呉越同舟
彼女は留守番の経験により、呉越同舟の意味も知りました。
児童クラブの仕事も何の仕事もない日に、私は山崎家で留守番をすることになった。
「パソコンも文章もない、内職でもない、家で在宅の仕事はないかな。」
「だったら留守番でもしていなさい。麻衣も仕事ばかりじゃなくて、たまにはおとなしく家を守るのもあるわ。」
「麻衣、俺の家で留守番をしてくれ。寂しくないようにもう一人呼ぶからな。」
私がパソコンも文章もない、内職でもない、都合の良い在宅の仕事と言ったら、お母さんも慎也お兄ちゃんも「留守番」を指示した。
「留守番だ。もう一人呼ぶって誰だろうな。」
私も指示を聞いて、隣の慎也の部屋で留守番を始めた。慎也がもう一人呼ぶと言ったのが、私も誰だか気になる。
「女性だったら良いな・・・。」
私は勝手に、女性が来たら良いなと思った。男性だったら、私とのトラブルになってしまう可能性が高い。私とも相性が合う女性なら、トラブルにはならない。
「身体を動かそう。」
運動がしたくなった私は、腕立て伏せなどの筋トレも行った。少女時代から運動神経抜群な私だが、今でもスポーツの腕前は消えていない。
「麻衣!俺様のお出ましだぜ!」
「晃助だ。」
しばらくすると晃助が来た。同級生だからか、慎也も晃助を呼んでいた。
「女性が来ると思ったのにな・・・。」
男性の晃助が来たことで、私の女性が来る期待は大きく外れた。
「晃助もかっこいいな。私も男性と一緒に留守番も、お兄ちゃんと留守番くらいは何度もあるから慣れているんだ。」
確かに晃助もかっこいい。また男性と留守番するのも、私もお兄ちゃんとも一緒に留守番もするため慣れている。私は男性と距離が近いくらい平気だ。だが、私は男性に慣れ過ぎているのもあり、顔も見た目も関係なく普通の存在に思えて、異性としての恋愛感情にはならない。
「俺様は在宅で仕事をしているんだぜ。」
晃助はパソコンを出して、慎也の机に置いて仕事を始めた。晃助も在宅でも仕事をしているという。
「仕事だぜ。」
晃助は仕事に集中している。特に話もない時は、私も晃助にも構わなかった。
「食べる音が大きいな。」
私は何も食べないが、晃助は仕事をしながら、袋のポテトチップスを大きな音を立てて貪り食う。晃助の食べる姿は、狼が獲物を食べるみたいだ。
「麻衣は食わねえのか。」
「私はお菓子が好きじゃないんだ。」
晃助も私にも食べないのかも聞いたが、私はお菓子が好きではないと応えた。私は塩辛いお菓子も甘いお菓子も論外だ。
「麻衣!」
「何だ。」
晃助は仕事をしながらも、私を何度も大声で呼んでくる。
「麻衣!男性みたいに低い声で話すんじゃねえ!もう少し高い声で話せ!」
「麻衣!男性みたいにするんじゃねえ!女性らしくしろ!」
「麻衣!俺様は兄貴だぜ!逆らうんじゃねえ!」
晃助は私の行動すべてに、乱暴に文句ばかり言う。私にも高い声で話せ、女性らしくしろ、逆らうな等と乱暴に、繰り返し怒鳴ってくる。
「相手にしていられないな。」
私も晃助の言動にも怒りも覚えたが、相手にしなかった。私も乱暴者は相手にしていられない。
「一応証拠に残そう。」
私は晃助の暴言をメモ書きして、証拠として残した。私は晃助の暴言の高い声で話せ、女性らしくしろ、逆らうなを紙にも書いた。
「飯の時間だぜ!麻衣も俺様と一緒に来るんだぜ!」
「お供するか。」
晃助は飯の時間と言って、仕事を中断してショッピングモールに買い物に行った。私にも一緒に来るようにと言うので、私も晃助の共をした。
「麻衣は飯は食わねえの。」
「私は食べないんだ。」
食欲がない私は、朝も食べていないが昼も何も食べないと訴えた。晃助の暴言に、私も余計に食欲が失せてしまった。
「俺様が金を出してやるぜ。」
「ありがとう。だったら飲み物くらいは買うとするか。」
晃助は態度を変え、私にお金を出してくれた。私は0カロリーの緑茶を一本買った。
「飯は食わねえの。」
「食欲がないんだ。朝も何も食べないんだ。」
もう一度聞いてきた晃助に、私は食欲がないとも、朝も食べなかったとも応えた。
「買わねえと俺様が全部買っちまうぜ。」
私が緑茶しか買わないので、晃助は全部買ってしまうと言いながら菓子パン、総菜パン、カップ麺、ポテトチップス、チョコレート、ジュースを何個も買ってしまった。
「食べ過ぎじゃないかな・・・。」
