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仏教学習note

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仏教について何にも知らない僕が色々あって仏教を独学で学習することにしました。 主な教材は佐々木閑先生のYouTubeチャンネル「仏教哲学の世界観」シリーズとなります。
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2024年5月の記事一覧

【042】ブッダの生涯-【18】(仏教哲学の世界観第2シリーズ)

4つの聖なる真理「四諦」 中道といっても三つの中道があり、初転法輪で説かれた中道は修行の姿勢について、厳しすぎず・緩すぎずといった考え方でした。 中道は初転法輪以外で説かれたものもあり、その一つが常見と断見から離れるというものでした。 これは「私」という存在が不滅と考えるのかどうかというもので、輪廻の考え方にも密接に関わります。 仏教ではそのどちらでもない中間の立場を取れと説かれています。 前回はその解説をもとに仏教における「輪廻」の捉え方についての解説でした。 今回から

【041】ブッダの生涯-【17】(仏教哲学の世界観第2シリーズ)

輪廻の話 前回は初転法輪における「中道」と、それ以外にも存在する二つの中道が解説されました。 一つは「常見と断見を離れる」中道、 それぞれ魂のような主体が死後も続くか続かないかという常見や断見の考え方の中間を取る考え方でした。 もう一つは「言語表現による規定を離れる」中道でした。 こちらは大乗仏教によって発展した考え方ですが、正しく世界を見れない原因として言葉による定義が現実世界との齟齬が発生するとして、言葉による理解に中間の姿勢を取るというものでした。 今回は常見と断見

【040】ブッダの生涯-【16】(仏教哲学の世界観第2シリーズ)

中道とはなにか お釈迦さまが到着した「鹿野苑」では5人の比丘たちと再会しました。 かつてはお釈迦さまと共同生活を行いながら苦行をしていた彼らは、苦行の無意味さに気づいて去っていったお釈迦さまを修行から逃げた落伍者として認識していました。 しかし、いざ現れたお釈迦さまの姿を見た彼らは思わず旅人をもてなす礼を尽くした挨拶をしてしまうのでした。 そしてお釈迦さまは自らを彼らの先生であると主張し、修行の本質を伝えるとして彼らに説法を始めます。 今回はこの、初めての説法である「初転法