刀ステ「禺伝 矛盾源氏物語」感想&考察

物語が物語であるということ

 物語には現実と同じ意味がある、なんなら物語は物語だからこそ意味がある、なんて、自分にとっては当たり前すぎて、初見ではそのメッセージをキャッチしきれてなかったけど、これは紛れもなく物語賛歌なのですよね。
 虚伝の宗左が「歴史のままに」と言うけど、今回はまさに「物語を物語のままに」しておくための戦いだった。
 源氏物語の存在を否定するわけではない、ただ、あれは紫式部がままならない現実とは違う世界を空想したことに意味があるんであって。そう、物語だから意味があるというよりも、「現実ではない」というところが主眼ですね。彰子様も、物語を読んでいる間だけは違う世界を生きられると言ってたし。
 ここではないどこか、を妄想することは古今東西あるでしょう。その夢想を叶えてくれるのが物語だから。そこでは別に幸せだけを味わいたいわけじゃなくて、むしろ物語の絶望が現実へのエールになることもある。
 移動の技術も娯楽も発達した現代でさえ「ここではないどこか」への希求は止まないんだから、平安時代なんてもっと激しいはず。貴族社会の女は道具として御簾の中に閉じ込められて生きていた時代だから。


厄介オタクのエゴ

 だーかーら、あの厄介オタク(以下ずっとこう呼びます)がやったことはマジで無粋なおせっかいでしかなくて。せっかくの「物語」を現実にするなんて無粋きわまりない、むしろ迷惑だとすら自分は思いました。
 推しに地獄に落ちてほしくないってのは完全なるあの厄介オタクのエゴで、紫式部自身は別に地獄に落ちることを恐れても怯えてもいないんですよね。むしろ物語る喜びと引き換えならばそれでもいいと思っている節さえある。あなたは苦しんでいる、不幸になってしまうとか厄介オタクが勝手に言ってるだけで、紫式部自身は心配ありがとうございますの他は何も言ってないんですよ…。
 この、他人の幸せを勝手にジャッジする登場人物を、ある種の敵役、悪役として描いてくれる末満さんなんですよ…ここの価値観が一致してる信頼感がある。
 何が幸せかを決めるのは、その人自身なんですよ。だからいくら熱烈オタクであろうとも、その人が決めた道を往くことを邪魔してはならない。たとえそれが地獄に落ちる道であろうとも。
 綺伝のガラシャと地蔵の関係にも似てますね、ガラシャがここを見届けて鬼に殺されたいと願うなら、生きていてほしいというのはその願いを邪魔する一方的なエゴでしかない。
 こう考えると、幸せって、幸せな道を往くことじゃなくて、どの道を往くかを自分で選べること、なんでしょうね。女であるがゆえに自分の身の振り方を選べなかった紫式部にとっては、嘘をついて地獄に落ちることが唯一、自分の意志で選び取ることのできた道なのかもしれない。

 推しに地獄に落ちてほしくない気持ちもわかる。わかるけど、本人がその覚悟を決めて、物語に命を捧げてるなら、オタクのできることはそれを応援することだけなんですよ。オタクの理想を押し付けるな。いくら推してても人の覚悟を邪魔するなんて許されないし、野暮すぎる。むしろその覚悟を讃えて、地獄までついていきますの気持ちで推せよ。
 思えばこのくだりも虚伝でやってるんですよね、不動と蘭丸は信長に死んでほしくないと思ってたけど、信長は歴史を受け入れて炎に消えていく。本人が受け入れてるならもう、それを思う人々にできることは、ただそれを全うさせてあげることだけなんですよ。

