【熟練猟師の初報告】注意すべき水槽・注目すべきアマス
猟場での犬の “水難事故”
『けもの道』が休刊となり、狩猟の情報が目に入らなくなって3ヶ月も過ぎようとしていた今年の有害捕獲。何十年という狩猟経験の中で、初めてのことが起こり、報告させていただきます。
『けもの道』の愛読者であった方の中には、すでに経験済みで「今頃?」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、愛犬の事故を1件でも無くすために。
文・写真|久住英樹
不幸な水槽事故
農家の高齢化に伴い全国規模で耕作放棄地が増えている。私が猟場としている藤枝(静岡県)でも年々増え、山の中の耕作地はその99%が放棄地となってしまった。そんな条件の下、3月8日、私・A氏・T氏・K氏の4名で捕獲に取り組んだ。
70kg前後の猪が入っているとのことでT氏の所有犬「エス」、K氏の「ミエ」の2頭で始めた。少しして勢子に入ったT氏の力の入った声がイヤホンから聞こえて来る。
「いた、いた」
この声に集中力が高まる。荒れ茶原の中で鳴いているらしく、T氏が盛んに寄り付こうとしているのにモノが見えない様子が手に取るように分かる。
私の待ちは、「上に逃走するにはここしかない」というような場所に陣取っている。勢子と使役犬、そして猪の2対1の駆け引きが行われているのは私より奥。地膨れを挟んでいるため声が聞こえない。GPSをのぞきながら、T氏の無線連絡を聞く。
「2頭で吠え込んでいるのだが見えない」
T氏が苦戦している。犬の吠え込んでいる方へ、一歩踏み込んだ途端、猪は犬を脅して、3mほど先をガサガサと下りへ走り出した。猪は見えなかったが、ミエの追い鳴きが始まる。
「下りへ出て行ったぞー」
私の所でもかすかに追い鳴きが聞こえて来た。
「よし、来るぞ」
しかし間もなく止め鳴きとなる。
「孟宗(竹)の中の荒らし茶原で止まってしまった。寄り付くぞー」
A氏が猪に寄り始めた。ミエの声は聞こえるがエスは?
GPSを見ると、先ほど吠え込んでいた所で『?』になっている。その『?』が右へ左へ移動する。この場所、この距離でなぜだ。
「洋ちゃん(T氏)、エスはどうなった?」
「分からん。『?』になっている。俺のところでもミエの声しか聞こえん」
そして銃声1発。
猪に寄っていたA氏から止めの連絡が入るが、やはりミエはそこにいるものの、エスがいないという。
GPSでは農道を越えた墓所の奥の沢で犬が『?』になっている。猪が他にもいたのか。いや、雄だから仔を連れているわけはない。他に足跡は無かった。手分けして探すが、エスの姿は無い。
「どこかへ行っても帰って来るはず」
T氏はそう言って、暗くなるのでこの日は引き上げることになった。しかし私たちはそれぞれが気になって、その晩、お互いに特に知らせることもなく何回か懐中電灯を持って現地を訪れていた。
翌朝、私、A氏、エスの飼い主T氏の3名で、エスが初めに鳴き込んだ辺りから捜索を始めた。
「この辺りに水槽がないか?」
A氏がそう言い出し、私たちは水槽を探し始めた。そしてT氏の寄り付いた辺りまで来たとき、A氏が発見した。
「おーい、エスがいたぞー。やはり水槽の中だ。こんな所に水槽がある」
1m四方ほどの水槽の中に、毛が抜けて白い皮が膨らんだ狸と思われる死がいが3体、浮いている。A氏が見切りに持って歩く鎌で捜索していたら、何かに触れ、引き上げてみたらエスだったという。水槽の底から水面まで深さは1m以上あり、水面から水槽の縁まで30~40cmほどあった。
この耕作放棄地の持ち主はT氏の知り合いだったため、その水槽には穴を開けるか土を入れて埋めるか、今後の危険の無いようにと要請した。
続く水槽事故未遂
T氏の愛犬エスが事故死してから10日後の3月18日。私が勢子に入ったときのこと。
尾根近くのスス竹交じりの荒れ地。ここは15年ほど前までミカン畑だった。何年か前から猪が寝屋を構えるようになり、この日も60kgほどの猪が入っていた。私の右側を登って行った「ジョン」の寝屋吠えが始まった。
「よし、いた」
ところが、スス竹の中、私の左側を登って行った「覇智」が鳴き出さない。どうしたのだろうと思いながら登り続けると、ジョンの鳴きが寝屋止めの鳴きになっている。一方、登って行く左前方から、犬の鼻声のような鳴きがかすかに聞こえる。
「えッ!?」
10日前の水槽事故が頭をよぎる。
急いでスス竹を透かしながら登る。水槽の縁のような物が見える。その方向から覇智の鼻声が聞こえる。近付くとやはりそれは空の水槽で、土が縁から50cmくらいの深さまで埋めてある。上を見ると5mほど先にもうひとつ水槽があった。そちらを見ると、覇智が縁から顔だけ出して「クンクン」と鼻声を出し、立ち泳ぎの状態でいる。急ぎ首輪を掴み引きずり出した。この水槽は直径1~2m程の円形だった。この時までは何で犬が水槽に落ちるのか疑問だった。覇智は体に付いた泥水を払うように身震いをして、驚いたのか、ほんの何秒かジョンの声を聞いて走り出した。
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