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新人 1-4 競馬と麻雀の前日

「バカヤロー、気をつけろよお前!! な!」
所長の罵声が、罵声といってもいつもの、温かみのある罵声が、先輩に飛んだ。

仕事に影響するまで飲み過ぎるなということのようだった。

「すみません。」

先輩も所長は怖いらしい。だた、先輩が謝るか謝らないかのうちに、所長は広げていた競馬新聞に目を戻していて、もうどうでも良いという雰囲気だった。


「忙しいなー。院長と薬剤部長と、婦長と外科の部長と整形の部長と、あ、あと理事長の分もあっからよー。」
所長はそう言いながら、札束をデスクの上に「どんっ」と置いた。

「おい、お前、ところで麻雀できっか?」
所長が新人君に聞いた。
「いや、まあ、動かし方くらいはわかりますけど。」
新人君が答えると、じゃあ、お前、明日の夜麻雀大会来てくれよな。
「ま、麻雀大会?」
どうやら、メーカーのMRと得意先、A国際病院の院長、理事長が参加するやつらしい。


「来るだろ。決まりな。じゃあ、明日な!」
と、言い残すと、所長はポケットに手を突っ込みながら、タバコを咥えて営業所を出て行った。時間は昼前である。

「お前、乗っけてくれよ」
正直、「またか!」と思ったた、声かけしてきたのは所長ではなく、先輩だった。
「眼鏡がなくてよ。運転できねーんだよ。わりーな。」
「あ、はい。」
昨晩、夜中にヤンキーにオヤジ狩りに遭い、その時に眼鏡が割れたのだ。聞くと、メガネを一本しか持っていないとのことだ。

「メガネ、買いにいきますか?」
「バカヤロー、いらねーよ。」
「す、すみません。」
新人君の申し出を断ると、先輩は助手席で行先を指図し始めた。

「そっちだよ、そこ右だよ、そこ左だよ。」
先輩の言われるがままに、着いたのは蒲田駅近くの歓楽街である。
「よし、あそこに行くか。」

「は!?」
先輩の指差す方向を見て、新人君は驚きの声をあげた。

ーーー女子校ヘルスーーー

先輩と新人君は場末の匂いのする雑居ビルのエレベーターで5階に降りると、風俗の待合室に座った。他に客は居なかった。

「だ、大丈夫なんですか?」
おどおどしている新人君に、先輩は、
「大丈夫って何が?」
と、答えようとしたら、店のスタッフに呼ばれた。

「あ、じゃあ、あとでな。終わったら飯食おうぜ。」
先輩は待合室奥の奥のカーテンの中に吸い込まれるように消えて行った。

一人で、場末の雑居ビルの風俗の待合室で所在無さげな新人君。まじで、入る会社間違えたかもしれない・・・。

・・・これで良いのかな。と思いながらも、こんなのも満更でもないな、と思っていた。

やがて、新人君もスタッフに呼ばれた。カーテン越しに迎えに来た女の子を見て、絶句した。

「あっ!! 」

女の子と新人君は同時に声にならない声を出して驚愕した。


金曜日のお昼を過ぎた頃だった。



【この物語はフィクションで、全て想像の世界です。】

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