私は晃助が食べ過ぎじゃないかなとも思ったが、一言も口を出さなかった。晃助は菓子パンも総菜パンもカップ麺も、ポテトチップスもチョコレートもジュースも、一人分とは思えないくらい買っている。
「美咲は俺様達のお姫様だぜ。少しは見習えよ。」
「私と美咲ちゃんとは質が違うから見習えないな。」
部屋でも晃助は買った食べ物を貪り食いながら、美咲ちゃんが晃助達のお姫様とも、少しは見習えとも言った。私は美咲とは質が違うので見習えない。
「俺様の妹達はおとなしくて女の子らしいぜ。少しは見習えよ。」
「そんなの見習えるか。」
晃助は、妹達もおとなしくて女の子らしいとも言った。だが、思春期までは山崎家の三男同然だった私は、他の女性なんか見習う気もない。
「食べ過ぎだ・・・。」
晃助は仕事をしながら、信じられない量の食べ物をすべて平らげてしまった。私も心配に思うくらい、晃助は明らかに食べ過ぎだ。
「仕方がないな。」
私は晃助を無視して、読書や筋トレや室内運動等をしていた。この間に、私は何も食べなかった。
「麻衣!酒買って来い!」
「晃助が買え!」
晃助は仕事をしながら、私に「酒を買って来い」と命令した。私も聞かないで、晃助が買えと言い返した。
「酒買って来い!」
「晃助が買え!」
「酒買って来い!」
「うるせえ!王様と家来じゃない!」
「女性らしくしろ!」
「無理だ!」
「高い声を出せ!」
「無理だ!」
「酒買って来い!」
「晃助が買え!」
晃助と私は、酒を買ってくることで言い争いになってしまった。王様と家来じゃないのに、晃助は私にも暴言を繰り返し、女性らしくしろ、高い声を出せ、酒を買って来い等と命令する。
「俺様の金だぜ!麻衣が酒を買って来い!」
「だったら私が買ってきてやる!その代わりにお兄ちゃんに言いつけるぞ!」
晃助が酒代を出した。お金を出すのなら私が酒を買いに行くとも決めたが、その代わりに慎也に言いつけるとも怒鳴った。
「お金が許す限りの酒を買おう。」
私は晃助のお金が許す限りの、大量の酒を買った。大量に飲んだら晃助もおとなしくなるか、それとも泥酔してしまうだろう。
「買ってきてやったぞ!」
私は晃助のために酒を買ってきて、乱暴に買ってきてやったぞと言った。
「早速飲むぜ。」
晃助が早速酒を飲むと、酒缶に手を伸ばした・・・その時だ。
「腹いてえ・・・!」
大量の食べ物を食べ過ぎたためか、晃助は腹痛を起こしてトイレに駆け込んでしまった。
「腹いてえ・・・。」
「自業自得だ!無駄に大きな音で排泄しやがって!」
晃助は腹痛を起こして、トイレに籠城してしまった。排泄の音も無駄に大きい晃助を、私も自業自得とも、無駄に大きな音とも罵った。
「下痢止めを買って来い・・・!」
晃助はトイレを出られないまま、私に下痢止めを買って来いと指示した。
「下痢止めなんか買いに行かないからな!お兄ちゃんに言いつけるぞ!」
私は当然下痢止めなんか買いにも行かないで、慎也に連絡した。
「慎也お兄ちゃん・・・。晃助と私と一緒に留守番したんだ。でもどうしようもない奴で、私に乱暴なことばかり言うんだ・・・。」
「麻衣はおとなしくしていろ。詳しいことは俺も後で聞く。」
晃助が乱暴なことばかり言うと訴えた私に、慎也も詳しいことは後で聞くと応えた。
「腹が痛いぜ・・・。下痢止めはねえのか。」
「うるせえ!私を奴隷にしやがって!」
痛い腹を何度も擦りながらトイレを出てきた晃助に、私は買ってきた酒をすべてぶっかけた。晃助の全身は酒浸しだ。
「何すんだよ!」
「うるせえ!暴言ばかり吐きやがって!」
私は酒浸しの晃助に、バケツで汲んだ水をぶっかけた。晃助は酒と水で全身ずぶ濡れだ。
「俺様を濡らしやがって!」
「うるせえ!汚れたじゃねえか!掃除しろ!」
ずぶ濡れの晃助に、私も掃除しろとタオルも雑巾も投げつけた。一日中私を奴隷のように扱い、腹痛を起こすまで貪り食い、暴言ばかりを繰り返した当然の報いだ。
「俺様も彼女に言いつけるからな!」
「勝手にしろ!」
晃助は身体を拭いて、床を掃除しながら、彼女に言いつけると携帯を取り出した。私も勝手にしろと一言しか言わなかった。
「優里奈、慎也のマンションに来てくれ。俺様と麻衣がトラブルになっちまったぜ。」
晃助は私も知っている今井優里奈ちゃんに、私とトラブルになったから来てくれと連絡した。優里奈は晃助の彼女だった。
「留守番していたか!」
慎也が帰ってきて、晃助と私に留守番していたかと聞いた。