 あの物語世界の解釈も、かなり厄介オタクのエゴが入ってると思ってて。
 これは「実際の紫式部が源氏物語に込めた意図」の話ではなく「禺伝として紫式部の意図をどういうふうに解釈したのか」の話なんですが。鍵としてお出しされたのが、男に生まれていれば学者になりたかったという幼少期の回想と、夫との早すぎる死別。ここから推測できる紫式部の意図は、「女としての定められた人生ではなく男として、人を振り回す側に回って自由奔放に生きてみたい」という願いと、「様々な男女の愛の形に触れてみたい」ということだったんじゃないかな、と。
 それをなんかこう、寂しさを埋めるための女性遍歴、みたいな感じにするの、なんか違くないですかね!?これ、おそらく厄介オタク自身が寂しい人生を送ってたから、源氏物語をそう受け取ったってことだと思います。彼自身が寂しさを物語に救ってもらったから、物語に込められたメッセージもそれだと思い込んでしまった。まあ、解釈はいろいろあっていいんですけど、「それはお前の感想な」って話で、推しに自分の解釈押し付けてるんじゃないよ!!
 そもそも頭中将がただの恋のライバルみたいになってるのもおかしいんですよ、源氏物語きっちり予習しましたけど、これは光源氏の政界での出世物語でもあって、頭中将は親友であり政敵なわけでしょう。この紫式部なら、男として政界で出世していくifの人生を夢想して、そういう物語を描いてる可能性は大いにあるのに、その側面を切り捨てるの、ほんとそういうとこだぞ厄介オタク。自分の見たいものしか見ていない。
 さらに言うと女たちが光源氏に復讐するってのも、なんか違うと思います。紫式部が3年で終わってしまった結婚生活に思うところがあり、もし仮に自分が男を愛するなら、と思って様々な愛の物語を描いたなら、女たちはみんな光源氏を愛しているはずなんです。最終的にそうなってよかったですけど。しかもこれも予習しましたけど、光源氏は確かに浮気者ではあるけど、1つ1つの恋にはちゃんといちいち本気を燃やしてるんですよね。決して寂しさを埋めるためだけに適当に手を出してるわけではないはず!!!
 結論:厄介オタク、光源氏に自分を投影させすぎ。


美しい地獄を分かち合おう

 一方で歌仙兼定は本当に…いい刀ですね…。地獄を直視する冷酷なまでの強さと、それすらも愛でてしまう強すぎる雅さが両立している。物語は物語、歴史は歴史ときっぱりと切り分けながらも、そこに寄せる心に強弱や優劣、真贋などなく、全ての心が真実であることをきっちりわかっている。心を寄せる対象は、人でもモノでも物語でもいい。なんなら心を寄せる主体さえ人だけとは限らない。ただ、心があり、心が動かされる、そのことはどんな形であっても真実なのだと。だから仮にここが物語であったとしても、それでもいいと言える。
 ほんとに刀剣男士向きの刀ですよね、歌仙兼定。励起された自分の心に臆することがないどころか、それをめいっぱい味わっている。
 後述しますが、ここが実験用の本丸であったと知っても、歌仙ならばそれが何か問題でも?と言いそうなんですよね。だからこそ政府は、この実験本丸を歌仙初期刀で始めたのかもしれない、と思うくらい。

 末満氏の作品はどれも美しい地獄だと思ってて、今回よくそれをはっきりと台詞にしたなあと思いました。
 いつも、美しい地獄に現実を肯定されるような気分になるんですよね。それは「物語はこんなに地獄だけど現実はそれよりマシでしょ」みたいなのじゃなくて、「現実も地獄、物語も地獄。でもせめてここでは地獄は美しい」というか…地獄、よりも、美しい、に力点があって、人が必死に生きようとするとそれはどうあがいても地獄にしかならないけど(天国というのは何かを諦めた人が至れる平和の境地ですからね)、でもそれは美しいこともあるから。みたいな…決して自分が生きる地獄が美しいとまでは思えないけど、地獄には美しいものもあるよ、というか…。だからといって酷くないわけじゃなくて、むしろ酷い地獄ほど美しかったりするんですけど…。うまく説明できてる気がしないんですけど、本当にいつも「地獄が肯定されている」という感覚なんですよね…。
 だからどんな地獄でも、分かち合おう、と言ってくれる歌仙がすごく解釈一致で。自本丸でも初期刀に選んだし、鬼になったわだっくま歌仙も、この歌仙も本当に好き…。地獄を見ても、そこに美しいという心を寄せることができる、そのことが救いになるしその心は絶対に真実だから。


