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映画"ノマドランド"のストーリーを紐解いてみようと思う

この映画は、

モノへの執着がある状態=過去
モノへの執着がない状態=未来(理想)

として対比させながら、

囚われていた過去から徐々に抜け出していく主人公の姿を描いた作品

だと考えました。

はじめに

映画観賞直後、正直自分にはあまり刺さっていませんでした。ただ分からなかったことが悔しかったので、何を描いた映画なのかを考えることにしました。
帰宅してからネットで本作は"モノに執着した今の世の中への問いかけ"だという記事を見つけました。なるほどな〜とは思いましたが、ノマドの人達の生活が幸せそうには描かれていなかったことから少しずれているかなと感じました。

また、
①原作がノンフィクションであること
②実在のノマドの方達を起用していること
の2点を踏まえると、メインメッセージがある作品というより、むしろ今を伝えるドキュメンタリーに近い作品ではないかと思いました。

ではドキュメンタリーに近い作品だとして何を描いたのか。そこで再度映画を振り返ってみて、特有の対比構造の中で過去から脱却する主人公を描いた作品だと考えたわけです。多少強引な部分もあるかもしれませんが、下記でそう考えた経緯を映画のストーリーとともに説明していこうと思います。
(下記、ネタバレを含みます)

町を出発

企業の経営破綻により住処を失った主人公ファーンは、家の荷物を倉庫に預け、キャンピングカーでの暮らしを始めます。出発前、荷物を倉庫に保管するシーンがあるのですが、ここにファーンの過去(モノ)への未練が垣間見えました。

その後、スーパーで昔の知人に出会ったファーンは自分は「ホームレスではなくハウスレス」だと伝えます。個人的には最も印象的でハッとされたセリフでした。ここでは、過去(ハウス)理想(ホーム)は全くの別物であることを明示しているように感じました。

キャンプ場にて

車上生活を続ける中でキャンプ場に長居し始めたファーン。ある日荷物整理をしていると、ノマドのおじさんが手伝ってくれることに。あろうことかおじさんノマドは誤ってファーンのお皿を割ってしまいます。親からもらった大事なお皿であったためファーンは激怒しますが、モノヘ執着のないであろうおじさんノマドには事の重大さが理解できぬ様子でした。過去のモノを大事にしているファーンとそうでないおじさんノマドとで、とても印象的な対比となっています。さらにその夜、ファーンは接着剤でお皿を修復しています。以上よりこのキャンプ時点でもまだ過去(モノ)への未練が捨てきれていない様子が見て取れます。

姉の家にて

場面は変わり、キャンプカーが壊れたことで姉の家にお金の工面をしてもらいに行ったファーン。そこで出会った不動産で儲けているという人物に対してファーンは、あなたは詐欺まがいのことをしてお金を儲けていると強く指摘します。
この強い指摘はファーンが自分のモノに執着しない生き方(理想=未来)に自信がない裏返しだと思います。自信がないからこそモノやお金に執着している他人に対して攻撃的になっているんだと感じました。

町に帰る

1年の車上生活の後、ノマドの集会に参加したファーン。そこで集会の長に、車上生活を始めた経緯や自分が過去に囚われていたことを語ります。ここがファーンが自分のことを長く語った初めてのシーンだった気がします。やっと過去と未来に対する気持ちの整理がつき始めたんだと思います。
そしてファーンは元々暮らしていた町に向かいます。

町では出発の際に倉庫に保管していた物を処分し、暮らしていた家へと足を踏み入れます。ファーンは家に入ったもののほとんど何もせず裏口を抜けてしまいます。そして、以前好きだと語っていた庭からの景色とは違う方向へ歩いていきます。このシーンもとても象徴的なシーンでした。
住んでいた家を抜け、以前好きだった景色とは違う方へ向かう。ここでファーンは初めて囚われていた過去と決別し、それまでとは違う未来へ人生を進めいていくことができるようになったんだと思います。

おわりに

以上のことから、本作はファーンの内面の変化をドキュメンタリーに近い形で描いた作品だったと考えました。

また上で書いた以外にも、結婚指輪が取れないままにしていることも過去(モノ)に囚われていることの暗示じゃないかなと思います。

特に描写がなかったのでその後、主人公がどういう人生を送っていくのかも気になります。余計なお世話かもしれませんが、どんな形であってもファーンが幸せに暮らしているといいなと思います。

御参考になれば幸いです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

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