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人間の行動を理解する”2つ”の枠組みとは?WITHコロナ時代の”組織のつながり”を考える。

新型コロナウイルスの流行を契機として、リモートワークを導入する企業が増えています。ビデオチャットやコミュニケーションツールの登場に象徴されるように、テクノロジーの発展によって「どこでも仕事ができる」環境が整いつつあります。

しかし一方で、メンバー同士のコミュニケーション問題が表面化するケースも少なくありません。オフィスという同じ空間で働くことで自然と担保されていた雑談が減ることによってメンバーの関係性の構築が難しくなったり、密な情報共有が難しくなるなど、リモートワークの転換による新しい問題が生まれています。

各分野の専門家を招き知見共有を行う、HR Millennial Lounge。8回目の開催となる今回のテーマは「組織ネットワーク分析(ONA)」です。

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ONA(Organizational Network Analysis)とは、組織内のコミュニケーションやメンバー同士の関係性・ネットワークを分析する手法。ONAを手がかりに、Withコロナ時代の働き方・チームの在り方を議論していきます。

1人目のスピーカーは、マーサージャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング シニアマネージャーの阿久津純一さん。昨年までロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでONAを用いた研究を行っており、学術的な研究動向の丁寧なレビューを中心に、知見を提供して頂きました。

私たちが普段、漠然と使っている「人との繋がり」や「個性」「コミュニケーション」といった現象が、学術的にはどのように捉えられているのか。

当たり前だと思っていたものの認識が少し変わったり、解像度が上がる、そんな知見を共有していただきました。

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マーサージャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング シニアマネージャー
阿久津純一さん

はじめに

マーサージャパン株式会社の阿久津と申します。話題提供ということで、「ONA(組織ネットワーク分析)の何がそんなに面白いのか?」をご紹介できたらと思います。

本日シェアしたい内容はこの三つです。

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1番目は、今日のメインである「ONAの何が面白いのか」について。

2番目は「ONAを使って分かること」について。ONAによって分かることは山ほどあるんですけども、特に僕が興味のあるソーシャルキャピタルや組織市民行動(=OCB)についてご紹介できればと思います。

最後に、Withコロナ時代のコミュニケーションについてのアイデアをシェアできたらと思っています。

ONAの定義とは?

さて、まずはONAのざっくりとした定義をご紹介します。「点と線を通じて、登場人物が存在している場所(=点)と関係(=線)を描いたもの」という定義がされています。

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登場人物(=点)は「アクター」と呼ばれたりします。人事領域だと一人一人の社員さんがアクターになることが多いですが、経営学研究では、ほかにも部門や会社がアクターになったり、ときには産業や国など、アクターには様々なものが入ってきます。研究分野によっては、論文が点となって引用関係を示すようなものもありますね。

「線」は「エッジ」と呼ばれます。代表的なのはコミュニケーションだったり、情報やお金の流れだったり。より具体的には、信頼関係や、友人関係、アドバイスを求める関係などを表すこともあります。

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人間の行動を理解するための”2つの”枠組み

さて、ここまでが前段で、ここからは一番のメインである「ONAの面白さ」についてです。

面白さを一言でいうと、ONAと他のアプローチでは「人間の行動を理解する枠組み」が全然違うという点だと思っています。

そもそも、行動理解のアプローチは大きく2つあります。

「人をみる」アプローチ(属性・気質アプローチ)「人の周りの関係性をみる」アプローチ(社会関係アプローチ)です。

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左側の属性・気質アプローチでは「個人の違いが行動に反映する」と捉えます。

例えば、”ミレニアル世代だから” こういう意識を持っている、こういう転職活動をする…とか。典型的なのは適性検査や性格診断ですね。「こういうパーソナリティだからこういう行動をする」という理解枠組みです。多くのみなさんが日頃から活用されているアプローチです。

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人間は「パーソナリティーや属性によって行動を説明」しがち

ここで1つ押さえておきたいのが、人間には「根本的な帰属の誤り」(Fundamental attribution error)といわれる認知バイアスをもっているという点です。

「根本的な帰属の誤り」とは何かというと、人間はパーソナリティーや属性によって行動を説明しようとする傾向を元々持っているということです。

一方で、行動がおこった経緯・状況や、ONAが対象とするような、周りの関係性が行動に与える影響を見落す・無意識に軽視してしまうことが多いといわれています。

今日は人事の方がたくさんいらしているかと思いますが、社内に蓄積される人事データは、属性・気質アプローチ、つまり個々人の違いにフォーカスしたデータが多くを占めているのではないでしょうか。データ量が多くデータの形も扱いやすいので、こちらのアプローチに偏ってしまいがちだなと感じています。

