新刊先行公開第3章「メタ正義感覚の”日常化”で、今は活躍しづらいタイプの人の本来的な力を発揮させられるようになる。」

倉本圭造の5年ぶり新刊、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」の先行公開note、第3章のぶんです。

「メタ正義感覚」は政治的な議題のような大きな話においてのみ有効な話ではなくて、日常生活の、週末の家族旅行の行き先を決める時だとか、夫婦の家事の役割分担について考える時とか、仕事において隣の部署との揉め事について意味のある決着方法を模索する時とか、とにかく「あらゆる日常の場面」において重要になってくる感覚です。

昔はこの世界には「ひとつの正義」しかないと思って生きていた人が大半だったわけですが、今後果てしなく「個」に目覚めていく現代社会においては、同じ国の中に生きていても、同じ会社の中に生きていても、それどころか同じ家族の一員ですら、それぞれ「違う正義」を持って生きている時代になっていくわけで、「一個だけの正義」を全方位的に押し付けるような態度ではちゃんと意味のあるアイデアを社会で共有して実行していくことができなくなりますね。

ひとりひとりが自分だけの正義に目覚めて行く時代だからこそ、私たちは「メタ正義」的なコミュニケーションを身に着けないと、日常レベルから政治レベルまで、「実効的」なことはなにもできなくなってしまうわけです。

なかでも、「メタ正義感覚」が日常レベルで浸透していくと本質的に起きてくることが、「今まで活躍しづらかった人の活躍の場が見えてくる」ことです。

「一階建ての正義」同士の果てしない殴り合いで満ちている世界だと、ある「個人」の側から見て自分の本当の価値をもっと発揮して生きていきたい!となった時に、「自分とは違う正義」を持っている人たちを果てしなく糾弾し否定し続ける必要が出てきます。そんなことを「あらゆる個人」がやりはじめたら社会の運営など不可能になるので、多くの人は自分の本来的な可能性を抑えつけて生きることを余儀なくされてしまう。

しかし、「自分の理想」が、「一階建ての正義同士の殴り合い」から分離した形で純粋に追求できるようになれば、あらゆる「個人」の本来的な価値をもっと社会の中に還流させていくことも可能になる。

つまり「メタ正義的感覚」というのは「目前の相手との違いに気づくこと」であり、「違いを尊重する」ということは、「もっと本来的な役割分担に気づくこと」でもあるわけです。

「はじめに」のページで紹介したように、最近私の「文通」の方のクライアントの元小学校の先生の女性が、自宅で始めた塾が大盛況になっています。キャンセル待ちの列ができて、学校休んだ子が塾だけは行く!みたいな話になっているらしい。

私は彼女にそんな力があるとは全然思ってなかったわけですが、結果としてこうなってみて今思うことは、「今の小学校のあり方」に満足しないからといって、「それを攻撃すること自体がコンテンツ」になってしまったらその人の本当の理想からは歪んでしまう・・・ということでした。

「現行の小学校」にはありとあらゆる立場からの必要性が反映されており、一つの立場から無理やりぶち壊そうとしてもなかなか難しい。結果として本来実現できていた「隠れた良さ」に壊してしまってから気づくこともあるでしょう。

しかし、現行のあり方に「納得できない」ならそこに無理に参加する必要はない。そうでない「自分の理想」を形にしていけば良い。

そうすれば、その「あたらしい理想」に共鳴して参加してくる人たちも生まれるし、具体化してあれば「普通の小学校」がその良い部分を取り入れることも可能になるでしょう。

「一階建ての正義同士の殴り合い」がちゃんと相対化されて人々の興味が離れてくることで、「何かをディスることでなく現実と向き合った新しい理想を具現化すること」に人々が集中できるようになっていく。

それが「メタ正義感覚」の一般化によって私たちが目指していく理想なのです。

こういう感覚は、いわゆる「GAFA的巨大IT企業」が「人類の未来を切り開くヒーロー」から「強欲で社会の安定を破壊する敵」にすべり落ちてくる時代の流れの中で、日本人が保存している価値を、グローバルな流行の「先」に自然に位置づけるチャレンジにも繋がっていきます。

その先駆け的な例としては、「はじめに」の無料部分で書いたキャディ株式会社の例を含めて、私の身の回りでもチラホラと実現してきつつあります。

果てしない「一階建ての正義同士の殴り合い」がヒートアップする時代ですが、だからこそそれらを徹底的に相対化した先で、「私たちの本当の個別性」に目覚め、透明化しすぎた概念が人々本来の「ちがい」をロードローラーでぺちゃんこにしてしまう悪癖を超えた、「本当のダイバシティ」を経済に還流していける未来がやってくるでしょう。

菜食主義者が肉屋さんを襲撃してしまうような欧米文明の行き止まりに対して、そういう「新しいソリューション」を提供できれば、世界に日本という文明があることの価値を留保なく謳歌できるようになりますし、その「未来の萌芽」を破壊されないようにするために強権的にならざるを得なくなっているアレコレの日本の悪癖を、本当に私たちが克服することも可能になるでしょう。

では以下本文。読みやすいように分割掲載してありますが、だいぶんお安くなりますので、ぜひ一冊分まるごとの「マガジン」形式で購入いただければと思います。


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最新刊『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』先行note公開中!原生林のような豊かでタフな経済の実現を目指す、経営コンサルタント・経済思想家。著書に『日本がアメリカに勝つ方法』『21世紀の薩長同盟を結べ』。
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