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声でつながる価値

最近スマホアプリのクラブハウスにハマっている。

情報があふれる世の中にあって、すでに視覚は手一杯なんだろう。「ながら」で聴けるクラブハウスは、ぼくらに新しい価値を与えてくれている。

ぼくの場合、聞くよりも話すほうが多い。

話すテーマはたいてい「ワインの学び」。

ぼくの持論は「ワインには飲む楽しみと、学ぶ楽しみの二つある」だ。ワインを学ぶことは、必ずしも必要ない。必要ないが、学びで得られる喜びは、飲む喜びとはまったく違っていて、実に奥が深い。

この学ぶ楽しみを、見ず知らずの人とも気兼ねなく共有できるのだから、実に素晴らしいツールだと思う。

クラブハウスがもたらす価値には色々あると思うが、個人的には二つある。

一つが、ビジュアルに頼らないプレゼンの練習になることだ。

元来、ぼくは話すことが苦手だ。特にボディランゲージも図表も使えない電話は大の苦手だ(今でも苦手だ)。

しかしクラブハウスは音声だけ。しかも編集などもできない、常にぶっつけ本番のライブ上演。

だから最初は腰が引けていたが、やり始めるとだんだんコツがつかめてくる。スピーカーは一人ではないので、会話の流れから自然にプレゼンモードに移行することもある。これだとあまり抵抗がない。文字ではなく肉声なので、他者に攻撃的になる人も少ないので、基本的にあたたかい雰囲気の中で練習できるのも良い。

コミュニケーションをとりつつ、自分の伝えたいことを相手に伝える技術を身につけることができる。

もう一つが、一方通行ではないことだ。

学ぶを伝える方法として、YouTubeやInstagramなどに動画をあげるのも手で、ぼくもこれまではそうしてきた。

しかし、これらはあくまでも話者からの一方通行である。それがリスナーの本当に知りたいことなのかどうか、実は不安に思いながら台本を書いてる。

クラブハウスの場合、話者が話してる途中でも「そこがもっと知りたい」「今のところは分かりにくい」などフィードバックをもらえる。リスナーからのフィードバックで修正しながら進められるクラブハウスの会話は、紆余曲折しながらも、最終的には素晴らしい内容で終わることが多い。思いがけない気づきがあったり、自分自身の知識に足りていない部分を補うことも多々ある。

クラブハウスの価値は「生の情報」だ、と言われることもあるが、ぼくはこの双方向性、コミュニケーションそのものが、実はクラブハウスの真の価値なのではないか、と思う。

「価値ある情報をアーカイブできないのはもったいない」

そういう声もあるが、情報はすでに溢れかえっていて、検索すればたいていひっかかる。もはや保管しておく場所がない。

情報に価値があるのではなく、コミュニケーションに価値がある。
人との交流こそが、価値なのだ。

モノからコト、そして「ヒト」へと、価値は移り変わっているように感じる。

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