批評不能状態になった「桶川ストーカー事件実行犯」の告白本、その事情を読み解く
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批評不能状態になった「桶川ストーカー事件実行犯」の告白本、その事情を読み解く

Amazonで裁判関連部門1位、カスタマーレビューは0

 私はこの8月にリミアンドテッドという“一人出版社”を創業し、10月に創業第1作目の書籍を発行した。題名は『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(以下、『もう一つの重罪』)。平成を代表する有名事件の1つである表題の事件について、実行犯の久保田祥史が獄中で綴った手記に基づき、世間に知られてこなかった真相を明らかにしたものだ。

 出版者として本を発行するのは初めてなので、発売前はどれほど売れるかは少し心配だった。しかし、おかげさまで、同書はAmazonで裁判関連部門の1位になり、重版もしなければならなくなる売れ行きだ。広告は一切出さず、現時点でメディアにも一切紹介されていないことを思えば、悪くない出足となっている。

 ただ、一方で、気になることもある。それは、Amazonでカスタマレビューが一切つかないことだ。Amazonの売行きランキングでこの本と同程度の順位になっている本の多くは、多数のカスタマレビューがついている。良い評価が目立つものもあれば、悪い評価が目立つものもあるが、とにかくカスタマーたちに何らかの評価をされている。しかし、『もう一つの重罪』の場合、良い評価も悪い評価もされない状態が続いているわけだ。

 一体、どういうことなのか。私は少し考え、1つの結論に達した。『もう一つの重罪』はおそらく、多くの人にとって、良く言うことも悪く言うことも難しい、批評しがたい本なのだろう。私がそう思うのは、過去にも似た経験があるからだ。

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和歌山カレー事件でも2008、2009年頃は似た状況だった

 このnoteでは何度か、私が2008、2009年頃に書いた和歌山カレー事件に関する記事を紹介した。いずれも、この事件の犯人とされている林眞須美死刑囚が冤罪であることを伝えた記事だ。いずれの記事も多くのアクセスがあり、「スキ」のボタンを押してくれた人も多かった。それは現在、林死刑囚が冤罪であるとか、そういう疑いがあるとかいうことがかなり広まっているからだろう。

 しかし、これらの記事を書いた頃はそうではなかった。林死刑囚といえば、1998年の事件発生当初、マスコミ総出の犯人視報道にさらされており、2008、2009年当時もまだその影響で林死刑囚がクロだという世間一般のイメージは根強かったからだ。

 当時は私が周囲の人たちに林死刑囚が冤罪だという話をしても、賛同されることはほとんどなかった。そしてそれだけでなく、実は否定されることもほとんどなかった。賛同されないのはわかるとしても、なぜ否定すらされないのか…と当時の私は不思議に思ったが、今はその理由がよくわかる。

 世間の誰も知っているほどに有名な事柄に関し、まったく聞いたことがない新説を初めて聞いた時、人は大なり小なり興味を抱く。そして、その新説が明らかに荒唐無稽な内容であれば、人はきっぱりと「それは違う」と否定したり、嘲笑したりする。「そんなのは陰謀論だ」などと辛らつな言葉を浴びせることすらある。しかし、その新説に否定しがたい説得力がある場合には、人は賛同することもできず、沈黙してしまいがちなのだ。

 なぜなら、初めて聞く新説に賛同する見解を表明し、「最初の1人」になるのは、世の中の多くの人にとって勇気がいることだからだ。それが世間の誰もが知っているほどに有名な事柄に関する新説ならばなおさらだ。こうして否定しがたい説得力がある新説は、誰からも賛同されず、否定もされない「批評不能状態」に陥るわけである。

 話を『もう一つの重罪』に戻すと、この本に収録された手記で、久保田が告白していることの核心は次のようなことだ。

「私は警察に逮捕されてからしばらく、被害者の猪野詩織さんを殺害したのは、小松武史に依頼されたからだと供述してきました。そのために小松武史はこの事件の首謀者とされ、無期懲役の判決を受けました。しかし、私の供述は嘘でした。本当は小松武史から猪野詩織さんの殺害を依頼された事実などなかったのです」(要旨)

 これは要するに、この事件の首謀者とされ、無期懲役の判決を受けた小松武史という男が実は「冤罪」だったという告白だ。実際、小松武史は裁判で有罪とされ、現在も千葉刑務所で服役しているものの、当初から一貫して「冤罪」を訴えており、現在も再審を求めている。

 しかし、桶川ストーカー殺人事件は和歌山カレー事件同様に大変有名な事件であるにもかかわらず、「首謀者」の小松武史が実は冤罪であるとか、そういう疑いがあるとかということは、テレビ、新聞などの主要なメディアでまったく報じられてこなかった。つまり、『もう一つの重罪』が久保田の手記に基づき、示している「事件の真相」は、世間の誰もが知っているほどに大変有名な事件に関する新説だということになる。

 そして、我が田に水を引くような言い方になってしまい恐縮だが、この本に収録された久保田の手記は、否定しがたい説得力のある内容だ。そのため、読んだ人たちは否定的な意見を述べられない一方で、賛同する意見を表明して「最初の1人」となることもできない。こうしてAmazonで裁判関連部門1位という売れ行きのわりにカスタマーレビューが一切つかない「批評不能な本」になってしまったわけである。

