新刊先行公開「あとがき」部分。「”ほんとうの弱者”さんたちはどこにいるのか?」

倉本圭造の5年ぶり新刊、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」の先行公開note、「あとがき」のぶんです。

あとがきといっても本来「第6章」となるはずの部分だったので、結構充実した内容になっています。むしろ本書で一番「読みがい」のある部分かも。

第2章についての無料部分の紹介文でも述べましたが、マーク・リラのこの本などアメリカのリベラル最前線においても定期的に批判として提出されている問題が、

今のリベラル勢力はいわゆる「いろんなマイノリティ」的な課題には熱中するが、厳然と存在する経済格差のような大きな課題を包摂することができていない

というような批判があります。

むしろこの「大きな経済格差」的な問題はあまりに複雑すぎて手に余るので、「100対ゼロで相手を絶対悪として非難しやすい」課題にばかり熱中することになってしまっている・・・という状況と言えるでしょうか。

いわゆる「各種のマイノリティ」問題を軽視するわけではないんですが、マイノリティに分類されるかマジョリティに分類されるかに関わらず明らかに「弱者」って人はどこの社会にもいるわけなので、その「問題の本丸」から逃げたまま「100対ゼロで批判できる問題だけに熱中」しているようでは、リベラル派が本当に「普通の人々」の支持を得ることは難しいでしょう。

私の高校の先輩である村上春樹氏が、いわゆる「壁と卵」の演説で、壁に潰される卵がいるのならば、いつでも卵の側に立ちたい・・・という話をしていました。

よく欧米のデモ隊が掲げているプラカードに、「I stand with the most vulnerable」とか書いてあります。まさにこの「壁と卵」の「卵」と常にともにありたい・・・という話ですよね。

ここで考えてみたいのは、ほんとうの「the most vulnerable」さんたちはどこにいるんだろうか?ということです。

リベラルの側が「100対ゼロで相手を批判できる取り組みやすい課題」だけに熱中することなく、あちらを立てればこちらが立たないこの世界の複雑さに真剣に向き合い、「論難でなく対話」の形で自らの理想を打ち立てようとするチャレンジが、今必要とされているのだと私は考えています。

恣意的な「弱者認定」とは関係なく存在する、ほんとうの「the most vulnerable」さんたちのために・・・・

本章の後半部分には、いわゆる「フェミニズム」の観点から告発されたいろんな問題を、ちゃんと一つずつ「古い社会」の中に組み込んで行くには、両者がどういう態度でこの問題に取り組んでいけばいいのか、というような話についても扱っています。


では以下本文。読みやすいように分割掲載してありますが、だいぶんお安くなりますので、ぜひ一冊分まるごとの「マガジン」形式で購入いただければと思います。


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新刊先行公開「あとがき」部分。「”ほんとうの弱者”さんたちはどこにいるのか?」

倉本圭造

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最新刊『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』先行note公開中!原生林のような豊かでタフな経済の実現を目指す、経営コンサルタント・経済思想家。著書に『日本がアメリカに勝つ方法』『21世紀の薩長同盟を結べ』。
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