考察①顕現実験用擬似本丸

 さて徐々に考察パートへ。最初の議題は、「この本丸は何なのか、何の実験をしてるのか」。
 はっきりと言ってましたよね、「顕現実験用擬似本丸」って。「正規の本丸、正規の刀剣男士ではない」表現としてのオールフィメール、という見方もできてしまう。
 ひとつ気になってることがあって、今回、本丸に帰還したシーンどころか、今の主の存在が一ミリも出てこなかったんですよ…。必ず誰かが主と会話したり、呼びかけていたりしたのに。
 なんなら、光源氏の遺体が攫われていくのを見た南泉だったかが、「上に怒られる」って言ってて。今の主に、じゃないんだ、って思ったんですよね。
 おそらくここは、2次創作でよく見る、政府直轄本丸。主たる審神者はいなくて、時の政府の役人が管理をしている。一応、「本丸の仲間」とは言っていたから本丸の形はとっているんだろうけど、審神者を中心にまとまっている本丸ではなくて、一文字一家は政府側で、歌仙・大倶利伽羅たちは実験対象にされていてって感じで一枚岩ではない…。 

 そして、無理やり後付けされた逸話がどれほどの意味を持つのかの実験。
 天伝において、歴史の狭間人である弥助に、刀剣男士斬りの逸話を付与することは失敗している。そもそも斬れなかったし、信長の刀の顕現に失敗して無駄死にになってしまったので。
 ならば、すでに物語をもって顕現している刀剣男士に、新たな物語を強制的に付与することはできるのか、それはどのような作用を及ぼすのか。

 開幕直後の顕現セリフからおかしいじゃないですか、なんかもう、何を失わされているんだろう、って悲しくて、実は開幕から泣きそうになってたんですよね…。義伝と綺伝でそれぞれ、別個体とはいえ元主との邂逅を果たしたところを見ていて、その刀の物語にもめちゃくちゃ思い入れある2振りが、その大事なことを忘れている、それが切なくて悲しくてわけがわからなくて。
 歌仙は「いつかの主が」なんて言わないし、伽羅ちゃん「前の主は忘れた」じゃないんだよその前にあるだろ大事なことが!!!戦に出されなかったことも含めて伊達にあったことを愛しているはずなんだよ、義伝はどうしたんだよ!!!なあ!!!!慣れ合わなくても言いたいことが伝わる伊達4振りの絆は!!!!!あんなに大事に思ってくれるみんなのことは!!!!

 そして追い討ちをかけるように、歌仙と大倶利伽羅が光源氏を演じる。これがまた、義伝と綺伝で描かれたことの真反対というか、もはや綺伝と義伝を冒涜するほどの仕打ちになってて…もちろん計算ずくだろうけど、なんて残酷なんでしょうね…さすが血の色が緑色の作家は違うぜ…
 あの本丸の伽羅ちゃんは!!!おそらく、ステ本丸のループの中で、黒甲冑に乗っ取られたことがありそうだし、もしかしたら折れたことさえあるかもしれない(折れた周と折れなかった周があって、別次元の自分がいるせいでループに気づいており、関ケ原に伊達政宗が来ることも予測できていた、と自分は解釈しています)。
 でも!!!その身体を乗っ取られることからみんなが守ってくれたじゃん!!!別本丸別個体とはいえ、その身体は簡単に明け渡しちゃいけないんだよ、乗っ取られるなんて見てられないよ…あなたは守られたんだよ…
 歌仙も…忠興とガラシャの物語は、愛しくて愛しくて、憎くて憎くてこの身が裂かれそう、そういう物語だったはず。そこには愛が確かにあって、でも愛という一言では言い表せない感情の奔流が綺伝という物語になったはず。決して、愛が手に入らない心をいっときの慰めで埋めるようなものではない…!歌仙に与えられた心はそんなのとは真逆のはずなんだ!!!
 光源氏に乗っ取られたのはこの2振りだけど、もしかしたら、本当の逸話を覚えていたなら、乗っ取りを跳ね返すことができていたのかもしれないのかな、とも思います。
 あと、本当の逸話を思い出した歌仙と大倶利伽羅に、一文字一家に詰め寄って、どうして自分の大事な逸話を奪ったんだ、って怒ってほしかったけど、無理なんですよね~~~2振りは、なぜ自分が本当の逸話を忘れさせられていたのか、誰の仕業なのか、気づく術がない。それにしても、本当の逸話を奪われていたことに対して鈍感すぎないか?とも思いましたけど…実験本丸の男士は、なぜ自分の逸話が書き換えられているのかという疑問すら持たないように操られてるんでしょうかね…。

 あとこれはしょうもないギャグ考察なんですけど、自分、「歌仙のアホ毛がないのは忠興の刀である逸話を剥ぎ取られたから」説を推します。あの、忠興の兜で、鳥の羽がぴこーんって真っ直ぐ立ってるやつあるじゃないですか。アホ毛の元ネタがあの兜だとしたら、その逸話がない歌仙にはアホ毛は立たない、のではないかと…。あのふんわりが可愛いんですけどね。