どちらのアプローチが良い / 悪い、合っている/間違っているという話ではなく、おそらく実態は両方の影響を複雑に受けているのに、片方だけでいいんでしょうか、ということです。

社会関係アプローチ的な発想もあるということを認識して、属性・気質アプローチに偏っているかもしれないことを自覚することは、人に関わるデータ分析をおこなう上でとても大切なのではないかと思っています。データの制約もありますので、実際にONAを用いるかどうかは別としても、ONAという手法を知ることで「根本的な帰属の誤りに陥っていないか?」と省みるいい機会となるのではないかと思っています。

ONAを知ることで、人間の行動を理解する枠組みがすこし広がる。これが面白いところです。

「社会関係アプローチ」は何を明らかにするのか?

それでは、ONAのような「社会関係に着目するアプローチ」で何を明らかにすることができるのでしょうか。

まず「社会関係アプローチ」の分析枠組みをざっくり説明します。

独立変数(下図左側)に個人を取り巻くネットワークを置き、ONAを使って可視化・定量化していく。そして、結果として行動アウトカム(下図右側)が生まれる。ざっくり言うとこんな枠組みです。

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左側としてよく用いられるのが「ソーシャルキャピタル」です。

例えば、個人のソーシャルキャピタルがパフォーマンスや出世しやすさと関係があったり、上司のソーシャルキャピタルが高いほど部下が勇気を持って提案しやすい…など、いろんな研究があります。

「ソーシャルキャピタル」には2つの考え方がある

「ソーシャルキャピタル」と言われると何となくそれっぽく聞こえるのですが、実は大きく異なる2つの考え方があります。

1つ目はいわゆる「Closure派」。お互いが密に繋がり合うところにソーシャルキャピタルが宿ると考えます。

もう1つが「Brokerage派」。ネットワークの重要な交差点の位置にいて、多くの人間関係を仲介している人にソーシャルキャピタルが宿るという考えです。

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この2つの考え方の間の論争はなかなか折り合いがつかないんですけれども、「ソーシャルキャピタル」と言ってもだいぶ違う捉え方があるんだ…ということが感じていただけるかと思います。

ここで、この2つの考え方を同時に扱った面白い研究がありまして、モランという先生の研究なんですけれども、

あるグローバル企業にて、10カ国120人のセールスマネージャーの周りにあるネットワークの構造が、Closure的なのかBrokerage的なのか?を調査して、セールスパフォーマンスとの関係を調べてみましたというものです。

その結果、Brokerage的なネットワークを持つマネジャーのほうがセールスパフォーマンスが高かったそうです。ただし、その関係は一様ではなく、完全に密なClosureの中心にいるマネジャーもパフォーマンスはややよくて、その両極端の中間的なマネジャーが相対的に低成績であったそうです。

さらにこの研究が味わい深いのは、ソーシャルキャピタルと「どれだけ新しいことをやっているか」というイノベーションパフォーマンスとの関係も見ている点です。ちなみに、こちらには、上記のようなネットワークの「構造」ではなく、ネットワークの「質」、つまり信頼の強さみたいなもののほうがよく効いているという結果でした。

「パフォーマンス」にも2つの視点がある

ここまでは「ソーシャルキャピタルの捉え方には二つある」というお話でしたが、もう一つ、そもそも「パフォーマンス」にも2つの視点があるということをご紹介させてください。

パフォーマンスとは何か?を考えるときに、まずシンプルなのは「役割内パフォーマンス」です。MBOなどで設定された役割・目標をどれだけ達成できているか?という意味でのパフォーマンスです。

しかし、現実には「役割内パフォーマンス」だけではなかなか組織は回りませんよね。そこで、組織行動学において、約30年間にわたってホットトピックの一つとして注目され続けている概念が「組織市民行動」、英語ではOCB(Organizational Citizenship Behavior)と呼ばれるものです。

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ジョブディスクリプションの運用をされている方はお感じかもしれませんが、役割定義を本当に細かく作り込むというのは難しく、あまりに細かく書こうとすると、書いているそばから陳腐化していってしまうことってありますよね。やっぱりすべての仕事を事前に書ききることはできないんですよね、大事な仕事以外って。

