見出し画像

安全な猟犬を育てるには? 子犬の老人ホーム訪問ボランティア活動

本稿は『けもの道 2019秋号』(2019年9月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


文|遠藤貴壽(兵庫県/グリーンピース動物病院院長 獣医師・猪猟師)

私が銃砲の所持許可を取得し狩猟を始めて25年ほどが経ちました。元々犬が好きで、自分の育てた猟犬と一緒に獲物を追いかけて達成感を得ようということが主な目的で始めた狩猟ですから、それ以来私の手元には常に複数の猟犬がおります。

最初の頃、少しは雉猟や鴨猟もしておりましたが、いつしか猪猟がメインになりまして、ここ20年くらいはほとんどそればかりになっています。

今まで飼育し使って来た猟犬種は多種にわたります。最初に使ったのはエアデールテリアでした。その後ブルテリア・ドゴ雑、紀州犬、ジャーマン・ショートヘアード・ポインター、ドゴ・アルヘンティーノ、スタッフォードシャーブルテリア、イングリッシュ・ブルテリア、アメリカン・ピットブル雑、九州系の地犬、純血プロットハウンドやその雑種、屋久島犬等、次々と試して来ました。現在は、紀州犬と屋久島犬に九州系の地犬とビーグルの5頭が在舎しています。

その他、犬の訓練に関しては。日本警察犬協会に20年くらい関わっております。自分で訓練したエアデールテリアを嘱託警察犬にしたり、ジャパンシュッツフントクラブという犬の訓練団体にアマチュアとして所属し、犬の服従訓練や防衛訓練を教わったりして来ました。犬の訓練については、獣医学的な動物行動理論と併せてそれなりの技術知識は備えているつもりです。

猟犬の社会化とは?

私が猟犬、特に猪猟犬を育成する際に最も気を使うことは、他人や家畜に安全であり、事故を起こさない犬に育てるということです。

そのため、私は生後2ヶ月齢前後で子犬を入手したら、永久歯が生える5ヶ月齢か6ヶ月齢になるまではいろいろな場所に連れて行き、いろいろな人に触ってもらったり、いろいろな犬たちに接してもらったりします。

手元にある資料(マルピー・ライフテック㈱作成の動物病院向けリーフレット「子犬の社会化とは」帝京大学加隅良枝先生監修)には次のように書かれています。

「子犬の場合、特に生後3週齢から12週齢までの時期は、『社会化期』と呼ばれる大切な時期です。この時期に子犬は同種の犬や人間社会との関わり方を学び、環境内の様々な刺激に対して適切な行動を取れるようになって行きます。この過程を『社会化』といいます。社会との関わり方を子犬が学習する機会をもたないと、成犬になってから極度な怖がりになったり、恐怖に起因する攻撃性や吠え等の問題行動が発達したりしやすく、そういった犬と一緒に生活することは飼い主にとっても大変なことです。」

社会化が適切にできていない犬を狩猟に使役した場合、出会う動物や人を忌避するだけならともかく、見境なく攻撃したりする可能性もありますので、非常に危険なことだと考えています。

ちなみに、今まで勉強してきた動物の発達心理学の知識では、野生の狼は自身が無力な時期、すなわちまだ歯が生えていない哺乳時期から乳歯の時期に出会う生き物に対しては、友好的・依存的な反応を示す傾向があり、永久歯が生えて親と一緒に狩りに出るようになると、そこで初めて出会う生き物に対しては獲物か敵とみなす傾向が強くなり、結果として攻撃か逃避のどちらかの行動を現わすようになるようです。このことは狼が飼い馴らされたものが犬となったという学説もあるのですから、ある程度傾向の範囲内かとは思いますが犬に対しても当てはまるのではないかと考えております。

あくまで「傾向の範囲」と書いたのには理由があります。私が今まで育てた犬のうち、生後40日くらいで手元に来たある和犬雑の子犬がいました。社会化訓練のつもりで庭にいる雌鶏と一緒にしばらく庭に放していたところ、少し目を離した隙に自分よりもはるかに大きな体格の雌鶏を咬み殺して、発見したときには胸に穴を開けて内臓を食べていたということがあったのです。何でも例外はつきものだということでしょう。