 一方の、則宗を筆頭とした政府側であろう一文字一家も、偽の逸話の付与実験やってて。
 これ恐ろしいのが、自分が観に行った東京公演と、今日の大阪大千秋楽で、台詞が変わってる、ってか増えてるんですよね!!!!!偽の逸話を脱ぎ捨てよう、とか軽い気持ちで実験してるかもしれないけど、偽の逸話に!!!侵食されてるんですよ一文字!!!!!大丈夫なのか!?!?!?逸話の力を舐めすぎじゃない???
 則宗には小烏丸の、山鳥毛には青江の、姫には長谷部の逸話が付与されて。東京公演の時点で自分がメモしてたのが、小烏丸「大将首は昔からいちばんの名誉よ」青江「嗅ぎ慣れた匂い、血の匂い…」長谷部「何であろうと、斬るだけだ」なんですよね。でも今日、自分は青江がわかりやすかったんですけど、「笑いなよ、にっかりと」と「笑顔がいちばんだよ、最終的にはね」が足されてて…主に会心ボイスと誉ボイスが足されたのかな。あと「死ななきゃ安い!」「俺の刃は防げない!」も言ってたから軽傷ボイスもか…。
 ちょっとこれ恐ろしいです。配信買ってもっかい確認したいけど、東京公演の記憶がないからどうしよう。円盤にはどれ入るのかな。
 もしかしたら顕現セリフも、原作、東京、大阪で違うのかな。南泉はそもそもどの刀剣男士の逸話なのか名言されなかったけど、戦闘セリフとかあったのだろうか。なにぶんこの4振りは、そうそうドロップしない&今のところ自本丸ではカンスト隠居中なのでボイスわからん!

 歌仙と大倶利伽羅に話を戻すと、歌仙には妻に渡された逸話を、大倶利伽羅には徳川将軍家に伝えられた逸話を付与して。これ、秀吉→ねねに渡り、その後徳川将軍家に伝わった三日月を真似してるんですよね。三日月という刀の逸話を他の刀に真似させることで、政府は何を探ろうとしているのか。
 自分は、「まんばが三日月の逸話に干渉しようとしており、政府もまんばの動きを察知しているため、あらかじめ実験しておこうと思った」説を提唱してみようかと思います。
 まず前提として、ステの物語で時の政府が何かしようとするならそれはあのステ本丸、もっと言うと戻らないまんば絡みだろうという前提があって。三日月はどこの本丸でも同じようにあの機能を持っているので特別でないとしても、あのまんばはやはりかなりイレギュラーだと思うので。TRUMPでいうとさしずめ、時の政府がヴラド機関、三日月とまんばがクラウスとソフィみたいな?つまり政府はあの三日月とまんばをずっと監視してると思うんですよね。
 で、以前から自分の考察では、「まんばは三日月を救うため、円環を背負ってしまうという三日月の運命を変えるための、三日月宗近という刀の歴史そのものを変えようとしているのではないか」と思っていて。
 なので今回、いよいよまんばが三日月の逸話をどうにかしようとしており、その「刀剣男士の逸話をいじる」ってのはどうなるんじゃい、と政府が考えた結果なのかな~、と。
 もっと言うと、単に逸話をいじるだけじゃなくて、「刀から刀へ逸話を移動させる」ですよね。それも「三日月宗近と同じ逸話」を。…時の政府が危惧していることから、まんばがやろうとしていることを逆算できるとするなら。もしかして、まんば、妻に渡ったとか徳川将軍家に伝来したとかの三日月の逸話を、誰か他の刀剣男士に押し付けようとしている??あるいは、自分が三日月の代わりにそれらの逸話を引き受けようとしている????

 あとは、逸話の強度を試すというなら、「歴史上ではなく本丸で刻んだ物語は物語たりえるか」も、時の政府は気になってると思うんですけど、今回の実験には関係ないのかな。現に山姥切国広は、三日月宗近とは歴史上の縁は全くないのに、本丸内で刻んだ本丸の歴史によって、ああなっているわけで…。ちなみに自分は刀の本能を踏み外していると思っている派です…。
 歌仙たちは演練で出会ったまんばを、未来に向かう希望のように語っていましたけど、それはなんかダメな方向のやつなんじゃないかと思っちゃったんですよね。確かに、彼らが実験という名の物語の中に閉じ込められた本丸なのであれば、現実をどうにかしようともがき続けているまんばは強く見えるでしょうけど、その強さは本当に「守る」だけのためのものか…?何かを変えてしまう方に向かってないか…?