でも、ジョブディスクリプションに書ききれないところで「アサインされていないけど助ける」「言われていないけど大事だと思うので助ける」のようなOCB的な行動の蓄積が、フィナンシャルパフォーマンスを含めた組織のパフォーマンスに効いてくるのではないかという研究が多くなされています。

このOCBの研究の面白いところは、「属性・気質アプローチ」から「社会関係アプローチ」への視点の拡張が歴史的に起こってきた点です。
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2000年代初頭くらいまでは、人を見ていくアプローチが主流でした。やや乱暴に言うと、「こういう性格の人は同僚や会社を助ける」…みたいな。やや身も蓋もないですけれども。人そのものにフォーカスしてOCBを理解しようという研究がひとしきり盛り上がりました。

それはそれで実際その通りだと思うんですけれども、「じゃあいい性格の人は全てのケースで同僚全員を助けているのか?」と言われると、そうでもなくて、「この人だから助ける」こともあるんじゃないか?とか、そういう性格ではなくても、自分や相手の立場によっては助けることがあるんじゃないか?と。

つまり「個人の性質よりも社会的な立場やネットワークのほうが、より大きく影響力を持っているのではないか?」とする視点からのアプローチが現れてきたのです。例えば、より大きなソーシャルキャピタルをもった組織内で影響力がある人ほど、役割を超えて同僚や会社を助ける傾向がある、という考え方です。

ここをもう少し深掘りしていたのが僕の研究です。日本のベンチャー企業で調査させていただいたんですけれども、結論としては「そう単純でもないんじゃないかな?」というところが見えてきました。

ソーシャルキャピタルがOCBにそのままつながっているわけでもなさそうで、そこには、他に大事な条件があるんじゃないかと。
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シャッフルランチしてみたり、部門を超えた交流の場をもったり、つながりを広めていくための取り組みはおそらくもちろん素晴らしいことなんですけれども、それだけでは多分足りなくて、

もともとやられていた日頃のチームビルディングだったりとか、どの上司に誰をアサインするかの検討とか、マネージャーのトレーニングとか、伝統的な取り組みとセットで行うことで、初めてソーシャルキャピタルはOCBに良い影響を与えるのではないかと思っています。

まとめ

今日のまとめです。

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まず、属性やパーソナリティと行動を結び付けて理解する「属性・気質アプローチ」だけでなく、他者との関係性から行動を理解する「社会関係アプローチ」を取ることで、人間理解の幅を拡張することができる。これが一番大事なポイントです。

次に、「社会関係アプローチ」の代表格であるソーシャルキャピタルにも、色々な捉え方があるということ。

最後は、ソーシャルキャピタルは ”万能薬” ではないよということ。繋がりを広げていくことはもちろん大切なんですけれども、全ての問題を解決するわけではないということです。

リモートワークによって「Closure」「Brokerage」それぞれのチームはどう変化するか

最後に本日のお題でありましたWithコロナ時代へのアイデアをソーシャルキャピタルを手がかりに考えてみます。一言でまとめると「もともとあった機会・課題がより顕著になる」ということではないかと思っています。

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これはあくまで実感値ですが、Closure的な密な関係性を強みとして活かしていたチームは、Zoomでも「維持」はできるんじゃないかなと思っています。

しかし問題なのは、Closure的な関係性の中で、共有された規律があって、阿吽の呼吸で連携して効率的に動けるような組織に対して、どうやって新入社員が入っていくのか。それから元々細い繋がりで保たれていたメンバーをどうケアしていくのか。これらは、もともと難しい論点ですが、リモートワークが増えるなかでますます顕著な課題になると思います。

Brokerage的な人やチームにとっては、ピンチでもありチャンスでもあるかなと思っています。

Brokerの価値の源泉は、例えば古い知り合いとのランチや飲み会でのちょっとした会話など、偶発的なコミュニケーション機会を通して貴重な情報やアイデアを仲介していることだと思うんですけれども、対面で会う機会そのものが減ることで、その偶発的な機会が減る可能性があります。

一方でチャンスだと思うのは、「コーヒーちょっと行きませんか?」みたいなノリで「oomしませんか?」と言えるような時代になれば、物理的な距離を大きく超えて、(「弱いつながり」を活かして)情報・アイデアを仲介する機会は逆に増していくかもしれません。

ということで、自分の話題提供終はここで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。


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