「晃ちゃん!麻衣ちゃんに何をしたのよ!」
晃助の指示通りに、優里奈も私達のもとに来た。
「何があったのか教えてくれ。順番に聞くからな。」
慎也は冷静に、順番に聞くから何があったのか教えてくれともと言った。
「晃助と私で留守番をしたんだ。そしたら晃助が私に高い声で話せ、女性らしくしろ、逆らうなばかり言って、酒を買って来いって私に買わせたんだ。私も怒って晃助に酒も水もぶっかけちゃったんだ・・・。私も晃助にも「うるせえ」だの「しやがって」だの、乱暴なことも言ったんだ。」
私も留守番であったことをすべて話した。私も晃助の暴言も、奴隷のように扱われたのも、私からも怒って酒も水もぶっかけたのも、乱暴なことも言ったのもすべて話した。私も慎也にも優里奈にも晃助にも、メモ書きも見せた。
「俺様と麻衣で留守番をしたんだぜ。俺様、麻衣が気に入らなくて高い声で話せ、女性らしくしろ、逆らうなって暴言を吐いちまったぜ。それでも改善しないから酒を買えって指示して、腹を壊しちまったから下痢止めを買えって指示したんだぜ。そしたら麻衣が怒って、酒も水も俺様にぶっかけたんだぜ。」
晃助も私が気に入らないから暴言を吐いたとも、私も改善がないために酒を買いに行かせたとも、腹痛を起こしたから下痢止めを買えと指示したとも、私が怒って酒も水もぶっかけたともすべて話した。
「晃助!反省していないのか!」
慎也は晃助に、反省していないのかと怒鳴った。
「晃助も家族にも優里奈にも、麻衣にも暴言や乱暴な行為をするのか!麻衣も晃助に「うるせえ」だの「しやがって」だの乱暴なことを言って、酒や水をかけるとはどういうことだ!2人とも反省しろ!」
慎也も晃助にも私にも、暴言も乱暴な行為も反省しろと厳しく叱った。
「晃ちゃんも麻衣ちゃんも両方悪いわ。晃ちゃんは女の子に乱暴しないこと。麻衣ちゃんは先輩に乱暴しないこと。人に買って来いなんて言うのも、お酒や水を人にかけるのももってのほかよ。」
優里奈も晃助も私も両方とも悪いとも、晃助は女性に乱暴しない、私は先輩に乱暴しないとも、人を買い物に行かせるのも酒や水を人にかけるのももってのほかとも厳しく注意した。
「麻衣、俺様を許してくれ。」
「私も悪かったな。気をつけような。」
晃助も私もお互いに反省し合うことで、今回の問題も解決した。
「麻衣、知っているか。」
晃助と優里奈が去ってから、慎也が私に知っているかと聞いた。
「仲の悪い者同士が一緒にいるのを「呉越同舟」っていうんだ。晃助と麻衣が一緒に留守番したのも呉越同舟だ。」
慎也は仲の悪い者同士が一緒にいるのを「呉越同舟」というと教えてくれた。例としても、晃助と私が一緒に留守番するのも呉越同舟と言った。
「仲の悪い者同士が一緒が呉越同舟というのか。私も調べよう。」
私も、仲の悪い者同士が一緒にいる「呉越同舟」を調べた。
「仲の悪い者同士が一緒にいるのも、同じ状況の時はお互いに助け合うのも呉越同舟というのか。」
私も調べたが、仲の悪い者同士が一緒にいるのも、同じ状況の時はお互いに助け合うのも「呉越同舟」というのも知った。
「仲の悪い呉の国の人と越の国の人が舟に乗って、最初は対立していたけど、強い風が吹いて波が襲ってきたら、助け合って舟が転覆しないように頑張ったんだ。」
呉越同舟という言葉の背景には、独自のエピソードもある。
中国の春秋時代に呉という国と、越という国があった。呉と越は宿敵同士であり、争いを続けていた。
そんなある時、同じ船に呉と越の人が何人も乗った。呉の人と越の人は、最初は船の上でも対立していた。
しかし、舟が川を渡っていると、突然強い風が吹いて波が舟を襲った。すると、呉の人と越の人は助け合い、舟が転覆しないように頑張った。
「晃助も私にもお金を出してくれたな。一緒に買い物にも行ったな。女性らしくしろって言ったのも私への思いやりとも思うな。確かに助け合うのも呉越同舟だ。」
ただ、晃助も暴言や乱暴な行為ばかりではなく、私にもお金を出してくれた。買い物に私一人で行かせるのではなく、晃助と私と一緒に行った時もあった。女性らしくしろというのも、私への思いやりとも思えた。仲の悪い者同士が一緒にいるのも、助け合うのも呉越同舟というのも、私も晃助との留守番を通しても、改めてよく知った。
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