 まあ、ここまでまんばにフォーカスして考察しましたけど、シンプルに「三日月の持つ逸話の性質の研究」てのも考えられますね。无伝で、政府は三日月宗近のことを探っていたので。ここの政府の研究対象が「ステ本丸の三日月宗近」なのか「一般的な三日月宗近」なのかは判然としませんが、少なくとも、三日月という刀を構成する個々の逸話を取り出して、三日月以外の刀に与えてみることで、三日月宗近本人に左右されない「純然たる逸話の作用」を取り出し観察してみようとしたのかもしれません。


考察②物語の階層

物語の0階:現実
物語の1階:源氏物語 かと思ってましたよ途中までは。
でも違った。
物語の1階:源氏物語、
   2階:現実に寄せたナニカ だった。

 小少将の君が弘徽殿の女御を演じてるんじゃなく、弘徽殿の女御が、小少将の君を演じさせられてた、ってことですよね。本編は源氏物語本編、そして行間は現実ではなく、「本編の行間に演じられている別の物語」だったってことです。
 ここで2つの疑問が生まれます。
 ①この物語のベースになった現実はどこにあるのか?
 ②厄介オタクはなぜこんな2層構造を作ったのか?

 まず①ですが、端的に答えると「ない」ですよね。現実はどこにもない。ここでは全てが物語。本物の紫式部は死んでて、ここにいるのはあくまでも藤壺にもう1つの役として付与された虚構の紫式部。現実の人間は厄介オタクだけ。ここは言うなれば、現実から派生した物語、現実に根を張った物語ではなく、完全に現実から切り離され浮いてしまった、蓮の花のような世界だったわけですから。
 でもその答えだと困るんですよね、なぜなら、歌仙たちは「現実の過去に出陣したと思ったら物語に囚われた」のかと思ってたのに、そうじゃなくて「最初から物語の世界に出陣していた」ってことになっちゃうんですよ…。

 似た例として、大坂夏の陣でも、へし切長谷部隊は「異説大坂夏の陣」に出陣する羽目になりました。でもそれは、信繁の自害により、すでに出陣すべき正史が失われてしまっていたせい。だからズレた異説へとたどり着いたんです。
 でも今回はそうじゃない、正史は正史でちゃんと進んでるはず。紫式部が死んだあとも歴史は続いていたはず。
 でもそれは今回一切出てこない。刀剣男士が出陣した先は、物語の1階層目と2階層目。…そんな本丸あるかいな、って疑問がわきませんか。
 正史に行こうとしてすっ転んだ形になった夏の陣とは違うんですよ。そもそも、一度も正史に行ってないんです。
 これが、行けてない、なのか、行こうとしていない、なのかでもだいぶ話が変わってくると思うんですが、結論としては、「そんな本丸普通じゃない」です。
 まあ、だからここは、「顕現実験用擬似本丸」なのでしょうね…。正史を守るための戦いに駆り出されているのではなく、あくまでも実験用。それなら正史に出陣しないことも納得いきます。

 則宗は、もし光源氏の骨が発掘されるようなことになったら歴史がひっくり返る、そうなったらこの世界は放棄されるかもしれない、って言うんですけど。あれブラフですよね。則宗はここが擬似本丸であることも、ここが全て物語であることも知っている。たとえ光源氏の骨が埋められたとて、それはこの物語世界内での話。ここから歴史が変わることはない。
 というか、この世界が放棄されることってないと思うんですよ、だって初めからここは正史とのつながりを失っている世界なんですから。元から放棄された世界のようなものなんです。だから則宗は、歌仙が光源氏を殺し、遡行軍にその遺体を持ち去られることを見逃したんでしょうね。本来はあの偽光源氏が光源氏として死にその骨が埋められるなんてあってはならないはず、でも、元から正史ではない世界だから、歌仙の心がどうするか見てみようこれも実験だ、くらいの気持ちだったのかもしれません。

