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3 九郎に恋した私です〈Ⅱ〉-(1)

〈Ⅱ〉あのね、九郎は、ね (1)


 

カラスもペリカン?


 食べたものは、食道から胃へ素通りするものだと思っていました。
 ところが違っているようです。そう、食べ始めのうちはその通りです。しかし、おなかが十分になると、あとは食べている風をして食べていません。のどの奥にため込んでいるのです。のどに十分たまると、その場から自分の好きな場所へと飛びます。そして、のどの奥のものを吐き出し、ストックします。後ほど、食べたいときに食べる、なんとうまい考えだこと!

のどの奥にため込んだパン

カラスもモズ?

 モズノハヤニエというのがあります。モズが、とらえた獲物を木の枝にさして、たぶん後で賞味するつもりなのでしょうが、それを忘れて干からびさせてしまい、翌春、他の鳥の餌に供されてしまう事象です。カラスもこれに似たことをするようです。
 九郎の食物保存に出合いました。
 ある時、例によって、九郎はのどにため込んでいたパンを土の上に吐き出しました。近くには、地面に這いつくばったような雑草があります。彼は、その丈の低い草の陰に、くちばしで必死にパンのかけらを押し込んでいるのです。それはもう、本当に真剣で、何ともほほえましいものでした。


カラスがワンワンと鳴く?

 パンをほしがって、「カー」。
 投げたのを受けとるときに「カ」、ここでパンを受けてモグモグ、その途端、発声が「ワンワン」となります。
「あなたカラスでしょ。犬じゃないの。ワンワンなんて鳴かないの!」
 それでも、「カー」「カ、ワンワン」が続きます。

九郎との会話

 「もう、いいの?」「クー」
 「お水いる?」「クー」
 「いらない?」「クー」
 「元気?」「クー」
 「じゃ、もう向こうへ行きなさい。」「クー」
  羽をなでると、「クー」
  ときに、私はいたずら心を起こし、
   くちばしを手で無理に開けようとすると、「クー」
  頭をなでようとすると、「クー」
 「じゃ、さよなら。」「クー」

九郎はとてもきれい好き

 九郎は、パンのかけらやクリームがくちばしにつくと、そのまま平気でいられません。取り除かなければ気持ちが悪い、という行動に出ます。コンクリートの角や石などに首を振り振りくちばしをこすりつけ、口の周りについたものを取り除きます。
 もう一つ。
 土のついたパンなどは、のどに通しません。くちばしでついばみますが、土や砂がついていると舌先でそれらを感じ取り、吐き出します。しかし、おなかはすいています。でも、食べられません。どうするでしょう。じっと見ていると面白いのですが、かわいそうなので、次のパンを与えます。

 そうか、投げたのを好んで受けて食べるのは、あるいは汚れをつけないための知恵なのかもしれません。

ウンチのしつけ

 廊下の窓際に来ます。えさの催促です。
 電話台の上で、彼は与えられたクッキーを食べ、おなかがいっぱいになりました。でも、そこから退席しません。これからは、遊びの時間です。近くにあるものを片っ端からくちばしで引っ張り始めます。
 「ウンチしちゃだめよ。」といったとたん、ポトリ。
 この機をとらえて、しつけしなくちゃ。
 「これ見なさい。汚いよ。ここでウンチはだめ。」と軽く頭をたたきます。反省した風もなく、平然とした態度で辺りの紙をつつき続けます。
 「これはだめなの。」と頭を押さえ、顔をウンチの方へ向けたり近づけたりしても、まったく効き目はありません。
 ウンチのしつけはだめなのでしょうか。
 ウサギは、子どもの時から、排せつ場所を『自主学習』し、決めていくのに・・・。飛ぶ鳥のトイレは限りなく広がる大空の故でしょうか。排せつ場所の一定化は難しいようです。

ケンケンが上手

 九郎は、次第に体力をつけてきます。
 8月に入ると、中庭内を飛ぶだけでなく、3階校舎の屋上までも平気で飛び上がるようになりました。以前よりもたくましく羽ばたくように見えます。羽の黒色に冴え(さえ)もでてきて、「カラスの濡れ羽色」という例えもうなずけるほどになりました。

 このころになると、ケンケンでの地表移動が上手になりました。短い距離なら、片方の脚でチョンチョンと、スズメが歩くようなリズムで移動します。
 静止の時は、折れた足も下して、二本立ちです。痛さはないようです。

手 術

 時には、折れ曲がった脚とつめが物にひっかかって、動けなくなることも起こります。
 「あの折れた脚、邪魔なようなので、切ってやろうかと思うことがあるヮ。」と言うと、「そんな、残酷な。」とみんなの返事。
 だけど、私に医学の知識があったなら、きっとそうしていたでしょう。その時、九郎は私を理解してくれたでしょうか。それとも、逃げ去っていったでしょうか。

 今でも、その手術をできなかったことが残念で仕方ありません。
 「手術」によって彼のハンディが少しでも軽減されていたなら、彼はもう少し楽しい何日かを送ることができたのではないでしょうか。

恐 怖

 どんなに「慣れている」と言っても、おなかをすかせたカラスが、遠くからこちらに向かって真っすぐに飛んでくるときは、巡航ミサイルの攻撃を受けているようで、脅威にさらされます。
 羽を広げた長さは80cm余り。近くまで来ると勢いがあります。口も開けています。そのまま私にかみつくのではないかと思えるのです。
 カラスが集団で人間を襲うという映画がありましたが、たった1羽でも、その恐怖を感じます。しかし、ここで負けてはいられません。
 「降りてきなさい。」と、九郎をしかりつけます。こんなことが何度かありましたが、彼は、決して私の体に触ったり、傷つけたりすることはありませんでした。

 九郎が私にかみつくのは、こんな時です。
 最初の2回ほど、職員室に飛び込んで机に留まっていたとき、私は彼を両手で捕まえて外に出したことがあります。そんな時は「ギャー、ギャー」という声を出して暴れます。それでも私は手を離しません。それがわかると私の手にかみつきます。
 しかし、そんな時でも彼はちゃんとその力を加減しているのです。私の手が傷つくことは決してありませんでした。彼のくちばしは、厚いハトロン紙2枚を貼り合わせたものに、穴をあける威力を持っているにもかかわらず・・・。
 優しい心の持ち主です。    
                〈Ⅱ〉あのね、九郎はね(2)へ続く



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