子犬の育成と老人ホーム訪問

私が子犬を育てる際には、時間があれば子犬を外に連れ出し、近所の市街地や公園を散歩させたりします。そこで誰か人に出会ったとき、その人が犬好きであれば子犬を撫でたり抱いてもらったりして、見知らぬ人に馴らすようにします。

また、犬は成人男女だけでなく、幼児や老人など様々な年齢性別の人たちをそれぞれ別の存在と受け取る傾向があると聞きますので、犬に見せる人間は様々な年齢性別、バリエーションを多くするように心がけています。そういった育成方法の一環として私がやっている活動のひとつが、子犬を連れて老人ホームへの訪問ボランティアに参加するというものです。

私の本業は動物病院での獣医診療ですが、本業以外に何か社会貢献ができないかと、それも自分の好きな犬猫の社会的評価向上につながるような活動がしたいと考え、約20年前から一般の愛犬家や愛猫家の方々と協力し、私の審査に合格した犬猫で、損害賠償責任保険に加入している飼い主様たちと共に近くの特別養護老人ホームに毎月1回訪問活動を行なっているのです。

犬という生き物は、自ら人間に近づいて来た唯一の動物と言われているくらいで、数万年にわたって人間と共生関係にあり、今では人間に対して独特の癒しの能力を持っているように思えます。

犬と触れ合うことによって、老人ホーム利用者様方の表情が著しく明るくなるとか、日頃気難しい方が非常に明るく言葉を積極的に発するのだとか、訪問の後のミーティングでホームのスタッフさんたちがコメントされるのを聞くと「犬は凄いなぁ」と感心させられます。

ホームのスタッフの理解もいただき、訪問ボランティア活動は上手くいっています

訪問活動は犬猫を連れて老人ホームの食堂やホールでホーム利用者の方々と交流するというシンプルなものですが、訪問の前後にホームの園庭で他の訪問ボランティアの方が連れて来た犬たちや、場合によっては猫たちと私の子犬を遊ばせることもやります。

従って、子犬にとっては成人だけでなくお年寄り、それも起立歩行可能な人から、杖をついている人、背中が曲がった人、車椅子を使用している人等いろいろなパターンの人に接することができ、そういった外見上の違いはあれど人間は無害で友好的であると学習する機会になると思いますし、前後の園庭でのお遊びは主に小型犬が相手ですが、他の犬たちの存在に馴れることが期待されます。

それに、自分の犬が他人のために役立っているという意識は、犬の飼い主にとって、自分と自分の犬を好きになれるとても良い機会でもあります。

このような活動をするには、犬にリードを付けて安全に歩行するとか立ち止まらせるとか、お座りや伏せをしてその姿勢を維持するとか、飼い主が犬をコントロールできることが大前提になります。

安全な猟犬の要素とは?

一方、犬が猟犬として安全に使役できるためには、

  1. 犬の素質として人や家畜に危害を及ぼすことなく使役できるよう、遺伝的に固定された犬種系統であること。

  2. 育成の過程で十分な社会化がなされていて、他人や家畜は獲物でも敵でもなく攻撃の対象ではないということが犬の意識に定着していること。

  3. 飼い主がその犬に服従訓練を施して、いついかなる時でも犬を完璧にコントロールできるようになっていること。

  4. 普段の生活でも十分な運動や愛情深い丁寧な健康管理で犬に不要なストレスが溜まっていないこと。

などの要素が絡み合ってそういう結果として現れるものだと考えています。

1〜4の要素の割合いはいろいろでしょうけども、それらが完璧に達成されていれば、いわゆる闘犬種といわれる犬種であっても山野で安全に使役することは可能でしょう。

しかし、犬の服従訓練の専門家ではない一般的な猟人にとっては、闘犬種やその血筋の犬種、それらの遺伝子が入った雑種などは避けたほうが無難でしょうし、大丈夫と思える犬種系統であっても育成の過程での十分な社会化と犬種に応じた服従訓練などの教育、適正な運動や食事などの管理は必須であると考えています。

今回は猟犬育成の過程で私が実際に行なっている活動の一部として老人ホーム訪問ボランティアを紹介させていただきました。ご愛犬の育成の参考になれば幸いです。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2019秋号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?