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キョンから考える、人が自らもたらした外来シカ問題

本稿は『けもの道 2017秋号』(2017年刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。

官民を挙げて様々なニホンジカ対策を講じている一方で、人が招いた新たな鹿問題がある。

千葉県房総半島で野生化した外来鹿キョン。それは人の手で国内に持ち込まれ、その生息数は今や5万頭に迫る勢いで繁殖を続けている。


小さな鹿・キョンとは?

キョンは中国南東部および台湾に自然分布しているシカ科の草食動物で、日本国内では千葉県のほか東京都伊豆大島でも野生化している。

房総半島のキョンの成獣の体重は9~10kgほどであり、同じ地域のニホンジカの成獣の平均体重(雄60kg、雌40kg)と比べると著しく小さく、見た目は鹿というより小型犬ぐらいの大きさだ。

顔を見ると、やはり「鹿」であること が分かる。ニホンジカとは違い、短い 角と上顎から出る犬歯が特徴。(写真はキョンの剥製)

ニホンジカと比較すると、常緑広葉や堅果など、より良質の食物を選択的に採食していることが知られており、雌は早ければ生後半年前後で妊娠し、一度の出産で1匹の子を産む。妊娠期間は約210日とされ、年増加率は36%と推定されている。

外来鹿がなぜ日本に?

千葉県における移入源は、勝浦市にあった動植物園を中心としたレジャー施設「行川なめがわアイランド」と考えられている。同園は2001年9月1日に閉園しているが、千葉県内で唯一キョンの飼育歴があり、最も早い時期の生息情報が同園施設に隣接する地域であることから、キョンが同園から逃げ出すなどしたものが房総半島で野生化したと推定されている。

現在も残る行川アイランドへと通じるトンネル。入口は閉じられ、中に入ることは出来ない(平成29年6月撮影)

過去には同園の周辺ではキョンのみならずフラミンゴやクジャクまでもが目撃されたという話もあり、同園の施設管理のレベルが疑われるが、やはりそれらは日本の風土には合わなかったのか現在は姿を消し、ニホンジカと同じシカ科であるキョンは定住に成功した。

行川アイランドは1964年に開園され、キョンの移入も同時期と推定されるが、野生化し始めた時期は定かではない。ただし、千葉県内では1983年ごろから緊急捕獲や、ニホンジカの有害捕獲時の錯誤捕獲された個体が確認されていることから、少なくとも1980年代にはすでに野生化を始めていたと考えられる。

それからすでに30年以上が経ち、その月日はキョンを新たな脅威とするのに十分過ぎる期間となった。

編集部スタッフが行川アイランド跡地の撮影に向かう途中、案内をしていただいた現地協力者の方が、草むらに隠れるキョンを発見(円内にキョンがいます)。慌ててカメラを向けて撮影
拡大すると小さな茶色い動物が写っていることが分かる。肉眼ではキョンであることを確認し、接近を試みたが50mほどまで近づいたところで山の中へ姿を消してしまった

暴走するキョン 千葉県の現状

千葉県でのキョンの野生化は、かつての行川アイランドの所在地がある勝浦市から始まったと考えられているが、現在では鴨川市、勝浦市、市原市、君津市、富津市、いすみ市、大多喜町、御宿町および鋸南町の9市町に分布しており、現在もその分布域を拡大中だという。

平成22年に撮影された千葉県で野生化したキョン。ニホンジカと比べると、その大きさはシカよりも小型の犬に近い(提供:千葉県生物多様性センター)

キョンによる農作物被害は平成16(2004)年度から報告されている。被害に遭っているのは、野菜類、イネ、ダイズ、イチゴなどだ。

平成27年度の県下での鳥獣別被害金額は、イノシシ210287千円(約2.1億円)、シカ11205千円(約1,100万円)であり、その一方でキョンは944千円(約94万円)だ。

キョンによる被害金額は比較的小さいようにも見える。しかし、鹿などの被害と判断されキョンの被害として報告されていない可能性もあり、さらにキョンはニホンジカが忌避するアリドオシを採食することが知られており、農作物への被害のほか自然植生への影響も危惧されている。

行政側も対策として捕獲活動を行っており、その数は年々増える一方だ。千葉県における鳥獣保護法に基づく有害獣捕獲は平成12(2000)年度から始まり、平成19(2007)年度の捕獲数は337頭、その4年後の平成23(2011)年度には約4倍の1,203頭まで増加した。

鹿・猪の有害駆除活動中に、ウェアラブルカメラで撮影されたキョン。猟犬が鳴き込んでいた藪の中でじっと身を潜めている。成獣で比べれば鹿・猪とは遥かに小さい個体であり、銃猟で仕留めるのは至難の業か(千葉県内在住の読者提供)

さらに推定生息数は捕獲数の伸びを遥かに上回る。千葉県でのキョンの推定生息数は、平成14(2002)年度末で1,000頭(中間値)だったものが、平成23年度末では11,023頭、そして平成27年度末には49,500頭という、間も無く5万頭に届く驚異的な数を示すに至っている。

本来は外来種として排除すべきキョンであるが、27年度の捕獲数は2,187頭と、確実に捕獲数も増やしているがその繁殖力には到底追いつけていないのが現状だ。

トレイルカメラで撮影されたキョン(平成27年撮影。提供:千葉県生物多様性センター)
現地駆除隊員も「珍しい」という銃で仕留められたキョン。警戒心も高く、なかなか箱わなにも入らないため、捕獲のメインはもっぱら括りわなに頼っているという(千葉県内の読者提供。平成28年撮影)

キョンだけではない 〜 シカ問題はどこへ行く?

キョンは平成17(2005)年6月に施行された「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」によって「特定外来生物」に指定され、現在はその飼育、保管、輸入などは原則禁止、野外に放つ行為は一律禁止となっている。

しかし現在の推定生息数と捕獲数の対比を見れば、対応は遅きに失したというほかはない。

過去、日本国内に輸入され、野生化したアライグマやヌートリアと同じく、何とか捕獲数の底上げを図るべく狩猟鳥獣にも指定される近い未来も予想される。

そして「外来シカ問題」はキョンだけではない。

昨年は大阪府岬町で捕獲されたシカが、ニホンジカとタイワンジカ(特定外来生物)との交雑種であることが確認されている。交雑の経緯についてはまだ調査中とのことだが、捕獲場所からほど近い和歌山県の友ヶ島では、過去に観光資源としてタイワンジカが持ち込まれ、現在も島内で野生化している。

「島」という限定された空間での生息であるため排除という措置が取られていないが、地元の漁業者の間では海を泳ぐタイワンジカも目撃されており、何らかの方法によって島から本州側に渡り、在来種であるニホンジカと交雑したであろうことは想像に難くなく、対応が急がれる。

増え過ぎた在来種、安易に持ち込み増え出した外来種、在来種の正常な繁栄を脅かす交雑種。シカ問題はどこまで広がっていくのだろうか。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2017秋号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。


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