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写真は残酷なんかじゃない

ロマンチックが止まらないKeng Chi Yang (けんちゃん) です。

noteを書くのは久しぶりですね。色々な場所で執筆をしているので、ここに書くのは僕が感じている写真に対してのポジションのお話しになると思います。僕も再確認する為に書いてみようと思います。

最近たまに見るんですよね、写真は残酷だって。好きなものを撮ってるから、撮ったものに関しては愛してると言える。だから撮っていないものは好きじゃないのか、とか、時間を刻んでしまう、二面性、みたいな話し。

いやいやいや、そうじゃない。そうじゃないだろ。好きなものだけを愛せば良いじゃない。無意識的に撮らなかったものを撮って何が変わるのさ。新しい世界が広がる可能性はあるかもしれないよ。だけれど、好きなものは変わらないでしょう、愛しているものは愛し続けるでしょう。愛しているならば、それだけを愛し続けようよ。よそ見ばっかしてるから、写真は残酷だ、なんて考えてしまう。好きなんでしょ、好きだから撮るんでしょ。もしそうなら、好きだから撮らない選択肢もそりゃあるでしょう。僕は嫁の事を好きだし、愛している。だからいつも嫁の写真を撮っている。でも撮っていない時間が愛していない時間では無い。正解なんていくつもある。だけど、愛してる事に変わりは無い。

シャッターを切れなくなる恐怖は何度か味わった。撮り終わるまで何が写るか分からないし、色んなものが撮れてしまう事にすごく怖くなる時があった。けど撮るしか無い。撮れば世界は変わる。世界は美しいと、撮るたびに思う。写真が残酷だって考えは綺麗事だし、その言葉こそ残酷だ。誰かを傷付ける。そんなので世の中よくなるかよ。写真は残酷なんかじゃない、写真は「撮れば撮るだけ愛が増える」行為なんだ。

世の中には色んな言葉や写真で溢れてる。どうか臆病にならないで、どうか傷付かないで。そばに誰も居ないなら僕が寄り添ってやる。

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Photographer based in KYOTO /Fine Art Portrait & Snap Shoot / シネライクな写真が好きです / FUJIFILM X-T2, X100F