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狩猟犬の咬傷事故を防ぐために 〜 実例から見る要因の分析

本稿は『けもの道 2019秋号』(2019年9月刊)に掲載された特集記事『狩猟事故・事件を防ぐ』を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


著者|中島毅
中島猪犬訓練所所長。20 歳で狩猟免許を取得して以降、猪猟一筋。1978年に中島猪犬訓練所を設立。現在までに3,000頭以上の猪犬を作出・訓練を続ける。

はじめに

例年、全国で報道される狩猟事故の中でも、猟銃による事故は報告される件数のとおりだろうが、猟犬による咬傷事故は、よほどインパクトの強い内容でなければ報道されないため、軽微なものや、当事者同士の話し合いだけで済んだケースも含めれば、実際の数はかなり多いと思う。

私は猪犬訓練所を始めてから40年、より良き猪犬を作出することだけにこだわり続けてきた。それ以外の要素、たとえば特定の犬種、系統、外見などへのこだわりは一切ない。こだわりが無いだけに欲目もなく、和犬、洋犬問わず猪犬ししいぬとしての能力だけを客観的に判断してきたつもりだ。

現在に至るまで、猟能に秀でた犬と聞けば積極的に導入し、おびただしい数の犬を検証してきている。その中には期待はずれの犬も少なからず存在し、数々の失敗も経験したが、そこで得た膨大な知識は今に繋がる貴重な財産となっている。

私の求める優秀な猪犬の条件とは、もちろん猪を獲らせてくれる犬のことだが、その大前提に安全であることが含まれる。いかに猟能が優れていようが、トラブルが絶えない犬では猟が成立しないからだ。

猟犬を使役する猟師なら加害者になる可能性は誰の身にも起こりうる話で、それは私とて例外ではない。

それでも半世紀近くに及ぶ狩猟歴の中で、和犬、ブルテリア、ドゴ・アルヘンティーノ等の多種多様な犬を使役してきたが、事故を起こした経験は一度もない。

単に幸運だったという自覚はあるし、「今後も絶対に起こさない」と過信しているわけでもないが、無事故で済んできた要因には、猟犬の危機管理に人一倍の注意を払ってきたことも大きいと思っている。

猟犬の咬傷事故は、飼い主の目前で事故が起こることは少なく、現場を目撃するのは被害者のみなので、「咬んだ」という事実以外に、そこに至った具体的な経緯は飼い主すらもわからないことが多い。正確な経緯や原因がわからなければ対策の立てようもないので、事故を起こす以前から私自身が直接知っている猟犬の実例を参考に、その要因を分析してみたい。

咬傷例と考察

咬傷ケース①

ショー系紀州犬の成犬を譲り受けた猟師が試験的に猟に使役したところ、血統的にも環境的にも猪猟と無縁だった家庭犬が、平均的な猟犬を凌駕する優れた猟能を発揮した。出猟の度に猪を獲らせる名犬だったが、猟果に匹敵する数の共猟者に咬みついた。

これは奇跡的でありながら、起こるべくして起こった例と言える。

猟犬種とはいえ実猟から何十世代も離れた血統の、しかも山も猪も知らずに育った成犬をいきなり実猟で試そうという発想そのものが珍しく、さらにその犬が天才的な猟能を発揮するなど誰が想像できようか。飼い主でさえ最初は冗談半分だったと語っている。

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