の意思決定が他人に損を与える確率があっても期待値が高ければ正しくリスクを取らなければいけないわけです。

これを私たちは身につけていかなければならないです。

まとめ

まとめです。今日はいろんなイドラを紹介してきました。人間が生まれながらに世界をちゃんと見ることができないとか、人生経験が世界の見方を歪める。言葉や権威が見方を歪める。

いま必要なのは、世界を正しく見るためのサポートをして意思決定をより良いものに導くことです。これがなかなかできない。人間の意思決定の脆弱性を理解して、どう正していけば良いのかを専門的に助言する「Dicision Consultant」が、求められています。

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以上です。ありがとうございました。

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