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第11回 前にした約束の当日になるとどうしようもなくキャンセルしたくなる蛙

ゴネゴネ、アイドルだの偶像信仰だの考えててる副産物でこんなもん取れましたよ、と。

ボーダーの皆さん!
あるあるでしょ?
正直に白状せいよ?
「ちょっと前にノリノリで約束したのに当日すっげーキャンセルした過ぎて体調悪くなったとか言い訳考えてたら本当に体調というかメンタルやられた、いやもうこのまま関係ごとリセットしちまおう、それがいい、もう知らん」

アポイントって心を蹴る格闘技なんだぁー ってなんでやねん

これね
「なんでだろー」って思ってない?
ひいてはボーダーの「気分変調の激しく激しい」ことのヒントにもなり得ると思うんだよ。

「気分変調激しいという症状だから」
そこで思考停止したらいかん。
何度も言うけどボーダーは受け身ではほぼ治らん。
人につけられた看板を後生大事に首にかけてるだけでは一生そこから抜け出せん。
あれ、なんか今日厳しめ。
この投稿書くのもうメンドくなってきたからかな(何

さてさて
じゃあ仮に「ノリノリなのに当日キャンセル症」
と名付けよう。
略してノリキャン症だ。
乗りツッコミみたいなニュアンスも込めて。

こいつがなぜ起こるか考えた。

まず俺お得意の「ドーパミン分泌調整失敗説」だ。
違うとこでも書いたが脳の「気持ちいい」や「動機」を司る神経伝達物質ドーパミンは何かを企図しそれの成功する可能性が高いと感じた瞬間通常ではない量が分泌される。
「うっひゃーそれ超おもしろそー!」って感じると気持ちいいでしょ?

しかし企図されたその出来事は当日までに「鮮度」を失ってしまう。
お猿だった頃からあまり進化してない俺らの脳は今すぐ報酬を得られなければ興味を失ってしまいドーパミンを分泌しづらくなる。
なぜならいつまでも手に入らない果実を待っていたら餓死してしまうし、いつまでも持っていたら腐ったものを食べるハメになるし、多くは言わんが繁殖のチャンスを失ってしまう。
そしてそれはホメオシタスという身体を恒常的に保つ人間の最も重要な機能によって「苦痛」へと変換されてしまう。
あまつさえ。
場合によっては「キャンセルを企図」する事によってドーパミンが分泌されてしまう可能性すらある。
身に覚えあるっしょ。
「モヤモヤしてたのにキャンセルしたら超きもちーーーー!」
性格のせいじゃないからね?
あなた性格は悪くないからね?
俺もね。
多分だけどね。

少し気が楽になったかい?
ノリキャン症はヒトが生きるために身につけた大事な適応の一つなんだ。

次に行こう。
「イベントの再評価」だ。
約束したイベントにかかるコスト(移動時間やお金、お化粧や身支度の時間)にイベントが釣り合うかどうか。
ノリノリで約束している時は「あんまり考えないで答えを出そうとする思考」である「システム1」が判断を下す。
一方イベント当日までそれらの評価を行うのは「じっくり過たないように考え論を積み上げる」のが主機能の「システム2」だ。
まずこの「システム1=速い思考」「システム2=遅い思考」の相反でノリキャン症は発動する。
システム1と2とかに興味持ったらダニエル・カーネマンの本読もうね。
めっさおもろいよ?

「イベントの再評価」は他の観点からも行われる。
ADHDって報酬系の調整不全から先天的にも起こる、そして発達障害は一つの特性だけではなく複合的であることが殆どだ。
つまり。
発達特性を強く持っていると俺のようにドーパミンの蛇口がぶっ壊れていて「期待しすぎてずっとヒャッハーしてたのに当日ドーパミンが欠乏して鬱鬱しますもう人間やめます」状態になりイベントの評価は日を追うにつれダダ下がりになっていく。
むしろドーパミン欠乏を補うために新しい思い付きを無意識にしてしまいそれもイベントの評価や優先順位を下げてしまう。
約束の前の日の飲み会は妙に楽しい(ダメな子)

「予期不安」という精神医学や臨床心理学の概念でもノリキャン症は説明出来る。
社会不安障害や俺のような全般性不安障害に起こるやつね。
イベント自体が当日になると状況が変化するかも知れない、せっかく期待していた何かが台無しになってしまうかも知れない、楽しめないかも知れないというプレッシャーになってしまう。
もちろん過去の逆境体験に抵触する場合も予期不安が起こるのは当然だ。
トラウマ者たちよ、仕方ないんだよ。

二者間というコミュニティの中の出来事なので社会学的にも説明出来るだろう。
「約束は守られるべき」という期待もあるし、社会的なポジションを保つために約束は守られねばならない。
しかし一方で人はフリーライダーになりたがる。群れのために行動したがるが、もう一方で群れよりも自分が優れ、楽に生きるために群れの規範に反したくなる。
つまり約束は破りたくなる。
そのような点からもノリキャン症は説明出来るだろう。
もちろん文化的背景の齟齬もある。
「オキナワ時間」とか「行けたら行くわー」とかね。
あんまり言うとディスりになるから言わん。
察して?