ストーカー化していた弟ではなく、兄が首謀者というのがそもそも不自然

 さて、私がいま、自分が発行した本のことを「否定しがたい説得力がある内容」と言ったことに対し、この本を読んでいない人はピンとこなかったかもしれない。そういう人には「この本を読んで頂けば、わかると思います」と言いたいところだが、そうもいかないだろう。

 そこで1つだけ、指摘しておきたい。この事件の経緯を振り返ると、小松武史が冤罪であるとか、そういう疑いがあるとかいう話は、決して突拍子もない話ではなく、これまで広まらなかったほうがむしろ不思議なくらいなのである。

 この事件が起きた時のことを憶えている世代の中には、当時のことを思い出してもらいたい。

 1999年10月26日、JR桶川駅前で被害者の女子大生・猪野詩織さんが何者かに刺殺された時、当初からメディアでは、詩織さんが事件前、ストーカー化していた元交際相手の男から凄絶な嫌がらせに遭っていたこととの関係が取り沙汰された。その男とは、東京・池袋などで風俗店を経営していた小松和人という人物だ。

 果たして約2カ月後、警察に逮捕された実行犯の久保田祥史は、和人が営む風俗店で店長を務める男だった。こうなると、和人の意向をうけ、久保田が詩織さんを殺害したと考えるのが自然だ。実際、当時、久保田の潜伏先を逮捕前に突き止めていた写真週刊誌FOCUSが小松和人の存在を報じたのをうけ、誰もがこの男こそが事件の首謀者だと思ったものだった。

 ところが、警察の捜査はそうはならなかった。久保田に詩織さんの殺害を依頼した容疑で警察に逮捕されたのは、小松和人ではなく、その兄の小松武史だったのだ。

 武史は消防士をしながら、和人が営む風俗店の経営にも関与していたので、久保田にものを頼める立場だった。しかし、詩織さんに対してストーカー化していた和人ならともかく、詩織さんとは何の関係もない兄の武史が久保田に詩織さんの殺害を依頼するというのは、普通に考えたら不自然だ。

 一方、小松和人は警察の捜査が自分に及ぶ前に自ら死を選び、結局、和人が自分の口で事件の真相を語る機会は永遠に訪れないことになった。こうして捜査は終結したのだが、この結末に了解できないという意見を述べる人は当時から少なくなかった。

 こうしてみると、「武史が首謀者とされたのは、私がそのような嘘の供述をしたからだ。本当は武史に被害者の殺害など依頼されていない」という久保田の告白は、当時多くの人が感じた捜査の不可解さを氷解させる内容だ。久保田によると、詩織さんを殺害したのは、やはり本当は和人の意向を受けてのことだったという。それでいながら武史を首謀者に仕立て上げたのは、事件前から武史に悪感情を抱いていたこなどが理由なのだという。

 そのあたりのことは、『もう一つの重罪』に収められた手記で詳述されている。いずれにしても、「被害者に対してストーカー化していた弟ではなく、兄が事件の首謀者だった」という(裁判でも事実と認められた)警察の筋書きより、久保田の告白内容は多くの人にとって了解しやすいはずだ。

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実は2002年にも久保田は法廷で同様の告白をしていた

 そして実を言うと、久保田がこのような告白をするのは今回が初めてではない。久保田は2002年2月12日、小松武史の裁判に証人出廷し、当初の供述は嘘だったと打ち明け、「本当は武史から被害者殺害の依頼は受けていない」と証言しているのだ。

 このことは、当時の新聞でも報じられている。しかし、記事が埼玉地方面のみの掲載にとどまったり、社会面に出ても以下の記事(毎日新聞東京本社版2002年2月13日朝刊31面)のように小さい扱いだったりしたため、世間の人にほとんど知られずじまいになったのだ。

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 どんな事件でもそうだが、メディアは事件発生当初や被疑者が逮捕された当初は大々的な報道を展開するのに、事件のその後はあまり報道せず、放置してしまうことが多い。そのため、世間の誰もが知っているような大事件について、裁判などで重大な新事実が明らかになっても、ほとんど知られないままになるのはよくあることだ。桶川ストーカー殺人事件もそういうことになっていたわけだ。
 
 小松武史は、詩織さんの殺害については一貫して関与を否定しているが、事件前に和人が詩織さんに行っていた嫌がらせには関与しており(ただし、関与の程度などには争いがある)、完全に真っ白な人間ではない。したがって、冤罪だとしても、同情する人は少ないだろう。それはそれで構わないと私は思う。私がこの本を発行した目的は、小松武史に対する同情を広めることではなく、この事件の真相を広めることだからだ。

 この本に収められた久保田の手記は、平成の大事件の加害者側の内実に光を当てており、事件史の資料として非常に貴重なものだ。読んでくださった人は、否定的意見でも構わないので、公の場でどんどん論評し、久保田の手記の存在を世に広めて頂きたい。

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ノンフィクションのライターです。主に事件関係の取材、執筆をしています。2020年8月、一人出版社リミアンドテッドを創業しました。主な作品に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)、『マンガ「獄中面会物語」』(同)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』(鹿砦社)など。