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大雪山で起きた唯一のヒグマ食害事件|北海道|昭和24年

本記事は書籍『日本クマ事件簿 〜臆病で賢い山の主は、なぜ人を襲ったのか〜』(2022年・三才ブックス刊)の内容をエピソードごとにお読みいただけるように編集したものです。


はじめに

本稿では、明治から令和にいたるまで、クマによって起こされた死亡事故のうち、新聞など当時の文献によって一定の記録が残っている事件を取り上げている。

内容が内容ゆえに、文中には目を背けたくなるような凄惨な描写もある。それらは全て、事実をなるべく、ありのままに伝えるよう努めたためだ。そのことが読者にとって、クマに対する正しい知識を得ることにつながることを期待する。万一、山でクマに遭遇した際にも、冷静に対処するための一助となることを企図している。

本稿で触れる熊害ゆうがい事件は実際に起こったものばかりだが、お亡くなりになった方々に配慮し、文中では実名とは無関係のアルファベット表記とさせて頂いた。御本人、およびご遺族の方々には、謹んでお悔やみを申し上げたい。

事件データ

参考:『ヒグマ大全』(門崎允昭著/2020[令和3]年)
  • 事件発生年:1949(昭和24)年7月30日

  • 現場:北海道東川町/大雪山旭岳

  • 死者数:1人

山頂を目指すもUターン
下山途中で起きた食害事件

大雪山たいせつざん」とは特定の山を指すわけではなく、標高2,000m級の山々が20以上連なる巨大な山塊のことを意味する。北海道中央部に位置し、「北海道の屋根」とも形容される火山群の総称だ。

古くからアイヌの人々は「カムイミンタラ」(=神々の遊ぶ庭)と呼び、崇敬と畏敬の対象として神聖視されてきた場所でもある。

中でも最も若い火山で、今なお複数の噴気孔から空高く水蒸気を噴き上げる「旭岳あさひだけ」は、大雪山の主峰であり北海道の最高峰。標高は2,291mだが、緯度が高いことから、本州の3,000m級の山に匹敵するほど山岳環境は厳しい。

その高さや環境から、全国の登山愛好者たちが一度は登りたいと憧れる山の一つだろう。

標高約1,600mの5合目まではロープウェイが通っているため、ルートを選べば、初心者やファミリーでも挑戦しやすいところも魅力だ。

暗闇の登山路で鉢合わせ
唸り声を上げるクマに襲われる

1949(昭和24)年7月30日、北海道秩父別町ちっぷべつちょうから来た男性9人のパーティーは、愛山渓温泉で昼食をとっていた。

同地はアカエゾマツの原生林に囲まれた秘湯として知られている。旭岳をはじめ、大雪山に属する黒岳くろだけ北鎮岳ほくちんだけなどへの登山の拠点として活用されることが多い。

彼らが選んだルートは、愛山渓温泉から標高1,400m付近の沼ノ平と、中腹の裾合平すそあいだいらを経て旭岳山頂を目指すというもの。登山の経験があったかどうかはわからないが、全員が軽装で、往復約26kmを日帰りする予定だった。

午後1時頃に出発したものの予想外に難航し、標高1,600m付近の「姿見の池」に到着した時はすでに夕方を回っていた。ここから山頂までは歩きやすい一本道が続くが、辺りは薄暗いこともあり、4人は疲労のため引き返すことになる。

クマが襲ったのは、この引き返した4人のパーティーだ。

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