 余談ですけど、初見のとき、南泉が妄想した遺跡発掘のシーンで、「現実!!!」って印象がドーンと来たんですよね。なんだろう、それまで女性がずっと男性を演じてて、歴史上人物は女性が女性を演じてるけど現代のものではなくて。行間さえも物語って明かされて、もうすべてが虚構、って思ってたところに。急に、現代の服を着た、女性が演じる女性が出てきて。「うわこれは現実だ!!!」って思ったんです。厳密には女言葉は虚構なのだが、あそこではおそらく、発掘隊員が女性であると示すことに意味があったんでしょう。あってはならない現実、あるはずのない現実なのに、なんだったんだろうあの衝撃…。

 それと、この①の問いを突き詰めるなら、「紫式部の回想シーンすら現実ではないのか?」という疑問も生まれてきちゃいますよね…。自分はひとまず、上でこの回想を基に源氏物語の解釈を推測したこともあり、紫式部の幼少期だけは、劇中での現実だと思いたいんですけど…幼い紫式部を演じる子役ちゃんが、若紫ちゃんなんですよね…。聞くところによると、源氏供養ではまさしく、紫式部の幼少期=若紫とされるそうで。ってことはあの幼少期回想すらも、本当の紫式部の姿ではなく、「源氏供養という作品が勝手に設定した」紫式部の姿…という可能性もあります…。
 そしてさらに現実じゃない可能性があるのが、例の厄介オタクと紫式部の”偶然”の邂逅。この世界を作り出した経緯さえも、あの厄介オタクの夢、説、ありますよね…。本当は道で偶然紫式部になんて会っていなくて、あの偶然の出会いさえもオタクの妄想。もしかしたら、現実での紫式部の病没を知ったあの男が、紫式部の訃報に接して、やばいこのままだと地獄に落ちちゃう!って思って、妄想を始めた説すら考えられる…。まあ、生前から地獄に落ちることを心配してるのが当時&源氏供養の時代の価値観だとは思いますが。 
 だって、ある日不思議な男が訪ねてきたという記憶をもつ紫式部も、その話を紫式部から聞いたという小少将の君も、結局は物語の2階層目の住人だったわけじゃないですか。だから、「本当の紫式部があの厄介オタクに会ったのか」は、判然としないわけです…。

※追記
 Twitter見てたら、最終形態の衣装が同時代のものではないし、そもそもあの時代に写本が読めてた人なんてほんの一握り→つまりあの厄介オタク、そもそも平安時代人ではない可能性が浮上。やっぱりあの邂逅も妄想やんけ!!!

 さて、問題は②なんですよ。構造は理解した、でも、何のために???
 仮説は2つあります。
 A.源氏物語と正史との繋がりを持たせ、源氏物語が歴史となる強度を与えるため。後世で、六条御息所のモデルは彰子で、作中では弘徽殿の女御って名前になってるけどこれは小少将の君のことで~~とかって解釈してもらうため。
 でもこれだとちょっと無理があるんですよね。六条御息所=彰子まではまあ、帝の妻という立場は同じなのでわかるんですけど。弘徽殿の女御も藤壺も帝の妻なのに、それのモデルが彰子の女房だった小少将の君や紫式部、というのは無理があるでしょう。
 確かに源氏物語には現実の帝の名前も登場するので、そこからつなげてこの登場人物はこの実在人物がモデルになってるんだ!と解釈することが、できないわけではないんですけど。でもそれは、架空のキャラクターと実在人物が、帝に対して同じ立場にいないと成立しない気がしていて。
 まあ、第1階層にいる登場人物で、どうにか現実の真似事をしようと思ったら、多少こじつけるしかなかったのでしょうけど…光源氏が本当に、現実と物語の間に「このキャラクターの元ネタはこの実在人物」というつながりを作りたかったのなら、ちょっと弱い気がします。

 B.刀剣男士をおびき寄せるため
 こっちの方がありそうだと思ってます。いくら擬似本丸と言えど、正史への出陣を最初から諦めているわけではないはず(と思いたい)。まだこの矛盾源氏物語の世界は正史とつながっているぞ、歴史改変を元に戻すことはできるぞ、と刀剣男士たちに希望を持たせるための、あの厄介オタクの策だったのではないでしょうか。刀剣男士たちを呼び込むために、わざわざ2階層目をさも現実かのように見せかけた、んじゃないかなと思います。
 なんたって奴の目的は「死んで骨を埋める」ですからね、刀剣男士が来ないと始まらない。女たちの反乱は物語の破綻によるものなので予想外だったでしょうから、自分を殺すための刀を呼んだわけですよね…
 そしてまたしてもその願いに応える歌仙兼定…しかも一度は殺されたいと願った側の魂を宿した身体がそれを演じる…。この舞台という芸術の因果よ…。


