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ハンバーグにしときゃよかった話

その日、22時過ぎに帰宅すると、さっきまで娘と遅い夕飯を食べていたはずの夫が、ベッドに横たわって、布団から顔だけ出した状態で「おかえり」と言いました。

珍しい。

「どうしたの?」と聞いても、「ツムギに聞いて」の一点張り。

「ツムギ、お父さんどうしたの?」

一方の娘はと言うと、「え?知らない」と、これまた一点張り。

明らかに不穏な空気だけれど、ついさっきまで、ツムギとメールのやりとりをしながら帰ってきた私には、まったく状況が読めず、なんだか悲しくなって、泣いてしまいました。

「ようやく、夜のレッスンに行っても大丈夫かな?と思ったのに、これじゃあ心配で、やっぱり無理かな。と思っちゃうよ」

その日は、結婚後に諦めてお休みをしてしまっていたフラメンコのクラスに、そろそろ戻りたいと、お試しでレッスンを受けてきた日だったのです。


やっと状況説明をする気になった夫の話を要約すると、私がツムギに送ったメールのニュアンスを誤認した夫が、ツムギに返信するよう促し、父親に言われてメールを渋々返していたツムギが、またまた私のメールのニュアンスを誤認して怒り始め、言い争いの後にこのような状況になったらしい。

え?私のメールが原因だったの??

私、次の日の夜の夕飯がひとりになってしまう娘に、家にあるもの以外で食べたいものがあったら買って帰るよ?ぐらいの、軽い気持ちで送ったつもりだったのに。

「あ、ごめんごめん。私のメールの書き方が悪かったね。誤解だったってわかったんだから、もう仲直りしてよ」

そう言っても、抜いた刀を収められない二人が、和解するためには、そこから二時間もの時間が必要でした。


夫の主張。

「ツムギにはまだ、メールでのコミュニケーションは難しいんだよ。長いメールは内容を理解できていないし、理解していないのに『はい』と送るから、こっちはわかったと思ってしまうんだ」

娘の主張。

「おばあちゃんがいつも、すぐに返事をしないと心配するから、メールを見たらまずは『はい』って送ってから、それから読むんだもん。おばあちゃんだっていつも15分ぐらいかけてメールを書いているし、ツムギだって、ケイトみたいに速く、長いメールは書けないんだよ」


そっかー。

ひとりで留守番しているツムギに、よかれと思っていろいろとメッセージを送っていたけれど、なんかストレスになっていたのかもしれないなぁ。


もう一度、仕事に出かけているときのメールを含めて、こういうことなんだよ。と改めて説明をしたのですけれど、「お父さんの方が仕事忙しそうだから、ケイトになら送っていいかと思ったんだよ」と言われて、またまた虚しくなった私は、自分自身もツムギへのメールの仕方を考え直さなくてはいけないと反省しました。

そうですよね。

メールで気軽にコミュニケーションが取れていると勘違いしているのは大人の方。

私だって、実際に自分が社会人になるまでは、父の仕事についてほとんど理解なんてしていなかったことを思い出しました。


ツールだけが便利になって、使う方がそれについていけていないんだと認識を新たにしました。


娘は『ハンバーグ!』とちゃんと返事をくれていたのです。

ところが、本当に奇遇なことに、フラメンコのレッスン中、そうだ、明後日の夕飯はハンバーグにしよう。と、思いついていた私が『あら、ハンバーグは次の日のお夕飯にしようと思っていたんだけど、明日ハンバーグ食べたい?』と、気が合うわねぇというニュアンスで送ってしまったがために、事態が思わぬ方向に進んでしまったのでした。

『ハンバーグ!』

『あら、ハンバーグは次の日のお夕飯にしようと思っていたんだけど、明日ハンバーグ食べたい?』

『どっちでもいい』(既にツムギはこの時点でかなり不機嫌だったそうなのです)

『それなら、ハンバーグはみんなで食べることにするね。明日はどうする?』

『食べているときに思いつかないよ!』

『だから、16時ごろにメールしておいたんだけどな。それじゃあ、明日は家にあるものを食べてね』

そこでスーパーについた私は、ツムギのイライラに気づくことなく、その前の日に買ってあげなかったまるごとバナナと、そうは言ってもハンバーグを食べたいかもしれないからと、ハンバーグの材料に加えて、日持ちするレトルトのハンバーグも買って帰ったのでした。


二時間かけて和解したタイミングで、そのままテーブルに置いてあったスーパーの袋から、まるごとバナナとハンバーグを出してやりました。

「私が怒ってなかったって、これが証明だよ」

そう言うと、娘はまたデレデレとニヤけながら、おやすみなさいを言って部屋に戻っていきました。


私たちはツムギの敵じゃないよ。
ツムギからしたら、嫌だなぁと思うことを言うことがあるかもしれないけど、それは、ツムギに伝えたいと思うから言っているだけで、意地悪で言ったことは一度もないよ。


何か言われるとすぐにファイティングポーズをとることが身についてしまっている娘。

刀を鞘に収めるまでの時間は、ずいぶんと短縮されたけれど、やっぱりできれば、最初から刀を抜かずに話を聞けるようになったらいいなぁと、お節介ながら思ってしまうのです。

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