都会の蜃気楼
背が丸まった高齢の婦人がバス停に立っていた。
「さーて、この辺りに畳屋があって、その隣が天満屋さんだったっけな」と独り言言っていた。
隣に初老の男が立つと
「あー、そこのお方、このバス停から大松町に行けますかね」と聞いた。
男は、
「このバス停で間違いありませんよ」と答えた。
「この辺りはずいぶん昔と変りましたね」と
下からくいっと首を回しながら婦人は男を見上げた。
「そうですよ、あちらをご覧なさい。高層ビルばかりですよ」
婦人は柱につかまり、目の前を見た。
「あれいやだ、背中が丸まって下しかみなんだから、あーっ、こりゃ私が知っている町じゃ無いね、
驚いたもんだ」
男は、
「ここ数年でこうなったんですよ、大松町に御用があるのですか?」と尋ねた。
「バス停前の経師屋さんに用が有りましてね」
「その経師屋は私の祖父がやっていたんですが、大松町一帯は再開発で経師屋も閉めてしまいまいましたよ、今は大きなガラス張りのビルがあるだけです」
「あれ そんな事はないでしょ、昨日善兵衛さんと電話ではなしたのよ」
「経師屋の善兵衛は一昨年他界していますよ」
「祖父をご存知なのですか」
「そうよ、幼馴染みなのよ」
とバス停に声だけ残し、婦人はすっといなくなった。
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