考察③歴史改変

 先ほど、「初めからここは正史とのつながりを失っている世界、元から放棄された世界のようなもの」と書きましたけど、こう考えるのには理由があって。
 物語って、最後の頁まで読み終わってもまだ続けようとしたら、戻って読み返すしかないじゃないですか。劇中でも、別の帖に飛ぶなど、物語の中だけなら行ったり来たりできてましたよね。
 ここで思い出すのが、あの黒田孝高(綺伝)が言っていたこと。「起点と終点を失った歴史は繰り返すだけ」。
 つまり何が言いたいかというと、「放棄された世界」と「物語世界」って、かなり似ているのではないか…ということです。あの物語世界は、放棄世界と同じく、初めから終わりまでをただ繰り返す世界なのですから。
 こう考えると、擬似本丸が物語世界に出陣することにも納得がいきます。要は物語世界への出陣は、放棄世界への出陣の擬似訓練になるんじゃないでしょうか。
 放棄された世界で、逸話をいじくる…、もうこれ山姥切国広単独行の予想になってません???まんばが放棄された世界を巡って(維伝と綺伝)、逸話をどうにかしようとしている。だから時の政府は、その影響を測定するために擬似本丸を使って同じことをしている…???

 孝高絡みで言うともう一つ、刀ステの円環の解釈に関わってくることがあって…端的にまとめちゃうと、「別時間軸の自分がいると、様々な記憶が流れ込んでくるおかげで、繰り返しにも気づける」って趣旨のことを綺伝で言ってるんです。
 今回、葵の上がこれと似たような状態になったのではないかと思っていて。死の間際にここが物語だと悟った葵の上は、その記憶を持ったまま末摘花の帖まで戻れた。孝高と完全に同じとは言えないんですけど、「物語を繰り返しているだけ、というこの世界の構造に気づく」「すでに通過したはずの話を繰り返す」「複数の時間軸(帖)に存在する」「別時間軸(帖)の記憶を保っている」のあたりが、どれが原因でどれが結果かはごちゃごちゃになっているものの、ワンセットで起こる事象とされているな、って感じがして。葵の上が孝高になった!この世界の構造に気づいた人になった!って思ったんですよね。

 あと、「歴史を守るのも難しいが、歴史を改変するのも難しい」みたいなことも言ってましたね。今回はこちらが遡行軍よろしく物語を改変する側になって、やってみると難しい、と。
 これも過去作とのリンクがあるんですよ…悲伝だかで三日月が「歴史を変えるなど不可能なのではないか、われらの戦いは徒労なのではないか」って言ったのずーーーっと引っかかってて。その後、改変世界が描かれる作品はあっても正史の改変にまでは至っていない…というか改変が発生した瞬間に切り離されてるじゃないですか。无伝では一時的に正史が消滅しこそすれ、結局は正史に押し戻されてるし、てかなんならこの本丸ごと政府が閉じるっていう最終手段があるわけで。
 だから今回このセリフを聞いて、やっぱりそうなんじゃん!?!?無理ゲーなんじゃん!?!?って思ってしまって…遡行軍はもともと無理ゲーを挑んでおり、ということは無理ゲーである歴史改変を達成しようとなど思っておらず、歴史改変は別にある真の目的を覆い隠すための隠れ蓑、としか見えないんですよ…
 あれですよね、あの白い式神とか呼ばれていたものが、物語世界を維持するための自浄作用=歴史で言うところの、検非違使、ですよね…。すでにあるものをあるがままにしようとする作用の化身。物語にさえ検非違使が発生して物語を守ろうとしている、いわんや歴史をや。ステには検非違使は直接出てきてはいないけど、歴史が自らの形を保とうとする作用としてはやっぱり存在してるわけですよね…。
 なんなんだ、俺たちはなぜあんな延々と周回という名の戦いを挑んでるんですか???報酬のため???

 やっと書き終わった!!!!12015文字!!!!尻切れトンボなのはいつものことです。ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございました!!!!

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