見出し画像

出航!祝祭の海へ――水戸芸術館ACM劇場プロデュース「最貧前線」

いや、ディズニーシー5周年の話ではないです(2006年のTDSキャッチコピーが「さあ、祝祭の海へ」)。

水戸芸術館は基本的にホール貸しをせず、外部公演の招へいも含め、自主企画を中心に運営している。そして中核施設のひとつであるACM劇場は、地方では珍しい演劇専用空間だ。この劇場があるおかげで、水戸では上質な芝居を頻繁に観ることができる。

今回、開館30周年記念事業としてACM劇場がプロデュースした舞台『最貧前線』は、地元だけでなく東京ほか6都市でも上演する意欲的なプロジェクトである。そのホーム公演を観てやろうと足を運んだ。

『最貧前線』は、宮崎駿がかつて趣味全開で「月刊モデルグラフィックス」というマニアックな雑誌に不定期連載していた「宮崎駿の雑想ノート」内の短編。わずか5ページの作品だが、情報量は多い。その世界観を生かしつつ、イマジネーションを膨らませて2時間半ほどの芝居に仕上げている。

太平洋戦争末期、海軍に徴用され監視任務に当る漁船を舞台に、考え方もスキルも全く違う「軍人」と「漁師」たちが衝突しつつ、戦場の真っただ中に送り出されていくという物語。ほとんどの場面が狭い漁船の中であり、見方によっては絶好のシチュエーション・コメディになりそうだ。実際、一幕ではそんな雰囲気のシーンも多い。演劇人なら、確実にその誘惑に駆られる題材である。

しかし、あえてこの作品はその道を選ばない。悲喜こもごもの人間模様を描きつつ、クライマックスでは戦争映画の「独立愚連隊」モノを観ているようなカタルシスまで与えてくれる。同時に、戦争の愚かしさも説教くさくなく盛り込むことに成功している。

本作自体はシチュエーションコメディではないが、そのベースが醸し出す「潜在的なシチュエーションコメディっぽさ」は、観客と作品との距離をぐっと縮め、さらに様々な要素を包み込むスープのダシのような役割を果たしている。そしてテンポのいい脚本、狭い漁船をさまざまな角度で表現する絶妙にダイナミックな舞台装置もあいまって、最初から最後まで飽きさせず、大いに楽しませてくれる作品だ。

さらに言うなら原作のテイスト、つまりは「宮崎駿っぽさ」も大切にしており、漁師たちが不慣れな武器を囲んでわちゃわちゃしながら何となく活躍してしまうあたりは『風の谷のナウシカ』で風の谷の住人たちがトルメキア軍の戦車を奪って反撃に出る場面を思い出した。

キャストも内野聖陽、風間俊介、溝端淳平、ベンガルと、演技派・ベテランと若手のホープが揃った豪華な布陣。総勢11人の登場人物がすべて男性という硬派度200%の舞台なので、最初は「絵ヅラが重いなー」と感じながら観ていたのだが、だんだん「魁!!男塾」を読んでいるような、ヘンなテンションが自分の中で高まってきて気持ち良くなってくる。

そして内野聖陽といえばLGBTカップルの日常を温かい視線で描いたドラマ「きのう何食べた?』の記憶も新しいので、ラストシーンでは風間俊介とキスしちゃうんじゃないかと要らぬ心配をしてしまった。

総じて「傑作」と呼べる素晴らしい作品で、こういう舞台が地元・水戸から生まれたことは実に誇らしい。今回だけで終わることなく、何度も再演を重ねて、日本中、そして世界中の人々に観てほしいと心から思う。水戸から出航した小さな漁船の航海は始まったばかりだ。

画像1

『最貧前線』特設サイトはこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?