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猪猟における止め場の対処 〜 鳴き止め編

本稿は『けもの道 2018秋号』(2018年9月刊)に掲載されたものを note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。

狩猟を行なうには狩猟免許の取得、猟具等の取得・所持の許可、狩猟者登録などの手続きが必要なほか、狩猟期間や猟法、狩猟できる区域や鳥獣の制限等があります。狩猟制度に関する情報については「狩猟ポータル」(環境省)等でご確認ください。


はじめに

犬を引いて山に入り始めたころ、大雨の直後には普段見ることができない滝や流れが出現することがあるので、犬たちを連れ目的の山々へ分け入ったものです。

あるとき、上流から濁流とともに子猪が流されて来たことがありました。その光景を目の当たりにしたとき、山を根城とし我々人間より山の生活に適応しているはずの猪でさえもこのような目に遭うことがあるのかと、自然に対しあらためて畏怖や畏敬の念を抱いたことは、その光景とともに今でもはっきりと記憶しています。

今年も様々な自然災害が発生しました。狩猟をされる方々には、自然災害の影響を受けやすい山間部にお住まいの方々が多く、特に西日本豪雨においては我々の大切なパートナーである犬たちにも被害が及んでしまったと伺っています。心からお見舞い申し上げるとともに、これまで同様、狩猟の道を邁進されることを願っております。

文|羽田健志

1)猪猟における「鳴き止め」

鳴き止めとは?

おそらく、犬とともに猟をしたり、これから始めようとする人の多くが目標の一つに掲げるだろう「一銃一狗いちじゅういっく」。

猪猟においてそれを可能にし、結果を持続させてくれるのは「鳴き止め」(「吠え止め」ともいう。本稿では「鳴き止め」と統一表現)が最有力候補だろう。

「鳴き止め」は、その名のとおり、犬が猪の周りで鳴きながらその場に止めておくことをいう。

ただし、どのような条件であってもまったく猪に口をかけず(一瞬たりとも猪に触れず)、完全に鳴きだけで、しかも「猪に止まってもらう」のではなく「猪を止めておく」ことができるかというと、そのような犬を持ち、常に結果を出している人でないと答えは出せない。

幸運にも、私自身は代々単犬で鳴きながら、ほとんど口をかけず猪を止めて獲らせてくれる犬に恵まれているが、その犬たちは、どのような条件でもまったく猪に触れないかというと、そうではない。

「付け込み」という、猪の後ろに回ったり、猪が後ろを向いたりした隙に、一瞬猪に触れ(牙を当て)、また瞬時に間合いをはかる動作を繰り返すことがある。ボクシングでいうヒットアンドアウェイといったところか。

深く咬み込むことはない。相手が子猪でも、ほぼ同じように立ち回る。そしてほとんど受傷することもない。しかしそれが「絶対」だとはいえない。

犬に絶対はない。本当に鳴き止めができる犬は、同じ鳴き止めができる犬を2~3頭パックで使用しても無理に咬み込むことはなく、受傷する確率もそう上がるものではないが、咬み止めに使用する犬(咬みに行く傾向が強い犬)とパックで使うと、受傷することもある。

私の周りには、鳴きのみで安定した成果をあげている素晴らしい犬を持つ素晴らしい猟師もいるが(それが誰でどのような犬かという問い合わせはご遠慮願います)、そのような犬と、その猟能を引き出し使いこなせる技量を持った猟師は稀であると思われるので、前提として、今回記述する鳴き止めについては、鳴き主体で、条件によっては猪に一瞬触れるような止め方でほとんど受傷しない犬や、猪を止めているだけではなくて、止まっている状態の猪に向かって鳴いている犬も含むことをご了承いただきたい。

また、記載内容は、あくまでも自身の経験に基づくものと主観からなるものである。狩猟には様々なパターンがあり、まったく同じことの繰り返しではないので、皆様自身でも経験を積み、成果を導き出す方法を構築していただきたい。

鳴き止めの猟趣

それぞれにおいて後に具体的に述べるが、鳴き止めによる猟は他の猟法と比較してメリットが多く、猟趣も深い猟法である。しかし結果を出すためには、他の猟法に比べ、犬よりも人によるところが非常に大きな割合を占める猟法でもある。

酷な表現をすれば、できる人は簡単に結果を出すが(そうはいってもそこには様々な要因の積み重ねがあるのだが)、できない人はいつまで経ってもなかなか結果を出せない猟法でもある。

対極にあるとも言える「咬み止め」と比較すると、もちろん人にもよるが、犬が猪を起こしたあとに結果を出せる確率は劣る。それには人間側に起因する要素が多分に含まれていることが一因と考えられる。

この猟法で犬が猪を起こす10回に1回獲れるか獲れないかでは、「それはたまたま獲れただけ」と言われかねないし、少なくとも私の周りには成果をあげていると認めてくれる人はいない。

「狩猟」と単なる「捕獲」は異なり、捕獲は結果が全てといってもよいが狩猟はそうではないので、狩猟においては10回に1回でも本人が満足であればそれでよいのかも知れない。

しかし紙一重のところで命を懸けて猪と対峙している犬がいることを思えば、もう少し結果を出したいところでもあるし、人間側次第で結果を出す確率を高めることができるのもこの猟法であるので、やるからにはあらゆる努力を積み重ね上を目指したいものである。

では、なぜ咬み止めなどと比べ確率が劣り、人による要因で結果が左右されやすいのか。

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