霜が降りる瞬間

12月に入り、本格的に冬がやって来た。
信州の寒山は明け方になると気温が氷点下になって「霜」が降りる。
霜は大概目覚める前に降りてしまうので、朝外に出て土に霜柱ができたとか、車のガラスが凍りついたとかで霜の寒さを感じる。

ただ、僕は霜が降りる瞬間を目にあたりにした事がある。それは想像を遥かに超えた美しさだっだ。

それは1月中旬の冬のど真ん中の寒い寒い真夜中だった。その日は店の仕事が長引いて帰りが24時を回ってしまった。店から出ると身震いするほど冷えた空気が素肌を刺す。僕は店の戸締りをして白い息を吐きながら車に向かおうとしたその時だった。オレンジの街灯に照らされた白い霧のカーテンのような物が近づいてきたのだ。そのカーテンがあっという間に全身を包み込む、霧だと思っていた白いカーテンはその細かな一粒一粒がキラキラと結晶体となってゆっくり流れてゆく。

粛々とキラキラしながら。。

その刺すような寒さを堪えながら、僕はあたり一面に広がった風景に見惚れた。

車の窓ガラスに降り注いだ霜はじんわりとガラスを濡らした後、次々と空中を流れる結晶を吸収し白く凍り付いて行った。ものの数分の出来事だった。周りの草木も同じように、一瞬濡れた後、次々と結晶が降り注ぎ、瞬く間に白銀の世界を作り出した。

ガリガリに凍ったガラス面にワイパーは無意味に空回りするので、結局冷え切った車内を暖めてガラスの氷を溶かす事になる。溶けるまで10分程度、帰宅が更に遅れた。でも霜の一仕事を見る価値はあった。

僕はそんな信州に住んでいる。

1月下旬〜12月上旬、霜が降りると、いよいよ野沢菜の収穫が始まる。霜を受け凍りついた野沢菜は繊維が柔らかくなり、お昼間に日差しを浴びるとまた青々と茂る。そのタイミングを見計らい収穫して、各家庭各々で各々の好みに野沢菜漬を漬ける。

今年は我が家も野沢菜を植えた。植えたのは長男だが、初収穫を終えて、「お前の野沢菜収穫したよ」と声をかけたら、「野沢菜??」と植えたことなどもう一つも覚えていない様子だ。とまあ中一男子とはこんなもんだが、兎角我が家には今日から野沢菜漬が食卓に並ぶ。

我ながら豊かな食生活だと思う。

今日も感謝。

一度土から離した野菜たちは凍ると、細胞が壊れてくちゃくちゃになるが、土から離していない野菜たちは、何度凍りついても日中にはまた青々と茂る。我々動物には遠く及ばない神秘が植物にはある。

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