俺も含めてみかんが育つ国の人って約束にユルい気がするんだよな 笑

あとまあ哲学的というか倫理的な問題もあんだけどさ。
「そもそも人の真の自由な選択とはなんだ!」とか。
控えめに言ってそういう奴と約束なんかしねーから。
あ、でもそれ俺だわ。
俺、俺との約束嫌になるわ。
セルフノリキャン症。

行動経済学の観点からも簡単に説明しとこう。
報酬系の影響でもあるんだけどね。
「朝三暮四」という中国の古事成語を聞いたことない?
あれよ。
未来にもらえる木の実4つよりもいますぐ貰える木の実がいくつかの方にエテ公たちの興味が向いてしまう。
これを「現在の過大評価」ってんだけどね。
人は今楽しい事(約束している時)を過大評価し、未来の約束をしたがための面倒くささを過小評価する。

ん?
あ。

ポリヴェーガル理論でも説明出来るわ。
まず約束をする時点で「社会的エンゲージメント」状態になる。
まあ「お互い安全で楽しいよー」と鳴き声を伝え合うわけだ。

で、そこから予期不安、プレッシャー、約束を達成しなければならないという緊張等々で「交感神経優位状態」になる。
で、この交感神経優位状態は逃走か戦闘を選ぶ。
つまり少しでも面倒になると「逃走」したくなるもんなんだよ。
または約束に心の中だけで妄想的に逆ギレ。
ハイ、これも俺の事です。
戦闘行動だったのか 笑

で、やっぱ行かなきゃ、行きたくないバックれようとか迷ってるうちに「逃げられん」と自律神経が判断して背側迷走神経のフリーズモード「私は貝になりたい」モードに自動的に移行してしまう。
約束すると6割は貝になりたい。
キャンプですらそう。
「寛解しても俺だってそうだよー」と共感のために書いてんのにだんだん自分が嫌になってきたぞ、くそう。

あとさ、初期的な発達なんかもノリキャン症を補強してる場合もあると思うんだよな。
例えば小さい頃「やっぱやーめた!」って泣き叫んだら周りの大人がチヤホヤしてくれた、とか。
で、おもちゃとかお菓子買ってもらえたら報酬の補強が行われるちまうと。
あ、これも俺ね。
なんかもう生まれてすみません。

ノリキャン症って実はこんなに深い根っこがあるんだよ、だから簡単には治らないし気分変調も含め異常でもないんだよ、とボーダーに説明したかったんよ。

ただね、山奥で仙人になるんでもなかったらやっぱあかんもんはあかんのよ。
フォーマルな場面なんかでは明確にペナルティが課される場合も多いし。
ただまあなぜかノリで約束しちゃうんだよねーいい顔したいしねー見捨てられたくないしねー

なのでボーダーの諸君
ノリキャンしないようにとりあえず神経的な部分からアプローチしよう、約束の日まではいつもよりよく寝る、仕事とかゲームや趣味で無理しない、新しいハマる事は約束の後までとっとく、約束の当事者以外に「やっぱ行きたくねーーーー」って愚痴って「いやいや行けよ」と励ましてもらう。

これやっとけば軽減出来るはずだ。
あとあれな。
「行きたくない」レベルが高いほど忘れ物は多くなる。
なので前日に忘れ物チェックしよう。
で、この行動でドーパミン出てまた行きたくなるから。
逆に当日にやっちゃダメよ?
それ自体がストレスになり脳が「苦痛」だと認識しちゃうから。
で、いつもの時間に起きてゆっくり移動出来るように約束する。
ノリノリの時ってたくさん楽しみたいから早い時間で約束しようとするじゃん?
これが既に罠なんよ。

なるべく前日までのストレスを少なくしよう。
あとね「条件付け」もけっこう有効。
約束の日は缶コーヒーを飲む、とか
約束の日に聞く音楽のミックスリストとか。
俺の場合ミックスリストに「スーパーロボット魂」ってつけて必ず聴くようにしてる。
恥ずかしいから誰にも言うなよ?

そういやさ、昨今「蛙化」が流行ってるよね。
これもさ、一種のノリキャン症だと思わん?
自己肯定感みたいなとこで説明されがちだけど報酬系とか今回書いたような事も要因としてあると思うんだよね。

なんでみんなしたり顔で「自分に自信がないからだよ」って言うんだろ。
ノリキャン症も蛙化も根っこが深い問題なのにねぇ。

ちなみに「理想化とこきおろし」のヒントにもなるんだけど気づいた?

ボーダーだからって理由で思考停止しない。
可能な限り突き詰める。
これも立派な治療になるのでもし気が向いたらやってみて欲しい。

飽きちゃったら「やっぱやーめた!」でいいんだからさ。

差分1
俺なんで愛着理論を入れなかった。
不安型の愛着スタイル、回避型の愛着スタイルも影響を与え得るし、両価型愛着なんてノリキャン症と構造が似てるし、混乱型(不安回避型)愛着もまたノリキャン症を起こしやすいだろう。
そしてこれは蛙化現象でも言える事だ。
つまりこれらは愛着障害としての側面も持っており「ためし行為の一種である」とも論を進められそうだ。

また蛙化現象だけに限って言えば、アセクシャルという問題も絡んでくるだろう。
恋愛において避けられない性的交渉の段階になってそれを行おうとする相手に対して脱理想化するなんてのもありそうだし。

今のところ蛙化現象は言葉ばかり先行して、間違った概念で認識されている面もあるし、まだまだその原因については掘り下げられていない。

そのような心理傾向のある方々の一助になりますように。
今日話した事が複合的かつ多層的になって「ノリキャン症」や「蛙化現象」は起きている。
この投稿を読まれた読者におかれましては「マナーに反する」「不道徳である」と脊髄で反射しないでその背景への理解をした上で約束をした当事者同士がより良い関係になれるよう議論する事を切に願う。

まあでもあかんもんはあかん。
やらかしてしまう人は仕方ないとは思うし否定的には見ないけど、責任はちゃんと取ろうね。

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